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サガストの町 2

サガストの町 2


 ギルドの査定窓口はコウメイらが連日持ち込む素材を見て、登録して数日の初心者にしては筋が良すぎる、と評価していた。ギルドの買取基準はそれなりに高く、初心者に薬草だけで毎日二百ダルを稼ぐ者は滅多にいないらしい。こんな有望な薬草冒険者を逃してはなるものかと、職員らは頻繁にコウメイに声をかけ励ましていた。


 今日も二人は薬草をせっせと採取してゆく。最近では角ウサギの好む薬草も見分けられるようになり、せっかく習った解体技術は使わなければ鈍ると、コウメイは率先して角ウサギを狩っている。アキラの誘導で森の水場を確保し、ついでにアキラにも解体を教えた。最初は顔色を悪くしていたが、すぐに慣れコウメイよりも手早く作業できるようになっていた。


「俺、初日に吐いたのに、アキは平気なんだな」

「平気なわけないだろ。ただ嫌なことは出来るだけ早く終わらせたいだけだ」


 後で気づいたがアキラはコウメイに隠れて嘔吐していたらしかった。たとえ親友でも弱味は見せたくなかったらしい。

 角ウサギの肉は三羽分からの買取になるが、一日に三羽を狩れる事はなかった。遭遇しても、コウメイの木刀では一撃で仕留めない限り、逃げられるか仲間を呼ばれて逆に二人の方が逃げることになるからだ。

 狩った角ウサギが買取量に満たないときは、折角の肉がもったいないので自分たちで食べる事にした。そのために火起しの鉄棒と調味料を購入し持ち歩いている。キャンプで使うような鉄の棒とヤスリのようなもので火を起し、削ぎ切りにして鉄串に刺した肉を焼く。味付けは塩だけだが、脂身がなく淡白で引き締まった肉の味は悪くはない。


「野菜がほしいな」


 生野菜サラダが食べたいとこぼしたコウメイに、アキラは真顔で採取したばかりの薬草を差し出した。


「一応、生食できるけど」

「草……しかもそれ、苦いヤツ」

「じゃこっちの果物は」

「それ、甘みよりも酸味が強いじゃねぇか」


 森でバーベキューランチをするようになってから、アキラは食べられる野草や果実も探すようになっていた。森で得られる果実はエグみや渋みが強かったり、酸味が極端に強かったりと、どれもこれも野性味溢れる味だ。


「果物は町で買うと高いからなぁ」


 北の地方の農園では甘い果実が栽培されているらしいが、輸送コストが乗せられた甘い果実は、サガストの市場では一個が百五十ダルもする高級品だ。季節の葉野菜も市場で安く売られているが、この世界での野菜は日持ちのする根菜がメインだった。


 毎日薬草で二百ダルほどを稼ぎ、角ウサギを狩れたときは角と皮の六十ダルが臨時収入となる。宿代と生活消耗品を購入しても余裕があり、着実に乗合馬車代が貯まりつつあった。


「こっちに転移したとき、竹刀が木刀に変わってくれて助かったよな」


 竹刀よりも木刀の方が殴ったときのダメージは大きい。竹刀では角ウサギは仕留められない。


「角ウサギ相手だからコウメイの木刀でも何とかなってるけど、それ以上の魔獣相手だと一撃で折れるよな?」

「この辺りは魔猪も出るらしいし、猪相手に木刀は無理だろうなぁ」


 だが武器も防具も高い。少しでも早く妹と合流したいだろうアキラに、馬車代を後回しにして先に武器を買いたいとは言い出せなかった。


「……魔猪の皮はいくらだった?」


 果実をかじって眉をしかめたアキラが、酸味を堪えながら噛み砕いて飲み込んでからそう問うた。


「ギルドの買取価格か? 確か皮が一頭分で二百ダル、肉は一頭分で三百ダルくらいだ」

「効率よく魔猪が狩れるのなら、先行投資してもいいんじゃないか? 今、いくらある?」

「二千三百ダルくらい貯まってる。馬車代だけなら足りる額だぜ」


 乗合馬車の旅は、停留駅での宿泊費や食費もかかる。万が一に備えてギルドで売っている錬金技術による回復薬と治療薬も購入しておきたい。それを考えれば町を出るのは最低でも三千ダルは貯めてからにしようと話し合って決めていた。


