元ヤンの底力
召喚魔法を行い異世界から招いた満島ちゃんは消えてしまった。
部屋にいるのは乙女の召喚に巻き込まれた…はずの未来だけだった。
未来はボブカットの黒髪を揺すりながら「どうして…どうして…なのぉ…」と小さく呟いている。
「消えたのか…気配も無い。魔力の残滓も感じない…」
ナッシュ様の呟きに私も魔力波形を読み取ろうとして外へと意識を向けていく。
いない…まるで瞬時に消えたようだ。
ガレッシュ様が満島ちゃんが居た…はずの寝台に駆け寄ると、追尾魔法をかけた。魔力が四方に分散しスパイダーネットが部屋中に張り巡らされる。どう?見つかりそう?
「いない…まるで消えたみたいだ」
消えた。満島ちゃんが…存在が消えた?
「召喚魔法…もしかして?そうか、ガレッシュ!そうかもしれん、召喚魔法は存在が不安定な状態ならば…形あるモノとして存在出来ない。すぐ消えてしまう…何か消えるような要因があったのかもしれん」
ナッシュ様の問いかけに、ガレッシュ様が目を彷徨わせて片倉未来に目線を向けた。見られた片倉未来は青ざめた。
「あ、あの…わ、たしのせい…ですか…?」
「あ、いや違う!君じゃない…そう、君じゃない。そうじゃないんだ…」
ガレッシュ様は慌てて否定した後、俯いてしまった。ガレッシュ様の顔色は悪い…消える要因に心当たりがある…のかもしれない。
「ナッシュ様…私、今日は未来についているからこちらで眠るわ」
戸口に家人、皆が起きて来てしまった。ナッシュ様は皆を促して連れて行ってくれた。
未来は青ざめたまま、部屋の中で立ち尽くしていた。
「先輩…満島ちゃんが消えたの、私のせいなの?」
「違う違うよ~えっと召喚魔法って未来達を呼んだ魔法だけど難しい魔法なのよ。失敗例も多くて今回もダメだろう…て言われてて。だからね、満島ちゃんは不安定な状態だったみたいで…これも希望的観測でしかないけれど…元の世界に戻っていると思う。あ、明日魔術師…え~魔法の専門家ね!に聞いてみましょう」
未来は一筋涙を零した。滅多に泣かない未来が泣いている。本当にどうして満島ちゃんは消えちゃったんだろう。未来と寝台に入って彼女が落ち着くまで背中を摩ってあげていた。
翌日
ガレッシュ様から話を聞き出したナッシュ様は困り顔で、溜め息ばかりをついていた。
「まさか、こんな事態になるとはなぁ…」
「だから何だったのです?」
因みに未来は明け方近くにやっと寝付いたので、まだ夢の中だ。今日は召喚魔法後の疲れが出ては…と臨時休暇を取っていたのでナッシュ様共々休日だ。
今はナッシュ様と二人、居間でお茶を飲んでいる。
ナッシュ様は何度目かの溜め息の後にゆっくりと口を開いた。
「ガレッシュが言うには…召喚で現れた二人を見て…正直驚いたそうだ。レイナを呼んだはずなのに、ミライ…もう一人いたから。で、アオイの見せた幻術がどうやらまるでアテにならない幻術だったと露呈しただろ?」
「それについては悪かったわ…」
「まあまあ…それでな、自分が見ていたレイナが完全に違うのだ…と何かこう…納得したというか冷静に判断出来た、というかそういう状態になったらしいのだ」
「ふんふん、それで?」
「だったら、一緒に来たミライはどういう訳なのだ…と何か胸騒ぎというか、焦ったらしくて確かめに離宮まで来たらしい。で、ミライと庭で鉢合わせたと言う訳だ」
成程、夜にガレッシュ様がいた訳はそれね、で?それでどうしたの?
「その鉢合わせた時にな、思い出したのだそうだ。私がアオイに初めて会った時にアオイの体に触れたら、恐ろしく気持ちよくて余剰魔力が吸い取られていった…と言っていたことを…それで、試してみたんだって。魔力をミライにぶつけてみたんだって…」
「どうなったの?!」
ナッシュ様は一呼吸置くと大きく溜め息をついた。
「全部吸い取られた…と」
吸い取られた?じゃあじゃあ…ミライは…
「レイナじゃなくてミライがガレッシュが呼んだ乙女…のようだ」
「ちょ…ちょっと待ってよ、私、未来に言っちゃったわよ?あなたは巻き込まれただけだって…呼ばれてないってぇ…どーするのよっ!」
ナッシュ様はまた困り顔だ。
ちょっと間違えちゃってごめんね~あはは…じゃ済まされない間違いじゃない!
