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消えた親友 SIDEミノリ 後編

芸能界の内情はふんわりした知識のものです、ご了承下さい。


誤字脱字修正しています。お知らせありがとうございます。


朝…あまり上質では無い睡眠から目覚めて…スマホを見るとメッセージが大量に入っていた。


見ると大学の友人や親戚…おまけになっちゃんからも数件入っていた。届いた順番に見ていく。


「なるほど…ネットの拡散ってこんなにすぐに広まるのね…」


驚きの周知速度だ。『結婚って本当?』とか『相手あいつなの?やめときな』だとか『これで泥船から木製の船にはなれるかな…?』とか…。最後になっちゃんのメッセージを読んだ。


『あんな顔の悪い男とノリさんとだなんて何かの間違いですよね?早急にご連絡ください』


顔の悪い…?もしかして顔色の悪いの間違い?なっちゃん誤字よ、興奮し過ぎ…。夜中…明け方?四時に一件と六時に二件の連絡が入っている。


『ひょっとすると寝てません?』


『呑気過ぎますよ! 一大事ですよー!』


ごめん…呑気に寝てました。まあネットで騒がれてもテレビのワイドショーに流れるような話題じゃないことは確かだ。


ゆっくりと起きて、まずは一件ずつ『嘘です。結婚はしません。信じないように』と連絡を入れつつ、顔を洗って来てから、サラダを作ってドリップコーヒーを作って一息ついた。


するとすぐになっちゃんから返事が来た。なっちゃんもしかして徹夜なの?


『偽情報なのですよね?そういえばSNSの記事ではぼやかしてますが、この結婚式場に二人は仲良く現れました…って日にち、どう考えても葵さんちのガサ入れの日ですよね』


ガサ入れなんて…なっちゃん、警察推理モノの骨太小説も好きだから…。


と、いきなり電話が鳴った。相手先はお父様だ…お父様も徹夜なの?


「おはよう~」


『呑気な声を出すな!一大事だぞ!』


なっちゃんみたいな事言ってるわね…。


『今まで顧問弁護士と打合せをしていた。関係各所に全くの事実無根で、ネット記事を掲載した会社に名誉棄損の損害賠償請求を検討しているとすることにした。奏雅に対しては表だっては何も言わん。だが()()()()()()()()()()()()と暗に警告を出す意味を籠めて、根も葉もない噂でこちら側は非常に非常にぃ困っているし、迷惑している。と発表する手筈になっている』


お父様、日曜の朝からヒートアップされてるわね…。


そして、なっちゃん曰く『おいっ!お前いい加減にしろよっ!』という煽り文が満載の顧問弁護士からの発表も迅速にSNSで拡散された。


また友人、親戚からメッセージが沢山届いた。


『つーかめっちゃ迷惑そうな文面ww』『びっくりしたわ~目覚めたよ。対応早いね』『伯父上の怒りが文面から滲み出ているようだ、泥船に乗らずに済んだな。』


友達も従兄弟のまーくん(正毅)も辛辣ね…。


ところがだ…


ところが何を思ったのか月曜の朝、テレビのワイドショーを見て唖然とした。


あのバカ…鷹宮学が芸能人の如く囲み取材を受けているのである。どういうこと?あれ?


ワイドショーのリポーターがご結婚を意識されたのはいつですか?と聞くと


『今年に入ってからでしょうか?』


とか答えてて字幕が画面の上に出ていて『㈱奏雅の御曹司と実川物産のご令嬢結婚へ』とか書かれている。


何これ?


