皇子詐欺られたってよ
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「人を貶めたりはいけないとは思いましたが…非常に気持ちよかったです」
清々しくもフロックスさんは言い切った。
本日のお昼は食堂でお弁当を食べている。
今日はジューイが町の警邏の件で軍部の方々と打合せに行って留守なので、ナッシュ様がお弁当を独占している。私はお弁当のササミサラダを食べながら、コロンド君に買って来て貰った…ユタカンテ商会の商品目録と、ガーベジーデ商会の商品目録を穴のあくほど見比べている。
「何これ?ヨジゲンボッケだってボッケッ…完全に悪質コピーじゃない。デザインやロゴまで寄せて来てるし…。また金額設定がいやらしいわぁ~ユタカンテ商会の本物より2~3割安くしているし許せな…ん?んん?」
ガーベジーデ商会の図解入りの目録にウエストポーチが載っていてそれがあの、不良品ヨジゲンポッケによく似ている気がするのだ、ものすごく目録に近づいて見てみる…ぐぬぬ。
「怪しい…」
「どうした?」
「コレっここっよく見て下さいっ!あの不良品ヨジゲンポッケに似ていません?」
ナッシュ様にグリグリとガーベジーデ商会の目録を押し付ける。
「近すぎて見えないって~え~何~?どれだ~?」
フロックスさんも目録を覗き込む。ナッシュ様が自身のヨジゲンポッケの中から不良品ヨジゲンポッケ(疑)を取り出してきた。それを引っ手繰ると、ナッシュ様のポッケと不良品ポッケ(疑)の二つを目を皿のようにして見比べる。
「縫製が荒い…端の糸の処理が雑…全体の型が崩れている…布の縫い合わせがずれているわ…よって新しく購入されたヨジゲンポッケは偽物と判断しました」
私はヨジゲンポッケ(偽)をポイッとテーブルへ放り投げた。
「ウソだろっ…これ銀貨10枚したんだぞ?」
大体日本円で6万弱くらい?魔道具の相場が分からんから高いんだか安いんだか分からんね。しかし私の一月お給料と比べるとバッグとしては確かに高いね。ナッシュ様は項垂れている。
「なるべく早くカステカートのユタカンテ商会に行こう、これで偽物掴まされていたら、堪らん…」
「そうだ、ちなみにこの偽物ヨジゲンポッケ、どこで買われたんですか?」
「偽物って言うなっ!内務省の事務次官だ…すぐに商品を準備出来るからと…頼んでしまった」
思わず冷めた目で見てしまう。それダメでしょう…?
「詐欺ですね…」
フロックスさんが止めを打ち込んだっ!
「取り敢えずその事務次官に…あら、そう言えば、この目録も事務次官に頂いたってコロンド君が言っていたわね、聞いてみましょ」
コロンド君は仲良し三人組で離れた所で昼食を取っている。私はガーベジーデ商会の目録を持って、離れた席のコロンド君に向かって歩き出した。いくつかのテーブルをすり抜けて歩いていると不意に…
「…僕が纏めて買っておくと少し安く手に入るよ」
「俺も頼んでいるから大丈夫だよ」
という典型的なあの台詞が耳に飛び込んで来た。グルンと首を動かして声のした方を顧みた。ちょっと小太りのキツネ目の30代くらいの男と同じ年くらいの痩せ形の男…二人がいた。
「ちょっと失礼」
私はその男達の横に立った…キツネ目の男は少したじろいでいる。隣に居る男も少し慌てている。
「な…何でしょうか?」
私はテーブルの上に広げられたガーデジーベ商会の目録を確認すると、バンッと手をついてから目録のポーチを指でトントンと叩いた。
「わたくし、ナッシュルアン皇子殿下の執務補佐をしております者です。実はあなたが代わりで購入されたヨジゲンポッケが一度も機能せずに、ポッケ内に入れたものを吐き出してしまいましたの?弁償して下さる?」
「そ、それは…一度ガーベジーデ商会に問い合わせて聞いてみないことには…それにヨジゲンポッケはユタカンテの商品だろ?うちはヨジゲンボッケだよ?皇子殿下は何か勘違いされてないかなっ!?」
うわわ…逆切れ?ちょっと待てよ?詐欺は詐欺でもこれは…
「あなた…ナッシュ様にヨジゲンボッケを売る時に正確な商品名と発売元をお伝えしましたか?もしや、わざとぼかしたり曖昧な表現で判断の誤りを誘うような言い回しをしていませんよね?」
すると私の後ろにコロンド君とミンテ君、ドレンシー君も来た。おまけにナッシュ様もやって来た。
「あ、事務次官っお前!おいっお前から買ったヨジゲンポッケ、すぐに壊れてしまったではないかっ!弁償しろっ!」
結構な声の大きさでナッシュ様は事務次官に叫んだ。食堂の皆様の大注目よ…
「でっ殿下!?あの…その…ガーベジーデ商会に問い合わせしないと…」
ナッシュ様は不審な目をした。
「ちょっと待てっ!ガーベジーデ商会だって?お前はそこの商品だと言っておったか?確か…皆で纏めて買うから少し割安になりますよ?ヨジゲンのポーチは今すぐ手に入りますよ?だったかっ!?違うか?」
私とフロックスさんは頭を抱えた。どういうことよ?皇子殿下の癖にこんな詐欺に引っかかるの?