面接受けて盛大に落としておいて、後でやっぱりあなた合格ね!て言っているようなもんじゃない!
…例えがおかしかったわね…。と、とにかくっっ!
「未来に伝えましょう、驚かせてしまうけど…」
「ちょ…ちょっとそれは待って!」
ナッシュ様の待った!に不信感が顔に出てしまう。今更何を待つことがあるのよ?
「ガレッシュが…まだレイナじゃなくて…その別の子だった…ていうことに戸惑っているというか、気持ちの整理が出来てないというか…まだレイナが消えた原因を探りたいって言ってるし…」
なんだかカチンときた。
そりゃあ満島ちゃんは可愛い後輩だけれども、未来だって私の可愛い頼りになる後輩だ。
「何よ…未来じゃダメっていう訳?」
ナッシュ様はアワアワと慌てだした。
「いや…そのダメって言うことでなくてだな…」
益々カチンとくる。
「未来の何が気に入らないのよ?巨乳だし、そりゃ可愛い系の満島ちゃんとは真逆のかっこいいお姉様系の美人だけど、文武両道、質実剛健、最高の部下で…うちで働いてくれたら即戦力で…いいわっ…もう決めた」
「き、決めた?何を…」
「ガレッシュ様がいらないって言うのなら、私が未来を貰うわ!」
「んな…?!え?!どういう…」
「どう言うもこう言うもないでしょう?未来を私が雇うのよ。いや~楽しみだな!未来めっちゃ仕事出来るからさ!そうだ!シテルンリゾート開発の概要の精査してもらおう~問題点と改善点が見つかるかも~やったぁ!」
まだモゴモゴとナッシュ様が言い訳?をしているが知ったこっちゃないや!
私はお昼前に起きて来た未来に、魔法の使い方とトイレやキッチンなどの使い方を教えた。流石は未来…一発で水魔法と火魔法が使えるようになった。
「要は気を高めてぶつけるのと同じ感じですよね、魔法て簡単に出来るんですね~」
いや…そんなことはなかったよ?私…トイレの水洗を流せなくて…そこの昔変態、今旦那のおっさんとトイレ前で揉めたしさ…
オムレツを焼いて、昼食を頂いた後に未来にシテルンリゾートの開発計画の資料を見てもらった。
未来は瞬時に顔つきを変えると、色々と手渡した資料を見比べながら確認している。何故かナッシュ様も一緒に未来の前で大人しく精査を待っていた。
「素晴らしい開発案ですね、でもこの『居酒屋ウミナ~レ』はいきなり実売店での展開はリスクが高いのではないでしょうか?この別件の資料にユタカンテ商会の『タクハイハコ』の記載がありますが、宅配…つまり商品を遠方へ配送することが可能…ということですね?」
「はい、そうです」
私は元気よく答えた。
「でしたら、まずは通販主体でシテルンの特産品を売り出してみてはいかがでしょうか?この別件の資料にありました『バラミアウオカー』これ例の地方情報誌の事ですよね?ここに通販の広告を出してみては如何でしょう?それで売上がある程度軌道に乗れば実売店を増やしていく…という展開にすればリスクは少ないですね」
「はい、分かりました!」
またも私は元気に答えた。
「それと、まずシテルンの宣伝をしておいた方がいいと思いますのでアンテナショップを首都というか、この国の都会?に作ってみてはどうでしょうか?魔法が使えるのでしたら獲れたての魚介類も直販出来ますし、何より実売実績がすぐに確認出来ますので…まずはシテルンに観光に来て頂ける足掛かりを作りましょう」
そう言って未来がナッシュ様を見るとナッシュ様はピンと背筋を伸ばした。
「はい、分かりました!」
ナッシュ様も元気に返事を返している。未来はまだ資料に目を落としながら簡潔に話していく。
「それとこれは私の案ですが、魔法を使える特性を生かしてシテルンのお料理宅配サービスを開始してみてはいかがでしょうか?出来たてアツアツでご自宅まで配達すればタクハイハコの準備も要りませんし…タクハイハコは高価な商品ですしね…はい、これが宅配サービスにかかる人件費と通販にした時の諸費用の概算です」
ナッシュ様は転移の加護で文字まで変換された、神々しいまでに精査された資料を未来から受け取った。
ナッシュ様は満面の笑顔だ。
「アオイ!ミライはすごいな!よしっ君には是非とも軍の仕事と葵の片腕として働いて欲しい!」
未来は顔を真っ赤にした。
「やったー!私、お城に雇って貰えるの?つーか公僕?生活安泰じゃん!」
そうして片倉未来の就職先が見つかった。基本ベースは軍属だが地方復興組織委員会の副会長だ。会長は私だ…うふふ。
私は次の日早速、未来を連れて第三の詰所に出勤した。
「初めまして、今日からこちらにお世話になります。ミライ=カタクラと申します。初めての職種で何かと不慣れですが宜しくお願いします」
未来はにこやかにご挨拶をしている。今日は私の軍服の予備を貸してあげた。胸の所の布地がちょっと苦しそう…なのは仕方ないっ仕方ないっ!
