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兄と弟 番外編 ナッシュルアン

「ザック君、良い兄を演じすぎて疲れていたみたいなの…」


夕方過ぎに離宮に泊まるデッケルハイン一家と戻って来た私達は一先ず、各自の部屋に戻ることにした。アオイは夕食の準備の手伝いをするらしい。ニルビアと少し献立について話した後に


「少しお話、いいかしら?」


とガンドレア行きの支度の点検をしていた私の部屋へやって来て、先ほどの言葉を言った。


「良い兄?」


「ホラ、あの家族…ヴェルヘイム様とザック君がすごく年が離れているご兄弟でしょう?おまけに甥のリューヘルム君とザック君は逆に1才しか違わないでしょう?ザック君は弟としていたらいいのか、兄の立場でいたらいいのか…叔父であるべきなのか…まだ7才なのに迷っているのよ。おまけにヴェルヘイム様にしっかりして子供の手本になれ…とか言われているらしくて、余計に気を張っているみたいなのよね」


おいおいっヴェルヘイム様も無茶を言うなぁ~


「子供に子供の手本になれって求めすぎじゃないか、それ?」


アオイは深い溜め息をついた。


「だから、ザック君ってやたらと大人っぽいでしょう?無理して頑張っているみたいなの…それでね、息抜きでもいいから…うちにいらっしゃい…て声掛けてみたの。そしたら張りつめてた気持ちが緩んだみたいね…泣かせちゃった…」


ああ…それで先程、詰所でアオイに縋って泣いていたのか…無理をする、か…


「それで、勝手に話をしてしまったけど、ザック君を預かったりしても構わない?」


「ああ、勿論構わない。アイツが落ち着くまで好きなだけ泊まりにくればいいし…なんならしばらくここで面倒見ても構わないよ」


そう私が言うと、アオイは嬉しそうに微笑んだ。アオイは軽やかな足取りで台所へ戻って行った。


私はしばらく思案したが、ニルビアとアオイに声をかけてから皇宮に戻った。


いきなり来て迷惑をかけるかな…とも思ったがザックの話を聞いて、無性に話がしたくなった。


「お爺様…すみません。急に訪ねまして…」


私が来たのを先ぶれから聞いていたのだろう、前国王陛下、私の祖父が扉の前で静かに佇んでいた。お爺様は柔らかく微笑まれると、扉の向こうを見た。


「まともに話してくれるかは…分からんよ」


「勿論…追い出されるのも覚悟の上です」


「私も一緒に入るが、構わないかい?現皇子殿下に何かあってはいけないしね…」


妙に心配症だな…まあアイザックの息子だと、あいつも警戒されるのかもしれんな。


私の弟…だった、と表現してよいものか…リディックルアン=ゾーデ=ナジャガル。


本当はナジャガルと名乗ってはいけないそうだ。父親がアイザックな時点で廃嫡されるらしい。


「リディック…入るよ」


そう声をかけて入ると、壁際に置いているソファに座っていた祖母…お婆様がハッとしたように私を見た。


「ナッシュ…」


お婆様が歩み寄って来る。部屋の中はあちらこちらに、割れた花瓶や書物が散乱している。物に当たってどうする。まさかお婆様に投げつけていないよな…と思って見たらお婆様は2重防御壁を纏っていた。お婆様は苦笑した。


「流石に…当たると痛いのよ…」


思わず溜め息が漏れる。御老人に物を投げつけるなんて…我儘を通り越しているな…


私は寝台の向こう側の床に座り込んで俯いている、リディックに近づいた。リディックが絞り出すような声を出した。


「何の用だ…私を嘲笑いに来たのか?」


本当に…何故こうも仄暗い考え方でいるのだろうか。思わずガレッシュの朗らかな笑顔を思い出す。同じ年で、伯爵による作為的な所業のせいで人生を狂わせてしまったふたり。かたや皇子として何不自由ない生活、かたや孤児院で早くから働くことを選ばなければいけないほどの生活…なのにふたりの性格は対極にあるほど違う。


ガレッシュはいい意味で強かだ…身に余る魔力の使いどころを子供の時から見極め、迷うことなく冒険者という職に就き、結果を出して…聞けば今ではそこそこ良い暮らしを出来るようになっているらしい。


勿論、SSランクになるまでに相当な苦労をしているはずだ…しかしジューイ達の言葉を借りるなら、腐らないで真っ当な生活が出来ている。


なのにリディックはどうしてなのだろう…金銭に困ることはない。衣食住は保障されている。両親も揃っている、どこに鬱憤が溜まる要素があるのだろう…


「嘲笑う…とお前が思うのは、今、自分でも恥ずかしいことをしている自覚があるのか?」


リディックはキッと私を睨みつけた。魔力、全然感じられないなぁ…アイザックはそこそこあったはずだから、実の母親の伯爵令嬢が魔力量が少ないのかもな。


「お前に何が分かるっ!今も皇子でいられるお前にっ…私は廃嫡されるのだぞっ!こんな屈辱があるものかっ!」


本当に、こんな調子で…議会で廃嫡が決定されて、もし城下で生活…とかになったら一人で生活出来るのか?


