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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第5部 秘められた島/岐路

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祝杯~酒は飲んでも飲まれるな~


 虹魔石を手に入れた六人は、わき目もふらず町を目指した。満身創痍で錬金薬も残り少ない状態だ。いつものような薬草を採取しながらだとか、夕飯の肉を狩りながらの寄り道は命に関わる。先頭を進むシュウが魔物を避けるルートを選び、残る五人は全力でその後についていくだけだった。


「あ、金華亭に近いところに出ましたね」

「家に近いけど、ギルドは遠いな」

「魔石の精算は明日にしませんか?」


 シュウの速度にあわせた移動で、全員の息はあがり汗は滝のように流れている。身も心も疲れ切っているのに遠回りする気にはなれなかった。急いで換金する必要もないし、初めての虹魔石はシュウが頬ずりして離さないし。


「別に、いいんじゃないか?」

「夕飯も金華亭でいいか? 流石に今から作るのはキツイわ」

「この状態で作れなんて言えませんよ。外食でいいじゃないですか」

「どーせなら祝杯あげようぜ。明日は休みにするんだろ?」

「明日どころか、武器と防具のメンテナンスが終わるまで休みだな」


 ヒロの上着もシャツも駄目になったし、シュウやコズエもあちこち破れたり穴が空いたりと狩猟服の破損は多い。コウメイたちの剣の刃こぼれは酷いし、アキラの脇差も自己流の手入れでは追いつかないくらいに酷使していた。武器が武器として役に立たない状態ではとても狩りには出られない。土や草にまみれ、返り血で赤黒く染まったまま鍛冶屋のロビンを訪ねると、刃こぼれした武器とコウメイたちを見比べ、深々と息を吐きながらの「下手糞」との一言を貰った。


「振り回しゃいいってもんじゃねぇだろ。特にコウメイ、おめぇは剣術かじってるんだろうが、もっと得物を上手に使いやがれ」


 全員の武器と防具の手入れと補修には五日かかると断言され、コウメイたちの休養期間が決定した。五日間は身体が鈍らない程度に結界近くの森で狩りをしたり、薬草採取に専念することになりそうだ。


   +++


 順番に洗い場を使って汚れを落とし、全員の身支度が整ったのは日暮れ寸前だった。オレンジと紫に染まる空の下、六人そろって金華亭に向った。足取りはゆったりと重く疲れが出ていたが、その表情は達成感に明るい。


「こんばんわー。席空いてる?」


 陽気なシュウが最初に金華亭に突入した。既に席の大半は客で埋まっていたが、珍しい客の来店にマーシャが席を融通してくれた。一つだけ空いていたテーブルに椅子を追加し、少し狭いが六人で座る。


「あんた達が飲みにくるなんて初めてじゃないか。明日は嵐かねぇ」

「ご注文をお伺いします」


 金華亭のメニューは単純だ。昼間は昼飯、夜は夕飯、後は酒の肴が数種類あり、好きなものを注文する。たいていの客は飯と酒だが、酒なし注文でももちろん問題はない。


「夕飯とエール、ジョッキで頼むなー」

「飯と醸造酒をストレート、木の香りのするヤツで。アキも同じでいいんだよな?」


 コウメイの問いかけにアキラは無言で頷いた。店内を見回していたコズエがタラに尋ねる。


「夕食のメニューは何かな?」

「魔猪のシチューです。パンと酢野菜がつきます」


 他の客たちの皿には、肉の串焼きや小魚を焼いたものといった酒のつまみ系の物ばかりが並んでいた。シチューとパンならちゃんとした夕食になりそうだと納得したコズエだ。


「夕食と、飲み物はどうする?」

「果実のジュースがあればそれを。なければ温かいお茶かな」

「果実水ならありますよ」

「じゃあ私とサツキはそれね」

「俺は小さめのグラスにエールをお願いします」


 四人用のテーブルに椅子を増やして無理矢理六人で座るとかなり手狭だ。六人分のパンは一つの籠にまとめられてテーブルの真ん中に置かれ、メインの魔猪肉のシチューは大きな深皿にたっぷりと盛り付けられている。肉も大きいが一緒に煮込んでいる根菜やキノコも大きくて食べ応えがありそうだ。小鉢に入った酢野菜は見た目はザワークラウトに似ていた。


