クッキーの恨み
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ナッシュ様の言葉に声を失う。
どうして使わないの?何か使い勝手でも悪いのかな…こればっかりは想像の産物?なので対処が出来ない。
「あの剣は確かに素晴らしい…魔の物を瞬時に消せる…まさに何もかも消してしまうのだ」
うん、そう聞いたよね…塵みたいに出来るって。
「私も最初はこれで魔の物を全部消せる!と喜んだ…そして気が付いた。この、ヨジゲンポッケの布はマヌマヌという魔獣の皮で出来ている。今、私達が鎧に使っている防具もカンダーという魔物の骨が主成分だ」
うんうん、それで?
「私の剣で一瞬で消してしまっては、魔道具の素材も魔石もそして魔獣の肉も何も手に入らなくなってしまう」
あら…ま…そうだよね。そうだ、本当だね。
「先日も言ったが魔獣の討伐は何も殺すだけが目的ではない、その血肉を活用しているからこそ狩るのだと。共存…そうこちらが一方的に殲滅するものでは無い気がしてきたのだ。欲しい分だけ狩る…でいいのではと思いだしたら、これが正解のような気がしてきた」
ああ、なるほど…そういう事ね。ナッシュ様の気持ちが分かる。
「私もそう思います。正直、極端な考えかもですが…魔人化した人間は、その…安全の為にも討伐は仕方ないとか思ってしまうのですが、もちろん人間を困らせる分は致し方ないとしても、魔獣達はまさに共存出来るようにすればよいわけですよね?」
ナッシュ様は優しく頷いている。私は言葉を続けた。
「寧ろ今、皆様が困っているガンドレアの近郊の魔の眷属達を…とりあえずは殲滅?出来るのかは分かりませんが…祓うという感じではいかがでしょうか?」
ナッシュ様のお顔が輝いた。ふふ…これが正解ね、そうでしょう?
「あまりこういう手段は用いたくはないが…私が屠ってやるから、協定のある三ヶ国共々入国させろ…とガンドレア帝国を脅してみるのも手かな、とか思っている」
なるほどぉ~思わずニヤリとした。ナッシュ様もニヤリとしている。皇子、そちも悪よのぅ~
とりあえず、ホットミルクを飲みながら例のシテルン居酒屋一号店を起ち上げたいとか…。今度行くカステカートのユタカンテ商会の情報を聞いたりしながら、悪よのぅ~な密会は終わった。
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なんだかんだでヤウエン討伐最終日になった。
その後、ジューイから何度かお手紙を頂いて…例の勇者の剣の召喚式とやらは、泣き叫び暴れる沢田美憂と巫女姫の大乱闘に発展し、ものすごい修羅場?というのか…壮絶だったらしい。
また青少年の心に傷をつけるような所業を行いおってっ沢田美憂めっ今度は巫女姫もっお前もだっ!
それから何度も沢田美憂が詰所に現れ…暴れ、取り押さえられて…また現れて…を繰り返したらしくジューイのいつも綺麗な文字は怒りで、最後辺りは震えて乱れていた。お疲れ…ジューイ。
「やれやれですね~終われば短い気もしますね」
シーナさんの言葉に皆も頷く。後片付けの最終チェックを終えて元宿屋のカギを閉めた。
さあ帰りますかぁ~皆さんと仲良く喋りながらナバロン伯爵のお屋敷を目指す。この一月で随分とみんなと仲良くなれたよね~なんだかルル君がやたら慕ってくれるようになって、弟が出来たみたいですごく嬉しいよ!
そして途中…害獣と魔物かと遭遇したがナッシュ様がさっくり退治してくれたので助かった。
「はぁその剣…やっぱりカッコいいですね!」
ナッシュ様は迷ったけど、フロックスさん達にこの剣を見せることにした。もちろん男性陣は大盛り上がりだった。特に若い子達はそのビジュアルが非常にお気に召したらしい。
うっとりとエフェルカリードを見つめるドレンシー君と熱いまなざしで見つめるルル君に、冷めた目を向けてしまう。
「何がかっこいいのよ?たかだか物語の架空の剣よ?私の知っている限りでは、ヒゲモジャの小太りなおじさんがその剣の製作者だったはずよ」
夢が壊れるのでやめて下さい!とかルル君に言われたけど真実だから仕方ない。
この剣が登場するゲームの発売元の会社の社長と、会合でお会いしたことがあるのだ。モッサリした小太りなおじさんだったもの…真実は曲げられない。
ナバロン伯爵様は領地の端まで出て来て出迎えてくれた。なんでもこの半月は魔の物の被害がほとんど無いらしい。どうしたんだろう…とは思わない。あの剣を振わなくても魔の眷属は逃げるようになったのだ。魔人は違うけどね
そうして、お話しながら転移門に移動する。今度は怖くない…はずなのにナッシュ様が手を繋いでくる。見るとうっとりするほど優しげな顔で「怖くない?」と聞いて来た。
ちょっと…イヤかなり、キュンとした!とは口が裂けても言えない。御馳走様でした。
魔術の波動を感じる。一瞬目を閉じて開けたらもう皇宮の庭だった。
「ただいま戻った、皆、息災か?」
一瞬で皇子様モードに戻り、私の腰を支えながらジューイとコロンド君の前に行く。おいっ腰、腰っ!?