また電話が鳴って、同時にメッセージの着信音もガンガン鳴り響く。まずは電話…お父様だ。


『ありゃ何だー!』


「おはようお父様。こっちが聞きたいわ。どうやらあの子には幻のご令嬢が見えているみたいね」


電話の向こうで怒鳴ったりゴソゴソ話していたり、お父様の秘書室の室長、増田さんの声が聞こえる。こんな朝からご苦労様…。


『実莉、これは奏雅のⅯ&Aの対抗措置に使われているかもしれない』


「あら?陸翔(りくと)お兄様おはよう~。対抗措置って何?」


私の実兄の陸翔が電話口に出た。今シンガポールに長期出張中じゃなかった?皆ご苦労様…。


『おはよう、いいか奏雅の煽りには乗るなよ?マスコミに捕まったら、すべて弁護士にお願いしています。当方の弁護士の発表がすべてです。お答えすることはありません。必ずこう答えろ、いいな?奏雅にM&Aが仕掛けられているんじゃないかと、噂が上がっている。現に株の動きがおかしい…。あのバカの経営陣が実川物産(うち)の後ろ盾が出来ますよ、大丈夫ですよ、のアピールの為にお前との結婚をぶち上げていると、親父達は考えている』


「迷惑だわ」


『勿論だ、こう言うのをへそで茶を沸かす…とか言うんだったかな?馬鹿らし過ぎて、遊んでやる気もないな。いいか、相手にするなよ』


「分かりましたわ、お兄様もお疲れ様です」


『まったくだ、あの一族は葵ちゃん以外は馬鹿の集まりだな』


電話が切られ、送られたメッセージに『へそで茶を沸かす…という心境です。相手にはしませんので、ご心配なく』と友人やまーくん(正毅)達に送って、なっちゃんのメッセージを見た。


『あいつ、とんでもない男ですね!それで今日、早めに出社しているんですよ~もうマスコミが会社の前に来てますよ!』


マスコミ…時計を見た8時…前だ。すると玄関のベルが鳴った。玄関口に居たのは運転手の森元さんだった。綺麗に腰を折った挨拶を頂いた。


「旦那様からのご指示で参りました。マスコミ対策でしばらくは私が送迎させて頂きます」


「森元さん、朝からごめんなさいね…」


森元さんはいつもの柔和な顔じゃなく、ちょっと怒ったような表情になった。


「まったくとんでもない輩に目を付けられましたな…ああいうのは相手にしないのが一番です」


はい、ごもっともです。森元さんに送ってもらう車中からなっちゃんにメッセージを送信する。


うちの車で送ってもらっているわ、車両搬入口から入るから~。と、送信…。


すると電話が鳴った。なっちゃんだ。


「なっちゃん、おはよう」


『おはようございます…今、会社前の某カフェで朝カフェしながら入口を見張っています。マスコミとおぼしき見慣れない男達が数名、屯っています』


え~とこう言う時どういうんだったっけ…。


「張り込みご苦労様です」


『ノリさんっふざけている場合じゃないですよ…。社長達はどうおっしゃっていたのですか…』


ものすごいヒソヒソ声で話しかけてくるなっちゃんの方が、刑事の張り込みごっこをしているようだわ…。


「ああ、うん。出張中のお兄様も帰って来ていて、マスコミと馬鹿の相手はするな、と言われたわ。」


『そうですか、おっしゃった通りだったな…』


なっちゃんが何かごにょごにょ言っている。


『では私も出社しますね』


と何か呟いた後、なっちゃんがそう言ったので心配になってきた。


「なっちゃん、会社の正面から行ったらマスコミに囲まれるんじゃない?」


『大丈夫だと思いますよ?こんな見た目ですからEst-ce pour quelque chose?とか言っとけばビビッて寄って来ませんよ』


なっちゃんはクォーターだけど外国の血が濃く出てる顔のタイプだからね~。車両搬入口から社に入り地下駐車場から正面玄関前にダッシュをすると、ちょうどなっちゃんが通りの向こうから歩いて来る所だった。


早速数人の男の人がなっちゃんに近づこうとした。


結構大きめのフランス語でなっちゃんはマスコミ(仮)を威嚇しながら玄関から余裕で入って来た。


「なっちゃん…!」


私が声をかけるとなっちゃんはこちらに気が付いて小走りに近づいて来た。そして、玄関口を見ると別部署のミゲルさん(イタリア人ハーフ)がなっちゃん戦法で大声&イタリア語で切り抜けて逃げ込んで来ていた。この戦法で逃げ切る人が続出しそうだ…。