「エールの大と小に果実水二つ、蒸留酒はストレートが二つ、これで全部ですね?」


 料理を並べるのと交換にタラに金を払う。最後に酒がテーブルに届くと、それぞれがグラスを手に持ち掲げた。


「「「「「「乾杯っ!」」」」」」


 労働の後の一杯はうまい。ぷはーっ、というおっさん臭いシュウの行動も今日は笑ってスルーだ。


「もう少し冷えてたら美味いんだけどなー」

「飲みすぎるなよ。食後はミーティングだ」


 いっきに半分ほど飲み干したシュウにアキラが釘を刺した。


「えー、疲れてるし、明日でいいんじゃねーの?」

「記憶の鮮明なうちに反省点を洗い出すだけだ、時間はかからない」

「それならちょっと飲んでても大丈夫だって」

「酔っぱらって全部忘れたら、思い出すまで殴り倒すが?」


 覚悟しておけよ、と冷たい笑みを向けられたシュウはそっと視線を外してシチューをすすった。深酔いした後は全てにおいて「記憶にございません」としか答えられない自覚のあるシュウだ。


「……アキラさん、ものすごく機嫌悪くありませんか?」

「うん、怒ってるみたい」


 アキラの放つ殺伐とした空気にコズエとサツキが不安そうに肩を寄せている。理由の分からない不機嫌さに脅える二人をコウメイが苦笑と共になだめた。


「そんなに怯えなくて大丈夫、アキがイラついてんのはみんなにじゃねぇから」

「コウメイ」

「飯食ってる時にイライラすんなアキ、不味くなるだろ。しっかり食っとかねぇと回復が遅くなる。シュウもだ、ミーティング終わったら浴びるほど飲ませてやるから、今はその一杯で我慢しとけ」


 同級生の強みは互いに遠慮がないことだろう。


「コウメイさんって、時々お母さんみたいですよね」

「お父さんじゃないんだ?」

「世話焼きなところはお母さんじゃない?」


 空になったシュウのジョッキを取り上げタラに水を持ってくるように頼み、食が進んでいない様子のアキラの深皿から大きめの肉と野菜を自分の皿に移しつつ、皿に残された小さめの肉片と野菜クズ、せめてそれだけは完食しろと繰り返す。


「お母さんだな」

「お母さんですね」

「おかんやなぁ」

「うわっ、びっくりした」

「ええ、そんなに驚くん? ワシあんたらが来る前からここに居ったんやで」


 細目のギルド職員がカウンター席にいた。既に夕飯は終え、肴をつまみつつ蒸留酒の水割りをちびちびと飲みながら、年長三人のやり取りを面白そうに眺めていた。


「ぼちぼちの大物を稼いだみたいやな。明日精算にくるんやろ?」

「その予定です」

「六の鐘鳴ってからにしてもらえると助かるわ、ワシ明日遅番やねん」

「魔石の査定は他の職員さんでもできますよね?」

「虹色をまともに取り扱えるんはワシだけやねん。二度手間は面倒やろ?」


 アレックスは細目をさらに細くしてにんまりと笑んだ。一言も「虹魔石を持ち帰った」とは言っていないのに何故わかるのだとコズエの作り笑いが引きつった。


「獣人のがあんだけご機嫌なんや、それなりにええ事あったぐらいわかるで」


 虹魔石を必要としているのがシュウだと知っているアレックスには、酒の代わりに水を与えられて文句を言いつつもご機嫌な様子は分かりやすすぎた。それに、とアレックスは案じるようにアキラに目をやった。


