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乙女とアラサー

ツルンとした床の感触に目が覚めた。


……床?ぺたぺたと手で触ってみる。手の届く範囲は平らだ。手も指も痛くない、問題なく動く。そっと体に力を入れてみる…痛くない。エレベーター落ちたよね?ゆっくりと体を起こして、前を見てギョッとした。


人が立ってる…しかもたくさん…え?待って…アレ人なの?


「いったぁ…もう何よぉ!?」


フイに離れた所から声が聞こえた。沢田美憂の声だ!無事だったんだと思い彼女を見るが、声がした方に明かりが無いのか姿が見えない。


途端にカッ!と明るくなった。眩しいっ!


その明かりで自分が今、どういう状態か分かった。


まずは床に座り込んでるね、はい。


体に外傷性の出血は無さそう、うん。


座り込んでいる所は非常にだだっ広い空間だ、ううん?


私の周りに人がたくさん居る、あれ?


その周りの人達はコスプレさんみたい、えぇっ?


しかも全員外国、白色系人種の方のようだ、どういうこと?


え…と?頭が回らない。


まず思ったのが流石の私も、とうとう疲れて現実逃避を始めたのか…ということだ。


とりあえず立ち上がってみた。最初はふらついたが問題なく立てる。ゆっくりと視線を上げてみた。


うん?コスプレさん達は私の方は見ておらず、沢田美憂の方を見ている。


「彼女だ!間違いない!」


……え?


そのコスプレさん達は一斉に沢田美憂の傍に走って行った。


「異界の乙女よ!お待ちしておりました」


に……に、日本語?


そしてなんとなく状況が掴めてきた。どうやら、ここは異世界らしい。異界(日本?)の乙女とやらが召喚によりこの世界に呼ばれたらしい。乙女は勇者を選び、勇者にロンバスティンという剣を授けるらしい。その勇者とやらはこの国ナジャガル皇国の第一皇子様らしい。その剣を持って魔の眷属と戦うらしい。


さっきから「らしい」を連発しているのはすべて沢田美憂に向けて喋っていることで、私は又聞きどころか漏れ聞こえる話に聞き耳を立てている状態だからだ。


「ところで、君は誰なの?」


私のすぐ後ろから男性の声がした。振り向くと私より背の高い美丈夫さんがふたりいた。1人はアッシュグリーン色の髪のお兄さん、割とガッチリマッチョだ。もう1人はブルーブラックの髪に菫色の瞳。ワイルドな美形だ。大変好みです。


「言葉…分かる?」


「はっはい、分かります」


美丈夫ふたりは一瞬、ほんの一瞬だけ視線を交わすと


「君、異界の乙女の従者なの?」


と、言ってきた。


なんだかな……あっちが異界の乙女?とかだとしても、何故私があの子と一括りにされねばならんのだ。


「無関係です」


「え?」


「赤の他人です」


美丈夫ふたりはまた視線を交わしている。さっきからなんなの?


「非常に言い難いのだが…あなたは召喚に巻き込まれたようだ」


わざわざ言われなくても分かってるって。


「ですよね、分かってます。だったら早く戻して欲しいです。仕事が立て込んでいるので」


美丈夫ふたりはまた視線を交わした。


「戻す方法はない」


…………なんだって?


「え?今なんと…」


「すまない、戻す方法は無い」


私はよろめいた。ブルーブラックの髪色のワイルド美形が私を支えてくれた。こんな時になんだけど、抱きついた感触が非常に心地よい。私と彼の体格差がちょうど良い感じだからかな?


「…ごめんなさい」


私は体を離そうとした…が、何故かワイルド美形が腰を離さない。思わず彼を見上げた。何だろう…?


「たーいちょう!」


後ろのアッシュグリーン髪のマッチョが、彼、たいちょう、隊長かな?の肩を後ろに引いた。


「ジューイ…」


「はいはい、とりあえずそのおねーさん連れて行こう。あっちは乙女に掛かりきりだし~」


アッシュグリーンの髪のマッチョは、ジューイさんと言うのか。私は隊長とジューイさん、ふたりに連れられてその広々とした空間…講堂みたいな場所から移動した。


えっと…それはいいのだけど、さっきから隊長が私に手を伸ばしかけて、ジューイさんに手を叩かれている…というの繰り返しているのだけど、なにかあったの?


