挙動不審の皇子
この体の疲れの原因が分かってきたので、落ち着いてきたよ。
「ヴェルヘイム様、有らぬ疑いをかけてすみません…」
そう言いながらヴェルヘイム様の肩をトントンと叩いている私を、ヴェルヘイム様は不思議そうな顔をして見ている。
そう…何もヴェルヘイム様の魔力圧にやられて、体が怠い訳じゃなかったのだ。
妊娠の魔力酔い…だよね、これ?てか、最初からこれなの〜?クリッシュナ様も大変だったよね。私は自慢じゃないが体力には自信がある。それでこんなに体が怠いのだから、お嬢様育ちのクリッシュナ様なんて、毎日這いつくばって移動していたんじゃないかしら…今更ながらに御気の毒だわ。
「取り敢えず、ナッシュ様にお話ししますか?勿論…ぬか喜びさせてしまうのはいけませんし、キチンと説明したほうがよいですしね」
カデ先生の御意向に従います。
意を決してナッシュ様をカデちゃんと二人で引っ張りだして、周りに消音魔法をかけて報告した。
案の定…
「$%&&#○△□…あ…あ…」
何かを叫びながらナッシュ様は号泣だった。カデちゃんも、もらい泣きをしていた。私は高速瞬きで何とかもらい泣きを回避した。ナッシュ様とカデちゃんに泣きながらしがみ付かれたので、悪目立ちしていると言えばしていたが…何せ婚姻式の最中から泣いていたナッシュ様なので、また泣いてるよ~と親戚一同からは生温かい目を向けられるだけだった。
「とにかくね、まだ内緒でお願いします。順調に育つかはまだ分からないからね、騒がないようにね」
「うん…うん…アオイ…ぐっす…ありがとう」
「もう、ナッシュルアン殿下っ。先程も言いましたが一月は様子を見て下さいね。私以外の術士にはまだ妊娠の兆候は分からないはずです。何せ私、特別にすごーい術士ですので!二人共いつも通りの生活で構いませんよ。時々診察に伺いますから、困った事があったらすぐにご連絡下さいね」
「はい、カデせんせぇ…」
おいっ…本当にいつも通りに出来るのか?態度からばれるのではないか?
と思っていたら…やっぱりだった。カデちゃんとまた人の輪の中に戻り、口当たりの良い果実水を飲んでクッキーを摘まんでいると…
「兄上、何か魔力波形がおかしいね?」
意外に鋭いガレッシュ様がそう切り出した。すると叔母のカッシュブランカ様が鋭い目でナッシュ様を見ている。視ているのか?
こりゃいかん…私はススッとナッシュ様の後ろに行くと背中をドンと突きながら周りの皆様に聞こえるように声を張り上げた。
「はーい、ナッシュ様は今日は浮かれてオツカレですね~明日はガレッシュ様のお披露目と祝賀の顔見世がありますし、今日は早めに休まれますか~?」
ちょっとワザとらしいかな?と思ったけどキリッシュルアン国王陛下が何度も深く頷き、周りを見てご挨拶を始めたので、私もナッシュ様も陛下のお傍に控えた。
上手くいった…疲れているのも事実だしね。あぁ…横になりたい~とかニルビアさんと話しながらドレスを脱がしてもらい、脱いだドレスをメイド達に渡した。
どうやら皇宮には王族のご衣裳…戴冠式の衣装や式典用の特別なモノを保管しておく場所があるらしい。そりゃそうか、数だけでも膨大な枚数だものね。
「終わったね~」
「ヤレヤレだぁ~」
とか話しながら離宮に住むメンバーで帰路についていた。今日は明日の凱旋パレード?とお祭りも見て帰るためデッケルハイン一家も一緒だ。祭り見てみたいなぁ…いか焼き食べたい。今は生臭くて無理っぽいけど…ああ、イカ焼きがダメなら麺類ならいけるかなぁ…
「ああ~ラーメン食べたいわ~蕎麦も食べたいわ~」
「私も食べたいです!蕎麦の実ってこの世界にあるのですかね〜この際、うどんでもいいかな…」
「カデちゃんも知らないの?じゃあ、無いのかな…無いと思うと無性に食べたくなるね~でもね、私、蕎麦打ち一回しかしたことないのよね~」
「本当だ麺打ちが必要だったぁ…私は一度もないです。江戸時代に一膳めし屋で働いてる時に習っておけばよかったぁ!」
すごっ!?カデちゃん江戸時代、そんな所で働いてたの?テレビの時代劇でよく見る定食屋みたいな所よね?