「別嬪さんがかなりキツそうに見えるし、明日の早い時間は無理そうやろ」

「お兄ちゃんが、キツイんですか?」


 サツキはのろりのろりとスプーンを口に運ぶ兄を見た。食欲がないのは疲れのせいだと思っていたのだが違うのだろうか。


「あんたらみんな魔力あるやろ、感じてへんの? ええなぁ。ワシなんか肌がムズムズしてかなわんのやで」

「ムズムズって、何がですか?」

「虹魔石の魔力や。あれ他のと違うて特殊な波長の魔力放っとるんや、ちょっと敏感な魔術師やったら嫌でも感じとるはずやで」


 そう言いながらアレックスは何度も二の腕をさすっていた。


   +++


 金華亭での夕食を終え家に戻った六人は、ダイニングテーブルについてミーティングに入った。テーブルには持ち帰った魔石が置かれ、シュウは虹魔石を撫でながらニマニマと笑んでいる。やっと手に入れたその喜びは理解するが、ほろ酔いとの相乗効果でその笑みは正直、気持ち悪い。


「シュウさん、それ触ってて平気なんですか?」


 虹魔石を撫で回す手を見てサツキが恐る恐る尋ねた。


「何か変な感じとか、しませんか?」

「ん? 何かって、何?」

「アレックスさんが、ムズムズするって言ってたので……お兄ちゃんがかなりキツそうだって」


 ちっと舌打ちしたのは誰だろうか。コウメイは仕方なさそうに肩をすくめた。


「その虹魔石って普通のとは違う波長の魔力を放出してるらしいぜ。それがアキにはピリピリ系の痛みに感じるんだと。シュウが感じてねぇのは魔力が無いからだろうな」


 そういえば獣人の彼は魔力が皆無のためアキラのピアスが効力を発揮できなかったのだった。逆にアキラはエルフで魔力が豊富だ、そのあたりも反応の差になっているのかもしれない。


「なー、それってアキラが虹魔石持ってる魔物をサーチできるってことか?」

「……近くまで来たら、確実に分かる」


 隣に座るコウメイの身体を盾にして虹魔石から放たれるものから身を隠したアキラは、深々と息を吐いていた。


「八岐大蛇に襲われる前に、島の南面から虹魔石の気配を感じていて、そちらに意識が向いていた。そのせいで近づく大蛇の持つ虹魔石の気配に気づけなかった。不意打ちされたのは俺のせいだ。すまなかった」


 最初の不意打ちをくらわなければあれほど苦戦することはなかっただろうし、その後の負傷も避けられたはずだ、そう言ってアキラに頭を下げられたヒロが慌てた。


「戦闘放棄したのは俺だから、あれは自業自得です、アキラさんのせいじゃありません。それに錬金薬も間に合いましたし」

「私がもっと早く走れたら薬を早く渡せたんですよね……」

「自業自得って言うなら俺もだよなー。いくら蛇が気配殺すの巧いからって、あれだけ接近されても気づかなかったのは、警戒が緩んでたからだ」


 獣人の耳は人の耳の数倍の聴覚を持っている。足音のしない蛇とはいえ、あそこで最初に気づかなくてはならないのは自分だったとシュウも頭を下げた。コウメイも顎に手をやって戦闘を振り返り、迂闊だったと反省を口にした。


「下顎から首まで切り裂いて動かなくなったから、終わりって思いこんだ俺も拙かった。きっちりとどめ刺してればコズエちゃんが弾き飛ばされることはなかったしな」

「それを言うなら、周囲の状況をちゃんと確認して戦えなかった私が一番ダメダメなんじゃないですか」


 次々と反省点が出てきたが、誰も責めないし、責任追求はしなかった。どのミスも互いに補って全員で生還できたのだ、次に活かせれば問題はない。


「あ、そーいやアキラ、目の前にコレあるのキツイんじゃねーの?」


 両手で撫で回していた虹魔石をぎゅっと覆い隠すように握り締めたシュウが問うと、喜びに水を差すのが申し訳ないのか伏し目がちにアキラが言った。


「できれば魔力を遮断するものに入れて、遠くに隠してほしい」

「遮断つってもよー、そんな物あんのか?」


 大蛇の頭から取り出すまではまだ耐えられる程度だったとアキラが言ったので、コウメイが食料庫の魔猪肉の塩漬け瓶はどうかとシュウを連れて行った。肉の塊にナイフをいれその中へ埋め込んで台所から戻って見れば、アキラの表情が心持ち柔らかくなっていた。


