皇子は変な態の生き物だった
おきにいり登録ありがとうございます。
「ホラ、諦めて私に助けを求めるがいい」
なんだ、その悪魔みたいな囁きはっ!私はトイレに入って用を済ませた…悔しいが生理現象には抗えない。しかしトイレの外には悪魔こと、変態皇子殿下がいる。
早くどこかに行ってよ!
「女性の御不浄の場に居座るなんて非常識ですよっ!」
後ろでコロンド君が頑張ってくれている。
「だからと言って、アオイは水を流せないだろ?だったらお前が中に入るか?」
「なっなっ…それは…ですから…確かにそうですけど…」
コロンド君が変態皇子に丸め込まれそうになっているっ!?
「殿下はサイショウさん?に乙女のお披露目会に呼ばれていたじゃない!とっとと行って来て下さいっ!」
私がそう怒鳴ると一瞬、皇子殿下は黙ったが
「お披露目会は明後日だ」
と、切り返した。後ろでコロンド君が
「とにかくジュ…ジューイ様に言い付けますよ!」
と、伝家の宝刀らしい言葉を振りかざした。
もう勘弁してよっ!そりゃ究極のおひとり様だしいつかは介護士の方にトイレ補助やオムツを替えられたりとか、あるかもだけどまださすがに早いよっ介助の手はっ!
「諦めて私を中に入れるんだ。コロンドか私の二択しかないぞ…」
なんでそんなにしつこいの……ハッ!待って待って!?
そういう嗜好あったじゃない?ホラ…用を足すのを見てたり、の…飲んだりして興奮を感じる…
「いやあぁ!?」
思わず叫び声を上げたら、皇子殿下が慌てた声を出した。
「どうした!?何かあったのか!?」
トイレのドアノブをガチャガチャ回された!余計にパニックになるよっ!?私は逃げるように便器の奥の隙間に入ろうとして壁に手をついた。早くどこかに行ってよっ!
ゴーッズゴゴゴ……………何かが流れる音がする。
あれ?
壁についた手の下を見た。青い石がキラキラと輝いている。
私はトイレのドアを開けた。びっくりした顔で立ち尽くす、ナッシュルアン皇子殿下の横をすり抜けて、洗面所の蛇口の横に付いている青い石に手をかざした。
勢い良く水が出る。よし…コツを掴んだ。
「もう魔法使えます、ご心配頂かなくても大丈夫で〜す」
明らかにナッシュルアン皇子殿下は、気落ちした表情でソファに座っている。でもクッキーを食べる口は止まらない。
そこへジューイが戻ってきた。コロンド君が先程の一悶着を宣言通り皇子殿下本人を前に告げ口?している。
「婦女子に馬乗りになって!あ、あんっあんな如何わしいことっ!」
ジューイがジロリとナッシュルアン皇子殿下を睨んだ。
「何をのぼせてるんだよ…ったく、そんなにいいのか?コレ?」
コレ…と言ってジューイは私を指差した。人を指で差したらいけないのだけどー?ナッシュルアン皇子殿下はハーッと大きく息を吐き出した。
「信じられんくらい気持ちいいんだ、全身の余剰魔力が全部吸い取られる感じがする」
そんなにいいんだ…相性ねぇ?ジューイが苦笑しながら私を見た。
「ナッシュは魔力値が桁外れだから、今まで困っていてね?とにかく魔力が溢れて、周りにも魔力酔いを与えてしまうし、自分でも魔力を上手く制御出来なくて魔術の詠唱もよく失敗ばかりしていた」
まあ…それはお気の毒に。魔力云々は分からないけど、周りの方にご迷惑をかけるっていうのはご自分も辛いよね…
「でも、それとお披露目会の欠席は関係ないな、開催は明後日ですから必ず参加して下さい。ってか参加するってバウントベリ宰相に言ってある」
「ぇえ?何を勝手に…」
ジューイが皇子殿下と何故か私も部屋の外へ押し出した。
「ナッシュ隊長、アオイを殿下のとこへ泊めてやったらどうです?ニルビアさんも居るし…」
泊まる?ニルビアさん?