いや…案外お金を持っている人間ほどオレオレ詐欺とか振り込め詐欺とか健康食品詐欺とかに引っかかると言うではないか…
そうだ、そうだった!詐欺ではないけれど、ニルビアさんに上手く誘導されて高級洗濯機を買わされていたじゃないかっ!
元々信じやすい性質なんだ…当たり前だけど皇子様だもんねぇ。お育ちが良くて政治的な駆け引きには頭が回るのに、変なのに引っかかりやすいなんて。
フロックスさんにすごく怒られているナッシュ様はすっかり不貞腐れていた。
「どうして買う前に私かジューイに相談しないのです!」
「ジューイには言った…いいから買っとけば~と言っていた」
あいつっっ~~!いい加減な対応をしてっ!いや…ジューイが普段いい加減なのは前から知っている。仕事はきっちりこなすけど…それ以外はいい加減でルーズな…あいつもある意味ポヨヨンとしたお坊ちゃんじゃないかあぁ!
「とにかく…あなたには幾らバックマージンが入るのですか?」
事務次官はすでにコロンド君達に取り押さえられている。
「バッ…ク?なんだそれはっ!いいから離せっ…このっ」
「ガーベジーデ商会に売り上げた金額の何割を、あなたが報酬として受け取っていたか?と聞いているのです」
私は言い方を改めた。そして事務次官の耳元で囁いた。
「事と次第によってはあなた、皇子殿下に対する不敬罪で罰せられますよ…正直にお話しなさいな」
事務次官は私を睨みながら悔しそうだ…睨み返してやる!許さんぞっ。
「っく…1割です…」
そして騒動を聞きつけた警護の兵士と内務省の事務官…おまけにフロックスパパまで駆けつけて来た。
「どうやら城内で、悪質な営利商売を行っていたようです」
フロックスさんの説明に事務官は真っ青だ。何せ被害者?に皇子殿下がいらっしゃるのだ
確かこういう犯罪…というか商売って仲間がいるのじゃなかったかしら…
「あの…もしかするとですけど、この方に仲間がいるかもしれません」
フロックス親子が殺し屋ダブルアイズで私を見た、おぉ…迫力ある…
「私の世界でも似たような事件が多々ありまして、こういう商売は仲間で徒党を組んで、被害者を搾取しつくすものでした。だからこそ…」
私は今、逃げようとした男をビシッと指差した。
周りの目が男に注がれる。先ほどまで事務次官の横に座っていた男だ。瞬きひとつでナッシュ様は逃げようとした男の後ろに立った。
「複数人で一人を追い込む商売を行います!」
それからは城内を巻き込む大騒動に発展した。まずは事務次官と男を絞り上げ、他の仲間を芋蔓式に捕獲できた。そこからガーベジーデ商会の本部に問い合わせをして、諸々の対処をお願いして、再三返答を求めたが、その度にのらりくらり…とかわされた。
業を煮やしたフロックス親子が、ガーベジーデ商会に乗り込もうとしたらしい…それもあり、皆がピリピリしたままだった。
兎に角、事態が膠着したままで時間が過ぎるので、とうとうナッシュ様が、フロックスパパとカーベジーデ商会に文書で最後通告をした。そして今後一切カーベジーデ商会の商品の流通を許可しない、商品の流通に加担した者は見つけ次第厳罰に処す…という国王陛下の名の元に公布がなされることになった。
公布にあたってナッシュ様は国王陛下に怒られていた。8回も情けない…と言われていた。大人になってから怒られるって辛いね
当然カッシュブランカ様にもバレた。扇子で頭を叩かれていた。19回も情けない…と嘆かれていた。
しかし…何故だかジューイは怒られずに済んでいた。上手くすり抜けて素知らぬ振りで仕事をしている。
こういう、すり抜けるの上手い人っているよね…
そういうゴタゴタがあり一月が過ぎ、やっとユタカンテ商会…カステカート王国を訪れる許可が下りたその日、私はお城の一角で「お姉様!」と慕ってくれている3人のメイドの女の子達とナッシュ様…何故か洋装店のダンジェンダさんと沢山のドレス案に頭を悩ませていた。
「何故私のドレスが必要なのでしょうか?」
「カステカートを訪問するからだろう?」
ナッシュ様をつい睨む。
「訪問するのはナッシュ様であって私ではありません」
「付き添いで来るんだろう?だったらそれ相応の服装をしないとだよ?」
切り返すが素早く返してくる。しかし…ユタカンテ商会にはやはり行ってみたい。ドラミンの正体を知りたい…これが大きな理由だ。それにナッシュ様憧れのダヴルッティ閣下にもお会いしてみたいし…
「分かりました…この中のどれでもいいです」
ナッシュ様はすごい顔してこちらを見ている。メイドの子達もだ。な、なによ?