「や~めっちゃ美人じゃん、宜しく!俺この部隊の副官の、ジューイ=ゾアンガーデ、公爵家の次男で28才独身です!」
始めましてのご挨拶と合コンの自己紹介を織り交ぜて来たね。
その後各自ご挨拶を済ませて、私は未来に仕事を教えつつ…お昼前になった
「はぁ?今なんつったよ?出来ないじゃなくてやるんだよ!もう一度やり直してきな!」
未来がドスの聞いた声で書類を第一部隊の若い兵士さんに押し付けた。兵士の男の子は涙目だ。
「あの…でも…これ以上人員は割けないって…警邏部門の方が…」
「はあ?今ガンドレアに人員回さなくてどこに回すんだよ?ちょっと一緒に来なっ!」
未来は兵士の男の子を指で呼ぶとすんごい勢いで走って行った。
怖かった…ヤンキーだった。竹刀の幻が見えたぐらいだ。
本人にはっきりとは聞いてないけれど、官僚のお父様から反発してヤンキーの道へ…かもしれない。
午前中あんなにミライミライと騒いでいたジューイはずっと押し黙っている。あのフロックスさんでさえ、未来に仕事の確認をする時に緊張している。
すると複数人の男性職員と共に未来が詰所に戻って来た。
「しかし警邏の数を間に合わせるには…」
「ガンドレア軍の捕虜がいるよね?自分の国の警邏だよ、文句はないでしょ?その分、お給料と保障はしっかりと手配して…ガンドレアの責任者誰かな?話を通して下さい。それとまだ…コスデスタ…だったけ?…え~とあそこのスパイ…ん?間者かな?がいると思うから情報漏えいには気を付けて。それと各地区の代表者の方は、総会の際は同じ宿泊施設に全員泊まるようにして…そうすれば警備人員も少なくて済む。代表総会の開催決まったらすぐに確認出来るように…。これと…」
うむ…出来る女、片倉未来。
おや?戸口を見るとガレッシュ様が戸惑い気味に突っ立っている。未来と話しが終わったのか男性職員達は帰って行った。未来は戸口にいるガレッシュ様に気が付いて声をかけた。
「あれ?弟殿下、ご用事ですか?コロンド君、お茶ー!あっ私、魔術師団に行かなくちゃっ!フロックス大尉っ出て来ます。ジャレットッ案内して~」
「どうぞ…」
フロックスさんも口数少なく未来を送り出した。ジャレット君が急いで未来の先に立って案内している。どうやら未来さんは一日目にして皆のヒエラルキーの頂点に立った…のか?
