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新しい人生のはじめ方~無特典で異世界転移させられました~  作者: HAL
第5部 秘められた島/岐路

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金華亭


 ナナクシャール島で生活物資を手に入れようと思ったら、魔法使いギルドを通じて注文するしかない。土の日までに注文された物資は、二日後の星の日に定期船で島に運ばれてくる。ギルドのロビーに作られた臨時の売店が開店し、そこで注文の品を受け取るのだ。


「注文してたのはハギの粉と芋二袋、塩と胡椒、植物油だったな」

「全部で六百七十ダルや」

「丸芋がひと袋六十ダルって、高くねぇか?」


 物価の高い王都ですら丸芋はひと袋四十ダルだったとクレームを入れたコウメイをアレックスが鼻で笑った。


「地図にも載ってない孤島で注文した品が二日後に届く意味考えてみぃ? 注文は転送魔術使うてんねんで、転送魔術一回いくらかかると思うてんのや。船便の運搬料もかかっとるんや、これでも原価スレスレやで」


 魔法使いギルドは各種魔術サービスを提供する事でも利益を上げている。特に国家や貴族、領主間において転送魔術は引っ張りだこのサービスだ。ナナクシャール島からの注文書の転送料金は注文された品の価格に転嫁されている。なお料金は転送する物体の重要性に比例して高くなるらしい。


「あんたらも故郷に手紙送りたいんやったら遠慮のう使うてな。一回千五百ダルやけど」

「高っ」

「転送魔術ってどこへでも手紙を送れますか?」

「どこへでもっちゅうのは無理や、故郷に近い冒険者ギルドへ転送して、そっから先は配達してもらう事になるんやけど」


 今なら初回割引で千三百ダルに値引きするけど、どないする? と問われてお断りした。世界を超えて家族に手紙を送れたら、と少しだけ期待して尋ねてみたが、流石に無理だろう。

 ギルドにはコウメイたちの他にも注文の品を買いに来た冒険者や町の住人たちが集まってきた。大量の食材と酒は島唯一の飲み屋兼食堂の金華亭が注文したものだろう。島にいる五十数人が一週間食って飲めるだけの物資は、ロビーの一角に山積みにされていた。


「ハギ粉に芋に野菜に卵まで取り寄せできるのか。葉物野菜の鮮度はまあまあだな」

「牛乳と卵は私たちも欲しいですけど、鮮度が心配ですね」


 金華亭の注文物資を見ていたコウメイとサツキは、自分たちの食生活に取り入れたい食材のチェックに余念がない。


「次の船便で欲しい品はこちらで注文してくださいね」

「半金前払いですよ」


 いつもアレックスが暇そうに占領しているカウンターテーブルには、ギルド職員のディックとハロルドが座り、冒険者達から次回配達の注文を受け付けていた。


「使えるものがあったら買ってくれよ。このブーツはどうだ? 四日前に森で死んだ冒険者の注文したものだが、品はいいぞ」


 臨時売店の別枠ではスキンヘッドが買い主のいなくなった品をたたき売りしていた。冒険者たちが良く注文するのは酒や煙草といった嗜好品と、島で入手できない装備や着替えの衣服が中心だ。嗜好品はすぐに他の買い手が見つかるが、装備品はギルドの死蔵品になることが多く、今回もいくつかの品が在庫と共に並べられていた。


「このマントはなかなかいい生地使ってるじゃないですか」

「サイズの合う皮手袋があればいいんだが」


 安く買えるのならとコズエとヒロは叩き売りされている品をあさっている。他にも二日前に衣服を破損した何人かの冒険者が、自分サイズの着替えを求めて手を伸ばしていた。


「こんにちは、金華亭です。注文の品を引き取りにきました」

「待っとったで、注文の控えとそこの品、確認してくれるか?」


 混雑するギルドロビーに現れたのはまだ幼い少女だった。金華亭のエプロンをした黒茶髪の少女は、板紙二枚分の注文リストと届いた品を照らし合わせてゆく。


「この島にあんな小さな女の子がいたんですね」

「今まで見かけたことないが、あんな幼い子が金華亭の従業員なのか?」


 この世界で飲み屋の女性従業員と言えば酌婦だ。男に酒を注ぎ色を売る。小学生くらいにしか見えない幼い女の子がそんな商売をしているのかと、少女の腕にはめられている奴隷の腕輪を見てコウメイたちの表情が引きつった。


