アイノゲタバコ
「アケマシテ…オメデトウゴザイマス、だろ?」
「おめでとうございます…」
寝台の中でナッシュ様に抱きかかえられながら、新年のご挨拶を受ける。まさに姫始めだった。よもや私がリア充がやりそうなことを体感するとは…感慨深いものがある。
「年が明けたら…婚姻式とガレッシュのお披露目だし。もう一度グローデンデの森の…人工的な魔素の祓いもやりたいし…それにガンドレアの、名前言うのもイヤだけどあの女王の事もあるし、忙しいな」
モゾモゾと寝台の上で体勢を変えながら、ナッシュ様を見上げる。
「ヴェルヘイム様が毛嫌いするのは分かるけど、ナッシュ様もあの女王陛下を嫌っているわよね?何かされたの?まさかストーカー被害?」
「すとーかーって何?」
私は如何にストーカーという犯罪が恐ろしいかを、実例を挙げながら説明させてもらった。コレ、前にルル君にも同じ事を言ったわね。
「そ、そんな変質的な被害は受けてないけれど、女王陛下の婚姻式に招待された時の夜会で、追い掛け回されたりとか、それから…えっと…」
ナッシュ様は言い淀んでいる、まさか…あらぬ妄想してしまって思わず顔が引きつる。
「まさか…ナッシュ、あなた…何か如何わしいことをされて…」
ナッシュ様は大慌てだ。余計怪しい。
「その…怖がるといけないかなとか思って…その、ここの皇宮の中に侵入して来たことがあるんだ」
「誰が?」
「え~とラブランカ女王陛下が…」
私は仰天した。
「りっ…りっ…立派な変質的な被害じゃないのっ!?何を呑気にしているのっ!」
私は掛け布がはだけて半裸が見えているのも忘れて、起きあがった。
「いやあの…皇宮に侵入して来ていても…私、ほら3重魔物理防御してるだろ?だから実質は近づいて来れないのだけど、それでも何度か侵入して来たし、母上はキィキィ怒るし…いや普通は怒るか?でも一国の王族だし、捕まえる訳にもいかないし…それで迷惑かける訳にいかないから私だけ離宮に住んで、ニルビアに屋敷ごと防御障壁を張って貰っていたって訳…」
唖然とする。最初の頃からどうもおかしいと思っていたのだ、一国の皇子殿下が傍仕え一人で離宮暮らしって…いくら魔力酔いの被害を避ける為って言ったって、今まで生活してきて魔力酔いの被害って一回か二回くらいじゃない?しかも無意識に垂れ流しとかじゃなくて…明確な怒りとか…感情の高ぶりがあった場合よね?
それなのに隠れ忍ぶみたいに生活しているから、おかしいと思ったのよ。もしかして長年に亘るストーカー行為を受けていたせいで、こんなネガティブ皇子になってしまったのかしら。
「すべてはラブランカ女王陛下から身を隠す為…」
「隠すってほど大袈裟じゃないけど、ヴェルヘイム様もアレに家宅侵入されたことがあったと聞いたし、それで屋敷の使用人とも色々悶着が起こったと聞いたしね。もし皇宮に侵入して来たラブランカ女王と誰かがかち合って、うちのメイドや近衛に何か被害があったら困るだろ?もしまかり間違って向こうから不敬だ!とか言われたら外交上対応に困るし…私一人で対処したほうが楽かな~と思って。その点ニルビアは腕も立つし一級魔術師だしね」
「頻繁に…侵入して来ていたのですか?」
「う~ん前は年に数回あるかなくらい?いつも近づけずに帰って行ってたけど…ご苦労な事だね」
ご苦労な事だね…じゃないわよっ!?なぁにを呑気な事言ってんのさっ!?このぼんやり皇子めっ!