「何か拘りとかは無いのか?」
「無いですね、与えられたものを着用するだけです」
小物類なら拘るが、洋服に関してはぶっちゃけジャージでも構わない。ここにはないけれどね。
日本に居る時に洋服に関して自分の自由には一切出来なかった。折角その呪縛から逃れたのだ、好きにさせて欲しい。それなのにまた決まった服を着ろ、というならもう何でもいいのだ。
「なら、アオイ…好きな色は無いのか?」
「色…」
「正直、形や意匠などは流行などもあるからダンジェンダ氏に任せてしまうのもいい。だが、色だけは好きなものを選べ、選んでいいんだ…アオイ」
あ、そっか…あの執務室で沢田美憂とのやり取り覚えてくれていたんだ。ダンジェンダさんは色見本の束を私の前に差し出してくれた。端から濃い色から薄い色に綺麗なグラデーションになっている。
自分の洋服は決められていて、素敵だとか綺麗な色だなんて思ったことは無かったけど…やはり服飾に関するものに触れると心躍る…やっぱり仕事とはいえ好きな事だったものね。
私は色見本の一つを指差した。シテルンリゾート計画の時の水着の色にも選んだ…濃い目の紫。
「これと銀色の差し色でお願いします」
ダンジェンダさんは目を輝かせた。これは…デザイナー達と打合せで話していた時によく見かける表情…何かデザインを思いついた時の顔だ。思わず笑みが零れる。
「デザインはお任せします。出来れば細身で太もも辺りからドレープの切り返しが出来ればそれで」
お任せします…と言いながらもダンジェンダさんに「どういうのがよろしいので?」と聞かれるままに色々とデザインを描いていく。絵心はある方だ。
「コルセットの代わりに布を何枚か縫込み膨らみを持たせることは可能でしょうか?」
「きゃあ!お姉様これ素敵です~」
「この端に描いてあるのバッグですの?可愛い欲しいわっこれ!」
「この意匠斬新で綺麗~」
なんだか筆が乗って来て、色々とデザインが仕上がってくる。フト見ると5枚くらい描いていた。
「なんだ、やっぱり着たいドレスがあったのじゃないか?」
ナッシュ様にクスクスと笑われて居心地が悪い。
だって…仕方ないじゃない?初めて自分の着たい服が分かりかけたんだもの…デザインを描いている時すごく楽しかった。やっぱり仕事自体は嫌いじゃなかったのよね…あの一族が苦手なだけで
ダンジェンダさんは嬉しそうに私が描いた全部のデザイン画を持って帰ってしまった。
「全部作りますから、このダンジェンダにお任せ下さい」
なんだかかっこいいよっダンジェンダさん!チョビ髭のちっちゃいおじさんだけどさっ。
メイドの子達に何か小物の意匠考えて下さい~と言われたので今度ダンジェンダさんと考えてみるからと返しておいた。若い子達って世界違えど、お洒落で綺麗になることに貪欲ねぇ~それが普通なんだろうけど…
ナッシュ様と二人、詰所に戻る。道すがらカステカート王国に何か持って行く物はあるのかと聞いてみた。
「手ぶらでいいよ~あ、私のお財布は渡しておくから…ヨジゲンポッケごとでいいかな?」
えっ?ちょっと待って、あの剣がこの中に入ってない?触るのなんだか怖いわ…ナッシュ様はもうヨジゲンポッケを渡して来る。気が早くない?