「なんや、あんたらまだ金華亭行ってへんのか? 島唯一の酒どころやのに」

「俺たちそれほど酒は飲まないので」


 食事はコウメイが作っているし、酒を飲みたくなったら店ではなく宅飲みだ。コウメイたちは酌婦に媚びられながら酒を楽しむほど世慣れてはいないし、パーティーには女の子が二人いる手前、できるだけそういった店には近づかないようにしていた。


「酒も飲まずに魔物討伐なんて良くやってられるな」

「いっぺん店に行ってみたらええわ。あんたらが思うとるような店やあらへんで。店でタラを買う素振り見せてみぃ、マーシャに殺されて明日の朝には海に浮かんどるわ」

「金華亭は酒と飯の店だ。せっかく島に住んでるんだ、住人と顔合わせくらいはしておいたほうがいいと思うぞ」


 どうやら金華亭はコウメイたちが誤解したような酒と色売りの店ではないらしい。


「丁度ええ、あんたら荷運びしたってや。おーい、タラ」


 アレックスは検品中の少女に声をかけた。


「今日の荷運びは新入りにさせたらええ。マーシャに酒の代わりに飯出せいうといて」

「お酒じゃなくてご飯ですか?」

「せや、こいつら酒は嗜まへんいうしな」


 ぐいっとコウメイの腕を掴み、少女の前に引っ張り出した。

 薄いブルーの瞳が見知らぬ冒険者たちを見上げた。その瞳は幼い少女とは思えぬほど深くコウメイたちを見極めようとしていた。


「金華亭に勤めているタラです。五日前に新人が来たと聞いていましたが、お店に来ないのでてっきり初日に島から逃げ出したのだと思ってました」

「えらく喧嘩腰だな」

「客にならない冒険者に用はありませんから」


 金華亭の荷運びは、冒険者たちが店で飲む酒の一杯目を無料にする条件で頼んでいる。酒一杯だけで満足する冒険者はおらず、いつも追加注文が入り肴もよく出る。荷運びの態をした客引きだ。いつもはタラが酒豪の冒険者に声をかけるのだが、ギルド職員が押し付けたということは店の主人に面通ししておきたいということなのだろう。


「そりゃすまねぇな」

「そちらの酒樽と、芋とハギの袋は検品が終わっていますので表の箱台車に積み込んでください。卵は割れないように最後にお願いします」


 てきぱきと指示されたコウメイは「どうする?」とアキラを振り返った。


「荷運びくらいしてもいいだろう。飯の店と言うなら余ってる肉の買い取りを頼めるかもしれないぞ?」


 今までの狩りの癖が抜けない六人は、町を目指す帰路でつい可食魔獣の肉を持ち帰ってしまうのだ。自分たちだけで消費しきれず、料理を多めに作って鍛冶屋のロビンに差し入れする事で何とか捨てずにすんでいる状態だ。金華亭の仕入れ品目を見る限り食肉類は一切なく、自分たちの獲物を卸せる先になりそうだとアキラは乗り気だ。


「俺らは六人いるが、全員の昼飯で引き請けよう」

「わかりました。店までよろしくお願いします」


 タラの細かな積み込み指示の通りに箱台車に荷を移した。酒樽は醸造酒が五樽に蒸留酒が三樽、牛乳の瓶が三つ、ハギ粉や豆の大袋が二十ほど、芋は五袋に塩の袋、それにさまざまな野菜類の入った箱が四箱もあり、用意されていた箱台車には乗せ切れない。コウメイたちはそれぞれの背負子に荷物を積み込んでタラと共に町に向った。


