昇格試験、開始!
すごく書きたかった冒険者ギルド昇格試験回です。
「カデちゃん…運…」
運動神経鈍いよね…と言いかけて慌てて言葉を飲み込んだ。え~と…
「カデちゃん、う…うら若き乙女がそんな血なまぐさい所に行かされるなんてねぇ~お兄様もひどいわぁ!」
う、上手く誤魔化せたかな?カデちゃんは
「そうなのです~ちょっと聞いて下さいよぉ」
と、道で立ち話しているマダムみたいな相槌を入れてきた。
「レミィ兄様ってばご自分は三ヶ国会議の準備があるから~とか理由をつけて動かれないくせにぃ…面倒なことはアル兄様と私に丸投げですよ?まあ確かにアル兄様に子供達のお世話を押し付けるのも不安ですし…3重防御を厳重にかけて移動すれば問題ないでしょうしね」
私はカデちゃんの言葉に、心の底からの同意の声を上げた。
「カデちゃん!私達は後方支援よっ…ほら救護班兼料理番だしね!それに何かあったらナッシュ様を前に押し出しておけばいいのよ!」
「そ、そうですよね!危なくなったらアル兄様を盾にすればいいんですよねっ!」
盾にされそうなアルクリーダ殿下は苦笑いをしている。
「危なくはならないと思うよ?ギルドの試験監督官が2人来られるみたいだし、ナッシュ様にお借りしたギルド規定を読んでみたけど、Sクラス以上が付き添えば子供も同伴可能だし、おまけにザック達だよ?逆に1番弱いのはカデリーナじゃない?」
アルクリーダお兄様っ!?なんてことをっ!カデちゃんはババンッと立ち上がった!怒りでカデちゃんの肩が震えてるよ…
「は、早くは走れませんけどっ足手まといにはなりませんよっ!アル兄様はいつも一言多いから、女性にモテないのですよっ!一生おひとり様街道を、突っ走っていればよろしいんだわっ!どうせ今年もクリぼっち確定でしょう!フンッ!」
アルクリーダ殿下、おひとり様なのね…しかもクリぼっちか…木枯らしが身に沁みる季節よね。
カデちゃんに噛みつかれたアルクリーダ殿下は
「何だか、異界言葉?みたいなのが混じってたけどっ馬鹿にされたのは分かったぞ!私が未婚でカデリーナに迷惑かけたかぁ~!?」
と、カデちゃんと睨み合った。
「はいはい、そこまでだ。試験を受ける者達は、手続きと旅の準備を早くしろよ。出発は明朝7刻だ!以上散開!」
帰って来ていきなり命令を出したナッシュ様に、皆様は瞬時に反応して詰所を出て行く。いつもはコンニャクみたいにフニャフニャしているナッシュ様でも、命令し慣れてる人間だな〜と、こういう時は素直に思う。
「アオイ、取り敢えず食材は1週間分用意しろ、カデリーナ姫と決めてもらって構わない」
「了解しました。カデちゃん、一緒に食料備蓄庫で準備する食材選んで貰える?」
カデちゃんは黙って頷いた。子供達は全員ついて来るようだ。
「アオイってすごいですね…その、職場で旦那様と一緒ってやり難くないですか?」
まだ旦那じゃないよ〜と思いつつ、言葉を選ぶ。
「ん〜ナッシュ様が意外に距離感取るのが上手いのよね。私を変に奥さん扱いしないし、部下として自然に接してくれるのよね〜ジューイとかが茶化してもサラッとかわすのよ。だから周りも私を特別扱いしなくなっちゃった」
「そういう気遣いの出来る男性って、なかなかいませんよね!いいな〜流石、皇子様って感じです!格好いいですね」
そうかぁ〜?カデちゃんはアレの実態を知らないから見た目に騙されてるのだよ。確かにナッシュ様は見た目だけはワイルド美形皇子様だけど、中身は…変態と腹黒とド変態で構成されているんだよ。あら、変態が2回入っちゃったわ〜
私達は食料備蓄庫で旅の献立を考えながら、食材を選んでいった。保管されていたロイエルホーンの魔獣肉にものすごくカデちゃんが反応していたので、ホーンの醤油掛け美味しいよっと言うと絶対食べる~~とリュー君達と感激のあまりか笑いながら踊っていた。
そして翌朝7刻に転移門の前に集合です。カデちゃん達は離宮に泊まりました。お兄様達は皇宮の貴賓室です。そして私ですが…
明日のことを考えて眠れない…ものすごく眼が冴えてる。横でグーグー寝てる皇子がなんか腹が立つね。寝てるナッシュ様にあまり意識を向けないように、静かに寝台を出た。