「ちょっと…それ皆知っていたことなのですか?」
「皆ってジューイとか?うん知っているよ。最初の頃は大騒ぎだったけど侵入して空振りで帰っているから最近じゃ皆、侵入して来たら隠れてその侵入の様子を見学してたくらいだよ。面白い見世物だって…」
ジューイなら言いそうだ。フロックスさんもなんだかんだで弄って楽しむタイプだし…皆でニヤニヤして見物している姿が手に取るように分かる。しかし、ソレはソレ、コレはコレだ。
「そうは言っても由々しき問題ですね…私は厳格なる対応を致しますよ」
「え…でも、ここ数年は来てないよ?まあ逃げてる状況じゃ来たくても来れないだろうし…」
私はノホホン皇子殿下の顎をクイッと掴んだ。何故かナッシュ様は照れているのか赤くなっている。
「カデちゃんとリアに伝えるわ。そしてあの年増の極悪ストーカーにガツンと言ってやるわ!」
ナッシュ様はちょっと慌てている。
「えぇ…リアさんに言うの?そうしたらダヴルッティ様やヴェルヘイム様にもばれるじゃないか、恥ずかしい…」
「何を乙女みたいな恥じらいで、誤魔化しているのよ!?極悪非道のイモゲレラドアンキー女王を撃退しなきゃ枕を高くして眠れないじゃないのよっ!人のモノに手を出そうなんて許さんっ!」
と、ガッツポーズをしていると、ナッシュ様に寝台の中に引っ張り込まれた。
「人のモノ…て誰のものなの?」
ニヤニヤしているけど…今、変態の考えているモノじゃないことは確かだ。私はナッシュ様の両頬を手で挟んで顔を覗き込んだ。
「あのね、あなたは公人なの。あなたはナジャガル国民のモノなの。大事な御身なの。あんな年増が害してよい方じゃないの。あなたは国民を守らなければいけない立場だけど、それとは逆に国民はあなたを守らなければいけないのよ。だってあなたは国民のモノだから」
ナッシュ様は目を見開いた。私は言葉を続けた。
「あなたは自分一人が…とか自己犠牲が激しいけれどそうじゃないのよ?あなたは国民の皆から守られる対象なのよ?それを一人で頑張る…とか言っちゃったら国民の立場が無いわ。あなたは守られる時は全力で甘えなさい。そしてあなたが守れる時は命がけで国民を守ってあげなさい」
ナッシュ様は泣き笑いの顔になった。寝転がっていても美形だ…綺麗て得よね。ナッシュ様から何度もキスを受ける。
「うん、うん。全力で甘える…アオイ…力を貸してくれ」
「勿論よ、ナッシュルアン皇子殿下」
はいはい、姫始めの続きだね~今日は甘えるが宜しい。
さて、翌朝少し寝不足ではあるけれど、皆と年明けのご挨拶と称して、異世界式の元旦を実施した。
「あけましておめでとうございます!」
と、綺麗な新年のご挨拶をしてザック君はニコニコしている。どうやらデッケルハイン家では元旦はしっかりと日本式になっていたようだ。カデちゃん、今まで中身は日本人だってよくバレずにいれたね?
「はい、お年玉よ~」
私がポチ袋を差し出すと、ジャレット君とザック君はキョトンとしている。お年玉…の説明をしてあげる。
「そ、そんなっザックはともかく僕は一応成人していますから…」
「まだ10代じゃない。私の括りでは18才までは子供です。いいからっこれで入用なものを買いなさいな」
恐縮するジャレット君にポチ袋を押し付けてザック君にも手渡す。流石にザック君は拒まない。
「ありがとうございます!」
うんうん!元旦早々可愛いねぇ!皆でおせちの入った籐籠をせーの、の掛け声で開ける。
「わあーーこれ何?」
「赤い粒は何ですか?」
「これ、バンバガデランガの炙り焼き?香ばしくって美味しいっ!」
ナッシュ様が所謂、焼豚を口いっぱい頬張って聞いてきた。
「焼豚という異世界の…お酒のおつまみになりますかね~赤い粒はルーナというモッテラの卵なの。食べてみて~ザック君とジャレット君はちょっと苦くてダメかもだけど、食べてみて」
おせち料理は大好評だった。意外にもザック君がルーナの卵が大層気に入ったようだ。また作ってくれ~とせがまれた。ナッシュ様とジャックスさんがシテルンでお料理屋さんを出店する時にルーナの卵をメニューに加えるようにっ!と大興奮していた。はいはい。
「年明け早々だが、グローデンデの森の魔素を祓ってこようと思う。人工的な魔素の発生源は森の手前にある…というか地下に埋めてあるのじゃないかとエフェルカリードが言っていた」
「埋める…って形のある魔石のようなものなの?」
ナッシュ様は隊服に着替えながら首を捻っている。
「そこまでは分からんらしい。でも祓える!と自信満々で言ってるから取り敢えずやってみる。アオイはどうする?あ、そうだ!アレ試したいからここに残る?」
アレ…か。とうとうアレを試してみますか…思わずナッシュ様の隊服の内ポケット辺りを視てしまう。薄い魔力の残滓が視える…
そうアレ…『アイノゲタバコ改良型』をとうとう、やらんでもいいのに…ナッシュ様の隊服の内ポケットに施術してしまったのだ。ナッシュ様はニンマリと笑った。
「あの箱に昼食とお菓子を入れてくれ」
この皇子殿下は根本的なことを忘れてはいないだろうか?