「人族と獣人族のパーティーは珍しいですね」

「この島の人は獣人を見てあんまり驚かねーんだな」

「島には時々獣人族が魔石狩りに来ますから、それほど珍しくありませんね」


 コズエたち六人を見比べて不思議がるタラだが、シュウにしてみれば疑問を持つポイントがこれまでの経験と違っていて驚いていた。


「春先に一ヶ月ほど熊族の人たちが来ていました。昨年は狼族が二組、猫族が一組、羽族が一組でした」


 それだけ頻繁に多種獣人族が訪れるのなら狼獣人のシュウなど珍しくもないのだろう。


「あなたはどうして人族と一緒にいるんですか?」

「どうしてって、友達だからな」

「……不思議です。今まで島に来た獣人族たちは人族には極力関わらないようにしていたのに」

「どの種族もなのか?」

「はい。町外れの家に滞在して、お店に来ても注文以外では喋りませんでしたし、町ですれ違っても挨拶もありませんでした」


 かつて人族が利益を求めて獣人族を支配下に置こうと戦を仕掛けた。それがきっかけとなって獣人族は人族との交流を絶ち、必要な時に必要に応じて限られた窓口を通して最低限の交易を行うようになった。一方的に戦争をしかけられた事実は、寿命の長い獣人族には過去の事ではないようです、と少女は淡々と語った。


「狼族のシュウさんは、本当にお酒を飲まないのですか?」

「たまーに舐めるくらいだな」

「そうですか……」


 タラは目に見えてガッカリした様子で息を吐いた。


「獣人族の人たちは私たちに素っ気なかったけど、お酒はたくさん飲んでくれたので良いお客さんだったんですよね」


 そんな話をしている間に金華亭に着いていた。


   +++


「ふん、今日の荷運びは営業妨害冒険者たちか」


 店の裏にある貯蔵庫に荷物を運び入れた後、表に回って店に入ったコウメイたちはマーシャの客商売とは思えない無愛想な声に迎え入れられた。


「営業妨害?」

「何かしたっけ?」

「島では店を開いてないですよね」


 赤みがかった金髪を結い上げた美女だった。マーシャは少しばかりとうが立っているが、肌艶もよく健康的な色気のある女将だ。


「ええと、俺たちは何か迷惑かけましたか?」

「直接じゃないけどね。適当にかけとくれ。酒は何にする?」


 店内にはテーブル席が四つ、カウンター席には椅子が七つ。古びてはいるが清潔で掃除が行き届いている。


「マーシャさん、この冒険者たちはお酒を飲まないそうです。アレックスさんからは代わりに食事の提供をと言われました」

「なんだい、見た目は立派なのに半人前の坊やなのか」

「酒を飲まないってだけでそれはねぇだろ」

「ウチは酒と飯で商売してんだよ、儲けにならない客は半人前扱いも当然だろ」


 なるほど、カウンターには酒樽が二つ並んで置かれており、壁沿いの棚には中ジョッキほどのカップがいくつも並べられている。テーブル席側の壁には料理名の書かれた板紙がいくつも貼り付けられていて、雰囲気は洋風居酒屋だ。