ガレッシュ様はすれ違いで出て行った未来の後ろ姿をジッと見ている。
「お~どうした?」
ナッシュ様が執務室の奥の方からに呼ぶと、ガレッシュ様は中に入って行った。私もコロンド君と一緒に茶菓子を持って執務室に中に入った。ナッシュ様が手招きしたので隣に座らせてもらう。
ガレッシュ様はコロンド君が部屋を出て行ってから、消音魔法をかけた。
「あの話、ミライには話したの?」
あの話…私はまた思い出してカチンとした。ナッシュ様は私を見たり、ガレッシュ様を見たり…忙しそうだ。
「え…と、ミライには何も伝えていない」
ナッシュ様がそう言うとガレッシュ様は明らかに落胆したような表情をした。
これは…っ!私は眉を上げた。
「あのね…以前にも言いましたけど敢えてもう一度言いますね?満島ちゃんも未来も…意思のある一人の人間です。いきなり連れて来られた世界で、さあこの人があなたを召喚した人ですよ!と言われたとしてもそこで好きになれるはずがないのです」
私は一度、サラーを飲んで口を潤してから再び話し出した。
「ガレッシュ様が満島ちゃんを呼びたかった気持ちは分かります。只、あなた方のおっしゃる神が召喚を促しているのだとすれば…未来が来たことにも意味があるはずです。それはガレッシュ様には納得出来ないものだとしても…です。私は未来には真実は告げるつもりはありません。彼女は招かれざる異世界人として…もう割り切っていると思います。はっきり申します。この世界で生きようと、腹を括った未来の邪魔はしないで下さい」
ガレッシュ様は俯いて唇を噛みしめている。
「再び、召喚を行い満島ちゃんをお呼びしたければどうぞ、なさって下さい」
「違う…そうじゃないんだ。俺はミライの事を何も知らない。レイナを再び召喚したいかと聞かれても…それも分からない。だから…そう言うのを取っ払って、一同僚として普通に接していきたんだ。兄上達みたいに恋愛に発展するかと聞かれたら、それも正直分からない。まだ知り合ったばかりなんだ」
私は真っ直ぐにガレッシュ様を見詰めた。ガレッシュ様も私をジッと見ている。
「まずはお友達から…ですね?」
「うん、そこから何か変化があるか分からないし、もしかしたらミライに好きな人が出来るかもしれないし逆に俺に…ということもある。それでも今始めてみないと、後悔したくない」
うんうん、なかなか良い回答ね。
私達は消音を解いて執務室を出た。すると丁度未来が、分厚い本を数冊抱えて詰所に入って来た所だった。
未来は私とガレッシュ様を見ると微笑んだ。この笑顔にはヤンキー臭は感じない…
「魔術師団で魔力測定してもらったんですよ~そしたら私、視える目がある上に、魔力量が多いんですって!で…治療術士の上位術士を目指せば…て言われて、ちょうどね、マジー様とおっしゃるマダムが魔術師団にいらしていたので、その方に教えて頂くことになったんですよ!」
ニコニコしながら未来は事務机の引き出しを開けると、何か資料を取り出している。
「先輩の立案している『民間の治療術医院』の設立予定のあれ…マダムマジーに院長になってもらえないかと思って」
マジー様!?そ、そうかっ!今は、巫女姫を引退?なさって実家でゴロゴロされているんだったわ!
「マジー様ってお話上手でしょう?ぶっちゃけ、医院って先生との病気についての話し合いも患者様にとってはストレス解消の良い治療になるでしょう?それならマジー様なら打ってつけだと思って今からお話して来ますね」
「そ、それいいわね!是非マジー様に院長になって頂きたいわ!」
未来は満足気に微笑むと、資料を手に部屋を出ようとした。そこへガレッシュ様が声をかけた。
「伯母上に会いに行くの?俺も一緒に行ってもいい?」
「?はい、どうぞ~」
ガレッシュ様と未来は二人並んで詰所を出た。廊下を歩いて行く二人の背中を見送る。いつの間にかナッシュ様も出て来て一緒に見送った。
「並んでいると、お似合いに見えるがな…」
「こればかりは無理強いするものではないですしね…」
本当だ…ガレッシュ様の言う通り、ガレッシュ様から放たれている大量の魔力が自然と未来に流れ込んでいる。体に触れていなくても流れて行くなんて…余程魔力の相性がいいんだわ。
「二人の魔力波形…視えるか?」
「はい、お互いに良い魔力相性だと視える目を持っているのなら、相性は分かるはずです」
そうよね、別に恋愛方面に発展しなくても良い友達…って皇子殿下に言うのも変だけど、良い関係を築いていって欲しい。
さて
一刻後、未来はご機嫌で帰って来た。
マジー様から院長就任の件の快諾を頂けたのと、行き帰りにガレッシュ様と話してみて、会話が弾んだようだったのだ。
「なんだか波乱万丈な人生だったみたいですね、ガレッシュ殿下。あんなに気さくな殿下って珍しいな…と思ったら平民暮らしだったんですね~いやぁビックリ!」
そして昼休憩である。本日お昼は食堂に食べに行くことにした。
ナッシュ様とフロックスさんの後を、ジューイ達と話しながら移動する。ジューイも午前中はヤンキー未来にドン引きしていたようだが、話してみれば超姉御肌のさっぱりとした性格だと分かると、段々と仲良くなっていったようだ。
「先輩~さっきからメイドの子達がすっげー睨んでくるんだけど?」
「新しい宮職員には目を光らせているのよ。今ね、ちょうど新規採用の職員が登宮してくる時期なのよ。ホラ…お局の新人査定みたいなもんよ」
私がそう説明すると、うえっ…と未来が嫌そうな顔をした。男性陣が先に配膳の列に並んでいると、私達の後ろから
「ちょっと、いいかしら?」
と、メイドの割に赤リップのメイク派手派手な5人組が声をかけて来た。これは嫌な予感…素早く未来に目配せすると心得た、という感じで少し微笑み返してくれた。
私達は食堂を出て、少し歩いた廊下の隅に移動した。5人組はジロジロと未来を睨みつけている。この人は元ヤンキー(仮)だぞー?そんな目で見てたら投げられちゃうよー?