ミゲルさんは私達に気が付くと近づいて来て足を止めた。


「ネット見たよ。先手は打てたけど、テレビだけを見ている視聴者層は今朝のワイドショーで騙されたかもね」


ミゲルさん、日本語ペラペラなのよね。顔はこってりローマ系だけど…。


今日は一日仕事にならなかった。会う人皆がお祝いを言ってきたり、慰められたり、怒ったり…それは誤解だ、私は知らない…を繰り返してヘトヘトだった。


お昼前に社内一斉メールで実川物産の当社社長から今回の件で…とメールが来ていた。


「うわ~怒ってんなぁ、社長…」


同じ営業室の男性社員が言うと、メールを読み終わった社員達からここぞとばかりに声が上がった。


「テレビ見た?大体芸能人でもあるまいしなんで囲み取材を受けてるの、恥ずかしいわ~」


「あれが所謂、囲まれる俺カッケーの中二病だろ?」


「巻き込み事故も悪質だと笑えんよ…」


「あっちの親も何とか言えよ…ノリさん否定してんのに…付き合ってますーって怖いわ」


「ストーカー案件じゃね?」


皆の視線が私に集中する。ここでもこの台詞を言うしかないか…。


「弁護士の先生が何も答えることはしないでいいって、先生の発表がすべてだから」


そう言うと私の声が届いた範囲の社員達は何度も頷いた後、小声でⅯ&A対策…株価下落…売上赤字…とかを話している。


ふぅ…ヤレヤレ…。


しかし、翌日もワイドショーにこの結婚のネタが取り上げられていた。お父様曰く、裏で奏雅が圧力をかけているんじゃないかと言うことだった。そうか、ワイドショー番組のスポンサーかもしれないわね。


当然お父様にもワイドショーのリポーターはやって来ていた。


「事実無根です。娘も迷惑している。此方の弁護士の発表したことがすべてです」


お父様は毅然としてそう答えていた。流石にこの二、三日追い掛け回していて私達のスタンスが一貫して否定モードなのを見て、マスコミサイドもおかしいと思い始めたのだろう。


ところがだ、ところがまたやってくれたのだ…。


最近は車の送り迎えをしてもらっていて家から出ることもほぼしなかったのだけれど、なっちゃんが話がある…と言うので一旦帰宅後、外出することになり…準備をして森元さんの待つ駐車場に向かって、車でなっちゃんの住むマンションに向かった。


来客用の駐車スペースに止めた車から降りて歩き出そうとした時、急に眩しい光に顔を照らされた。


「!?」


あまりの眩しさに顔を伏せていると、数人の人の気配と共に誰かが目の前に近づいて来た。


「実莉!待っていたよ」


た…鷹宮学…!?油断していた…ここなっちゃんのマンションよ?!


「さあ、僕のフィアンセです!綺麗に撮って上げて下さい!」


私の眼前にテレビカメラを構えた男の人が数人居る。頭がかーっと熱くなった…なんて手段を取るの?!