ナッシュ様は多分、視線を向けられただけで目が覚めるのだな…と最近魔力が視え始めてから気が付いた。彼の体の周りに魔力の防御膜が常に張られている…つまり24時間稼働している魔術を行使しているということだ。すごい魔力の消費量だけど、ナッシュ様は平気みたいだった。
ナッシュ様とガレッシュ様、お二人の魔力容量は本当にすごい。桁外れだ、次いで今は近くにいるザック君(7才)リュー君(6才)カデちゃん兄弟、この辺りの方々も潜在魔力量がすごい。今回はいないけどヴェルヘイム様もすごいんだろうな…
窓際のソファにゆっくりと座って青みがかった月を眺める。あれは月じゃないのよね?なんだっけ…え~とソワラとか呼ぶんだっけ、アレも惑星なのかな…
この世界は、別宇宙になるのよね。ソワラを見ていると急に自分がこの世界の異物であることを実感する。
今、この瞬間に元の世界に戻ったらどうなるんだろう。きっと…ここへ戻ろうと頑張るかな…そしてずっと一人でナッシュ様を想いながら死ぬんだわ…ああ、惨め。
ナッシュ様は私のこと探してくれるかな…案外若いお姫様とすぐに婚姻したりして…
想像しただけでもムカついた。
でも、出来ればもう一度召喚して私を連れ戻して欲しいな。だってやっぱりナッシュの側がいいもの…
「こら、そこで寝たら体を冷やしてしまうだろ?」
優しい声がして、フワッとナッシュに抱きかかえられる。温かい…瞼が重くなる…
「ナッシュ…」
「な、なんだ?」
私はナッシュの首に思いっきりしがみ付いた。本当に何故、彼とくっついているとこんなに気持ちいいのだろう。
「ナッシュ…愛して…る…」
そのまま意識は深く闇に沈んでいった……
翌朝5刻過ぎに目が覚めた。もちろん寝台の上である。うーん目覚めは最高だ!よしっ…気合を入れて起き上がると…アレ?ナッシュ様いないね?周りの魔力を探る…微かに裏庭でナッシュ様の魔力を感じる。朝の鍛錬かな?
私は身支度を整えるとキッチンへ向かった。朝の食事の下ごしらえをしているとニルビアさんとカデちゃんが相次いで起きて来て、女子3人で試験時の昼食用のお弁当を作って行く。朝はソーナのキノコパスタにした。カデちゃんが大喜びだ。サンドウィッチと和風から揚げ、兎に角ありとあらゆるおかずを大量に作る。食べ盛りの男子の食事だしね。こうなったらストック出来るおかずを全部作りましょうか!
「おはよう…アオイ、姫、ニルビア」
な…なん?なんだ?ナッシュ様の顔色が悪いぞ?具合悪いのかな?慌ててナッシュ様に近づいて治癒魔法を使う。
「あ、ありがと…」
魔力の廻りは改善されたけど元気ないわ、どうしたのだろう?
「ナッシュ様大丈夫ですか?昨夜は早く就寝されていたし…どうしてこんなに体調崩されているの?」
ナッシュ様は何度も言いかけては止めて、やけに言い淀む。そして、両手で顔を覆うとそのまま走って居間の隅っこに小さく丸くなって座っている。何を乙女みたいなことやってるのよ?ナッシュ様の丸くなった背中に手を当てて摩りながら、治癒と回復魔法をナッシュ様の体に少し流し込む、ふむ…拒絶はしないね。本当どうしたのよ?
「今日のお出かけは大丈夫ですか?私もカデちゃんもいるし、大丈夫でしょうけど…」
「アオイ、昨夜は眠れなかった…のではないか?」
「え?そうですね…寝つきは良くなかったけど、ソワラを見ている間に眠ってしまったみたい?あ、ソファで眠ってしまってたけど、ナッシュ様が運んでくれたのね、ありが…」
ナッシュ様はバッと振り向くと両手を広げて
「アオイ愛してるよ!」
と、叫んだ。ん?どこかで頭でも打ったのかしら?
「はいはい、私も愛してますよ~」
「違うっ!ソレじゃないっ!」
「ソレってどれよ?」
ナッシュ様はまた隅っこで丸くなってしまった。もう放っておこう。
居間の隅っこから子供達に連れられて、やっと移動して来たナッシュ様を交えて、賑やかな朝食を頂いた。子供たちがいるっていいわね~思わず笑顔で周りを見ていると、ウルッとした菫色の瞳で私を見ているナッシュ様と目が合う。乙女かっ!おまけに目が合った瞬間サッと目を反らされた。益々乙女かっ!と叫びそうだ。
さあ、いよいよ7刻になった。ルル君達も時間通りにやって来た。出発よーー!