「お前の気持ちは分からんが、廃嫡が屈辱…とは私は思わんな。正直、皇子の政務や軍部の雑務、辞めていいなら今すぐ私は辞めたいくらいだ。アオイと城下で小さい家を買って生活したいぞ。因みに収入の当てはある、SSSの仕事もあるし…貯めた金もある。アオイの事業を手伝ってもやれるしな~まあ今じゃ夢物語だが…」


リディックはポカンとして私を見ている。静かに腰を落としてリディックと目線を合わす。


「リディック…お前は皇子の政務をどうしていた?」


「どうって…」


「普段、どういう政務をこなしていたのだ?」


リディックは目を泳がせた。答えられはしないだろう…第一皇子、皇太子としての仕事は全部、私に回って来ていたからだ。


「は、母上と一緒に舞踏会に出て…ご令嬢と踊り…談笑し…親睦を深める政務をこなしていた」


「それ以外は?カステカートに視察に出かけたか?シュテイントハラルの三ヶ国協議に出席はしたか?魔の眷属の討伐も皇太子が率先して行う責務だと、元帥閣下に13才の時にひどく怒鳴られたのだが、お前はどうだ?言われたか?」


リディックは首を横に何度も振った。何も私が皇太子の政務を私にくれ…と言った訳ではない。大人達が勝手に私に仕事を押し付けて来たのだ。初めはこれも皇族の仕事なのだなと諦めて、粛々を政務をこなしていた。


15才の頃だったか…昼間は寝て、夜に舞踏会に出かけては友達と大騒ぎをしているリディックを度々見かけるようになってから、やっと…やっと私は気が付いたのだ。


私だけが政務をおこなっているのだと、この休む暇のないほどの過密な時間は、リディックの代わりに自分が全部政務を担っているからだと…当然、父上…その当時は皇太子殿下であったキリッシュルアンに猛烈に抗議した。だが父からの言葉は衝撃的だった。


「アレには任せられんのだ。カステカートやシュテイントハラルにも連れて行ったこともあるのだが…歴訪国の歴史も知らん、王族や貴族の略歴も覚えていない。それを指摘すると拗ねて、まったく外交をしなかったのだ。何度も連れて行った…勉学も専門家に習わせた…しかし覚えようとせん。専門家達は口を揃えて皆こう言った…『自分がしなくとも誰かが勝手にやってくれるから、必要ないと言われた』と…」


初めから与えられた幸せには気づかないもの…か。何もかも側付の者がすべて整えてしまうから何もしない、何も出来ない皇子になってしまったのか。それともそういう気質なのか…


今は、悲しいかな…リディックと比較出来る対象のガレッシュが存在する。あいつを見ていると生活環境だけがすべてではなく、やはり生まれ持っている性質というのも関係する…と思い知らされた。


もし…リディックが取り違えられることなく孤児院に預けられていたらどうなっていただろうか…残酷だがリディックに聞いてみたい。


「孤児院に預けられたのが…お前ならどうするのだろうか?どうやって生計を立てるのか?」


「し、知らない…そんなの私には…」


「関係なくはないよ、ガレッシュは…お前と取り違えられていた弟は…たった一人で考えたらしい。幸いにも魔力が多い、体も丈夫だ。剣も独学でなんとか使えそうだ…と。あいつは12才の年に生活の為に冒険者になったのだ。あいつは笑って話していたが…12才が一人で生活とは並大抵では出来ない。騙され傷つけられたこともあったと思う。現に体中、古傷だらけだった。子供の頃のケガは治せずに放置していたらしいし…」


お婆様が顔を覆っているのが視界に入った。ご婦人には刺激がきつ過ぎたか。その体の古傷もカデリーナ姫が一瞬で治してくれた、有難い。


「そんなの…私にはっ無理だ…出来ない…」


「やらなかった…の間違いだろう?お前は与えられた環境で、やれることがたくさんあったのに放棄してきたのだ。知らなければ、覚えればいい。出来ないなら、教わればいい。必要ならば、死ぬ気で考えろ」


