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世界の終わりを君とともに  作者: 維神 綾雫
2/2

手のひらのぬくもり

序章の続きになります。

「――お前、精霊姫(せいれいひめ)か」


 闇夜の静けさに包まれた庭園で、少年は私の腕を捕らえて離さない。その視線の真剣さに、腕どころか心まで捕らえられたかのようだった。

 彼の言う、精霊姫とは何だろうか。私の体質ともいえるこの能力は、そう呼ばれるのだろうか?


「精霊姫って……?」

「……知らないならいいんだ。忘れてくれ」


 こんなカッコ悪いのが初対面じゃ恥ずかしいからな、とぼやきながら彼はため息をつく。

 腕をぱっと離されて、少年は服についた汚れをはたき落としていた。

 どうやら、転んだときにも怪我がなくて済んだらしい。彼の様子に少しほっとする。


「あなたは、精霊に詳しいの?」

「詳しいっていうか……一応、精霊魔法は使えるし」


 一般的に、精霊魔法が正しく扱えるようになるのは、16歳前後と言われている。そして精霊魔法を学ぶことが出来る学院への入学は、14歳からなのだ。彼と私の年齢はそう変わらなく見えるのに、既に精霊魔法を扱えるということは、彼にはとても才能があるのだろう。


「凄いんだね」

「いや?オレより凄いやつ見つけちまったし」

「そうなんだ……」


 彼はすごく向上心があるらしい。いいなぁ、と純粋に羨ましく思う。

 きっと、精霊魔法を自分から追い求めているのだろう。


 ――彼に比べて、私はどうだろうか。


 初めて精霊が暴走したあの日から、家族との会話ですら、どこか線を引かれている。

 精霊が意思に反して動くのも怖くて、私自身も人を避けて生きてきた。

 要は、諦めたふりをしてずっと何もしなかったのだ。


「そうなんだ……って、お前のことなんだけど?……あんなに沢山の精霊たちを言葉だけで制するって、おかしいだろ」

「うん……うん?って、えぇ!?」


 自分の考えに浸りすぎて、聞き逃しそうになった。

 思わずすっ頓狂な声が出てしまう。


「ふっ……、くくっ……!!変な顔……っ」

「ちょっと!そんなに笑わなくてもいいじゃない!」

「悪い、止まんない……ふっ…」


 ひとの顔を見て笑うなんて!と思うけれども、しばらく少年の笑いは止まらなそうだ。

 私はそんなに変な顔をしていたのだろうか……?貴族令嬢としてどうなんだろう、それって。


 怒っていたはずなのに、彼の笑顔を見ているとどうしてかほっとする。

 初めて、精霊の力を知っても“私”と接してくれた人だからかもしれない。そう思うと、自然と笑みがこぼれた。


「お前さ、そうやって笑ってればいいじゃん」

「え…?」

「オレはお前のことはよく知らないけど、笑顔の方が魅力的だと思う。……それに――」


 ふと彼が言葉を止めて、私の背後を指差す。

 その指につられて振り返ると、庭園一面に精霊たちの光が瞬いていた。

 目の前に広がる幻想的な光の海に、目を奪われる。


「精霊たちも喜んでる」

「本当だ……、綺麗……」

「ほら、あっちも見てみろよ」


 そう言って次に指されたのは、舞踏会の会場。

 ちらりと見えた人影に、急に不安が(よみがえ)る。大丈夫だから、と彼に促されて恐る恐る視線を向ければ……紳士淑女たちがこの風景をうっとりと眺めていた。

 そこに、見慣れた非難の色はない。


「……みんな、見てるね」

「そりゃそうだろ。精霊が人前に現れること自体が珍しいのに、こんなに沢山いるんだから」

「そう…なんだ……」


 そうだったのか。いつも精霊たちが側に居たから分からなかった。


「お前さ、精霊と人間の橋渡し役になればいいんじゃないか?」

「精霊と、人間の……?」


 彼はそっと私の右手を取って、庭園の奥の方へと誘う。

 暗闇をゆっくりと進めば、精霊たちもつられるように私たちの後をついてきた。


「精霊を怖いと思う人間は、もちろん沢山いる」

「……そうだね」

「でもそれは、精霊のことをよく知らないからだ。ちゃんと知ろうともしないで、相手を遠ざけて耳を塞いでしまうのは……オレは、凄くもったいないと思うんだ」


 真っ直ぐな彼の言葉が、私の心に静かに突き刺さった。

 確かに、そうかもしれない。精霊を知らないから恐れられる。人間――相手を知らないから、遠ざけて、何も見えない振りをする。

 人間と精霊の橋渡し。そんな夢のようなことが、私に出来るだろうか…?


「……知ることも知られることも、怖いよ」

「ああ」

「でも……、ずっとこのままでは居たくない。……あと、出来れば、みんな笑顔で居られたら……いいな」


 ずっと心の奥底にはあったけれど、誰にも言えなかった本音が溢れだす。


(――ああ、私はずっと、誰かに話したかったんだ……)


 彼と話して、ちょっとだけ自分と向き合えた気がする。

 優しく握られた手をぎゅっと握り返せば、彼はそっと振り返った。


「いいんじゃないか?最初は怖くて当たり前だろ。だって知らないんだから」

「……そうかな」

「まぁ……少しずつ、だな」


 彼は両手で私の手を包み込むと、ふっと微笑む。

 その掌のぬくもりが、心まで温かくしてくれるようで心地よかった。

 目を合わせて微笑み合えば、周りで精霊たちがまたたき始める。


「喜んでる…?」

「みたいだな。……じゃ、オレはそろそろ行くよ」


 戻らないと怒られそうだし、と私の手を離して、彼は庭園のさらに奥へと踵を返した。

 急に消えたぬくもりを追いかけるように、手を伸ばしてしまう。


「待って、名前を…!」

「――秘密。……また、会えたときにな」


 唇にそっと人差し指で触れて、彼は微笑んだ。

 そして何かを(つぶや)くと、闇に()けるように消えてしまった。


 それが、“彼”と私――シャルロット・アルヴィンの出逢い。


 彼の正体は未だ分からない。

 けれど、彼とまた会えたときに恥ずかしくない自分であろうと、精霊魔法を学び、家族との交流を持ち始めた。


 そうして過ごすこと、5年。

 私はアルヴィン公爵家の令嬢として、領民たちに精霊魔法を教えている。

いつも読んでくださり、ありがとうございます!

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