「あの、ジューイさん?」


「ああ、気にしないで~それと俺はジューイて呼んでね、ジューイ=ドアンガーデ宜しくね。隊長っ自己紹介!」


隊長はハッとしたように私に手を伸ばした。私も無意識に手を差し出した。


「ナッシュルアン=ゾーデ=ナジャガルだ。異界の方」


そして私の手の甲にソッと口づけを落とした。完璧な紳士の礼…騎士の礼かな?あれ?でも名前の紹介で聞いたことのある単語が含まれていたような…


「あ、分かった?隊長、こう見えてこの国の第二皇子様なのさ」


皇子様かぁ…どうりで女性への挨拶がスマートだと思ったわ。


「あれ…なんか反応薄いね、大抵の女の子は隊長が皇子様だと分かると目の色変えるけど?」


「ある意味慣れてますから…」


私は一応、王子と名の付く方とも会食をしたりゴルフをしたりしたこともある。いちいち興奮したり緊張していたら、決まる商談も決まらない。


「私、アオイ=タカミヤと申します」


私はナッシュルアン皇子殿下に淑女の礼でご挨拶した。これしか正式マナーは分からないし…


「アオイとお呼びしていいかな?」


「はい、どうぞ」


私達3人は庭を抜けた緑に囲まれた建物に入った。そして3階の…応接室かな?に通された。ちょっと埃っぽいな。ハンカチ…そういえば手に持っていた手提げ袋無くなっている…


「とりあえずお茶をいれようか、茶葉どれだっけ?え~と…」


ジューイさんはモタモタしている。慣れてないのかな?見かねて立ち上がってティーポットを出して茶葉缶らしきものを開けて匂いを嗅ぎ、紅茶っぽい感じの飲み物を3人分入れた。異界と日本じゃ勝手が違うんだ、文句は言わせねぇ~


トレーらしきものを見つけると3人分のティーカップを乗せてソファに座る男ふたりの前に置いた。殿下が1番、ジューイが2番そして私。そして皇子殿下の斜め前に座る。


「お茶入れるのも慣れているね?」


ジューイに聞かれましたがそんなの当り前だ。大学の時から一人暮らしをして、もう10年目に突入している。一通りなんでもこなせる。一生おひとり様人生と決められている。


「ところで…アオイは巻き込まれた訳で、ここで生活しなければいけないと思うのだが…」


ここで生活…体が強張る。仕事…家…友達…ここにはいない。


その時気が付いた…あの一族全員、ここにはいないのだ。


もう背負う会社も従兄弟達も甥っ子もいないのだ…と。途端、気が抜けた。


座っているのに目が回りそう。


私は鷹宮グループというミュージカルの舞台から予期せぬ形で降ろされることになったのだ…


「私…どうやって生活すればいいの…」


突然放り出された世界で、まさに私は途方に暮れていた。今まではレールに乗って仕事を淡々とこなしていれば良かったのに、今日から好きなことして働いてね…と言われても困る…本当に困る。


ジューイが私の独り言に返事をしてくれた。


「そうだね…身元の不確かな女性が働くとなると、娼館とかかな…」


「ジューイ!?それはダメだ!」


「ショウカン…てなんですか?」


私がそう聞くと、男達は押し黙った。そして申し訳なさそうな顔でジューイが言った。


「さっきから気になってたんだけど、もしかして…アオイって異界の姫とか?娼館知らないの?女性が体を売る仕事だよ」


なんでそうなるっ!?ショウカンて娼館のことかっ!それはいや~~っ!


「え~と私は商売が当たった大商人の娘です。商売の関係で他国の王族の方とご一緒することがあっただけです。体を売るのは避けたいです…」


「商家のお嬢さんか…どういうご商売をされていたのだ?」


皇子殿下に聞かれてこっちの方に分かりやすいように言葉を選ぶ。微妙な表現が難しい。


「庶民の方の着るような普段着から王族の方が着用される衣装などの衣服の販売と…後、お化粧の開発?ていうのかな、その販売をしていました。世界規模で、ですが」


「な、なんだって!?つまり顧客が世界中にいるという事か…」


「すごい商家のお嬢様じゃない!爵位はないの?男爵や子爵位くらいは頂けそうだけど…」


「あ、私の住んでいた国は爵位制度が約100年前に廃止されていまして、無位でございます」


「「へえ~っ」」


と、ふたりは声を揃えて頷いた。そういえばうっかりしていたけど、日本語通じているよね?仕組みはどうなっているのだろう…


「あの…こちらからお聞きしても宜しいでしょうか?」


ナッシュルアン皇子殿下に聞くと


「こちらが話せることならば…」


と、言われた。色々含むなぁ…都合の宜しくないことは黙秘ということかな?