リディックは目を見開き食い入るように私の顔を見ている。上手く伝えられるといいのだが…


「お前が孤児院に預けられていたならば…26年間、生きていられなかったかもしれんな。今のお前ではな…神の悪戯か故意なのか、赤子の取り違えが表沙汰にならずに上手く行ったのも…もしやするとお前では孤児としては生きていけぬ、と神が思し召しをかけてくれたせいかもしれんぞ?」


リディックは私を見詰めていた顔を下へ向けた。そんなリディックへ噛んで含めるように伝える。


「私はもっとお前に向き合わなければならなかったな…兄として皇子として、伝えるべき言葉がたくさんあるはずなのにな。私は母上と反りが合わないと…距離を置き…お前とも置き、壁を作ってしまっていた」


俯いたリディックの頭をポンポンと軽く叩く。拒まれはしないようだ。


「悩め、いっぱい悩め。お前は考えることから始めろ…これからのお前は1人で決断しなければならないこともあるはずだ。残念ながら、俺とは血は繋がっているからな…他人には成れんから諦めろ。諦めて兄からの助言を受け止めろ。生きている限り人は学べるし成長出来るものだ」


最後にリディックの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわすと私はゆっくりと立ち上がった。お婆様もお爺様も泣いていた。


私は泣き濡れたお婆様を一度抱き締めてから小声で「今度ガレッシュも連れて来ます」と告げた。


ゆっくりと扉を閉めて廊下を歩いて行く。上手く伝わったか…自信は無い。ただ言いたいことは言えた。これって自己満足なだけだったな…と思いながら歩いていると、廊下の真ん中に見知った人影が壁に凭れて立っていた。


「ガレッシュ…」


少し足早に近づいて行くと、ガレッシュはちょっと笑っていた。


「どうだったの?兄上の弟くん…元気だった?」


こいつって…どう育てばこんなに捻くれないで育つのかな…思わず苦笑いが出る。


「物を投げ倒していた、お婆様にまで投げつけていた…」


ガレッシュはちょっと怖い顔をした。


「ばあちゃん、大丈夫なの?」


「大丈夫、防御魔法で防いでる」


ガレッシュはホッとしたようだ。ガレッシュと並んで歩きながらポツポツと先ほどのリディックとのやり取りを話す。ガレッシュは頷きながら何度も苦笑いをしていた。


「私が悪かったんだと思うよ…あいつがフラフラしている所は、ちゃんと叱ってあげればよかった」


私がそう言うと、ガレッシュはう~ん…と言いながら言葉を続けた。


「それって、兄上が叱ることなの?普通は親が叱ることじゃない?だって兄上だって子供だったのでしょう?子供が子供にしっかりしろ、なんて説得力無いと思うけど…」


先程のザックとヴェルヘイム閣下とのやり取りでの自分自身の発言を思い出していた。子供が子供の手本になるのは求めすぎ…だと。


「あのね~兄上もそうだけど、父上も母上も普通の親と子との関係は難しいと思うんだよね~だって普通の家庭では親は子供に親の顔と妻と夫の顔、まあ後は大人の働く顔?くらいしか見せないでいいんだけど…皇族ってさ、それ以上に国王陛下の顔、妃殿下の顔もいる訳じゃない?子供と親の顔で接する時間なんて、限られてくると思うんだよね〜そうしたらさ、子供は誰に子供の顔を見せたらいいのか、分かんなくなる訳。見せたい親は遠くの玉座に座っているんだもん、どうしたらいいか分からなくなるのは当たり前だよ。だからこそ、父上も母上も弟君の前でしっかりと、親の顔を見せて上げる時間を作らなくちゃいけなかったんだよ…そこは兄上はまだ子供だったんだから、子供のフリして見せてもらう側に回っておけばいいの!それなのに、なんだか全部兄上に丸投げしてるみたいで…なんだかなぁ~父上も母上も頼りないなぁ~まあ、皇族だからボヤッとしてても仕方ないか~兄上だけでもしっかりしててくれて助かったよ。皆揃って浮世離れしてたら俺、馴染めなかったと思うもん。ここでの生活にさ」