「じゃあ、コウメイの武器を買おう。その木刀もだいぶ傷んできたし、そろそろ折れそうじゃないか?」


 この前見た中古の剣は二千ダルくらいだった。剣を買えば手持ち資金のほとんどを使うことになる。


「いいのか? 後ちょっとで目標額なんだぜ」

「馬車に乗れても武器一つない方が不安だ」


 護衛がついているといっても魔物の数が護衛よりも多かったら、強かったら、丸腰では身を守ることもできないとアキラが言った。


「けどよ、咲月ちゃんはどうするんだよ?」

「急がなくても大丈夫、だと思う」


 アキラは上着の胸ポケットから銀板を取り出して電源を入れた。


「この世界に来てから十日くらい経ってるけど、咲月はこの街から動いていないようだから」


 銀板に表示される赤い丸印は、最初に確認したときからずっとひとところを移動していなかった。


「俺たちがサガストから移動できないように、咲月も最初の街から出られてないと思う。友達の女の子と一緒に居るなら、余計に危険な街の外には出ないだろうし、ナモルタタルはここより流通が発達してて安全な仕事もあるらしいし……大丈夫だろう」


 アキラは妹の心配は棚上げにすると言い、気にするなとコウメイに武器購入を勧めた。


「新しい武器で魔猪倒して、コウメイが稼いでくれるんだろう?」

「プレッシャーかけんなよ」

「俺のナイフじゃ猪は無理だ。後ろで応援してるからな、頑張れ」

「いや俺だけ頑張るのか? アキも頑張ってくれよ」


 剣道有段者のコウメイが主戦力なのは仕方ないが、アキラも戦えるようになって欲しい。


「森で木の棒でも拾うしかないな」

「よし、ガンガン魔猪狩って、アキの武器も買おうぜ」


 目指せ戦力倍増。


   +


 早めに町に戻った二人は、武器屋で中古の剣を購入した。いくつかの剣を試しに持ったり振ったりして、コウメイは一振りの剣を選んだ。


「木刀より短いけど、大丈夫か?」

「ああ、重さとか振ったときの重心とかはコレが一番しっくりきた。切れ味も良さそうだし、手入れ用の研石も買ったし、最初の武器ならマシな部類だと思うぜ」

「コウメイが納得しているならいいけど」


 武器屋のオヤジは魔猪を相手にするならもっと長く重い長剣を勧めたが、予算の都合がある。アキラはコウメイの武器選択に納得していないようだった。「得物と身体を守る防具をケチってたら熟練になる前に死ぬぜ」というオヤジの忠告が気になっているのだろう。大丈夫だぞとコウメイは不敵に笑った。


「弘法筆を選ばずって言うだろ。冒険者としての経験はなくても、剣道の経験は十年以上ある。それなりの武器でもある程度は使えるから安心しろよ」


 所持金はぐっと減ったが、これで大物を狙えるようになった。


 翌日の二人は魔猪の多く出る森の西を目指した。薬草を採取しながら森を奥へと進み、魔猪を探す途中で角ウサギを二羽狩った。剣の切れ味はまあまあで、毛皮を傷つけないよう角ウサギの頭を一撃で切落すコウメイの腕は確かに「弘法」だった。


 魔猪を標的と決めて二日目、単体で木の実を捜しているところで遭遇した。緑色に黒い縞の入った毛皮、見た目でも五十キロ以上はありそうな巨体だった。先手を取ろうとコウメイが狙いを定めて襲い掛かったが、魔猪に先に気づかれ反撃の突きの重さとスピードに逃げ出すことになった。