「お嬢様?!」


運転手の森元さんが走り込んで来ると、私を背後に庇ってくれた。


「許可なく敷地内に侵入されているので出て行かないなら警察を呼びますよ!」


森元さんは興奮しながらすでに携帯でどこかに連絡をしている。


「な…にを、僕を誰だと思ってるんだ…」


「不審者ですっ…あ、もしもし森元です。今ご友人のマンションの玄関ホールに例の男とその一味が来ているのですが…」


森元さんの電話での説明は完全に悪者集団を名指ししているような呼び方になっていた。


私はお兄様に指示された通りの言い方をした。


「こちらからは何もお話しすることはありません、弁護士先生の発表が真実です。お引き取り下さい」


「ちょっと、おじさんはどいてよ?婚約者さんの顔が取れないじゃない?」


カメラマンの男がそう言って森元さんを押しのけようとしたので、つい…声をあげてしまった。


「そんな人知りません!」


エレベーターホールに私の声が響いた。カメラマンの男の人は「どういうことなの?」と呟いている。学君は唇を噛みしめてこちらを見ているようだ。


「お引き取り下さい」


森元さんは揺るぎない声でそう繰り返した。


「また来るよ、実莉…」


そう言い捨てると学君は踵を返した。カメラマン達も慌てて後を追って帰って行った。


私はそのままなっちゃんの部屋を訪ねることにした。森元さんに止められたけど、どうしてもなっちゃんに会いたかった。


部屋を訪ねると、私の強張った顔で何かを察してくれたのか廊下に出て、森元さんを見つけるとなっちゃんは森元さんに頭を下げていた。


「さっきね、一階のエントランスに…鷹宮学とマスコミが来ていたの…」


なっちゃんは悲鳴を上げた。


「大丈夫よ、マスコミもアイツも森元さんが撃退してくれたから…」


「ノリさんすみません…」


「なっちゃんが謝ることじゃないわよ?悪いのはアイツら」


なっちゃんは私をキッチンに誘うと、ホットココアを入れてくれた。みたらし団子も置いている。


「○石川で買って来たみたらし団子です、どうぞ」


わざわざまで○石川まで行って来たの?ああ、甘いモノは美味しいわね~。


なっちゃんはキッチンテーブルの対面に座ると、何度も立ち上がって冷蔵庫の中を確認している。どうしたの?


「ノリさん、今から私の言う事落ち着いて真剣に聞いて下さいね」


「う、うん?はい、分かったわ」


「ここに葵さんが居るとします、葵さんの手料理を食べられるとしたら、何を作って欲しいですか?」


「葵に…?今すぐ食べたいとなると、親子丼かしら?」


「すみません、ご飯系以外でお願いします」


何だか変な質問ね?


「じゃあ…いつも作ってくれてた甘酢のとりから揚げと出汁巻卵焼きかな…」


「はい、甘酢のとりから揚げと出汁巻卵焼き…と。ではこれを冷蔵庫に入れます。タネも仕掛けもございません。宜しいでしょうか?」


なっちゃんは薄い水色の可愛い冷蔵庫の扉を開けて、中段の所にさっきメモしていた紙を置いた。うん?イリュージョンかしら?


紙を置くと扉を閉めて少し時間はかかるかな…と一人呟いてからポケットから一通の封筒を差し出した。


「先程も言いましたが真剣にこの手紙をお読み下さい、質問は読んだ後にお受けします」


何だろう、なっちゃんの顔が怖い…。受け取った手紙に目を落として驚愕した。


ノリへ…この字は!慌てて裏をひっくり返した。


「葵…?なっちゃん…?!」


「まずはお読み下さい」


私はなっちゃんに頷くと震える手で封筒を開いた。いつもの葵の綺麗な文字が目に飛び込んできた。


『ノリ、ご無沙汰ね。元気にしてる?

温泉のお土産渡せなくてごめんね?なっちゃんに聞いたよ?いなくなってからずっと捜してくれてたんだって?ごめんね~本当、申し訳ない。それとうちのぼんくらが迷惑かけてるよね…これについても申し訳ない…無事解決したかな?おじ様なら大丈夫かな?』


「いつもの葵の文面だわ…変わらない」


なっちゃんは少し微笑んで頷いてくれた。続きを読んだ。


『実はいなくなった時なんだけどね、会社のエレベーターに乗ったらさ~そこから異世界に行っちゃったのよ~異世界分かる?別の世界ね、でね…私そこでなんと結婚したのよ~しかも国の皇子様なのよ!もちろん、異世界でもバリバリ働いてもいるのよ~。なんだかんだで楽しく充実した生活送っているから心配しないでね!』


何…ですって?異世界?パラレルワールド?目の前に座るなっちゃんを見詰める。なっちゃんは困ったような表情で私を見ていた。


『実はなっちゃんの家の冷蔵庫とこっちの世界を繋げることが最近出来てね。なっちゃんに手紙を送ってみたり、逆に食べ物を送ってもらったりしてるんだ。ノリも手紙書いて頂戴よ~待ってるからね。それに…もしさ、そっちの世界で面倒なことになったら…こっちに来ない?ノリが来てくれると私も嬉しい…。でも、無理強いはしないよ。ノリの気持ちは尊重するから。取り敢えず手紙は頂戴ね、それと○ンサン○レーヌの果物がドーンと乗ったケーキ買ってきて、送っておくれ~。待ってるよ。

