眩しさが倍になっていた
「身辺調査書の下書き…こんなものでいいのか?匿名での提出といい、仲の良い城勤めの者の有無…や既婚、未婚の有無、コレ必要なのか?やけに、その他の不便を感じる事、困った事を書く欄が多く取られているが?」
と、ナッシュ様に言われて私は下書きの原稿を受けとった。これを魔術で複写…つまりコピーして各省に配るのだ。
「匿名記載にしておけば書きやすいですしね。要は諜報活動をしているなら、ここで腰を据えて働こうとは思いませんし、周りとの付き合いも浅くなるかなと…あくまでこの質問項目は参考程度です。重要なのは困った欄の方なのです。不満が多い者は、声が大きくなるものです。ここでもしこの困った事欄に…特定の誰かを論って、貶めることを書いてくる人間…もしくは、逆に複数人から名指しをされて書かれる者は、身辺調査とは別の意味で問題のある者だと判断出来ます。先日の乙女脱走に城勤めの者が関与しており、その為の身辺調査書とまで、わざわざ書いているのに…個人的な恨み辛みをここに書いて鬱憤を晴らそうとする輩もこの調査で炙り出せますしね」
ナッシュ様はニヤッと笑った。
「成程、身辺調査書に見せかけた常から問題ある者の炙り出しか…確かにここまで全勤め人対象の聞き取り調査は普段はしないしな。声に出して言いにくいことも顔の見えない匿名でなら書き込める利点がある訳だ、流石アオイ!しかし匿名だぞ?どうやって書いた者を特定するのだ?」
私もニヤッと笑ってナッシュ様に顔を近づけた。
「魔術の痕跡は魔術ペンを使えば残りますよ。この紙は魔紙ですしね、記入は魔術ペンしか使えません。私は診える目を持ってますからね。フフフ…匿名でもばっちり追跡出来ますよ」
ナッシュ様は更にニヤッと笑った。悪代官と大黒屋のようにウフフ…と執務室で低く笑いあっている私達の所に、突然可愛い声の乱入者が現れた。
「アーちゃん!ナーちゃん!」
ん?ナッシュ様と同時に戸口を見た。そこには栗色の髪をフワフワと揺らした可愛い生き物、レオンヘルム君、4才が真っ赤なほっぺで立っていた。
「レオン君!?」
レオン君は転がるように執務室に入って来ると、エフェルカリードに気が付いて「エフィ!」と叫びながらエフェルカリードにタックルした。ナッシュ様が瞬時に飛び込んで来て、後ろに転がりそうになったエフェルカリードとレオン君、2人を支える。あ~危ないっ!
「コラッレオン!一人で先に行っちゃダメだろ!?あ、アオイ様、師匠!突然お邪魔して申し訳ありません。今日はレオンの伯父上達とご一緒なのです」
これまた急に戸口に現れた、ザック君の美しい顔予備軍フェイスを見詰めて、首を捻った。叔父上達とご一緒…って伯父って、誰?
「騒がしくてすまんな」
ま、眩しいっ!魔力の後光?のようなもので戸口に立った男性、おそらく2人がまるで見えない!何これ?
「これはっレミオリーダ王太子殿下!?お久しぶりでございます!」
な、なんだってぇ!?ナッシュ様の言葉に私は慌てて膝をついた。まだ直撃を食らった目がチカチカする。慌てて遮光の魔法を使った。ニルビアさんに教えてもらっていて助かった。
「お久しぶりですね、ナッシュルアン様、アオイさん!」
この声はっ…私は顔を上げた。そこにはキラキラした麗しの王子様、アルクリーダ王子殿下と同じくキラキラしい黄金のロングヘアーが更に眩しい、レミオリーダ王太子殿下(仮)が立っていた。ダブルで更に眩しい生き物が増えてるわ。
「ナッシュルアン殿下、息災でしたか?先日はウチの妹達が世話をかけたようで…」
「いえいえ、姫君達にはとてもよくして頂いて、カステカートの滞在も楽しく過ごせました」
と、型通りとも取れる挨拶から一転して、怖い顔になったレミオリーダ王太子殿下はナッシュ様の近くに顔を寄せた。
「ガンドレアの奴らからリヴァを守って頂いて感謝いたします。で、奴らの動きは?」
ナッシュ様も厳しいお顔になった。皇子と王子は二人で小声で何かを話し合っている。
そんな私の側にチョコチョコ…とリューヘイム君が駆け寄ってくる。あら?リュー君も来ていたの?思わず笑顔になると、リュー君は小さい声で「アオちゃん!」と言ってギューと抱き付いて来てくれた。
「リュー?アオイさん好きなんだね~」
と、アルクリーダ殿下とザック君が、よっこいせ…とリュー君を抱えて立ち上がった私の側に来た。