話を聞き終わった途端、なんだか猛烈に恥ずかしくなった。ガレッシュの方が弟で年下だけど、年長者に叱られたみたいな気分になった。


「ガレッシュ…こんな所に連れて来て…スマン。お前には窮屈では…ないか?」


こんな皇宮みたいな伏魔殿、この柔軟な考え方の出来る弟を縛り付ける訳にいかない。そう思ってガレッシュの顔をジッと見詰めた。するとフニャと笑ったガレッシュは私の肩を小突いてくる。


「俺さ~もう26年も一人でフラフラしてきたんだもん。後の人生は兄上達や家族にガッチガチに包まれて幸せ感じたいんだ~」


うわ~こいつ本当に優しいな。今の台詞聞いたらお婆様も母上も号泣だろうな。


「それでもさ、兄上達が考えるよりもっとさ…一人ぼっちだったの結構堪えてたんだよ、俺。だから今、すごく皆に囲まれて嬉しいの、本気で」


ガレッシュの目が少し潤んでいる。思わずガレッシュの肩を抱いて抱き寄せた。


「私はお前が弟で居てくれて本当に嬉しいよ」


「兄上…」


男二人抱き合っていると突然、冷ややかな声が聞こえてきた。


「食事の時間になっても帰って来ないから…何をしているかと思えば…」


少し薄暗い灯りになっている所にアオイが立っていた。なんだか恐ろしい。ユラリユラリと近づいて来る。


「あなた達…とうとう一線を踏み越えたのね。兄弟で…ねぇ、そういう性癖の方がいるのは知っているけど…」


私は仰天した。おいおいっ!なんだっその極一部の方が好む方向のモノだと決めつける言い方はっ!


「ちょ…ちょっと待てっご、誤解だっ…」


私がそう言って手を伸ばすとアオイはピシャンとその手を叩き落とした。


「ええ、ええ…分かってますよ。どうせお邪魔なのでしょう…」


アオイは身を翻すと風魔法を使って一瞬でいなくなってしまった。ものすごいあらぬ誤解を生んでいると思うのだが。怒っているのかな、謝っておこうかな。


「あ~なんだか分からない時に、取り敢えず謝っておけばいいかっ!ていう姿勢は止めておいた方がいいと思うよ?」


「ど、どうしてだっ!?」


「女性って誠意のこもってない謝罪ってすぐ分かるんだって~孤児院の院長先生が言ってたよ。世の真理だね!」


ガレッシュも誘い、走って離宮に帰って来た。まだアオイは呪われそうな目で私を睨んでいるが。夕食のバンバガデランガの揚げ物…異世界でトンカツと言うらしい揚げ物は非常に美味しかった。


ガレッシュもヴェルヘイム閣下も子供達も楽しそうに会話している傍で私とアオイは無言だった。


取り敢えず、アオイに先程の経緯をすべて話して、彼女の返事を待った。


「もし…」


「は、はぁいぃぃ!」


直立姿勢でアオイに向き合う。恐ろしすぎる。元軍人の魔人に腹を抉られて死にかけた時より恐ろしい…


「もし、ナッシュが…皇子様を辞めるとなっても…心配しないでいいわよ!私が養ってあげるからさ!」


ああ、アオイッ!アオイはやっぱりすごいなっ!というか、アオイと言い、ガレッシュと言い、うちの第三部隊のあいつらと言い…何気にすごい思考の持ち主というか生きる力のある…骨のあるヤツが多いな~


と、そのことをアオイに言ったら…


「は?今頃~?私なんてこの世界に来て数日で気づいたわよっ!ナッシュ様の周りにいる人は皆、出来物で切れ者ばっかりなの!そういう人が自然と集まって来ているのよ!ナッシュ様がそういう人達を引き寄せる力があるのっ!いい?そう言うナッシュ様みたいな人の事を人徳がある人というのよ?いい人材はどんな宝より貴重よ?生かすも殺すもナッシュ様次第なの!日頃から驕り高ぶらずに、謙虚によ謙虚っ!神様は見ているわよっ!」


と、声高らかに説教された。いやコレ聖職者の説法に似ているかも…なんだか私の周りにはすごい人材がたくさんいるらしい。その筆頭のアオイは今日もザックとお菓子作りに精を出している。


明日はいよいよガンドレア帝国に乗り込む日だ。父上が妙に張り切っている、持病の腰痛が心配だ…と母上から相談された。無茶はさせないし、世界一の治療術士のカデリーナ姫もいるから心配ない…というと安心したような顔をしていた。


皆が行くのなら私も付いて行こうかしら?とか母上が呟いていた気もするが…空耳だっ空耳にしておきたい。

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