ジューイは仕事があるとかで退出して行った。仕事って何だろう?


「私は軍属なんだ、第三部隊の隊長兼軍部では将軍位に就いている。ジューイは副官だ」


わ~皇子様で将軍様なのね。ん…今、ティーカップに何をしたの?キランと光って…


「湯気出てるけど…」


「ん?」


「今…指…光って…湯気?」


私が途切れ途切れの言葉を発すると、ナッシュルアン皇子殿下はキョトンとしてこう言った。


「ヒートの魔法だけど、…え?もしかして異界には魔法はないのか?」


「な、無いですよ!?うそっ?魔法ってあの魔法?ホウキに乗れちゃう例のあれ!?」


私が興奮してにじり寄るとナッシュルアン皇子殿下はのけ反りながら


「こんなのも出来るぞ」


と、私の顔に指を一振り向けた。フワッと温かい温風が来る。


「髪を乾かす時に便利だな」


指先からドライヤー!?指先から電子レンジ!?凄すぎる!


「でも、アオイも出来るだろう?すごい上質の魔力持ちだし…」


……ん?何ですって?


「私、魔法なんて使えませんよ…?」


「え~?魔力を持ってるよ?では…使い方を教えてやろう…さあ、こちらへ…」


ワイルド美形のお顔が何やら怪しく輝いた気がした。んん?皇子殿下の手が嫌な動きをしながら私に差し出されてきたぞ。


私は何か危険を察知してソファから立ち上がる。なんだろう…ソファを挟んで皇子殿下と間合いを取る。皇子殿下に捕まってはダメだと本能が囁く。


「どうしだんだ、アオイ。こっちにおいで、魔法を教えてあげるよ…」


「いえいえ、なんだか非常に嫌な予感がしましたので…魔法はまたいずれ…」


ソファを挟んで皇子殿下とグルグル円を描きながら間合いを図る。


あれ?そういえば…こういうスポーツあったな?ホラ…何か言いながら…


「カバディ…カバディ…カバディ…」


「……なんだそれは?どうした、何かの術式か?」


「違いますけどっ…もう!魔法は使えませんって!」


皇子殿下は諦めたのか、ドサッとソファに座って指で私も座るように指し示した。


「アオイは勘が鋭いな」


てことはやっぱり何かするつもりだったんだ。ジトッとした目で睨んでやる。不敬だとか知らん。異世界人だからね!


「そんな目で見るな。ちょこーっと確かめたいのだよ。私との魔力の相性を」


「魔力の相性ですか?」


「さっき君の体を支えたあの時に、体が痺れたんだ、気持ちよすぎて…」


へえっ~私は痺れなかったけど…まあ確かに不思議と居心地よいお体だとは思ったさ。


「だから触らせろ」


「なんだか卑猥な言葉に聞こえます」


私が返事する間も無かった気がする。皇子殿下はあっという間にテーブルを乗り越えて、私に馬乗りになってきた。咄嗟に皇子殿下の腹を蹴りあげた。並のお嬢様ではないよ?誘拐された時の対応の為に、護身術も習っているからね。蹴られた皇子殿下はウグッ…とお腹を抱えて私の体の上で悶絶していたが…


「な~んちゃって!」


と笑いながら私の手首を抑えてきた。ちょぃちょぃ!待て待て~~っ。


「はぁ…気持ちいいな。手で触れてるだけなのに何これ…」


ちょっと!触れるだけでなんでシャツの釦外そうとするのよ!コラっ手を差し込むな!


「ちょ…どこさわ…」


ガタッ…と応接室の扉が開いた。綺麗な顔の男の子が入口に立っていた。あ、泣きそう?


「でっでで殿下っ!?婦女子に何たる行いですかぁ!」


ビシャアアアアンン!!


辺りが真っ白に光った。体がビリッと痺れた。なんだか小刻みに体が震えて痛くなってくる。恐ろしくなってきて泣きそうになった時に、フワリと柔らかい体に包まれた。皇子殿下の体だ。相変わらず抱き心地がすごくいい。いつまででもくっ付いていられる。