「私、今日仕事だけど?」
ナッシュ様は青ざめた。無理だ!やれ!の押し問答の末、ナッシュ様が皇子権限を振りかざしてきたので渋々ではあるが私は昼から出勤ということになった。
フロックスさんに必ず昼から行くからと(サボっていると思われたら堪らん)よくよく伝えてくれ!…とジャックスさんに言伝を頼んだ。
ナッシュ様はザック君とガレッシュ様の三人で魔素を祓いに行くらしい。強さから言ったら妥当な所だ。
そうだっ忘れないうちに…とカデちゃんに年賀状もどきを書いて新年のご挨拶をし、ついでに…あのラブランカがうちの旦那にストーカー行為をしていた!と…したためてタクハイハコにソッと入れた。
お昼はコッペパンにエビフライもどきを挟んだのとローストロイエルホーンを挟んだものを二種類作った。スープは魚介のミネストローネだ。おやつはプチュラタルトにした。
台所の棚に置いてある『アイノゲタバコ改良型』をカポンと開けて中を見た。あれ?何か紙が入っている。取り出してみた。ナッシュ様の字だ。何々?
『これいいな~何か胸ポケットにしまうのが…こそばゆい…』
乙女かっ!この乙女皇子めっ!これが噂のこじらせ男子かっ!?これ返事しなきゃ拗ねるのか?そうなのか!?
取り敢えず返事を書いてみた。
『そうですね』
「これは無いわね…」
一言の返事は素っ気ないな、さすがに。え~とだったら…
チーン!
妙な…敢えて例えるなら電子レンジの出来たよー音がした。アイノゲタバコ改良型を見る。良く見ると蓋の通常なら名札が貼ってある位置辺りに『使用中』の文字が…トイレかっ!とツッコミつつ…中を開けた。
また紙が入っている…嫌な予感。
『もう祓ってガンドレアから戻って来てるけど、ハコから取り出したいから食事入れてみて~』
「この拗らせめっ!」
と、ツッコんでから籐籠にコッペパンとスープとタルトをギュウギュウに入れると、ヨジゲンポッケに突っ込んで猛ダッシュで第三部隊の詰所に駆け込んだ。
当然ナッシュ様は帰ってきている。びっくりしたような顔で私を見て途端に剥れた。
「なんだよぉ~あのハコに昼食入れてって頼んだろ?どうしてしてくれないんだ!」
いいおっさんがいい加減にしろっ!
「どうせ会うのに馬鹿言わないで下さい…」
そう言いながら睨んでやった。するとジューイが後ろから私の肩をトントンと叩いた。
「ホラ隊長はさ~魔力酔いが原因でまともな男女交際はしてきてないからさ~夢見てんだよ。ささやかな夢だろ?恋人から愛の差し入れ、叶えてやれよ~」
このぅ…どいつもこいつもっ!乙女皇子は執務室の机に座って書類を手にして書類の隙間からチラチラこちらを見ている。盛大に舌打ちをしてから、また猛ダッシュで離宮まで戻った。
「なによっもうっ!拗らせ皇子めっー!」
アイノゲタバコ改良型に籐籠をぎゅーむ…と強引に押し込んでやる。壊れても知るもんかっ!内ポケットからミネストローネのシャワーを浴びてみろっ!
アイノゲタバコの箱をバカーンと荒々しく閉めて、詰所に戻ろうとして、タクハイハコの蓋についている魔石がピカピカ点滅しているのに気が付いた。何か届いているようだ。
御届け物はカデちゃんからの短い手紙だった。
『あけましておめでとうございます。
旧年中はお世話になりました。
今年も宜しくお願いします。
殿下がストーカー被害に遭ってたなんて
知らなかったです。
本日夜お伺いしてもいいでしょうか?
カデリーナ』
あれ?カデちゃん今晩来るの?了承のメモ紙をタクハイハコに入れて私は詰所に戻った。
ナッシュ様は内ポケットをチラチラ見ながらニヤニヤしていた。鬱陶しい…
「ああ、アオイ来ましたか…ご苦労様」
フロックスさんはジロリとナッシュ様を睨んでから、私の前に来た。
「先程ナッシュ様が祓ってきた大きな魔石ですが…」
「ああ、あの魔素の発生源?魔石だったの?」
「ええ、今は魔術師団に持って行って分析中ですが、魔素が抜けて純度の高いただの魔石になっているようなので、調査が済めば必要ないので…要りますか?」
何で私に聞く?あ…いや待てよ?魔石って売れば高価買取だったっけ?