「体は息災だけどよー例の乙女がさ…疲れたよ」
「あんなに女性が泣き叫んで、殴りかかったりするとは思いませんでした。野蛮ですね…」
ジューイの肩をポンポンと叩きながら、コロンド君の沈痛な顔を見て改めて沢田美憂にムカついた。
まったくもぅ…コロンド君が女性不信になったらアンタのせいだからなぁ!
そしてカッシュブランカ様とリリアンジェ様と楽しくお喋りし、第三部隊の詰所にナッシュ様達と戻って来て事件?は起きた。
「ちょっと…待て…この空き瓶はなんだ?これには、アオイのクッキーが詰まっていただろう?中身はどこに行った?」
ナッシュ様が執務室の机の上に置いてある、クッキーの入っていた空き瓶を抱えて周りを見た。
「ああ、それなぁ~ホラ、例の乙女がここに来て暴れただろ?その時にあの女が瓶を放り投げたんだよ。それで中身が散らばってなぁ~部屋中クッキーだらけになって大変だったんだぜ?」
ジューイの言葉にナッシュ様の顔色が変わった。ワナワナと震えている。
「そんな重要なこと、何故早く知らせないのだ!?」
「はぁ?だってその瓶が誰にも当たってもないし、怪我人いないんだぜ?隊長だって怪我人もいないのにいちいち報告するなっとか言ってたじゃね?」
ナッシュ様はまるで我が子?でも抱きかかえるように空き瓶を抱きしめた。
「あの女っ実害がないから放置していたが、私の大事なクッキーに…許さんぞ!」
思わず、すんごい目でナッシュ様を見てしまう。執務室にいる他の面子も同じ顔をしていた。
「私達、帰りますわ~また遊びに来て頂戴。こちらからも誘うわね」
サッサと退場を決め込んだカッシュブランカ様とリリアンジェ様を戸口でお見送りして、執務室に戻ると、ナッシュ様以外は通常の仕事に戻っていた。
ナッシュ様はまだ空き瓶抱えたままブツブツ言ってるよ…仕方ない。私はナッシュ様の耳元で囁いた。
「今日はクレームブリュレというお菓子を作る予定ですよ。下ごしらえをヤウエンでして来たのでいつでも食べれますよ~」
一瞬で皇子様に戻ったナッシュ様は、キリキリと働き出した。私は自分の軍服の受け取りに、軍部の備品保管庫へお邪魔した。
早速真新しい軍服を受け取り、保管部の若い男の子に新軍服を広げて見せて、キャッキャッしてから帰ってきた。勿論お手洗いで新制服に着替えている。
「ただいま戻りました」
「おかえ…おおっ!なにそれ?俺のと意匠が違ってない?」
「ふふーん、どうです?いいでしょ。軍服の搬入業者の方と相談して意匠を変えてみたんです、因みに来年の軍服から私の意見を取り入れて意匠を大幅に変えてますよ?カッコいいんだからぁ!」
「ええ!?いいなぁ僕も新しいの欲しいなぁ、備品保管部の方に売ってもらえないか聞こうかな」
ジューイの前でクルリと回転して見せた。ミンテ君とコロンド君が二人、声を揃えている。そこへ、突然扉が開けられた。
「鷹宮さんっ!」
般若のような形相で沢田美憂が立っていた。可愛い薄紅色のドレス着ているのに台無しだ。
私は自分の席に座った。目の前にはうず高く書類が積まれている。チッ…今日からこれをまた捌かにゃならん。ユタカンテ商会にも行きたいし…シテルンの視察も早く行きたいし…忙しいなぁ。
「ちょっとあなた聞いているのっ!?」
あろうことか…机に積まれていた書類を沢田美憂は手で叩き落としたのだ。慌ててコロンド君とミンテ君が拾う。
私も机を回って散乱した書類を拾う。ナッシュ様が出てきた。クッキーの恨みでもぶつけるのかな?