でも…アレ?なんでこうなっているの?右手にザック君。左手にリュー君。両手に花…いや両手に美少年である。
「あのさザック君、手を繋いで歩くのはもちろん構わないのだけど…両手は危なくない?」
「何をおっしゃるのですか!?魔獣がアオイ様を害しようと現れたら僕が守りますからね!」
「僕もアオちゃんのこと守るからね!」
いやいや、子供に両手取られてたら歩きにくい気もするんだけどさ、今更言いにくい。おまけに乙女モードのナッシュ様がジーッとこっち見てんのよっ!もう、今日はなんなのよ!?
ルル君とジャックスさん、ガレッシュ様はギルドから派遣された試験監督官の方から、試験に際する注意事項などの説明を受けているようだ。そして説明を終えられた監督官二人が、ナッシュ様の傍に小走りでやって来た。
「本日はトリプルスター様にも特別監査として、帯同して頂けると聞きました、大変心強いです。我々でもSSSの試験は身に危険も起こり得ますので、正直安心です。おまけに世界最高峰のシュテイントハラルの術士の方々ともご一緒とは、今日は宜しくお願い致します」
監督官の若い男性の方は治療術士の資格を持っているらしい。カデちゃんの達の素性を知って仰天されていたが…それよりも術士としての最高峰の方々に会えたことに感動しているようだ。
さて…転移門が起動し始めたよ~まずはマジカシという地域まで転移門で移動だ。そこからガンヴェラー湿地まで移動らしい。
昨日私が本屋で3割引き…定価銀貨1枚、値引で木貨7枚で購入した『超危険!世界の魔獣害獣大図鑑☆改訂版』によると、ケツアル…正式名称ケッアルコアトルは主に湿地帯に生息する大きな植物(ジャングルの大木みたいな)に巣を作って生息するらしい。世界中に広く生息してはしているが、ここガンヴェラー湿地帯が一番多く繁殖しているそう。冒険者の方々ならまずここで羽を狙うらしいのだけど…
「な、何これ、推定全長…10シーマル?」
私がポッケから図鑑を取りだして見ていると「あっ!」と言ってカデちゃんが近づいて覗き込んで来た。
「危険シリーズの図鑑じゃないですか!?ああ、これ最新版じゃないですか!いいなぁ~」
おや?カデちゃんもこのお高い図鑑を知っているの?コレ高いよね?3割引きでも高いよね。
「ねえ、これ…私の見間違いかな?この、ケッアルコアトルの全長10シーマルって…確か1シーマルほぼ1メートルくらいだった…よね?」
カデちゃんが図鑑を覗き込む。
「えええっ!ケッアルコアトルって10メートルもあるのぉ!?ビ…ビッグサイズ…」
「ビッグどころか羽を広げたら20シーマルとか書いてあるわよっ!これは危険だわっ!」
「大丈夫だよ、私がいるから」
いつの間にやらナッシュ様が側に立っていた。ちなみにザック君とリュー君はすでにルル君とガレッシュ様の側に走り寄ってしまっている。守ってくれないのね。
私達はひと塊になると、ナッシュ様とガレッシュ様のお力で一瞬で湿地の入り口まで転移した。楽ちんである。
湿地に付いてナッシュ様はご自身に魔力遮断の魔力をかけた。わあ、すっごい複雑な魔法陣〜
図鑑によると、ケッアルコアトルの他に結構強めの害獣が湿地には生息しているようで、魔力の気配を晒しながら歩いていると、獣達が群がって来るらしい。そこで魔力遮断の術式が必要なのだ。目的のケッアルコアトルの巣の近くまで体力を温存する為には、この術式と消音、消臭魔法があれば更にいいらしい。私には無理だわ…そんな高度魔法の重ね掛け…うわ…ナッシュ様、その術式全部自分にかけてるよ、凄すぎる。あ、ガレッシュ様もアルクリーダ様も出来ているよ…凄すぎる。
「はい、アオイにも…出来た」
うわわっ!私の周りにすごい術式の展開が視える。全部掛け…ナッシュ様が術式をかけてくれたみたい。ナッシュ様に手を伸ばされたので、自然にナッシュ様と手を繋いだ。
「うきゃっ…」
横で小さく悲鳴が聞こえて隣を見ると、カデちゃんが真っ赤な顔してこちらを見ていた。
「お幸せなカップルを見て興奮してしまいました」
若干発言がおば様だね、カデちゃん先輩。
まあそれは兎も角、ルル君とジャックスさんは魔力遮断は出来ているけど消音と消臭までは無理みたいね。チビッ子達は出来ているけど…恐ろしいデッケルハインのちびっ子達…カデちゃんとレオン君に至っては5重障壁と先ほどの術式に加え、なんだか姿まで霞んで見えなくっている。
「カデちゃんが見えにくくなっているけど?」
「透過魔法かな…多分、完全に姿を消してはアオイに認識されなくなるから、わざと術を緩めにかけているね」
「そうですっ!流石トリプルスター殿下ですね!」
ナッシュ様の解説に、カデちゃんのくぐもった声が聞こえる。成程…
「でも話しづらいよ~カデちゃん」
「そ、そうですか…そうですねっ!さすがに透過と消音は止めましょうか」
そんなこんなで私達は湿地を進んで行きました。
「わーーーい!大きいっーーこれ何?アオちゃんー!」
「危ないわっ!リュー下がりなさいっ!」
「大丈夫~今は僕が急所を抑えてるから~」
私は隣でザック君とリュー君を見て絶叫するカデちゃんの声を聞きながら、図鑑の『主に湿地に生息する獣』の項目を捲っていた。あ、あった!