「喜んで頂戴いたします」
「分かりました」
さて、今日はジャレット君は離宮でマディアリーナ姫様の診察を受ける予定だ。なので…
「ガレッシュルアン皇子殿下っ!ちょっと頼まれてくれない?」
年明けにガレッシュ様を正式に王族として招き入れると発表する予定だ。その時に名前もガレッシュルアン=ゾーデ=ナジャガルに改めるのだ。生まれてから行方知れずのもう一人の皇子殿下が奇跡的に発見された!という筋書きらしい。
リディックルアン元皇子殿下は体調が優れず…公務を行うのが困難になり王籍を離れ療養する、という発表になる。それぐらいにしか出来ないよね。
「義姉上~何?」
ガレッシュ様は今日から正式に軍属だ。ナジャガルの軍服似合っているね!所属は第二部隊だ…詰所の若手隊員と書類を見ている所を突撃した。
「今日さ、ジャレット君の所にマディアリーナ姫様が診察に来て下さるの~私、婚姻式の打合せがあるから抜けれないのよ~悪いけど離宮で姫様のお相手してくれない~」
はい、ちゃんとリアのお願い通りにガレッシュ様とマディアリーナ姫様をくっつけちゃお!作戦を決行しておりますよ。
「え?俺~?」
「そうよっ!相手は一国のお姫様だし、それ相応の方がお相手するのが常識よぉ!」
断れないように無駄に魔圧を放ちながらガレッシュ様にお願いした。じーっと私を見ていたガレッシュ様は、小さく息を吐くと
「了解です、義姉上」
と、了承してくれた。うう…ごめんね、ガレッシュ様。これは任務とか仕事…とか思っているのかな?
このやり取りをした後に、ガレッシュ様を伴って詰所に戻ると内ポケットをジャケットプレイで私にチラチラ見せながらナッシュ様が近づいて来た。
うざぁ~~何よ?
「内ポケットから昼食出してもいいかな~?」
「……好きにすれば?」
ミネストローネのシャワーを浴びてしまえっ!…と、念を送っていたが残念なことに、無事に内ポケットから籐籠を取り出して来た。籐籠は無傷だ…どこかの某ボッケと違って性能は素晴らしい。さすがユタカンテ製。でもね流石のカデちゃんも今回は手抜きしてくれても良かったのだよ?
…と無茶な懇願を心の中でしながら、キャッキャッしながらコッペパンを食べるトリプルスター兄弟とザック君を生温かい目でみてあげた。
昼が過ぎて…
婚姻式の打合せにナッシュ様と来賓用の応接室に向かった。時間を無駄にしたくないので婚姻式後のパレードの段取りを説明しながら移動する。
話しの途中でナッシュ様が、あ、そう言えば…と言った。
「ダンジェンダが何かすごい量の籐籠を持ち込んでいたが、今日の試着用のドレス…だよね?全部着てみるの?」
すごい量?あ、もしかして…
「もしかすると…頼んでいた小物入れと鞄も作って持って来てくれているのかもしれません」
「小物入れと鞄?」
「ほら、前にカステカートに行く時にドレスを作りましたよね?あの時にメイドの子達にせがまれて鞄と小物入れを作ってみるって言って…」
「ああ~そういえば言ってたな~」
とか…喋りながら来賓用の応接室に来てみれば…
お局トリオが待ち構えていた……何故居るの?
カッシュブランカ様、クリッシュナ妃殿下、マジー姫巫女様。何故ここに居るのか一番聞いてみたい方にお声かけをしてみた。
「あのマジー様…」
「何で御座いましょう?」
マジー様は神殿の姫巫女様のはず?確か巫女って外出禁止じゃなかったっけ?おまけにマジー様は、派手なドレス(赤に近い珊瑚色)を着用されている。
還暦祝いのちゃんちゃんこ…失礼…ではないことは確かだ。
「神殿から…許可が出て外出、出来たのでしょうか?」
マジー様はクリッシュナ様と微笑み合っている。どうしたの?お局姉妹様?
「姫巫女制度をやめろーとうちの一族の者達で神殿に圧力をかけたのですわ」
何だって?マジー様はニヤリと笑った。わっるい顔ですよ~?