「昼にはちょっと早いけどご馳走になりましょうよ」

「お店でご飯食べるのも久しぶりですね」


 コウメイたちは二つのテーブルに分かれて席に着いた。カウンター奥の調理場で料理を温めているのだろう、美味しそうな匂いが漂ってきた。


「今日の昼定食です。角ウサギ肉と芋の煮込みと根菜の酢漬け」


 タラが運んできた料理がコウメイたちの前に静かに並べられた。薄切りの黒パンは籠にまとめて入れられテーブルの真ん中に置かれた。


「「「「「「いただきます」」」」」」


 いつものように手と声を合わせた六人の行動に、マーシャとタラは目を丸くした。


「なんだい、それは」

「私たちの故郷での食事の前の挨拶です。作ってくれた人や食材への感謝をこめて、これから食べますねって言葉なんですよ」

「へぇ、いいねそれ」


 サツキの説明を聞いたマーシャは興味深そうに「イタダキマス」と何度か繰り返した。


「美味いなー」

「うん、お芋も柔らかくて味がしみこんでます」

「魚醤ベースの味つけだな」

「これはピクルスだな」

「まあ醸造酒があるくらいだから酢もあるだろうな。今まで食材店で売ってるの見たことねぇんだが」


 酢があれば料理の幅も広がるとコウメイが呟いたのをマーシャは聞き逃さなかった。


「あんた料理人かい?」

「冒険者だよ。料理は趣味」

「趣味ねぇ、腹の立つ事言ってくれるじゃないか。本業じゃないんならウチの客を奪うような事はしないどくれ」


 マーシャの苦情はコウメイには全く覚えのないことだった。


「あんたが料理の差し入れするせいで、ウチは常連客を一人失ってるんだよ」

「もしかして、鍛冶屋に飯の差し入れした事か?」


 狩った肉を無駄にしないために料理をおすそ分けしているのは隣人の鍛冶職人だけだ。


「ロビンが飯を食いに来なくなったせいで、飯と酒の売り上げが落ちてるんだ。営業妨害ってのはそういう意味だよ」

「ロビンさんはお酒をたくさん飲むお客なので、売り上げが激減しました」

「……それは申し訳ない」


 タラに追い討ちされてコウメイは素直に謝った。酒と飯は別物のような気もするが、店に足を運ぶ回数が減れば使う金も減るのは確かだ。


「俺は食材を無駄にしたくないだけなんだけどな」

「マーシャさん、この店で使う肉は冒険者から買い入れているのですか?」


 スプーンを置いたアキラが女主人に向き直った。


「ああそうだよ。肉の在庫がなくなったら冒険者に頼んで討伐のついでに狩ってきてもらってる」

「俺たちも自分たちで食べる肉を狩っているが、食べきれない肉を無駄にしたくなくてロビンさんに差し入れていました。余剰分の肉を店で買い取ってもらえるなら助かりますが」

「ふうん、ロビンを切るってことかい?」

「今までだって毎日差し入れしていたわけじゃありませんし、隣人としての付き合いは動物を餌付けするのとは違いますよ?」


 マーシャは腕を組みアキラの申し出を真剣に考えている。


「肉の種類に注文はつけないが、一カレにつき十ダルしか出せないよ」


 王都では草原モグラの肉が五カレで八十ダルと最安値だったが、マーシャの値つけはそれよりも大幅に低い。


「俺たちが消費しきれない分を買い取ってもらうんです、それで十分です」

「商談成立だね」


 金華亭に客を返し、食材を無駄にしないための合意ができた。


「ところで、あんたたちは本当に酒を飲まないのかい?」

「いや……まあ、全くというわけでは」


 コウメイとアキラは言葉を濁した。全く飲まないわけではないが、普段「お酒は二十歳になってから」とコズエやサツキに言っている手前、表向きは飲まない事にしておきたかった。


「美味しいお酒ってあまり飲んだ事ないんですよね」

「苦いのとか辛いのとか、カーってくるのは苦手なんです」


 視線が泳いでいるコウメイに気づいていないコズエとサツキは、これまで飲んだ事のあるお酒の味を思い返してマーシャに尋ねた。


「甘くて軽いお酒があれば飲んでみたいんですけど、ありますか?」

「前に村で分けてもらった甘いお酒は美味しかったです。強すぎましたけど」

「甘ったるい酒は舌が馬鹿になるし、酒精は強いほど美味いものだがねぇ」


 自分の嗜好とも、店の客たちの好みとも異なる酒は仕入れる予定はないとマーシャが答えると、二人は少しだけ残念そうに肩をすくめた。どうやら二人が酒を目当てに金華亭に通うことはなさそうだ。


   +


 食事を終え店を出たところで、丁度昼飯にやってきた冒険者と鉢合わせになった。飯を食ってから森に入るのだろう、防具に武器ときっちり装備している。


「見ない顔だな」

「そっちこそ」


 互いに初めて見る相手に対する警戒があり、声は固かった。島ではギルドと森と借り家の往復、たまに鍛冶屋へ行く程度と行動範囲の限られているコウメイたちは、島で活動している冒険者は数人しか知らないし、彼らも他の冒険者達に認知されているとは言いがたい。


「……女連れに、獣人かよ」


 コウメイに続いて店から出てきたコズエとサツキに気づいた男達は、ギラギラとした欲望も露わな視線を向ける。あまり気持ちのいい視線ではないと眉をしかめたコズエは、さっと入り口を譲って男達から距離を取った。