「らーめんって何?」
「母上作ってよぉ~」
とか、カデちゃんとザック君とリュー君の4人で話しているとガレッシュ様とナッシュ様が近づいて来た。
「義姉上、今晩俺も泊まっていい?そのぉ…ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」
とのガレッシュ様の言葉でナッシュ様がビクついた。またぁ…不審な態度をとるんじゃないっ!カデちゃんも若干目を鋭くしてナッシュ様を一睨みしている。
「ん?何?…あ、えっと…勘違いじゃなきゃいいんだけど…」
とガレッシュ様が周りをチラチラ見ながらそう切り出したので、益々ナッシュ様が狼狽する。静かにしろっ!魔力放出を慎めっ!
「あ~ここじゃアレかな…中で話してもいい?」
なんだろうな…多分だけど私の妊娠に関することじゃないみたい。もしそうならガレッシュ様なら絶対喜んでくれるし、こんな困ったような…しょんぼりした魔力波形にはならないと思うのよね。
残念ながらナッシュ様には魔力波形が視えない。私の妊娠の事だと勘違いしているのか…ギクシャクした動きでガレッシュ様の後をついて来る哀しき皇太子殿下。
見るに見かねてナッシュ様の横に立つとガレッシュ様に聞いてみた。
「何か相談事よね?ガレッシュ様?」
ガレッシュ様は困ったような笑顔を向けて、うんうんと頷いている。ほらね?違うでしょ?ナッシュ様に目配せすると安心したのか、やっと表情を緩めた。
さて
まだお昼すぎなのでデッケルハイン家はお祭りを見に出かけた。ジャックス兄弟は詰所に戻っている。今はニルビアさんは家の片づけ中。ここには兄弟殿下と私のみである。サラーとカデちゃんが持って来てくれたマッチャと言う名の野菜のパンプキンパイもどきをお出しした。ナッシュ様が一心不乱に食べ出した。
「ナッシュ様っ…もう!それで…どうしたのかしら?」
話を促すと何度か深呼吸をした後に、ガレッシュ様は話し始めてくれた。
「率直に聞くけど…マディアリーナ姫様と…俺をくっつけようとしてるよね?」
そ、そのことか…おお、何だろう?恐る恐る頷くと、ガレッシュ様は深く溜め息をついて腕を組んだ。
「この間もリディックに話してたけどさ~魔力の質が合わない女性とのお付き合いは難しいとか言ってたよね?それとは違うのだけどね…マディアリーナ姫様は魔力の相性は悪くないんだよ?悪くないんだけど…う~んどう言ったらいいのかな…え~と、思っていたよりも…お姫様なんだよね」
な、何?そりゃシュテイントハラルのお姫様よ?当たり前じゃない?
