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見守る隊と見守る人


「ガレッシュ殿下、睡眠は足りていますか?」


と、未来は朝の鍛錬の後、キッチンに来たガレッシュ様に直球で聞いていた。


ガレッシュ様が離宮に引っ越して来てから3日経っていた。あれからガレッシュ様の部屋には毎日障壁が張られていた。



食事当番は一応、夜を未来と私のチーム、とガレッシュ様とで一日交替で行うことになった。ガレッシュ様は手早くフレンチトーストを作りながら、別の鍋でハッシュドポテトを焼いている。朝と昼は手の空いている者が作ることにしている。朝のシェフも手際が良い…。


同じく未来も作りおきしていたプリンをレイゾウハコから出しながら果物も追加で剥いている。


「睡眠がちゃんと取れているかってこと?う~ん多分…」


未来はキリッとガレッシュ様を睨んだ。


「多分ですか…やっぱり確かめさせて頂きますね、今晩、殿下がちゃんと眠れているかどうか泊まり込みで殿下のお部屋で寝ずの番をしますので」


あ、言っちゃった…。ソロリとガレッシュ様を見上げた。


ガレッシュ様は金魚みたいに口をパクパクさせている。


「ね…寝ずの番?部屋って…夜、部屋の中に入るってこと?」


未来は怖い顔のまま静かに頷いた。


「勿論、殿下の睡眠の邪魔はしないように致します。魔法で気配を消すとか出来るはずですし…」


「け、気配消しても部屋にいるんでしょぉ?」


と声を裏返しながらガレッシュ様は未来に向き合った。


ガレッシュ様…フレンチトースト焦げてます…。私は急いで鍋の火元を確かめた。


未来はガレッシュ様に言われて気が付いたようだった。顔を段々真っ赤にしていくと頬に手を当てている。


「すっすみません!私ってば皇子殿下の寝所に入り込もうなんて…不敬でしたね、失礼しました!」


皇子殿下っていうより妙齢の男性の部屋…ということはまだ頭から抜けているらしい…。


ガレッシュ様は照れて真っ赤になった未来を初めて見たようだ…一気に魔力のテンション?が上がったようでピンク色の魔力波形の後光を放っている。


朝っぱらから眩しいな、おい…。慌てて遮光の魔法を使う。ニルビアさんもニヨニヨしながらサラダを作っている。


ああ…甘酸っぱい…。


さて甘酸っぱさの余韻を味わいつつ


本日の朝一からの仕事を終えてから魔術師団棟にお邪魔した。


今日はマジー様と民間の治療術医院をどの辺りの地域に建てるか…との打ち合わせをする予定だ。


「バラミアは皇宮が運営している医術医院を利用される方も多いんじゃない?」


「でも、いつも順番待ちがすごいですよ?だからこその順番待ちの患者をこちらに取り込む為にあえての首都に開業!これですよ!」


マジー様と具体的にどの地区にするか、医院スタッフの募集に関すること…などを話して、医院用の候補物件探しておきますね〜と話した後、少し世間話をしていた。


「そうだわ、ご懐妊おめでとうございます。クリッシュナがおなかの子は女児がいい!とか言ってるわね」


「一緒に出かけたり遊んだりしたいみたいですね〜」


マジー様も楽しそうに笑っている。


「確かにナッシュ殿下は子供の頃から可愛げはなかったらしいし、リディックは我儘だったし、ガレッシュ殿下なんてすでにいいお年だしね〜私も楽しみだわ!あら?あなたも楽しみ?ふふ…」


マジー様は私のお腹を診ながら、魔力を弾ませているお腹の子とまるで会話をしている…みたいだ。


「クリッシュナの希望通り女児でも楽しいわよね、世継ぎはあなた方の子でもガレッシュ殿下の子でも、どちらでも優秀な御子には間違いないだろうし…」


ガレッシュ様の子供…まだ独身ですが…まさかこの方も?


「ガレッシュ殿下とミライも早く出来ないかしらね〜」


やっぱり…。


「あの、あの二人は婚姻もまだですが…?」


私がそう言うとマジー様が小首を傾げた。


「でも、稀にみる魔力相性の良い二人よ?お互い近くにいれば分かるくらいよ。いずれは…でしょ?」


はあ…そうですよね。私もそう思うのですが、本人達がのんびり?しているんですよね。


その日の夜


未来がキッチンでお弁当みたいな折り詰めを作っていた。


「お弁当?明日持って行くの?」


私がそう声をかけると未来はちょっと慌てていた。


「あ、いえ…えっと私、明日休みなので… ガレッシュ殿下の部屋の前で見守りをしようかと…」


み、見守る隊に見守られている未来が見守りたい?!