                    葵=ゾーデ=ナジャガル 』


「○ンサン○レーヌのケーキを送ってくれ…ですって」


思わず呟くとなっちゃんは破顔した。


「あはっ葵さんらしいですね~。私にもおはぎを送ってくれ!て頼んで来られたんですよ?なんでも異世界ではお米は無いようなので…」


普通に異世界…と言う単語をすんなり話すなっちゃんをジッと見詰めてしまう。なっちゃんは笑顔を引っ込めるとまっすぐに私を見詰めた。


「信じられないでしょう?分かります、私もまだ心のどこかで信じ切れていない気もしてます。でも現実に異世界から手紙が冷蔵庫に届いて…葵さん、そして片倉未来さん、向こうの世界のジューイさんと言う方々と連絡を取り合っています」


片倉未来…先日行方不明になった子ね…あの子も異世界にいるのね。もしかして満島さんの言っていた『葵達は戻らない』はこの事を知っていたの?


まだ考えが追いつかないわ…。そしてボンヤリと冷蔵庫を見た。さっきなっちゃんが庫内に置いていた紙…。


「もしかして、あの紙…今、その…異世界に居る葵に届いているの?」


「見てみましょうか?」


なっちゃんはカポン…と冷蔵庫の扉を開けた。


「紙…無くなってる…きゃあ!」


急に冷蔵庫の庫内が光り、眩しさに目を瞑って目を開けた所に…熱々の出汁巻卵焼きが出現していた。


「あ、来ましたよ。はい、葵さんお手製の出汁巻卵焼きでーす」


なっちゃんは突然現れた、ソレをヒョイと取り出すとそのままテーブルの上に置いた。


「ご飯、よそいますね。はい、どうぞ召し上がれ…て私が作った訳じゃないですが…ふふっ」


テーブルに置かれた出汁巻…湯気が上がっているソレをジッと見詰める。


怪しい…けれど何故だろう…なっちゃんが出してくれたからだろうか?それとも葵が作ったと聞かされたからだろうか…何故、嫌悪感や疑心が湧かないのだろう…。


確かに冷蔵庫を開けた時は庫内に何も無かった…。眩しい光の後にこの出汁巻卵焼きはあった。恐る恐る巻きの部分に箸を入れ、一口大にして口に入れた。


この出汁加減…!少し濃い感じ…。


「葵の出汁巻だわ…」


涙が零れる…ああ。本当?まだ信じられないんだけど…。なっちゃんはお味噌汁を作ってくれていたらしく、なめたけ汁を椀によそって出してくれた。


ああ、美味しい…。なっちゃんはまた冷蔵庫に向かうとカポンと扉を開けた。


「あ、鳥から揚げも来てますね~手紙も一緒だ…葵さんとあら?皇太子殿下だ!」


殿下…?殿下ってアレ?あの王子様の呼称の後に付くあの?


なっちゃんは冷蔵庫から出してきたのに熱々な感じの、鳥のから揚げ甘酢和えをテーブルに置いた。そしてまた手紙を今度は二通出してきた。


甘酢のツーンとした良い匂いがする。堪え切れずに一つ摘まんで食べた。


「ああっ…これ!これよ!葵の甘酢和え~」


懐かしさと嬉しさで涙が止まらない。一旦、箸を置いて手紙を先に見せてもらった。


まずはノリへ…と書かれた封筒を開けて中を読んだ。


『絶対出汁巻頼むと思って準備してたんだ~当たったでしょ?それと、私のマンションの冷蔵庫片付けてくれて助かったわ…胞子が飛散してて、腐海の森の一歩手前でした…てなっちゃんに聞いたんだけど、そんなにカビってたの?』