「腕輪つけてないのか」

「姉ちゃんたちも冒険者か?」

「もったいねぇなぁ」


 二人の腕を何度も確かめるように見た男達は、奴隷腕輪を見つけられず残念がった。やっと金華亭も娼婦を買い入れたのではないかと期待したようだ。同じ男として気持ちは分からないでもないが、身内に身勝手な欲求を向けられるのは気分のいいものではない。


「妹達に何かしようなんて考えないでくれよ」


 コウメイは笑顔を作ってリーダーらしき男に釘を刺した。


「お互いこんな島にいるんだ、まともな場所で死にたいだろ?」

「俺達は冒険者だ、犯罪者じゃねぇ」


 馬鹿にするなと睨みつけてくる眼力に彼らの自尊心を読み取って、ひとまず安堵したのだった。


   +++


 コウメイたちの夜は早い。夕食後のミーティングを終え、アキラは早々に寝室に戻りベッドにもぐりこんだようだ。コズエはサツキに手伝ってもらいながら討伐服の修繕を終わらせ、つい先ほど二人とも寝室に上がっていった。洗い場の掃除当番を終えたヒロは、台所で片づけをしているコウメイに「おやすみなさい」と声をかけて寝室に向った。朝食の下ごしらえを済ませカマドの火を落としたコウメイは、ランプを持って戸締りの確認に向う。


「開いてるじゃねぇか……シュウか」


 鍵をかけたはずの扉だ。ミーティング後に姿を見ていないのはシュウだけだ。このまま締め出してやろうかと鍵に手を伸ばした時、タイミングよく玄関扉が開いた。


「ただいまっと」

「出るなら前もって言って行けよな」

「悪い、すぐ戻るつもりだったからさ」


 そう言ってシュウは小さな瓶を差し出した。


「……酒か」

「なんか昼間の感じだと、コウメイって結構飲めそーな感じだったから」

「明日があるんだぞ」

「だからちょっとだけだって」


 この島で酒を調達するとしたら金華亭しかない。マーシャは度数の高い渋めの酒が好みのようだったが、さてシュウはどのくらい飲めるのだろうか。台所に戻ったコウメイは干し肉とコップを持ってシュウと共に寝室に戻り酒盛りを始めた。

 現在住んでいる借り家の部屋割りは、コウメイとシュウが同室だ。酒瓶の栓を外したコウメイは、匂いだけでかなり強い蒸留酒だと気づいた。獣人の嗅覚的に大丈夫なのかとシュウを見ると案の定しかめた顔を背けていた。


「うわー、キツイ」


 コウメイは一センチほどの蒸留酒を水で割ってシュウに渡した。自分のコップにはストレートでなみなみと注いでいる。


「……コウメイ、酒豪?」

「どれだけ飲んでもちょっと気持ちが軽くなるくらいで、酔えねぇんだよな」


 当然二日酔いにもならない。


「シュウはどうなんだ?」

「すげー陽気なんだってよ。それと一定量越えたらリバース確実」

「おい、やめろよ」

「この程度じゃ問題ねーって」


 本当かよと疑いの目を向けながらも一応コップの端をぶつけ合わせた。

 高校生だった頃に大人の目を盗んで飲んだ酒は缶チューハイばかりだった。甘くて炭酸が強くてほんのりと気分が良くなるジュース感覚だったが、こちらに来てから飲む酒はずしんとした重さがあった。だが嫌いではない。


「美味いな、これ」

「ああ、甘くないのに果物の香りがほのかにする」


 舌の上をさらりと流れ、喉でかっと熱を感じ、胃がふわりと温かくなる。

 コウメイはガラスのグラスが欲しいなとふと思った。木製のカップでは酒の色を楽しめない。


「前から聞きたかったんだけどさ、コウメイって二人のどっちがタイプなんだよ」

「……シュウって恋愛脳だったか?」

「昼間二人の事を『妹達』ってたから気になって。対象外なのか? 日本にいたときは違って、こっちじゃキレーな生活してるんだなーって不思議ナンダヨ。あの二人可愛いだろ?」

「見てて分かるだろ、あの二人の好意が向いてるのは俺じゃねぇ」

「意外と甲斐性なしなんだな。彼女が替わっても切れたことなかったくせに」

「あのな、言っとくけど俺は来るもの拒まずだっただけで、自分から追いかけたことはないからな」


 コウメイの言い分を聞いたシュウは目を細めた。それでは追いかける相手ができたら、この友人はどんなふうになるのだろう。ぜひ見てみたいものだと思いながら水割りを飲み干した。


