皇子に擬態する変態
一部修正しています。ご報告ありがとうございました!
早く出て行け!と湯殿で叫んでいたが、アオイが泣いていて心配だ…とか尤もらしいことを言いながら結局、部屋に居座ったナッシュ様が待ち構える中…渋々私は湯殿から出て寝室にいるナッシュ様の所へ行った。言っておきますが…今、私のナッシュ様を見る目は変質者を見る目だからねっ!
何故か寝室の私のベッドに腰かけて、ご自分も湯を浴びて来られたのか非常に艶めかしい色気を発しながら、そして何故か両手を広げて私を見つめている。
「な、なんですか?」
「さあ、泣くのなら私の胸に来い」
真顔でこんな台詞を言う人がいると思わなかった…世間にはいろんな人がいるのね…あ、ここ異世界だった。
「結構です」
「そう言って泣き濡れて眠れぬのだろう…さあ…」
何を夢見てるんだ…枕でシクシクなんてどんな乙女だ。風呂場で泣いたら翌朝スッキリだろう?仕事に生きるアラサー女子を舐めんなよ。一晩寝たら次の日は気持ちを切り替えて仕事仕事だっ!
「…このままここに居座るなら、ジューイに言いつけますよ」
私もコロンド君と同じく伝家の宝刀を振り抜かせて貰おう。袈裟懸けじゃーー覚悟せぃ!
ナッシュ様は唇を尖らせると、
「アオイまでコロンドと同じ言い方するのか~」
と、いじけた子犬のような目をした。あくまでこれはフリだ…分かっている。
「常識的に言って…未婚の女性の部屋に男性…ましてや皇子殿下が押しかけるのは問題がありますね」
「それもそうだな…では要件を言おう」
……あっさり引いたな…私で遊んでいるな?この根性悪め。しかし只の変態じゃないのが、この皇子殿下のまた食えない所だね、分かっててやってて確信犯っぽい。悠然として見えて実はものすごく切れ者ではないのか、元副会長、執行役員の目がそう訴える。
「先程、アオイの衣服を与えた時に働いて返せと言ったが…働き先は、私の補佐だ」
………ホサ?ホサ…この場合、補佐という漢字が当てはまるのだろうか
「具体的に…何のお手伝いをすれば宜しいので?」
「私の管轄する部隊と軍部の資料作成や事務仕事、それとこれが重要なのだが…私も第二皇子で領地を拝している、そこの領地経営を一緒にして欲しい」
唖然とする、いきなり皇子殿下の内部仕事というか重要案件を任せるだって…迂闊過ぎませんか?
「ちょ…ちょっとお待ちください。いきなり領地経営に参画しろと言われても、領地の事は多角的過ぎませんか?私は一介の庶民にございますよ?」
ナッシュ様はワイルド美形の尊顔を、これでもかと近づけてきた。
な…なによ?これ以上近づいたらジューイに言いつけますよ!
「夕食の折にアオイが異界でしていた仕事について話をしたな?」
ああ、さっきね…なんかナッシュ様の失言で色々ショックだったから、何を話したかあんまり覚えてないわ…
「うちの領地の財政は正直あまり芳しくない。特出した特産品や農業、工業がないのだ。収入も横ばい…人口も増えん。何か打開案が欲しい…それで、アオイだ。その異界で商品を開発したり、企画したり、案件を動かす仕事をしていたのだろう?その力を貸して欲しい」
力…私の力?ここで私でも何か出来る?
今まで「舞台」に半ば強制的に上がらされて、歌うことを強要されてきた私が…自分の手で別の舞台に立てる?
「一人じゃない、私も一緒だ」
ナッシュ様が優雅に私に手を差し出した。思わずその手を握った。
なんだこれ…なんだこれ…びっくりするほどの安心感。新しいことに望む怖さはあるけど…自分の出来ることを試せる高揚感。一人じゃない孤独じゃない…幸福感。
「ほら見ろ?やっぱり泣き濡れるのでないか?」
私の涙腺は崩壊中だった。揚げ足を取るなっ!折角のいい気分が汚される。ナッシュ様が優しく抱きしめてくれる。こんなこと男前にしか許さないからな~但しイケメンに限るってやつだぁ。
本当に体がしっとりというか、ぴったりというか…くっついていると気持ちいい。ナッシュ様の背中に手を回す。と、ナッシュ様が深い息を吐き出した。
「……はぁ………胸が当たって、最高だな…」
私は速攻でナッシュ様を客間から蹴り出した。皇子殿下がなんだ!不敬がなんだ!明日から雇い主になるのがなんだっ!