私はナッシュルアン皇子殿下を見上げた。見られた皇子殿下はしばらく頭を抱えたまま下を向いていたが
「よしっ分かったそうしよう!」
と言うと私の手を取った。
私達は外に出ると大きな建物に向かって歩き出した。しばらくその建物の外側を歩いて庭の小道に入り抜け切ると、こぢんまりとした洋館の前に着いた。
「これが俺の住んでる離宮だ。メイドはニルビアしかいないから、不便とは思うけど堪えてくれ」
え?第二皇子にメイドが一人?有り得なくない?私の知っている王子様はゾロゾロお付きの人を連れていたけど…
私の表情で言いたいことが分かったのだろう。ナッシュルアン皇子殿下は苦笑しながらこう言った。
「私は…人を傍に置くと魔力酔いにしてしまうからな…極力、人を避けてきた」
大変だ…魔力酔いってどういうのかな?まさに酔うの?
「酔う…というのは具体的にどのような症状になるのです?」
「う~ん…私はなったことが無いからコロンドからの聞きかじりだが、酷いと嘔吐しそうになるらしい」
まさに…酔う、だね。そりゃ嫌がられるわ。こんなにワイルド美形なのに嫌がられるって屈辱よね…
「さ、とにかく入ってくれ…ニルビア~帰ったよ~」
離宮に入り声を掛けると、おばあちゃんかな?という年代のご婦人が奥から現れた。
「今日はお早うございますね、あら?そちらのご婦人は?」
ニコニコとお優しそうな笑みを浮かべておいでね、こういうおばあちゃまは大好きよ。
「はじめまして、アオイ=タカミヤと申します。殿下のご厚意により、こちらにお泊め頂けることになりました。不躾ながら…お一人で殿下の身の回りをお世話していると聞き及びました。それ故私ごときの為にお手を煩わせる訳には参りませんので…どうぞお気遣いなく。それとお世話になりますので、何なりと御用を申し付け下さいませ」
私はニルビアさんに淑女の礼をした。お世話になるのだ。頭を下げるのは当たり前。ニルビアさんは口許に手を当てると
「まぁまぁ…」
となにやら感激?しているご様子である。
「アオイ様…」
「様はいりませんわ、庶民ですもの」
ニルビアさんは呆けたような顔で隣に立つ、ナッシュルアン皇子殿下を見た。
「ナッシュ様…この方、どちらの姫君でしょうか?」
「だろう~?本人は商家の娘だ、と言い張るが…な。私にも気さくな姫にしか見えないな」
何を言うんだ…庶民だと言ってるだろう。敢えて言うなら「ミュージカル女優」を演じているだけだ。
私は屋敷の客間に案内された。手荷物も何も無いので着の身着のままの状態だが、問題ない…と思ったら…
「ニルビア、すぐにダンジェンダ氏に連絡してくれ、アオイの服を一揃え欲しい。それと晩餐会用の正装も欲しい」
そう言って皇子殿下はニヤッと笑った。
せいそう…正装!?ちょっと待ったーーーぁ!
「どうして私の正装が必要なのですか?あっ分かりましたよ!明後日のお披露目会ですねっ!私も引っ張り出す気ですね!」
「ほーんとアオイは勘が良くて嫌になるなぁ~でも一緒に出て欲しいのは本当だ。アオイには不本意かもしれんが私と共に居て、私の魔力を緩和してくれると助かる」
あぁ…それ言われると拒否出来ないなぁ~ワザとかな?ワザとだろうな…可哀相な俺、アピールですよ、コレ。
「はぁぁ…ナッシュルアン皇子殿下…」
「ナッシュでいい」
「ナッシュ皇子で…「ナッシュ…だ」」
「……ナッシュ様」
「まぁいいか、その呼び方もグッと来るな」
何がグッと来るんだ。発言がいちいちセクハラ臭い。そういえばこの皇子様、御幾つなんだろう?
ニルビアさんはダンジェンダ氏(おそらく高級洋装店のデザイナー)をお呼びする手配で不在な為、居間まで移動してきた私はナッシュ様を座らせて、居間の横にある小さなキッチンでお茶の準備を始めた。コンロに水の入ったケトルを置いて、点火魔石に手をかざす。火が付いた!良かった…
「なんだ~やっぱり魔法使えるのか…ざ~んねん」
いきなり私の横にナッシュ様が立っていた。
びっくりするではないか…なぁにが残念だ。トイレまで入り込もうとした大変態のくせに…
「火が使えたらいけないのですか?」
じとりと睨んでやる。ナッシュ様は勝手に食器棚からお菓子の箱?を取り出して中から小さめのクッキーの袋を出して食べ始めた。この皇子、甘いお菓子が好きなんだな。それにしてもお行儀悪すぎる…
「ああ、残念だ…火が使えなかったら、私が湯殿で魔法を使ってあげるのにな。アオイの背中を流しつつ湯殿で色々出来るのにな…」
やっぱり…こいつ、敢えてこいつと呼んでしまおう…は変態だ!美形の仮面を被ったド変態だっ!