「魔獣の猪って緑色なんだな」

「子供の猪みたいな模様だけどな」


 再び単体の魔猪と遭遇した時、コウメイは反動と体重をかけて首を狙った一撃を入れることができたが、頚椎の硬さは力では圧し切れなかった。

 魔猪の突きを避けて飛び退った。


 その動きを支援するようにアキラが石を投げる。

 角ウサギでは的が小さくほとんど命中しなかった投石だが、至近距離、かつ魔猪ほど的が大きければ素人の投石でも外しようがない。


 怒りに我を忘れた魔猪は、己に激痛を与えたコウメイではなく石を投げたアキラへ突進した。

 アキラを狙う魔猪の顔側面にコウメイは剣ごと突撃する。

 魔猪の顎から脳天に向けて剣が貫いた。


「キツかったーっ」


 コウメイは転がって絶命した魔猪の横で荒い呼吸をしている。


「怪我してないか?」

「打ち身はあるけど、大したことねぇよ」


 すぐに起き上がって魔猪から剣を抜いた。


「これ、解体しても結構な重量がありそうだよな」


 不要な内臓や骨を除けても皮と肉だけで三十キロ以上ありそうだ。水場まで魔猪の死体を持っていくことを諦め二人はその場で解体を始めた。


「コイツを狩れたら他の獲物は持ち運べそうにないな」

「肉は俺が持つから、アキは毛皮を頼むな」

「角ウサギの角と毛皮くらいならまだ持てる。肉は食えばいいから、見つけたら狩ろう」


 クズ魔石も角も嵩張らないものだし、小さな毛皮も畳んでしまえば数羽増えても問題ない。手持ちの金がかなり減った今は少しでも収入は増やしておきたかった。


「かなり脂のってるぜこの肉。味見してみたいなぁ」

「少しくらいなら大丈夫じゃないか?」


 魔猪の贓物や骨をその場に残し、二人は水場に場所を移して火を焚いた。薄く切った魔猪の肉を串に刺して焙ると、脂の解けるパチパチという音と、何とも言えない肉汁の匂いに唾を飲み込んだ。焼きあがった肉に軽く塩を振ってそのまま食べてみた。


「野性味のある豚肉、だな」

「血抜きが足りなかったんじゃないか? ちょっと臭みが気になる」

「でも美味いだろ」

「ああ、美味いな」


 脂の旨味がたまらない。角ウサギも鶏胸肉に似ていて不味くはなかったが、十八歳男子には淡白すぎて物足りなかったのも事実だ。


「これギルドに売るのか……もったいねぇなぁ」

「保存できないんだ、諦めろ」


   +


 その日は早々に町に戻り、往復で採取した薬草と魔猪の皮と肉をギルドに卸した。魔猪の皮は破れがないということで少し割高に買い取ってもらえた。


「全部で七百二十ダル。でかい得物は儲けもでかいぜ」


 夕食の根野菜とバラ肉の煮込みを食べながらコウメイがニンマリと笑った。


「この調子で稼げたら、近いうちに移動できるんじゃないか?」

「そうなるといいな。けどコウメイの負担は大きいんだ、怪我はするなよ」


 アキラの薬草研究も進んではいるが、ギルドの液体薬ほどの効き目は期待できない。猪と力勝負になるコウメイの戦い方は大怪我のリスクが高く心配だ。


「アキの投石に助けられたし、ああいう感じで魔猪の注意を引く方が危険なんだから、そっちこそ前に出るなよ。逃げ切れる間合いはとっとけって」

「俺もそのうちに武器を買わないといけないな」


 アキラは魔獣狩りでコウメイを盾にしていることに罪悪感を持っているようだった。


「お、アキはどんな武器がいいんだ?」

「思いつかないな。俺は剣道やってたわけじゃないし、何がいいと思う?」


 できるだけ安く手に入る武器がいいとアキラがコウメイに意見を求めた。


「そうだな、俺が前衛だから、後衛で弓あたりがいいんじゃないか」


 今日の魔猪への投石もいい感じだった。ゲームでも前衛と後衛の役割分担したパーティーはバランスが取れている。


「弓なんてやったことないぞ。それに矢は消耗品じゃないか」


 武器屋で見た弓は武器としてはお手ごろ価格だったが、売られていた矢は十二本一セットでそこそこの値段がした。消耗品であることを思えばコストは高くつく。


「最初のうちは無駄金捨てることになるかもしれないけど、遠距離攻撃できると色々楽になると思うんだよ」

「今は無理だな」


 経済的に自分の武器はまだ無理だとアキラは結論付けた。


「弓がダメなら、スリングショットとかあればいいんだがなぁ」


 いわゆるパチンコがあれば、その辺の石を拾って撃てるのだが、この世界にはゴムのようなものが存在していないようで、武器屋にもスリングショットは売られていなかった。


「けどアキに武器が何もないのもなぁ……俺の木刀持っとくか?」


 魔猪は無理でも角ウサギが相手なら木刀でも何とかなる。ナイフよりも間合いが取れるだけ戦いやすいとコウメイが勧めたのをアキラは素直に受け入れた。


 食後に戻った部屋で、コウメイはアキラに木刀の使い方をレクチャーした。ただ振り回すのと、それと意識して振り使うのとでは随分と違う。武器にも防御にもなる使い方をコウメイは指導した。


「ガンガン魔猪を狩って、馬車代と武器代を稼ごうぜ」


 コウメイは魔猪への期待を込め、一日も早い目標額達成を目指すぞと気合を入れた。




武器のお値段は、町によって違います。質や在庫にも左右されるので、基本は時価。

安い武器は切れ味も悪い。

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