なんだか、ゲシュタルト崩壊してきたわ…。


「部屋の前って…夜中に廊下にずっといるつもりなの?」


「だって何が原因で障壁を張ってしまっているのか…気になるじゃないですか…もしかしたらホラ、ガンドレアの女王みたいなストーカーが本当に部屋に入ろうとして…警戒して、とか?」


ストーカー!?いやいやストーカーは未来さんに来ていたし…ってそうじゃないわね。


「大丈夫だよ〜離宮の周りはニルビアが障壁を張ってくれてるし、ホラ…ガレッシュ!」


そう言いながらキッチンに入って来たナッシュ様はガレッシュ様の手を引いている。


ん?もしかしてガレッシュ様廊下で立ち聞きしていたの?


ガレッシュ様はムスッとしている。


「確かに障壁が勝手に発動しているけど、ミライが無理する必要はないよ…」


「何言ってるんっすか!確かにカデリーナさんは魔力波形は正常だって言ってたけど、心の病だったらどうするんですか?心の病には魔法は効かないってマジー様がおっしゃってましたよ!何かあってからでは遅いんですよ?!」


確かに未来の言う通りね。


ガレッシュ様はしばらく唸っていたけど


「分かった…但し一晩中廊下はダメ。俺の部屋で待機で」


と絞り出すように呟いた。


未来は笑顔になると了承致しました!と、叫んでいる。未来は嬉々としてお菓子も準備している。ちょっとした遠足気分のようだ…。


「あ、私も一緒に見守っ…」


と、言いかけたナッシュ様を廊下の隅っこに急いで連れ出した。


「な…何?何だよ?」


ドンッと両手を壁につき、ナッシュ様に壁ドンをした。


「なぁにぉ、言い出そうとしてるんですかぁぁ!ナッシュ様は邪魔です!二人の邪魔!気を利かせて下さいよ!」


「邪魔って…」


「当たり前でしょ、寝所に男女二人っきり!こんな美味しいシチュエで何か起こらないはずがないわ!」


「何か起こったら…って間違いがあったら…」


私はナッシュ様にグリグリと顔を近づけた。


「間違いじゃないわよ!大正解じゃない、いい?何か起こったら…じゃなくて、起こって欲しくて周りは期待してるのよ!」


ナッシュ様は、でも…だって…を繰り返してる。ええぃ!ぐだぐだ言うな!


未来とガレッシュ様に声をかけてからナッシュ様を追い立てて自室に戻った。


「本当に大丈夫なの~?マディアリーナ姫の時も何か先走ってた…」


「大丈夫よ~。それに未来はこの見守りもガレッシュ様が許可してくれると予想していたみたいだし、マジー様に何か頼んでいたわよ?」


「伯母上に?」


「何を頼んだのか聞いても内緒で~すとか言って教えてくれなかったけど…何だろうね?」


ナッシュ様と二人、そんなことを話しながらその日は就寝した。


翌朝


逸る気持ちを抑えきれない!忍び足でガレッシュ様の部屋の前にやって来た…!


そっと扉を診てみる…。


「障壁が無い…」


「こら…」


「!」


振り向くとナッシュ様が仁王立ちで立っていた。


「お前、私にあれだけ言っておきながら…」


私はナッシュ様の手を引くと廊下の隅に移動した。


「ごめん!どうしても気になって…それより障壁が今日は無いのよ」


ナッシュ様は何度もガレッシュ様の部屋の方を見ている。


「そうだな…扉周りに魔力は感じないな…。でもな、すでにガレッシュが解いているかもしれないだろ?」


あ…そうだった。ナッシュ様に促されて二人でキッチンに入った。


「数日続いた魔術行使の不調がそう簡単に収まるとは思えん」


うう…確かに、私は魔力に関しては知識がゼロに近い。ナッシュ様の意見が正しいよね。


「そうね…異世界の基準で考えてはいけないわね…」


「おはよーす!」


「おはようございますっ!」


おや?仲良く朝の鍛錬をしていたのかジャックス兄貴とザック君がキッチンに顔を出した。


今、ガレッシュ殿下達の事で気を揉んでも仕方ない…。朝食を作りましょうか。


ぼちぼちと準備をしているとニルビアさんが起きてきた。すると後ろにガレッシュ様が居る。


「おはよう~」


ガレッシュ様の魔力波形を素早く診る。変な乱れはない…。


「あ、義姉上、身重の方は無理しちゃダメですよ~はい、座って座って~」


ガレッシュ様はキッチンに一瞬で入って来ると私を椅子に座らせて、キッチンの隣の備蓄庫に入ってマッチャ(南瓜)を手に戻って来ると、手際よく切っていく。今日はマッチャのクリームスープかな?