「アオイ様っ今日は義姉上と殿下達と子供達だけで来たのですよ。え~と兄上はお仕事です。それでね…この間のアイノゲタバコの改良型を持ってきましたって…アレ?そういえば義姉上は?」
あら?本当ね…カデちゃんは?あ、そういえばここにチビッ子達だけで走り込んで来たわよね?もしかして…
「こ…ここに…ゲホッ…ゴホッ…ここにいま…すぅ…!もうっ…あなた達走るのっ…ゲホッ…早いわ…」
ヨロヨロしながらカデちゃんが詰所の入り口に立っていた。まだ息が上がっている。そうだった、反射能力の低いお姫様だったわね。おつかれぃ…カデちゃん。私は詰所に置いてあるオレンジ果実水をコップに入れて、カデちゃんに手渡した。カデちゃんは風呂上がりの牛乳一気飲みみたいなポーズで果実水を飲み干した。
「ふぅ~ありがとう、葵。もうレオン!勝手に走ってどこかに行っちゃうからびっくりしたじゃないですか!ここはカステカートのお城じゃないのですよ!」
「でも、ちゃんと魔力みながら~アーちゃんとナーちゃんのとこに行けたよー」
レオン君は反射能力は高そうね、しかも視えるのね…エフェルカリードと仲良く手を繋ぎながらこちらに歩いて来た。そのエフェルカリードを見てアルクリーダ殿下が驚かれたようだ。
「あ、あれ?この神力の気配…え?うそ?あなたもしかして、あの剣…ですか?」
あ、そうかアルクリーダ殿下は人型は初めてか…かい摘んで事情を説明する。するとカデちゃんもびっくりしたようだ。アレ?言ってなかったけ?
「何それ~ゲームの剣ですかっあの子?道理でアニメキャラみたいな女の子だと思いました!」
「カデリーナ?げーむって何?」
アルクリーダ殿下の問いかけにカデちゃんは大慌てだ…あれ?カデちゃんもしかしてご家族に転生者だって言ってないの?私はカデちゃんに代わって答えてあげた。
「エフェルカリードは物語の中に登場する剣だと、前も言いましたよね?それで人型の姿も絵物語の人物みたいで浮世離れした可愛らしさ…と言う訳なのです」
アルクリーダ殿下はふ~んと言いながらカデちゃんを見ている。これは勘付いているね。
「カデリーナはアオイさんが言っていることを…すべて知っているようだね、それって私達にも内緒なの?」
カデちゃんは目を伏せた。お節介かな…でも言わせてっ…ごめんねカデちゃんっ。
「アルクリーダ殿下、私が異世界から来た人間だとご存じですよね?」
「うん、異界の迷い子は珍しいけど実在するからね」
カデちゃんはバッと顔を上げて話し出した私とアルクリーダ殿下を交互に見た。
「肉体ごとではなく、魂だけでも異界の迷い子としてこちらに来ることがあるようです」
私の言葉にカデちゃんが顔色を変えた。そしてアルクリーダ様は目を丸くして、カデちゃんを見詰めた。
「カデリーナ、異世界人なの?」
カデちゃんは俯いてしまった。どうしよう…マズかったかな。するとアルクリーダ殿下が大きい声で叫んだ。
「兄上っ大変だよっ!カデリーナが魂の異界の迷い子なんだって!」
びっくりした…カデちゃんもびっくりしている。アルクリーダ殿下の声を聞いてレミオリーダ王太子殿下が「何っ!?」と、言いながらこちらに近づいて来た。
「魂…だって?そんなこと可能なのか?」
「でもカデリーナはそうだって!道理で変わった発明ばかりすると思ったよ!ほら異界の迷い子って知識が凄いって言うよね?カデリーナもそれだよっ!」
カデちゃんはまた俯いてしまった。ああ、どうしよう…失敗したかな。
「成程…それでユタカンテ商会のあの躍進か…英知の結晶か…うん。カデ、顔を上げなさい」
レミオリーダ王太子殿下の言葉にカデちゃんはゆっくり顔を上げた。泣きそうな顔になっている。レミオリーダ王太子殿下は、カデちゃんの頭を優しく撫でながらこう言った。
「何故もっと早く言わないんだ、異界の知識も色々聞いてみたいと皆は思っているぞ?私だって興味がある…まさか異界の迷い子の存在を知らなかったのか?」
カデちゃんは顔を横に振った。
「その異界の迷い子って私と同じ世界から来ているのかどうか分からなかったから…奇妙な事をしたら怖がられると思って、葵が私と同じ世界…しかも出身国まで一緒だったから…初めて…迷い子って同じ世界の人が来るんだって…分かったの」
ああ、そうか…え~と並行宇宙とか並行世界とかを疑っていたのね?他に転生者や転移者に会えなければ分からないものね…そりゃそうよ~
「どういう事だ?異世界の知識かな?」