「あなた、見ない顔ね?今季入宮の新人かしら?その割にはガレッシュルアン殿下といやに近い距離でお話しながら、堂々と廊下を歩いていらしたけど?何様のつもり?」
ふぁーっ…典型的な新人いびりですなぁ~ここまでテンプレだともはや感動すらするよ。
未来はふーっと一つ息を吐くと
「あんたらさぁ~」
と切り出した。今、未来の片手に幻の竹刀が見えてますよぉぉぉ!
「こんなこと時間の無駄だと思わない?私と喋っている時間があるならガレッシュ殿下と話して来れば?」
5人組の一番先頭に立っているクルル…と巻髪ヘアーにした女の子が顔色を変えて、キッと私を睨んで来た。
おーいこらーあの私、一応皇太子妃なんですが…
「ガレッシュルアン殿下はそこの…がっ邪魔をするように仕向けてて、声掛けさえもできな…」
「不敬だよ」
一段低い声で未来が一言、言い放った。アレ…?心なしか廊下の温度低くなってない?
私を指差していた5人組の女子はギョッとしたように未来を見た。
「先日けっ…婚姻か?をして正式に皇太子妃になられたお方だ。蔑称で呼ぶのは許されないよ?城勤めの方なら弁えなければね?いくらナッシュルアン皇太子殿下が気さくな方だとはいえ、身の程知らずは身を滅ぼす…」
幻の竹刀と一緒に氷魔法の冷風がビュン…と5人組の前に打ち下ろされた…ように見えた。5人組は悲鳴を上げながら逃げて行ってしまった。
「沢田美憂の方が数倍、嫌味ったらしい言い方するけどね」
そう言って未来は私を促して歩き出した。
元ヤンの底力を垣間見ました…
すると廊下の先に、第二部隊のお兄様に囲まれたガレッシュ様がニヤニヤしながら立っていた。
「お見事」
「何がお見事…ですか?ああ言う女の子達とも上手く付き合っていくのが、王族の嗜みだと聞いたことがありますよ?お兄さん方も少しは警戒を解いてあげないと、ガレッシュ殿下が女性と出会う確率が下がって『イキオクレ』になりますよ?」
未来がそう言うと第二部隊のお兄様、ガッテルリさんもいるが…ちょっと怯んでいる。
警戒?どういうこと?
未来が私をチラッと見た。
「ガレッシュ殿下の警護を恐らく…ナッシュルアン殿下が指示しているんじゃないかと思うんです。民間人からいきなり皇族でしょ?つけ入ろうとする輩は必ずいますから…多分それで過剰防衛になっているんですよ、コレ」
コレ…と言って未来は第二部隊のお兄様達を指差した。
「つけ入る輩の排除はともかく、女の子との出会いも排除しちゃうなんてねぇ…間接的不敬罪だね」
そんな単語があるの?という私の疑問の声は第二部隊のお兄様達のざわめきと、ガレッシュ様に対する謝罪の声に阻まれて、未来には聞こえなかったようだ。
ガレッシュ様は未来の方をチラチラ見ながら困り顔だ。
「はいはい、お兄さん方!一つ解決策を授けましょう。人の目の多い…食堂などでは監視を緩めてあげればいいのですよぉ~?そうすれば女子も殿下とお話出来て嬉しい、殿下も女の子と話せて嬉しいウィンウィン…て言わないか?え~と、双方に利ありですね」
「俺…食事はのんびり食べたいんだけどぉ…」
と小さく呟かれたガレッシュ様の声は、お兄様方の「ミライ」コールに完全に掻き消されていた。