「どうだ?」

「完全には無理だが、まあこれくらいなら我慢できそうだ」


 虹魔石対策は明日にでもギルドに相談する事に決め、数日は本格的な狩りを休む事になった。


「ヒロくんの上着も縫い直ししなきゃだし」

「ごめん」

「謝る必要ないよ。みんなの服も強度を考えたら作り直したほうがいいものもあるから、明日から裁縫に集中しますね」


 コズエは縫い物三昧の時間を堪能できることが嬉しそうだ。

 身体が鈍らないように最低限の食料調達を兼ねた魔獣狩りの予定だけを決め、ミーティングが終了した。


   +++


 毒を受け、かなりの出血をし、錬金薬をいくつも使いドーピングして治したヒロは、眠れずに困っていた。頭も身体も疲労を感じているのに、脳は冴え興奮を求め、身体は熱を持って脈動が早い。

 何度目かの寝返りをうったとき、階下で年長三人でなにやら話していたアキラが部屋に戻ってきた。


「眠れないのか?」

「……はい。疲れてるんですけど、昼間の興奮が鎮まらないっていうか」

「死にかけたんだ、そうなるのも仕方ないか」


 アキラは寝巻き代わりに使っているシャツに着替えると、少し考えてヒロを呼んだ。


「眠れないなら少し付き合うか?」


 寝室を連れ出されて向かったのはコウメイとシュウの部屋だった。


「……酒盛りしてたんですか」


 床に毛布を敷き、金華亭の蒸留酒の大瓶を真ん中に据え、囲むようにして座っているコウメイとシュウが居た。


「祝杯の続きだ。ミーティングが終わったら飲んでいいって約束だったからな」

「アキが虹魔石のせいで眠れないって言うから、酔い潰そうと思ってな」

「だそうだ。ヒロも眠れないっていうから、俺の代わりにコウメイに潰してもらってくれ」

「乱暴ですね」


 呆れたが、結局ヒロも自分のコップを取りに台所に下りすぐに戻ってきた。ヒロのコップにコウメイが蒸留酒を二センチほど注ぎ、魔法で出した水で割って混ぜアキラに渡した。水割りを手にしたアキラはわずかに眉をしかめた後、カップをヒロに戻した。


「冷たい……どこでも蛇口とどこでも冷蔵庫って便利ですね」


 コウメイとアキラはストレートでなみなみと注ぎいれ、シュウにはほとんどアルコール分など無いのではと思うくらいに薄く作った水割りが渡された。


「「「「乾杯」」」」


 コップをカツンと軽く合わせた。

 四人の中ではシュウが最も酒に弱いのだという。限界を超えると色々面倒なのだそうで、コウメイがきっちりと酒量をコントロールしていた。


「シュウさんの脇においてあるその深桶(バケツ)はいったい?」

「ゲロ用」

「げ……っ」

「こいつ弱いくせに酒好きで、少量で酔えるのは経済的でいいんだが、最悪の場合リバースするんだよ」


 結果が分かっていてもそれほど飲みたいものなのか、とヒロの作り笑いが引きつった。

 虹魔石の影響で痛みを感じ眠れないというアキラは、酔いつぶれて寝落ちすることが目的らしかった。


「アキラさんを飲み潰すことってできるんですか?」


 小声でコウメイにそう尋ねてしまうくらいに、アキラは酒に強かった。コウメイと同じペースで同じ量を飲んでいるのに、ほとんど顔色も変わっていないしロレツも正常だ。水のような水割り一杯で上体がふらふらしているシュウとは大違いだ。