「それはそれでムカつく。モテ自慢かよ。クラス一のモテ男自慢かよっ」


 びしっと指さしてくる手を叩き落としたコウメイは、小さなランプの灯りでもはっきりとわかるほど赤い顔のシュウを見て不安を覚えた。


「声がでかいぞシュウ」

「おまえ結構な恨み買ってたからな? こっちに来て何人タラした? 何で俺は獣人選んじまったんだよ! 恋愛に寿命なんか関係ねーだろちくしょー」

「お前もう寝ろ。証拠隠滅は俺がやっとくから」


 まさかとは思ったが、蒸留酒の水割り、しかもかなり薄めに作った一杯で酔っ払ったらしい。おかわり、と突き出されたコップを取り上げたコウメイは、そのままシュウをベッドへと蹴り倒した。


「なあ、コウメイ。俺は何で獣人なんだろうな」

「……」


 自分で選んだんだろう、とは返せなかった。もしもあの時、あの声の主から詳細な説明を受けられていたら、この世界の知識を事前に得られていたら、あんな選択はしなかったとコウメイも思っている。


「人間に戻る方法ってあると思うか?」


 身体を起こしたシュウは酔いのさめた目でコウメイに尋ねた。


「わからない」

「俺は可能性はゼロじゃねーと思ってる。見た目だけでも何とかする方法がわかったんだ。なら全部変える方法だってあるはずだろ?」


 知らないことの多いこの世界だ、肯定も否定もできない。だからこそ可能性はあるのだ。


「とりあえず三十万ダルか虹魔石百個集める。俺のわがままだけど、力貸してくれ」

「貸してるだろ、俺もアキも。コズエちゃんたちも協力してくれてる。けど……コズエちゃんやサツキちゃんに他にやりたいことができたら、そっちを優先するのは許してやってくれよな。その代わり俺はシュウが納得するまで付き合うから」

「そこまでわがままを貫くつもりねーよ」


 安堵の笑みを浮かべたシュウは、身体の力を抜いてベッドに横たわった。


「ありがとーな……」


 照れ隠しのような礼を言った直後、シュウは目を閉じ眠りに落ちた。


   +


 規則正しい寝息を聞きながら、コウメイは一人で酒杯を重ねていた。窓枠に置いたランプの油が残り少なくなり、炎が不安定に揺れている。


「人間に戻る方法か……」


 そんなものがあるのだろうか。

 友人たちのためにも、自分のためにも、存在して欲しい。

 そう思いながら、コウメイは最後の酒を飲み干しランプの火を消した。


   +++


「酒臭い」

「ゴメンナサイっ」

「すみませんでしたっ」


 朝食の席に着いたアキラの鋭い一言に、コウメイとシュウはその場で土下座していた。


「シュウさん、顔色悪いですよ?」

「コウメイさん、少しダルそうですね」


 サツキが差し出した温かな芋のポタージュスープを受け取ったシュウは、まろやかで胃に優しい朝食に感謝した。


「こっそり酒盛りか、いい身分だな?」

「……反省してます」


 何のためにここに居るのだと責めるアキラの視線が痛く、シュウは顔をあげることができない。


「飲むなとは言わないが、日を選べ」

「ごめん、アキ」


 水割り一杯で軽く頭痛を残したシュウと、蒸留酒のほとんどを飲み干したが、わずかに残る倦怠感の他には何の影響もないコウメイ。


「今日の探索は中止だな」

「少し休めば大丈夫だぜ?」

「大丈夫なわけあるか!」


 ナナクシャール島の魔物相手に、軽いとはいえ二日酔いの二人を連れての討伐など言語道断だ。どんなミスで危険に身を晒す事になるか分からない。

 臨時に休養日となったその日、コウメイとシュウは家中を磨き、シーツや汚れ物を洗い、薪の拾い集めにと忙しく働いた。

 家事当番から解放された四人は、安全な港で釣りを楽しんで一日を過ごしたのだった。


 

お酒は二十歳を過ぎてから。


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