取り敢えず湧いたお湯でお茶を入れてナッシュ様にお出しした。私は彼の斜め後ろに立つ。
「どうして後ろに立つの?」
「正面におりますと、またソファを跨いで飛びかかられては困りますので、ホホホ…」
「あれは…流石にやり過ぎた。反省している、すまなかった」
ふーーーん。シュン…とした演技かしらね?見事に捨てられた子犬の哀愁を醸し出しているね。
「あれほど近づいても魔力酔いを起こさない人は初めてなのだ、ついつい、触れるから…」
「触れるからと言ってシャツの中に手を差し入れるとは…」
「そんな騒ぐほどのことでもない、でしょ…う……」
言いかけて失言に気が付いたのかナッシュ様は恐る恐るこちらを見た。私は瞬時にミュージカル女優の仮面を被った。間に合った…はずだ。確かに騒ぐほどのことではない。首筋くらい触られただけで騒ぐ年齢ではないのは百も承知だ。
セクハラ、パワハラ…それこそ鬼のように受けてきた。何度もトイレに籠って一人で泣いた。だって誰も私が泣いているなんて想像もしないから、笑顔で嬉々として歌を歌っていると思い込んでいるから…
「はい、確かに騒ぐほどのことではありませんでしたね、失礼しました」
その後、ニルビアさんが戻られたので彼女について行き、家事全般の説明を受けた。やがて来られたダンジェンダ氏に着せ替え人形を散々させられ普段着5着と、正装2着をご購入することになった。
私が貰うのは嫌だと言うと「だったら働いて返せ、もう職は決めてある」とのナッシュ様の皇子権限で一蹴されてしまい、結局ドレスを受け取ることになってしまった。
そして今は夕食の準備の最中だ。
ニルビアさんの指示通りにお野菜を切り、煮込み、味を整える。お料理全般も軽く説明を受けたが、所謂、西洋料理が主流のようだ。和食が欲しい、絶対和食作ってやる。悔しいのでビネガーっぽいのを見つけたので西洋風酢豚を作ってみた。味見をしてみたら美味しかった。
ナッシュ様はものすごくモリモリ夕食を食べていた。そして酢豚に一早く反応して大絶賛をしれくれた。
「アオイは素晴らしいな!他にも何か作れるのか?」
「材料さえ整えば色々出来ます」
ナッシュ様は満面の笑顔だ。喜んで頂けたならなによりだ。
そして…今、湯殿に私は足を踏み入れた。ニルビアさんに事前にお聞きしているので洗顔、洗髪料、体用石鹸を確認してから風呂用椅子に座った。
鏡が壁に張り付いている。メイクしたままだった顔を洗う。派手で攻撃的な顔が泣きそうな気弱な女の顔になっていく。
泣かないっ…泣かないって決めたんだ。でも、もう誰も…いない…ここにはいない。
頑張る姿を見てくれる人も、自分が頑張ったことで成果の出る仕事も…頑張って歌っても誰も私を見てくれない…
「ぅ……ぅ…ううっ…ぐすっ…ひっく…」
こんな時に助けを求める人が、誰も思いつかない自分がすごく悲しい…情けない…
「こら…やっぱり泣いてるな?」
「っひ…!」
湯殿の扉の向こうからナッシュ様の声がする。ま、まさか入って来るつもりなんじゃ…!!
「さっきは軽率だった、悪かった。女の子が体を触られて平気な訳ないよな…」
「お…んなのこって年じゃありませんよ…もう28才です」
「なんだ、同い年なんだね、じゃあやっぱり女の子だ」
「それでも…騒ぐような年齢じゃあり…ま…せん…」
「年は関係ないだろう?誰でもいきなり知らない男に触られるなんて気味が悪いはずだ…」
「ナッシュ様は知らなくもないし、気味が悪いわけ…あり…ま…せん」
「…アオイ」
「はい…」
「やっぱり…湯殿に一緒に入っちゃダメ?」
ああ…やっぱりこいつ、こいつと敢えて呼んでやろう、は…ド…ド…ド変態だーー!
ますます加速する皇子様を生温かくご観覧下さいませ。