「ん~なんていうかさ…最初は魔力の相性もいいし、いけるかな~とか思ってたんだけど…姫と二人にされて食事をしたじゃない?それでね、食事の仕方を見ててもさ、常に受け身なんだよね~ニルビアさんが支度するのを待つ。してもらうのが当たり前になってて…自分で動こうとしない」
「だって、給仕される側の立場の方だもの当たり前でしょう?」
と私が言うとガレッシュ様は苦笑いをした。
「だって俺、庶民育ちだもん。そんな女の子周りにいなかったし…今でも一から十まで給仕されると、こそばゆい。それ言ったらさ、義姉上だって今みたいにお茶とか準備してくれるじゃない?カデリーナ姫もそうでしょ?」
「私達は元異世界人で特殊だから…」
「だけど、義姉上だって異世界でもお嬢様だったってリディックが言ってたよ?ナジャガルの皇宮ぐらいのお城を10軒持ってたって~」
げげっ!?リディック様!?何を誤情報を…と、思ったけど…前にリディック様に図書館で怒鳴った時にそんなことを言ったような気も?意外とリディック様の記憶力、すごいのね…
「そ、それは実家はそうですが…私は18才から一人暮らしだったし…自分のことは自分でしてきたから…」
ガレッシュ様は肩を竦めた。
「俺もそうだよ?一人だし、まあ当たり前だよね。今はここで生活してるけど、婚姻したら城下に住みたいかな~とか思っているくらいだし…」
「ガレッシュ…それは皇族としては…」
ナッシュ様が口を挟むと、分かってる…分かってるよ…とガレッシュ様が言った。
「勿論、防犯面とかで無理な生活はしないよ?でもね、マディアリーナ姫に聞いてみたんだ。例えば城下に住むとして、お一人で身の周りのこと出来ますか?って…そうしたら一人でしなくても供の者がしてくれますよ…って何を言ってるんだ?みたいな顔をされた。その顔見たらさ…ああ、これは違うかな~とか思っちゃって…こういうのなんて言うんだろ…意見の違い?」
「生活水準の違い…価値観の違い、ですね?」
私がそう言うとガレッシュ様は、そうそれ!と同意された。
なるほど…ガレッシュ様は血筋は問題なく皇子様だ。だが26年間市井で生活してきた庶民の感覚というものがある。何も皇族が悪いとか庶民がいけないということではない。
物の見方や生活スタイルの違いを肌で感じて分かってしまったのだ。
「姫も良い方なんだよ?そうなんだけど、いざ婚姻して生活を一緒に…ってことを想像すると夫婦になれるかって言ったら、違う気がするんだよね。だからさ、もう無理にくっつけよう~とかしないでもらえたらな…と思って」
ガレッシュ様はナッシュ様によく似た顔で困ったような笑顔を向けられた。
「こちらこそ…すみません。勝手に盛り上がってしまって…ガレッシュ様の好みもあるのに…」
「ううん、こっちこそゴメンね。いや魔力の相性は良かったと思ったんだけど、他がねぇ~俺は出来れば庶民かその感覚に近いものを持ってる人で、更に欲を言えば、ものすごく可愛くて~出てるとこは出てて~美味しいお料理作ってくれる人がいいな!なんてね~」
何それ?そんなハイスペックな女子なんているかしら?
するとナッシュ様がチラチラとこちらを見ている。
「アオイはダメだぞ?」
「いやいや~義姉上は怖いもん!投げ飛ばされるわ、叩かれるわで…俺もっと可愛い子が良いもん!」
おおぃ!?義姉に向かってなんたる暴言だよっ!