「酒に強いけど酔わないわけじゃないんだぜアキは」

「酔ってませんよね?」

「今はまだ、な。そのうち面白いことになるから見てろよ」


 アキラが酔いはじめるよりも自分が酔い潰れるのが先ではないか、そう思いながらヒロは水割りを口に運んだ。


   +


「三人だ」

「嘘だろ! あんだけとっかえひっかえだったのに、たった三人のわけねーだろ」

「シュウ、お前のその思考は女の子に失礼だぜ」


 ちょっと香りのついた水レベルの水割り二杯目でべろんべろんなシュウ、四杯目のストレートを空け五杯目に口をつけているコウメイは素面、同じ量を飲んでいるアキラはほろ酔いで、普通の水割りの何杯目かを飲むヒロは、本来ならそろそろ寝落ちする酒量なのだが、今日は目が冴えて落ちる気配がなかった。


「いやだって、付き合ったら絶対するだろフツー」

「絶対じゃねぇよ」

「じゃあ何のために付き合ってたんだ」

「ソレ目当てじゃねぇのは確かだよ」


 アキラは二人を無視して黙々と飲んでいるが、時おりヒロに向けて「寝たフリしてしまえ」と視線を向ける。話題がヒロへ飛び火する可能性を心配していたのだが、程よく酔いの回ったヒロにその思いやりは通じなかった。


「馬鹿じゃねーの?」

「うるせぇ」


 ヒロはもう何杯目になるのかも分からない水割りを、やけっぱち気味にぐいっと飲み干した。酒で潰れて強制的に眠ろうと酒盛りに加わったはずだ。なのに、限界を超えて杯を重ねても一向に眠りが訪れない。酒量が足りないのではなく、酒乱と素面のシモネタ談義が気になるのだ。酔いで理性が飛んだ健康な十八歳男子の本音トークがヒロの眠気を吹っ飛ばしていた。


「で、どーだった、感触は?」


 酔っ払いの会話には脈絡がない。先ほど限界値を越えて無事にバケツにゲロったシュウが、血の気の引いた顔で笑いながらヒロに迫った。


「サツキちゃんにちゅーされた感触、だよっ」

「そんなことしてませんよっ」


 言いがかりはやめてください、とヒロが震えた。アキラの視線が怖くて振り向けない。


「えー、覚えてねーの? 死にかけてたところで口移しで薬飲ませて貰ってただろー。サツキちゃんかわいそー」

「んなっ、こと」


 口の中に薬が流れ込んできたことは記憶にあるが、それがどうやって摂取させられたかなんて、毒で朦朧としていた自分に分かるわけがないだろう。シュウの口を閉じさせる方法はないものかと辺りを見回したヒロだが、押し付けられそうなものは枕くらいしかない。