「カビってたよ!特に出汁巻酷かった~」


「ノリさん、良かったら後で葵さんに宛てて手紙、書きません?」


なっちゃんに微笑まれて…目が覚めるように背筋が伸びた気がした。


「そうね、うん。書くわ…書く。あ、皇太子殿下の手紙?これも読ませて頂いていいのかしら?」


「どうぞ、どうぞ~」


ノリさんへ… ん?日本語?思わずなっちゃんの顔を見る。なっちゃんは悪戯っぽい目で見返してきた。


「ふふふ、聞いて驚けぇ~なんと異世界では魔法が使えるんですって~○クスペクト・○トロ~ナム!イエーイ!」


魔法…。と言う事はつまり…。


「このお手紙も魔法がかかってて日本語になっているということなの?」


「みたいですねぇ~詳しい仕組みは分かりませんよ?私○グワーツで授業習ってませんし?」


なっちゃん、酔ってるのかしら?そしてなっちゃんの左手を見ると梅酒の缶を握り締めていた。


私は皇太子殿下の手紙を開けて読んでみた。


『ミノリ=ジツカワ嬢へ


君の無二の親友であるアオイをこの世界に連れて来てしまったのは私だ。君からアオイを奪ってしまって大変申し訳ないことをした。その代わり私の元に来てくれた彼女には誠心誠意愛情を注ぎ、一生涯守り共に生きて大事にしていくことを約束するよ。それとこれは私の我儘なのだが、出来ればノリにもこちらに移住して欲しいと思っている。アオイも喜ぶし…諸事情で会わせたい人もいるのだ。無理は言うつもりはないが、是非検討してくれると有難い。ところでそちらの世界に和菓子という菓子があるそうだが、いくつか送ってきてはくれまいか?是非食してみたい。宜しく頼む。

              ナッシュルアン=ゾーデ=ナジャガル』


「和菓子を送れ…ですって。さっきもこれと同じやりとりしたわね。あ、この人が葵の旦那様?夫婦で同じような思考回路なのね…ふふ」


「私も手紙しかやり取りしてませんけど…葵さんの旦那様、良い人っぽくて安心したでしょう?しかも皇太子殿下だし生活も安泰!」


なっちゃんは出汁巻をモグモグ食べつつ、梅酒を飲んでほろ酔いになっているみたい。私は自分の鞄を開けると、手帳のメモ紙を破り、元気そうで安心した事と葵のご飯が久しぶりで美味しかった事と奏雅がⅯ&Aをしかけてられているらしいので、実川物産の後ろ盾を得ようと浅知恵を巡らせた結果がアレだと言う事…色々書き連ねてたくさんのメモ紙を葵の封筒に入れ直して、冷蔵庫の中段に入れた。


しばらく開けたまま庫内を見ていると、また眩しく光り、メモ紙を入れた封筒は消えた。


「あ、そうだ」


私はまた自分の鞄の中を探り、葵も好きだったはずのマカロンの詰め合わせをまた庫内に置いた。それも一瞬で消えた。


扉を閉めて、残りのおかずを頂く。


ああ、良かった…。まだ信じられない。こんなフィクション物語の中だけだと思ってた。


もう一度立ち上がって冷蔵庫を開けて中を見るとペロンと紙が一枚入っていた。取り出して見てみると


『マカローーーン!うちの旦那甘いもの大好きなのよ!小躍りしてるわ♡』


と書かれていた。幸せそうだ…思わず笑みが零れる。


残りのマカロンをなっちゃんの前に置く。なっちゃんはもぐもぐ口を動かしながらフラフラしている。


「これなんですか~?」


「マカロンよ、召し上がれ」


なっちゃんはハイボールの缶を新たに開けてマカロンを食べている。ハイボールとマカロンで混ざっているけど、味は大丈夫?


そしてまだ温かい甘酢和えに再び箸をつける。


幸せの味がするわ…。良かった、本当に良かった。葵と旦那の手紙を指でなぞる。この手紙には幸せがいっぱい詰まっているわ。大切にしておこう。


しかし、異世界か…。そういえばお米が無いって言ってたわね。うちに新米が届いてきたら送ってあげようかしら?


他に欲しいものが無いかまた今度聞いてみましょ…。


ああ、美味しい…。今まで食べた食事の中で一番美味しいかもしれないわ…。


私は一口一口、噛み締めながら葵の料理を味わった。



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