「モンドリアントベアですってーー!口から猛毒吐くそうよーー気を付けて!」
もう、先ほどからコレの繰り返しなのよね…チビッ子達が湿地に入った途端、見つけた獣を捕まえて来ては名称を尋ねてくる。最初は大蛇や大サソリみたいな、ビチビチ動く巨大生物にカデちゃんと絶叫していたが、慣れたわ…慣れって怖い。
「ザック…そこを退いていなさい」
今日はナッシュ様が、試験対象生物に遭遇するまでの全ての獣を全部露払いしてくれるらしい。トリプリスターの妙技?とやらを見れるので男共は大興奮だ。
ナッシュ様は剣(今日は普通の剣だ)をフワリと動かした。魔力の圧が瞬き一つで獣に当たり、緑の体液を巻きながらドドンッ…とモンドリアントベアが真っ二つになって湿地の地面に落ちた。圧勝である。
「きゃほーー!ナっちゃんすごいやーー!」
「さすが師匠!」
チビッ子と男共は大騒ぎだ。いや、ちょい待てよっ!騒ぐなってっ!騒いだらまた獣が寄って来るだろっ!
「静かになさいましぃ!ケ…ケッアルコアトルが来るじゃありませんかっ!踏みつけられたらぺちゃんこですよっ!」
カデちゃんは5重障壁の中だから大丈夫じゃない?一番危ないのは監督官のお二人だと思うけど、さすがにこのチビッ子達がこんなに桁外れだとは思ってなかったみたいで、さっきから監督するどころか真っ青でブルブル震えている。申し訳ありません…
「そろそろ巣が近いんじゃないかな…」
とのナッシュ様のお言葉で…大木が犇めく森林の手前で、私達はルル君とジャックスさんと試験監督官二人を先頭に、ジャングルの中を進んで行くことにした。なんだか獣の鳴き声みたいなのが遠くで聞こえている。
「こわ~」
「ジャ…ジャングルですね。因みに…葵はジャングルは行かれたことは?」
「アマゾンは流石にないわ…」
「私も無いです」
カデちゃんと小声で喋りながら…つい手を繋いでくれているナッシュ様の手を強く握り返してしまう。ナッシュ様は握り返してくれる。そ、そうだ…いざっていう時はナッシュ様が守ってくれるよね。
と、突然すごい突風が吹き荒れた。ナッシュ様は私を抱き寄せてくれた。
「来たよっケッアルコアトルだ」
うえっ?と思い後ろを見ると…赤くて大きな物体がクエェェェ…と怪音を響かせながら舞い降りてきた!
「でかいっ!」
「ははうえーかっこいいねーーーっ!」
かっこ良くないよっレオン君っ!あの生き物、めっちゃ口からよだれ出してるよぉ~
「ザック兄ィ~ケッアルコアトルの背中に乗りたいよー」
「それいいな!試験が終わったら乗せてもらおうよ!」
ザック君はガレッシュ様が庇い、リュー君はアルクリーダ様が抱っこしている。
うおぉぉぉぃいい!危ないってっ!どう見ても騎乗出来る生き物じゃないと思うよっ!?本当に大きいよっ10メートル、本当にあるよっ!鳥の分類なのだろうけど…翼竜みたいじゃないかっ!プテラノドン?
「これプテラノドンと不死鳥、フェニックスが一緒になったみたいじゃないですかぁ!?羽から火魔法が出てますよぅ!」
カデちゃんの叫びに思い至る。そうだっ伝説の不死鳥に似ているんだっ!そんな大パニックの私の背中をナッシュ様がポンポンと優しく撫でてくれる。そうか、私にはナッシュ様が付いててくれる。
でも怖いものは怖いっ!
「では、試験を開始します!お一人ずつ順番で、ルル=クラウティカさん!」
ルル君っ!大丈夫かなっ…がんばれーーー!