「ジューイに言いつけますからねっ!」
扉の向こうで何か言っているが知るもんか。おやすみなさいだっ!いい夢を!
翌朝、スッキリとした気分で異世界生活二日目を迎えられた。普通、枕が変わると眠れん…とか言うが私に限ってはそれはない、図太いのだ。
「おはようございます、ニルビアさん」
昨夜、ニルビアさんにお借りしたニルビアさんの若かりし頃のドレスを着用してキッチンに入って行った。離宮でお手伝いをする時には華美なドレスじゃ動きにくい。そう言って無理を言ってお譲り頂いたドレスだ。
でも…古臭い意匠なのよ?と、はにかむニルビアさんからドレスを受け取り、私の身長に合わせて身丈を合わせ、小物を作りつけたりして自分流にアレンジをして着用した。
地味なドレス?フフン、私にかかればシックなお洒落着に大変身さっ。
「まあまあ~これ本当に私の服なの?襟ぐりと袖口の足りない所は別の布を当てたのね!素敵な差し色!裾もこんな雰囲気なら足首見えてもおかしくありませんねっ!あぁ足首におリボンが可愛らしい…」
朝からニルビアさん大興奮である。手首に巻くアームバンドも次に作ろうね、とニルビアさんと話しながら朝食の準備のお手伝いをする。
ちなみに、ここの世界は『プラリューニ』という、ユタカンテ商会製のお化粧品が流行っているらしい。同じく美容業界に身を置いていた私としては負けたくないと、昨日頂いたお化粧品を使いながら思った次第で…
「おはよう。朝から元気だね、ご婦人方」
皇子殿下なのに一人で起きてきたナッシュ様は汗を拭き拭き、手に剣を持っている。あ、朝練…鍛錬かな?
「「おはようごさいます、ナッシュ様」」
ニルビアさんと声がハモる。ナッシュ様は爽やかな微笑みを浮かべている。良い朝だ、流石に朝から変態は控えるらしい…
王宮から支給されているパンはなかなか美味しかった。でもいずれ手作りをしてみたい。色々ニルビアさんとおしゃべりながら朝ごはんを頂く。この離宮はナッシュ様とニルビアさんの二人きりだったので、食事は二人一緒にとっていたらしい。私もそこに有難く混ぜて頂いている。
「お洗濯ものは出しておいて下さいね」
と、お食事の片づけをしているとニルビアさんにそう言われた。あれ…もしかして手で洗うの…かな?それは御老体にはきつくない?
私が思案しているのに気がついたのか、ニルビアさんはコロコロと笑いながら手招きした。
「これがあるのよ」
キッチンの奥…ランドリールームっぽい部屋にそれは鎮座していた。威風堂々と…
「ド…ド…ドラム洗濯機っ!?」
どう見ても形はドラム式洗濯機だった。お洗濯ボタン等が通常設置されているところには、青い石と赤い石…後、緑の石がついている。
「これ…ユタカンテ製の最新式のセンタクハコなのよ?この中で乾燥もしてくれるのね、雨の日に助かりますよね。すごく値段の張るものだけど…ホラ…皇子殿下の権限でね?色々と手に入れやすいのよ?」
ユタカンテ商会の技術開発者に賛辞を送りたい。よくぞ開発して下さった!
しかし、なるほど…ニルビアさんも悪よのぅ。あのナッシュ様はこういう方面は疎そうだ、上手く誘導して高級品を買ったんだね?私は下着は手洗いをするからと…シャツとスーツ一式をお願いした。この異世界服はもう着ないかもしれないけど、思い出に取って置きたいしね。
「おい、アオイそろそろ行くぞ」
あれま…のんびりし過ぎた。あまり華美でないドレスに着替えて、ナッシュ様と皇宮横の昨日行った森林に囲まれた建物に入った。
「ここは私の執務室、この横に第三部隊の詰所があって…そこの棟続きに全部隊の独身寮がある。王宮までの小道を横に入ると、軍部の詰所がある。用事のある者はその小道を抜けてくるな」
…なるほど、昨日入った応接室に入っていく。ジューイとコロンド君、それと目つきの鋭い二十代半ばかな?ぐらいの男の人がいた。
「おはようございます、殿下。あ、アオイ様、昨夜はゆっくりお休みできましたか?」
朝からコロンド君が優しい~こうでなくっちゃね、癒し系はっ
「なぁに~?昨日と雰囲気違うね。装い似合っているよ!」
ジューイに褒められる。フフンそうだろう、ミュージカル女優だっどんな衣装も着こなして見せるぜ!