「馬鹿っコロンド!室内で雷魔法使うやつがあるかっ!」


「でっ殿下こそっこんな所で何を!ここは執務室の通し部屋ですよっ!?」


ナッシュルアン皇子殿下は私を抱え込んだまま…男の子、コロンド君かな?にニヤッと笑いかけた。


「執務室じゃなきゃいいのか?だったら寝所に行こうか?」


「!」


私は思いっきり皇子殿下の腹に拳を叩きこんだ。うぐぁ…と皇子殿下が体を折り曲げた。今度は綺麗に入ったようだ…正義の鉄槌だ。私は立ち上がると服装を整えた。


「驚かせてごめんなさい。初めましてアオイ=タカミヤです」


私がその場で淑女の礼をするとコロンド君は慌てて片膝をついた。


「コロンド=ルオーターと申します。第三部隊に所属しております」


かわいいなぁ~ある一定の年齢を過ぎると年下の男の子が途端に可愛く愛でる存在になるとは聞いていたが…まさか自分が体現するとはね…ついうっかりコロンド君の頭を撫でてしまう。


「んなぁ!?何を…っ」


コロンド君は真っ赤である。更に可愛い。ついニマニマしてしまう。


「コロンド何の用?」


急に空気変えないでよ…もうっ愛でていたのに~後ろを向くとムスッとしたナッシュルアン皇子殿下が私をジッと睨んでいた。ふーん、怖くないもんね。今更怖いもんなんてお化けと幽霊以外何もないさ。


「あ、異界の乙女のお披露目会をするそうで、殿下もご出席するようにと、宰相様から言付かっておりまして…」


あ~っと言いながらナッシュルアン皇子殿下は頭を掻いた。


「私は病欠ってことで…」


「何をおっしゃっているのですか、病気一つされたことないくせに…」


丈夫だね~美丈夫だね~ナッシュルアン皇子殿下!私はティーカップを片付け始めたコロンド君のお手伝いをした。おっ、コロンド君手際がいいね。


「いつもコロンド君がお茶の準備をしているの?」


「はい、そうですよ。あの人達じゃいくつ茶器があっても割られてばかりで足りませんしね」


可愛い顔して毒吐くねっ。お姉さんそういう子は嫌いじゃないよ!コロンド君の後に付いてキッチンへと入って行く。


「コンロ…あっそういえばさっきお湯湧かした時…」


私はコンロの点火ボタンを見た。赤い石が埋め込まれている。そうよ…この世界、電気もガスも無さそうじゃない?このコンロ、何の原理で動いてるの?


「アオイ様、夕食まで時間ありますし甘いモノでも食べられます?」


コロンド君はクリーム色のコロンド君の背丈くらいある箱(木の箱?)を開けた。


「カラメルプリンありますよ~あ、異界でもこのお菓子ありますか?」


カ…カラメルプリンだってぇ!?それにコロンド君が開けたハコ…食器棚かと思っていたけど、近づいて少し手を差し入れた。ひんやりしている。


「冷蔵庫…」


「あ、ご存じです?でも呼び名が少し違いますね。こちらでは『レイゾウハコ』と言いますよ」


レイゾウハコ…冷蔵箱よね、どう考えてもカラメルプリンよね…冷蔵庫…もしかして…


「コロンド君、このレイゾウハコ、私と同じ…異界から来た人が作ったの?」


コロンド君は手を休めることなく、コンロにケトルを乗せて手を赤い石にかざした。ボッと赤い炎が付く。やっぱりあれが点火ボタンか…


「いえ…これは『ユタカンテ商会』製の商品ですよ。あ、そうだ~じゃあこれも異界にありますか?」


そう言ってコロンド君はレイゾウハコの下の方の引き出しを開けた。その中をコロンド君と一緒に覗き込んだ。中は更にヒンヤリしている。これは…


「冷凍室ね…」


パッケージは華美なものではないけれど、見たことのある容器が中に数個入っている。


「『アイスクリム』ですよ!これもあります?」


「あるよ!アイスクリームね~わ~何味?」


「味?え~とここにあるのはバニラ?とチョコですね」


もう確定だ。そのユタカンテ商会とやらに日本人の技術開発者がいる!


「異界ではえ~と、デンキとかガスという動力でこのレイゾウハコやコンロも動いているのだけど、こちらでは何が動力なのかしら?」


コロンド君は可愛い顔でキョトンとこちらを見た。


「魔力ですけど?…えっ?魔力無いと何も動かせませんよね?だって御手洗の水流も水魔法を使えないと流せませんよ?」


ちょっ…水魔法ぅ!?ト……トイレは困るよ!?


「私が一緒に入ってやろうか?」


キッチンを覗いて来てニヤニヤ笑う変態…一応、皇子殿下らしい男をギロりと睨みつけた。


「変態はお断りします!」


皇子が変態になってしまいました…

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