「開けて触ってみろ…何ともないぞ?」
ホントに~?手を入れた途端、指が…とかにならない?いやあぁぁっ自分で想像して勝手にお化け方面のこと考えちゃったわ…こ、怖いけど、ナッシュ様もいるしね…よーし…せーのーっ。
「きゃああああ!」
急な誰かの叫び声に仰天した。ナッシュ様はすぐに声の方へ駈け出していた。私も一歩遅れたが行こうとして踏み出した所へ、横の扉から飛び出してきたメイド服の女の子にぶち当たってしまった。思わずたたらを踏んで後ろへ尻もちをついた。
「いっいたたっ」
するとそのメイドの女の子は突然、私の持っていたヨジゲンポッケを奪うとものすごい勢いで走り出した。
「なっ…ちょ…待ってっ!」
私の声にナッシュ様が駆け戻って来た。
「ア、アオイッ!?ど、どうした!転んだのか?大丈夫かっ!?」
「ちがっ…ポッケが奪われましたっ!」
「なっ!?」
ナッシュ様は一瞬で廊下の端まで跳躍した。そして辺りを見回している。どうやら見失ったみたいだ。どうしよう、やばいわよ…あの中にエフェルカリードが入ってるのに、私のせいだ。誰かが上げた叫び声を聞いて警備の兵が数人走ってくるのが見えた。ナッシュ様が対応してくれている。私はあまりの動揺にただ立ち尽くしているだけだった。
その日私は上の空だった。心配と失敗してしまったショックで落ち込んでしまっていた。見かねたジューイが…
「もう帰れ。隊長、一緒に帰ってやって下さい」
と言われてしまった。情けない…トボトボと夕焼けの中をナッシュ様と二人歩く。
「アオイ、ちょっと皆の前で言いにくいので黙っていたが…あのポッケの中の剣は恐らく無事だ」
無事?無事ってどういう意味ですか?
「ホラ…来た。少し下がって…」
え?え?何?とりあえずナッシュ様と少し距離を取る。すると…空気が変わった。新緑の濃い匂いのような肌に感じる澄んだ気配…ま、まさか…?
ブワンッとその気配が濃厚になったと思ったら、ツルンとしたフォルムの、あのエフェルカリードがナッシュ様の手の中に納まっていた。…も、戻って来たのぉ?
「ど…どういうことですか?」
ナッシュ様は苦笑いだ。
「原理は知らんぞ。ホラ、ヤウエンにいた時にアルクリーダ様がいらして、私達で夕刻まで巡回に出た時あっただろう?」
「はい、あのエフェルカリードが召喚された…日ですよね」
「あの日、ポッケから取り出したエフェルカリードで魔人を一瞬で屠ったことは言ったよな?で…その後アルクリーダ様が剣を持ってみたいとおっしゃったので、お渡ししたんだ。そうしたら…一瞬で消えて私の手に戻って来たんだ」
す…すごいね…それ。
「試しに護衛の方々にも持ってもらったが、すべて一瞬で消えて手の中に戻って来た」
「じゃあエフェルカリードは自力で戻って来たのですね…よ、良かったぁ~」
思わずナッシュ様と微笑み合う。本当に良かったぁぁ…気が気じゃなかったよ
「じゃあ、盗んだ犯人は今頃茫然とされてるでしょうね…ヨジゲンポッケの中は空っぽですもの」
「ああ、本当だ…からっ…待てよっ?まずいっ!」
なっ…何?何がまずいの?まさか盗まれるとまずいものが入ってたの?お金かしら?
「しまったぁ…今朝アオイに貰ったチョコチップクッキーが入ったままだったぁぁ!まだ食べてないのに…」
あ…ああ…あれ?あれね、思わず目が泳ぐ…
実は今朝渡したクッキー、一昨日ナッシュ様に沢田美憂と対峙していた時の私が「魔人3体と遭遇した時より怖かった…」…と言われてムカついたので、クッキーに胡椒を入れてやったのよ。
今朝、そのクッキーをナッシュ様に渡して、すっかり忘れてたけど…今となってはヨジゲンポッケが盗まれてラッキーだったわ。証拠隠滅が勝手に行われた感じよね?
ふぅ…このまま見つからなければいい、コッソリ心の中で念を送っておく。
クッキーがまさに四次元に行ってしまいますように!
しかしそんな私の念は通じず、翌朝とんでもない状態で私の元に戻って来たのだった。
詐欺には気を付けましょうね