「作り話はやめてください」


 ヒロが空になったコップをコウメイに差し出すと手早く水割りが出来上がって戻された。それも一気に飲み干しシュウを睨みつける。


「作ってねーよ。俺はこの目でちゃーんと見ました」

「戦闘中なのによく見てたな」

「たまたまだけど、ばっちり見えちゃったんだよねー」

「随分余裕があったんだな。蛇頭半分では物足りなかったか、そうか」


 次からは八割ほど任せることにしよう、というアキラの冷たい呟きはシュウにまで届いていないようだ。


「コズエちゃんに黙っておいたほうがいいか?」

「な、なんで……っ」

「駄目だろヒロ、そこで狼狽えて断言できねぇから酔っ払いにつけこまれるんだよ」


 ほとんど素面のコウメイまでが、たちの悪い笑みを浮かべながらノリノリでヒロを追い込みはじめた。


「何を断言するんですかっ」

「ほらアキも睨んでるじゃねぇか。俺の妹のどこが気に入らないんだ、って」

「アキラさんが睨んでるのってコウメイさんですよね?」


 黙らせるために突き出した空のコップに蒸留酒がなみなみと注がれた。


「でさ、どっちよ? やっぱ幼馴染だよな?」

「甘味処も健気でかわいいぞ」


 酒を飲んでいるのだから喋れない。喋れないったら喋れないのだとヒロは顎をあげて杯を傾けた。


「……あ」


 コップを空にするよりも前に、ヒロが仰向けに倒れた。蒸留酒のストレートはそろそろ限界値だったヒロに無事とどめをさせたようだ。


「逃げられた」

「逃がしたんだろ」


 床に落としてしまう前にコップを受け止めたアキラは、残っていた蒸留酒をシュウの口に流しいれた。


「こっちも潰れたな」

「潰すなって」


 ヒロに次いで昏倒したシュウの身体を押しのけ、二人は酒瓶を間に挟んで向かい合った。


「ベッドに座らせてから潰したほうが良かったか?」

「冷え込む季節じゃねぇし、このまま床でいいんじゃねぇか?」

「シュウはともかくヒロがかわいそうだ」

「だったら何で誘ったんだよ。本音知りたかったんじゃねぇの?」


 コウメイに指摘されたアキラはそっと目を伏せた。酔っ払いの発言はその大半が普段は口にしない本音だ。興奮で眠れないヒロを自然に飲みに誘い、あわよくば昼間の件をどう思っているのか聞き出そうと考えていたのは事実だ。


「兄貴としては心配だよなぁ。ヒロは妙な性癖も持ってねぇし、性格がいいからお勧めだけど、鈍感ぎみなのが気になるんだろ。サツキちゃんが泣くことにならなきゃいいけど」

「……余計な口出しはするなよ」

「俺は他人の恋路にお節介やくほど悪趣味じゃねぇよ」


 コウメイは胡坐を組んだ膝をポンポンと叩いてニヤリと笑った。


「さて、そろそろアキを潰して本音を聞きだそうか」

「なんの本音だ」

「色々。とりあえず恋バナからだな」

「女子か」

「だってシュウの初年齢とか、俺の人数とか、ヒロの純情初恋話なんか聞き出したくせに、アキは何にも喋ってねぇんだ、ズルぃだろ」

「酔ってないくせに勝手にべらべら喋っておいてズルイとか言うな」


 鼻で笑ったアキラは、コウメイのコップにたっぷりと蒸留酒を注ぎいれた。


「潰せるものなら潰してみろ」

「アキも結構強いからなぁ」


 酒瓶を覗き込んだコウメイは片眉を上げた。


「足りるかな?」


 そう言って木の香りのする琥珀色の酒をアキラのコップになみなみと注いだのだった。


   +++


 コズエとサツキはそろって朝寝坊をした。しばらくは休養日なので慌てることはなかったが、台所に下りてみるとかまどを使った形跡がない。休養日であっても規則正しく起きるコウメイにしては珍しい。

 サツキは兄の部屋をノックした。アキラは無理でもヒロなら起きてくると思ったのだが返事はない。


「……まさか、まだ毒の影響が残ってるんじゃ」


 心配になりそっとドアを開けて覗き込むと、寝室は空っぽだった。ベッドを使った形跡もない。


「サツキ、こっちこっち」


 コズエに手招きされてもう一つの男子部屋を覗き込んだ。

 転がる酒瓶といくつものコップ。床で大の字で寝ているシュウに上半身だけベッドに引っかかっているヒロ、もう片方のベッドではアキラが枕に顔をうずめ、コウメイが上掛けごとアキラの足を抱えて寝ていた。


「お酒臭い……」

「男子会やってたのね」


 この様子では昼まで起きてきそうにない。


「ギルドにいくのは夕方になりそうね」

「休養日だし、いいんじゃないかな」


 静かに扉を閉めた二人は、足音を立てないように注意しながら階下へ降りたのだった。




※お酒は二十歳を過ぎてから。

なお、この世界での成人(飲酒OK)年齢は12歳です。


「俺は何で床に寝てんだ?」

「気持ち悪い、です」

「……日差しが痛い」

「昨夜は楽しい酒だったなぁ」


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