うむ…ガレッシュ様の態度的にもオドオドした所は無い…。


するとナッシュ様がサラリと聞いてきた。


「そう言えばさ~昨夜は障壁どうだったの?」


ナッ…ナッシュ様!?確かに聞きたいことだけど、ガレッシュ様教えてくれるかしら?


「ああ…うん。結局ね、ミライと話し込んでいたりして…気が付いたら寝てたんだけど、朝起きたら障壁張ってなかったし、多分今日は大丈夫だったみたい?」


そ、そうなの~良かったわ…と言いたい所だけれど、話し込んでいた?話し込む?言葉通りに受け取っても宜しいか?


「じゃあ、ミライはまだ寝てるんだな」


「うん、今日休みだよね?義姉上、起こさないであげてね~」


うむむ…これはどちらとも取れる発言だ…。本当に話し疲れて寝ているのか…それとも?


「アオイ、ほら。調理の邪魔になるよ~」


ナッシュ様に促されて渋々キッチンを出て行く。


その日、シュテイントハラルから正式にアルクリーダ殿下の召喚魔法の儀式に伴うアドバイザーとして来訪して欲しいとガレッシュ様にご依頼がありました。


「儀式に最低でも数日は拘束されるし、前倒しして仕事を片付けないとな~」


とガレッシュ様が言っていたが未来はどうするんだろう?出来れば一緒に連れて行ってあげて欲しいけど…。


夕方、離宮に戻ると未来がキッチンで夕食の準備をしてくれていた。


「お疲れです先輩。今日は天麩羅にしましたよ!シテルンで魚介を手に入れられたのはラッキーでしたね。あ、それとカツオの天日干し、良い感じに乾燥しているんですけど、明日もう一日干しておきます?」


未来の魔力波形にも変な揺らぎがない。本当に一夜の過ち…もとい一夜の正解は無かったのか?


「うん、ありがとう~オツカレー。昆布もあるし今度の休みにでもお出汁作ってみようかな~そろそろカデちゃんが先にお出汁作りに成功しそうだけど…」


未来は嬉しそうに微笑んでいる。今の雰囲気なら聞けるかな…。


「昨日、ガレッシュ様…どうだったの?」


未来はそれは嬉しそうな顔になった。


「そうなんですよ~。それが明け方まで診てたんですけど、障壁出来なかったんですよね。原因なんでしょうね?」


「…未来がいたからじゃない?」


というと未来はう~んと首を捻っていた。


「最初、私が居たら気になって眠れないかと思って…マジー様に消音と消臭の魔法陣を描いて貰って…使おうと思ったんですけど…ガレッシュ殿下にかえって気になるからそのままでいいよって言われちゃって…」


マジー様に頼んでいたのってその魔法の事だったのね!


「そうなの…それで?」


未来は烏賊に天ぷら粉をつけていた手を止めて私を見た。


「ガレッシュ殿下って孤児院で育ったっておっしゃってたでしょう?でね、12才まで8人相部屋で寝てたから、逆に人の気配が無いと眠れないこともあるんだって…。もしかしたら皇宮の中の部屋って広いけど…静かじゃないですか?だから寂しくなったのかも…だって」


大家族あるあるだね…。でもそれを言うならもう数月皇宮で生活している訳だし、今頃寂しくなる?


「確か…障壁を張り出したのって先週からよね…。何かキッカケみたいなの…あったけ?」


「定期討伐から帰って来て…次の日にガレッシュ殿下の取り違え事件の話をしましたよね…」


取り違え…産院で連れて行かれた…うん?もしかして…。


「ねぇもしかしてだけど、ガレッシュ様、赤ちゃんの時に産院で連れて行かれちゃったよね…つまり寝ている時に…運び出された訳で…」


私がそう言い掛けると未来がハッとしたように口元を押さえた。


「そうですよ…きっと!だって抵抗できない時に連れて行かれちゃったんですものね、今また連れて行かれたらって…怖くて無意識に防御をしてしまいますよ、これですよ原因!」


「これかな~?一応ナッシュ様に言っておきましょうか…」


ニルビアさんがキッチンに来たのでこの話は一旦打ち切って…夕食の準備のお手伝いをした。


未来は先程から桃…に似たパルンのタルトの制作に集中している。


本当に昨夜は()()()()()()みたいね。


それはそれで残念だ…。でも急かしてもなぁ…。


おっとナッシュ様が帰ってきたようだ。お腹の子がものすごく魔力を弾ませている…。何で帰って来たの分かるんだろう?診える目をお持ちかい?我が子よ?