レミオリーダ王太子殿下がワクワクした感じで聞いてきた。コレ説明できるかしら…え~と
「このカステカート王国が存在するここの世界を1とします。で、私とカデちゃんの居た世界を2とします。ですが、ここですでに2つ世界が存在していますよね?もしかするとどこかに3も4も…無数に他の世界があるのでは?という考え方をカデちゃんはしていたのです。ですから自分以外の異世界人と、もし会ったとしても同じ世界の人とは限らないと考えていたのです。そうよね、カデちゃん?」
カデちゃんは何度もコクコクと頷いた。レミオリーダ王太子殿下は何度も頷かれている。
「素晴らしいがとても難しいな!それは学問の一種なのだろうか?」
「ええ、そうですね。大学…え~と高等学舎で学ぶ学問ですね」
それを聞いてレミオリーダ王太子殿下は益々カデちゃんの頭を撫でまくった。
「何故早く言わないんだ~カデの頭の中にはこのような知識がいっぱいあるのだろう?もっと教えてくれっ~」
カデちゃんはお兄様二人にぎゅうぎゅうに抱き付かれていた。
ああやだわっ泣けてくる…ホッコリしちゃう。カデちゃんも泣いている。
すると大人しく私の側に立っていたエフェルカリードが、私の服の裾をクイクイっと引っ張ってきた。
「ママ~この間言ってたサラマンダーに会いに行く探検ね、私は行かないから~」
んん?なんだって?どういうことだろ?エフェルカリードの言葉に皆が注目した。ナッシュ様が「ええ!?」と声を上げてエフェルカリードの顔を覗き込んだ。
「どうしてだ?一緒に来てくれないのか?」
エフェルカリードは口を尖らせた。
「だって~私、元々は魔を狩る剣だよ?癒すのは神力使い過ぎるし…おまけに~パパが魔力遮断とかの魔法使えって言ったのも無理だよ~設定に無い魔法は使えないよ?」
せってい…設定…ああ、そうかっ!
「ど、どういうことだ?せっていってなんだ?」
ナッシュ様がオロオロしながら私とカデちゃんを交互に見てくる。
「設定って…キャラクター設定の設定でしょうか?え〜とそのゲーム自体に魔力遮断の魔法が存在しなければ、使えないのは当然ですよね」
カデちゃん先輩の言う通りです。エフェルカリードはニ次元の剣ですからね~あのモッサリ社長がプログラミングしていないものは出せませんって…
ナッシュ様はがっくりと肩を落とした。もう巨大蛇に会いに行くのは諦めなよ。
「サラマンダーってあの高所に住んでいてドラゴンに進化すると言われている?」
アルクリーダ殿下にナッシュ様が経緯を説明している。するとザック君達、チビッ子が騒ぎ出した。
「サラマンダーにケッアルコアトルだって!見たい~見たいよ~!」
げげっ!?何を言うのよ、リュー君よ…更にザック君が追い打ちをかける。
「治療ならリューが出来ますし、魔力遮断は僕が出来ますよ!」
こらこらこらーーっ!子供達が何を言い出すのだーーっ!流石にカデちゃんが怒った。
「何を言っているのですかっ!遊びじゃないのですよ?ナッシュ様達は冒険者の昇格試験の目的があってサラマンダーの鱗を取りに行くのですよっ!」
お言葉ですが…カデちゃん。ナッシュ様の付き添いはあくまで、面白そうだから付いて行こうかな~という不真面目な動機からです、すみません。
「大体、子供が昇格試験に付いて行ける訳ありませんでしょうっ!」
カデちゃん…ごめんね。それはOKなのよ…少なくともSクラスのルル君やジャックスさんがいれば子供の同伴可能なのよ…
「でも、ザック君達には正直辛いかもね~往復で数日かかるだろうし…おまけにその、さらまんだやケツアル…は生き物でしょう?野生の生き物って行ってすぐ会えるのかしら?食事はどうするの?ずっと簡易食料は大変よ?」
私がそう言うとナッシュ様がしばらくポカーンとしていたが、なんだか思いついたような笑顔になった。し、しまったっ!?余計な事を言っちゃった?
「そうかっそうだな!アオイが来れば問題ないな!そうだっ!うっかりしていた~アオイは治療も出来るようになったんだったな!料理も出来るしな」
げげっ!?治療が出来るって誰が言ったのよっ?この中で心当たりがあるのは唯一、治療魔法を教えてくれている…私はその人物を睨んだ。
フロックスさんっ!
分かっているっ魂胆は分かっているわっ!自分が昇格試験に駆り出されないために、私を生贄に差し出したのよっ!
「いや~アオイが来てくれるなら私も嬉しいなっ!」
勝手に決めるんじゃないわよっこのエロ魔界の皇子っ!