「だって私が鬼籍にでも入ったらまた、姫巫女に誰かが選ばれますでしょう?選ばれたら最後、一生外には出れないのですもの、若い娘にとってこんな辛くて寂しいことがありますか?だからもう姫巫女も巫女制度も廃止にしろ!と、神殿に進言して…とっとと神殿を出て来たのですよ」
「悪しき習わしですわ。実はね、お姉様…密かに憧れていた侯爵家の方がいらしたのよ~ね?でも姫巫女に選ばれてしまって…」
クリッシュナ妃殿下のお話に胸が詰まる。ええ…じゃあ好きな方と結ばれないままなの?
「マジー様…今その方は?お会いになりましたか?」
私がそう言うとマジー様は目を細めた。んん?チベスナアイズになっているけど?
「実は、神殿を出て真っ先に彼に会いに行ったの。向こうは既婚者だし、邪魔しないように物陰からね…」
おお!行動早いっ!それでそれで?
「チビでっ短足でっ丸々と太っていたわっ!おまけに昼間からお酒をがぶ飲みして、盛大なゲップをしていたわ。あんなに天使みたいに可愛かったのにぃ…綺麗な思い出が裏切られた気分よ…」
「まあぁ…それは嫌だわ」
「不摂生な生活をしている感じが体型から滲み出ていて、最低ね…」
他の女性陣から深い溜め息と共に、侯爵家の次男に対する悪態がつかれた。気持ちは分かるぜ…
これアレだな…大人になって同窓会で当時好きだった人とか、学園の王子様だった人が子供の時の面影も無く、チビデブハゲになってて幻滅する、例のアレと一緒だよ。マジー様…オツカレ…
そこへ取り成すように、カッシュブランカ様が話し出された。
「まぁまぁ…そんな昔の男の事は忘れて…今をお生き下さいませ。まだ独身の若い貴族はたくさんおられますから…」
カッ…カッシュブランカ様!?年下男を狙えと申されますか!?お局三人衆はホホホと高笑いだ。
狙われた若い独身貴族様…気をつけて…
「アオイ様お久しゅう。さて、ドレスの試着をされますか?」
ああ、ダンジェンダ氏!お局の圧がすごくて存在が薄くなっていたよ~ついでにナッシュ様も忍びが如く気配は消してないのに、消えてる存在になってるね…
ダンジェンダ氏は籐籠から風呂敷っぽい包みを取り出した。結び目が解かれて純白の眩い光が目に飛び込んだ。薄いヴェールに繊細な刺繍が施された見事な細工だ。腰のドレープは、細身のシルエットから後ろに長く見事な光沢を描き出している。ドレスの肩から腕にかけての刺繍と細工は見事だわ…流石ダンジェンダ氏。
「まああ!なんてきれいな細工でしょう!?でも白色なの?どうして?ナッシュの瞳の色とか…ではないの?」
クリッシュナ様が小首を傾げて、私とナッシュ様を見た。ナッシュ様もどうして?というような表情でこちらを見た。
「異世界の婚姻式に着る衣装なのですが、割と純白を選ぶ方が多いと思いますね。何故かは…色々諸説ありますが『嫁ぐ先の色に染まるように』とかもっと直接的な感じですと『あなたの好きな色に染めて』とかでしょうか?あなた…この場合はナッシュ様の好む色に染まりたいという意思表示かと…」
と、言い終わらないうちにクリッシュナ様がにじり寄って来た。ついでにダンジェンダ氏も寄って来た。な、何でしょう?怖いのですが…
「それ素敵ね~!婚姻を控えた女性もこれからって年頃の女の子も真似したくなるわねっ!」
おお…クリッシュナ様はお気に召されましたか?
「アオイーー!存分に私の好みの色になれーー!」
「ぐええぇ…」
ナッシュ様は渾身の力をこめて私を抱き締めてきた。じゅ…純白のドレスが私の内臓から出たものの色に染まるじゃないか!?少しは加減しろっ!
婚姻式の後に
ダンジェンダ氏のお店のウィンドウには婚姻式で私が着たドレスのレプリカが飾られることになった。ドレスの横には『好きな方の好きな色に染まりたい方へ…』と書かれたプレートが飾られていた。異世界に来てナッシュ様に見初められて婚姻し、皇太子妃になった私のように、玉の輿に乗りたい令嬢や幸せな婚姻にあやかりたい女子が殺到してドレスは異例の売り上げを叩き出したとか…