初顔合わせのクールボーイに淑女の礼をとる。
「初めまして、アオイ=タカミヤと申します。先日よりナッシュルアン皇子殿下のご厚意により、御側置きの任を賜っております。不慣れでは御座いますが、今後ともご教示下さります様お願い申し上げます」
クールボーイは目をパチクリするとジューイにウロウロと視線を向けた。
「あの、この…方…どこかの姫ですか?」
なんでかな~昨日からこればっかり…ただのミュージカル女優だぞっ!
ナッシュ様が苦笑しながら私をみて言った。
「ご本人曰く、ただの商家のお嬢さんだそうだ」
「それはそうとして側置き?何、どういうこと?」
ジューイ、ナッシュ様がお話しを始めたので、クールボーイと私、コロンド君の三人はキッチンに入る。
「あ、改めまして、フロックス=バッケンジーと申します。第三部隊の副官で軍部の大尉の任についております」
あら、ジューイと同じ位の地位の方かな?今度の伝家の宝刀に使わせてもらおうかしら?
「それはそうと、アオイ様…御側置きとか言ってましたが…殿下に何か頼まれたのですか?異界の乙女なのでしょう?お忙しくないですか?」
コロンド君の発言に戦いた。明らかに誤解ですっ!
「いやいやいや~私、異界の乙女?とやらではないのよっ。なんだか知らないけど、異界から勝手に連れて来られたみたいで…そんなっ乙女とかよく分からない職業?じゃないことは確かよっ」
するとクールボーイ、フロックスさんが目を細めた。す…鋭い目だね。こ、殺し屋さんのようだね。
「確かに…異界の乙女は別にいらっしゃるようですね。お人形のようにリディックルアン殿下に着飾られていましたしね」
気のせいかな?言葉に極細針のようなトゲを感じるよ?フロックスさんはフン…と鼻を鳴らした。
「僕は人より魔力の波形が良く見えるのですよ、治療術士ですので…あの異界の乙女とやらは随分と腹に一物も二物も抱えておられるようですね」
なんだろ腹黒…ということなのかね?それにはまるっと同意だけれど…
「おい、コロンド~!予備の制服をアオイに貸してくれないか?皆こっちに来てくれ~」
制服?コロンド君と顔を見合わせる。ナッシュ様に呼ばれたので、通し部屋の向こうにある執務室に入り、ナッシュ様が座っている執務机に近づいた。
「ジューイと検討の結果、アオイの本採用はアオイの働き次第ということになった。仕事を覚えてコロンドやフロックスの助けになるように努めて欲しい。…という訳で着替えてくれ」
…ん?なんだって?
「ほら、コロンド!早く予備の服を持って来い!アオイは背丈はコロンドとほぼ一緒だろ?」
ちょっと待て?私がこの制服着るの?まぁいいけど…走って予備の服を持って来てくれたコロンド君に礼をいい、洗面所で着替えて鏡で見てみた。悲しいほどピッタリです。男子と同じ身長の私…
「着替えました…」
何故か洗面所の前に屯している男4人の前にゆっくりと進み出た。ナッシュ様が喜色満面にあふれている。
「いいぞっいいぞ!アオイッ!」
何か変態のスイッチがあったのだろうか…怖い。にじり寄ってくるへんt…皇子殿下から距離を取る。そうだ…
「ジューイッ!昨日の夜…へんt…ナッシュ様に湯殿に忍び込まれました!」
「なんだってぇ!?」
「で、殿下ぁ!?」
「!」
ナッシュ様は男三人に取り囲まれている。
「おまけになかなか帰ってくれず、風呂上がりに抱き付かれました」
ジューイがナッシュ様の頭を叩いた。い…一応皇子殿下だと思うけど?いや、普通の皇子は湯殿の前で粘らないか…
「隊長っ!昨日からちょっとおかしいなとは思ってましたが、度が過ぎますよっ!」
「また婦女子にあ、あんなこと以上に湯殿にし、しん…しん…しんにゅ…」
「コロンド、落ち着け…鼻血が出てますよ。昔から女性にはなかなか触れられないせいか、妄想が激しかったが…とうとうか…」
ナッシュ様が私を睨みつけました。
「酷いぞっ!アオイ!裏切ったなっ」
「何を裏切るというのですか…昨日私に抱き付いて胸が当たって最高だとか、破廉恥なことおっしゃった時に私、言いましたよね?ジューイに言いつけますよ?と…」
コロンド君がよろめいて、フロックスさんに支えられている。ジューイがナッシュ様の頭をさらに叩いた。
とりあえず…
ドタバタはしたけれど業務を始めることになった。
皇子の変態ここに極まれり