「わ~るかったわね!可愛くない身長でっ可愛くない強さで!てかっガレッシュ様は理想が高過ぎよ。料理が出来て?可愛くて?巨乳でしょう?それに庶民で…あれ?」
と言い掛けて一人、思い当たる女子がいることに気が付いた。…が今言っても仕方ないか。
「なになに?今、誰か思いつく人いたんじゃない?誰?誰?」
ガレッシュ様が食いついてきたけど、う~ん言っても無駄だと思うけどまあいいか…
「言っても仕方ないけど…異世界に居た時の私の会社の後輩…え~と部下の満島ちゃんね。レイナ=ミツシマ。年は24才かな?お爺様がフランス…異国の方で混血なの。透き通るような陶器のような肌で瞳は神秘的な深い緑色ね。勿論、巨乳よ!ご両親は他界してらして、お婆様と二人暮らしだからお料理は得意よ。彼女の差し入れてくれるお菓子美味しかったわ~。ああ、満島ちゃんの作ったみたらし団子が食べたいわ!」
「菓子を作れる子なのか!?いいなぁ~異界の菓子か…」
ナッシュ様のいいな、の基準はお菓子を作れるか、作れないかだった。
「顔も可愛い?」
「勿論よ!いつも照れると真っ赤になって可愛いし、性格も優しくて温厚よ?」
あれ?ガレッシュ様がやけに前のめりね?更にガレッシュ様が食いついてくる。
「義姉上、その子…レイナの姿形を思い出せる?」
「えっ?記憶しているかってこと?た、多分覚えてるけど…」
私がそう答えると嬉々としてガレッシュ様は自分のヨジゲンポッケから何か紙をガサゴソと出してきた。
「実は…ヴェル閣下に『幻術魔法』の術式を描いた魔法陣を貰ってきたんだー!義姉上っこれ使って!今思い描いたレイナをこの幻術で出してよ!」
えええ!おおおっ!?な、なるほど〜幻術で人間も出せるよね!そりゃそうか!ドラゴンも生き物?だものね!
「手を魔法陣の上に置いて、レイナの姿を思い浮かべながら陣に魔力を入れていってね」
ガレッシュ様に言われて満島ちゃんの可愛い姿を思い起こす。巨乳か…そういえば会社の慰安旅行で温泉に行ったよね…と、つい皆で飲んで酔っ払って浴衣が肌蹴た色っぽい満島ちゃんの姿が脳裏に浮かんだ。
カッ…と魔法陣が光った。し、しまった!?と思った時はもう遅かった。眩い光が収まり…そこには…
浴衣の胸元を大きく開き、裾から太ももを大胆に見せながら色っぽい目でこちらを見詰める私のミューズ、満島ちゃん(幻術)がこちらを見て微笑んでいた!
「み、みつ…満島ちゃぁぁん!」
あまりの完成度にそこに満島ちゃんがいる気がして、思わず駆け寄ってしまった。そして抱き付こうとして、我に返った。ああ…幻術だった。でも満島ちゃんだわ。うう、元気かしら?満島ちゃん
「うっそ…」
「わ~すごいなアオイ!この子がミツシマちゃん?何?この姿?服が肌蹴てるけど…」
ナッシュ様いちいち言わないっ!
「もうっ!思い出したのが一緒に温泉に行った時のお酒飲んでいる時だったんですぅ!酔ってて浴衣…これ国の民族衣装みたいなのですけど、ちょっと着崩れちゃっただけなんです!」
ガレッシュ様は私のミューズの前に膝を突いた。ちょうど満島ちゃんと目線が合う高さだ。なんと、私と会話している時の記憶なのか…何度も笑いながら(声は出ないが)うっとりするような笑顔を見せてくれている。そうそう…満島ちゃんのこの可愛い笑顔…ミューズだわ。そう言えば、普段は瓶底眼鏡だけどこの日は酔っていて外していたわね。
そう、満島ちゃんは極度のド近眼だったのだ。普段はレンズが分厚過ぎて目が小さく見えるほどの瓶底眼鏡を着用しているのだ。おまけに化粧気も無くて服装も地味。こんなに巨乳で可愛い満島ちゃんが、ヤロウどもの餌食にならないで済んでいるのは『チビ眼鏡』のあだ名で野次られているからだった。男って見る目無いよね…それで沢田美憂に可愛い、可愛い…て言っちゃってさ~
「か…可愛い」
「「え?」」
私とナッシュ様の声が重なった。ガレッシュ様は幻術の満島ちゃんに手を伸ばした。伸ばした手は満島ちゃんの頬を通り抜けてしまった。ガレッシュ様はそのまま微動だにしない。
「兄上…」
「な、何?」
「召喚魔法ってどうするの?俺…この子召喚したい…」
「「何だってぇ!?」」
またも私とナッシュ様の声が重なった。
何だかとんでもないことになりましたよ…?