すると詰所の入り口にのんびりした声が響いた、ガレッシュ様だ。
「なんだか眩しい人が増えてるな~あ、只今戻りました~兄上、義姉上」
ガレッシュ様は今日は冒険者ギルドに行っていたらしい。後ろにルル君とジャックスさんの姿がある。
「昇格試験の概要、聞いてきたよ〜」
ガ、ガレッシュ様っ…今、その話題は禁句ですっ!
「これは!確かにご兄弟に間違いないな。お初にお目にかかるシュテイントハラル神聖国、王太子レミオリーダと申す」
「顔もすごく似てるね〜同じく第二王子のアルクリーダと申します」
ガレッシュ様は御二人の素性を知り、慌てて膝をついた。
「ガレッシュ=イマルティンと申しま…あ、違った!ガレッシュルアン=ゾーデ=ナジャガルと申します!」
あ、そうか…冒険者ギルドカードの氏名変更手続きをして来られたのよね。国王陛下の直筆の身分証明書を持って行ったから、変更手続きには問題は無いとして…それよりも問題は昇格試験よ。
皇子達4人は年も近いからか…すぐ打ち解けた雰囲気で話し出した。カデちゃんが涙を拭きながら、こちらにやって来た。
「ごめんなさい…取り乱しちゃって」
「こちらこそ、勝手にバラしちゃってごめんなさい」
カデちゃんは可愛く微笑むと嬉しそうだった。
「いえ、やっと言えてホッとしました。ありがとうございます…ああそうだ、忘れないうちにね〜これが改良型の下駄箱です」
私はカデちゃんがヨジゲンポッケから出してきた、アイノゲタバコ改良型を受け取り、以前預かっていた旧型?のほうをカデちゃんに返した。
「後でも構いませんので、ナッシュ様側の魔術印を取り付けたいモノをお貸しくださいね」
「お手間かけるわね〜カデちゃん。ああ、そうだ…カデちゃんはギルド依頼で魔獣の討伐とかに行ったことある?素人が気をつけなきゃいけない事ってあるかな?」
するとカデちゃんは凄く苦い抹茶を飲んじゃった、みたいな顔をした。
「取り敢えず、魔獣に見付からないように息を潜めることです!」
いや…それは…討伐目的の場合は逆じゃないかな?まあ忍者みたいに後ろから一撃瞬殺する分には有効かな。
「カデ、先ほどからナッシュ様が言っておられる昇格試験、アルクリーダも付き添うからザックとリュー達も連れて行ってやれ」
んん?カデちゃんと2人でキラキラロングヘアーの王太子お兄様を見詰める。
「何でも皆様なら1泊くらいで完了して帰って来れるらしいし、ナッシュルアン殿下も付き添われるなら危険もないだろう。トリプルスターの妙技を目の前で見れるのは、大変僥倖な事だぞ?」
いやいやっ?いやいやっ!?お兄様何言ってんのよっ大きな蛇よっ!危ないじゃないっ!
「やったぁーーーー!ザック兄ぃサラマンダーが見れるよっ!」
「ケッアルコアトルが動いてるの初めて見るよーーありがとうございますっ!」
あああ…私の気持ちは無視されたままドンドン話が進んで行く。ハッ!こうしてはいられないっ!
私はコロンド君に断りを入れて詰所を飛び出すと、皇宮横の図書館に走り込んだ。書士の方に欲しい本を聞いてみるが、この図書館には無いらしい。急いで城下の書店に走り込んだ。
「あ~ありますよ。ちょうど3割引きになってますよ」
私は目的のブツを特割のワゴンの中に見つけると購入して帰った。結構高いねこの本。
私がついでに討伐時に持って行きたい物を買って帰ると、王太子殿下とナッシュ様が居なくなっていてカデちゃんと子供達だけがソファに座っていた。コロンド君とルル君(実は同じ年らしい)そしてガレッシュ様とアルクイーダ殿下が、楽しそうに話している。
「あ、アオイ様…遅かったですね。殿下とレミオリーダ王太子殿下は今後のガンドレア対策のお話があるとかで国王陛下に謁見されてますよ」
コロンド君の説明にうんうんと頷いて、カデちゃんの前の椅子に座った。
「ちょっと用事で城下に行ってきたのよ、はいお土産」
私はポッケの中からマドレーヌ菓子を出した。ここの菓子店の菓子はオレンジと木の実の風味が美味しいのだ。
ザック君とレオン君がワアッと言いながらお菓子に飛びついた。アレ?カデちゃんのテンションが低い。どうしたの?
「葵…どうやら私も昇格試験の旅に強制参加のようなのです」
ええっ!?カデちゃん確か運動神経は壊滅的じゃなかったっけ?付いて行けるの?