「ナッシュ様、ガレッシュ様…お帰りなさいませ」


ガレッシュ様も一緒だね、ちょうどいいわ。先程の原因について…話しておきましょう。


夕食の前に食前酒をお出しして…未来が天日干しにしていたスルメイカをおつまみに出した。


「実は先程、未来と話していて、気が付いたことがありまして…」


ナッシュ様とガレッシュ様の菫色の瞳が一斉にこちらに向く。


「ガレッシュ様が障壁を無意識に張り始めたのが…ちょうど…ガレッシュ様とリディック様の事件の話をしたその夜からだということで、もしかすると無意識に、また連れて行かれないように…警戒しているのでは…と」


ガレッシュ様の体が強張った。ナッシュ様が息を飲んで隣のガレッシュ様の顔を見た。


「連れて行かれないように?」


ナッシュ様の言葉に頷いた。キッチンから未来が出て来た。ああ、ザック君とジャレット君が帰って来たのね…。未来は私が話しているのに気が付いて、ザック君の手を引いて裏庭へ移動して行く。


「推察ですが…赤子の時とはいえ、さらわれた…と聞かされて眠ってしまっている時にまた連れて行かれたら…と警戒しているのでは、と」


ガレッシュ様は半笑いをしている。


「え?だってもう俺27才だし…大人だよ…今更…」


「そう今更怯えるなんておかしなことです、ですが無意識で警戒してしまっている…そう考えられませんか?」


ナッシュ様はジッと目を瞑って考えているようだ。


「何度も言いますがあくまで推察です。只、何かに不安になっていらっしゃるのは事実です」


「そうか…確かに赤子の時とはいえ、成す術もなく連れて行かれて…それは恐ろしいことだよな…。今更どころか、今もって恐ろしいことだよ、うん。ここは私も助けてやらねばな!よし、今晩から私が添い寝をしてやろう!」


……なんでそうなるナッシュ様?


ホレ見てみなさいよ、あんたの弟…すごい美形なのに未だかつてないほどの不細工な顔で、兄のあんたを見ているわよ?


「やめてよ…男同士で同衾なんて…俺、可愛い女の子の同衾なら大歓迎だけど…」


ガレッシュ様は心底嫌そうな声で反論した。


そうよね、当たり前よ~この天然ボケの変態が!


「あのね、ナッシュ様?ガレッシュ様と同衾なんて、そんなことしてみなさいよ…男色疑惑が疑惑どころか…確定になってしまうわよ?」


ナッシュ様はヒッ…と小さく叫んで身を縮めた。


私はダダンと立ち上がった。ニヤニヤ笑いが止まらない。


「やっぱりここは未来に頼みましょう!」


うふふ…天然ボケ変態のナイスボケのおかげでのこの流れ、是非利用させて頂きましょう!


「頼むって…」


ガレッシュ様はまだ思い至らないのかポカンとしている。


「添い寝よ、そ・い・ね!可愛い女の子の同衾なら大歓迎なんでしょ?」


途端にガレッシュ様は耳を赤くした。その時運悪く?未来がザック君と裏庭から戻って来た。手には天日干ししていたマンマを持っている。


「未来~今日からさガレッシュ様のお部屋でガレッシュ様のご様子見てて上げてくれない?なんでも怖くて眠れないみたいだし」


未来は顔色を変えて走って来た。


「やっぱり…そうなんですね!?はいっ勿論です!不肖、片倉未来!粉骨砕身の覚悟で挑みます!」


未来さんに砕け散られたら困るんだけど…。


「あの…今怖い訳じゃ…」


「ああ、そうだ!アロマとかお香とか無いんですかね?カモミールでしたか?」


ガレッシュ様の小さな反論は未来の声に掻き消されて霧散した…。未来はもう聞いちゃいないのか、物置部屋に走って行ってしまった。アロマとかお香は物置には無いと思うよ?


その夜


ガレッシュ様の部屋に入って行く未来の姿があった。


まさに鬼気迫る表情だった。


対するガレッシュ様の表情は強張っている。大丈夫かな…。


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