「何用かな?」
沢田美憂はナッシュ様を見た。途端に「舞台女優」の仮面を被った。
「私、この鷹宮 葵に嫌がらせを受けています、どうか助けて下さいませ。ナッシュルアン皇子殿下」
馬鹿じゃね?私は書類を拾い終わるとコロンド君達にお礼を言って、再び仕事に取り掛かった。
沢田美憂は舞台女優を演じ始めた。
「この一月…私は何故か言葉が紡げず、皆様に多大なるご迷惑をおかけしてきました。理由は明白です、彼女、鷹宮 葵が私の言葉の自由を奪う呪いをかけたのに違いありません」
ナッシュ様は無表情とは違う…何かを探るように沢田美憂の顔を見ている。沢田美憂は手を胸の前で組んだ。
「鷹宮さんにしてみれば私が疎ましいのでしょう、分かります。自分は異界の乙女でもないんですもの。私が選ばれて憎しみが募ったのでしょう…でも声を奪うなんて卑劣なやり方…酷いではありませんかっ」
私は書類に目を通しながら、試算ミスは未処理の箱に入れ、次々書類を確認していく。
沢田美憂は手を振りながら迫真の演技だった。ジューイがなんとも言えない目で沢田美憂を見ている。
「ですから、私の為にこの呪いを解くように鷹宮 葵にきつく申してく…」
「今は、喋れているではないか?私も君の言葉が分かるぞ?」
ナッシュ様が口を開いた。沢田美憂が少しナッシュ様に近づいた。
「ええ、そうですわね…それはこの鷹宮 葵が…何かしらの術で…」
「言葉を奪う呪いなど…禁術しかも古代語魔術でも習得せねば扱えんだろうな…よいか、アオイは異界からこちらに来てから毎日仕事をしている。ほぼ私と一緒だし禁術に触れる所か、自分の自由な時間すらままならないほどだ」
沢田美憂は大きく息を吸い込んだ。
「いいえいいえっ…仕事などしておりませんわっ!日本に居る時もそうでしたものっ。毎日綺麗に着飾って高級な服を着て、高い車を乗り回して…休みの日もお金持ちの方々とパーティばかりでしたもの!」
はぁぁ…報われないってこういう時に思うのかな?業績を上げる為にアチコチの会合に出て、顔繋いで…視察で海外に時間かけて出かけて、時には美容メーカーの方々とド田舎の山の中まで美容液用の薬草見学に行って、虫に刺されて…ああヤダヤダ…
ナッシュ様はニヤリと笑いながらチラッとこっちを見た。これ、悪よのぅ~の顔じゃない?
「うむ…その異界でアオイがどのようにしていたかは、私も分からん。だが、少なくとも私の補佐としては十二分に働いてくれている。あなたのように暇に任せて勝手に執務室に押し入り、アオイの焼いてくれた私の大事なクッキーを投げ捨てたりしているような時間はないよ」
私は吹き出した。ジューイもコロンド君達も吹き出していた。「私の」と「大事な」にものすごく溜めがあった…結局、真面目な顔をしてクッキーの恨みを晴らしたいだけだった。ある意味、ナッシュ様はぶれないな…
案の定、言い終えてスッキリしたのか…私に目配せをして、少し後ろに下がっている。まあいいか。私も「ミュージカル女優」だ。久々に声高に歌ってみるか…私はゆっくり立ち上がった。
後に…この私が立ち上がる様をコロンド君達は
「魔人より怖かった」
と言っていた。
こらーっ!女性に向かってなんたる例えだっ!
「沢田美憂さん、あなたの今のご職業は?」
「はぁ?」
私は事務机をゆっくりと回りこんで、沢田美憂の前に立つと貴婦人のようにポーズを決めて優雅に微笑んだ。
後に、この時の立ち姿が
「魔人3体と遭遇した時より怖かった…」
とナッシュ様に言われた。
こらーっ!ナッシュ様!今度クッキーに胡椒入れてやるからなぁ!
「因みに私は先月、正式雇用されまして…第三部隊、隊長補佐の軍属、階級は少尉にございます。今日は私が勤めて一月経ちましたので給与が支給されておりました」
私は先ほど軍服を受け取って帰る時に軍の事務の方からお給与出ているよ…と初月給を頂いて来たところだ。ポケットから布袋を出す。チャリチャリと硬貨の音がする…
「私が働いて頂いた賃金です。私はご覧の通りあなたに付いて来てしまった…只の迷い人ですもの…働かないと食べていかれませんし…」
「そ…そんなのわたし…のせいじゃないじゃ…」
「ええ、あなたのせいではありませんよ?誰のせいでもありません。私がここに来てしまったのは偶然です。そして…私を雇用して頂いたナッシュルアン皇子殿下の元、賃金分は働くのが私の勤めです」
沢田美憂は何か言い掛けては止めて…を繰り返している。そして…叫んだ。
「そんなの当たり前じゃないっ私は選ばれた人間で…あなたは違うじゃないっ!」
「選ばれた人間は働かなくていいのですか?」
「そうよっ!選ばれたからこそ…遊んで暮せるのよっ!」
ああ~分かってないな〜ここにいる選ばれた地位に居る方々の代表ナッシュ様、ジューイ、彼も公爵家の次男だもんね。このお二人、ものすごく忙しいけどね…知らないのかな?知らないのだな。
私は彼女を認めていた。自分をより良い人物に見せる為に「舞台女優」を、それこそ渾身の力で演じている…自分の同志だと勝手に思っていた。
「逆ですわ、選ばれたからこそ必死で働くのですよ。私の日本での生活…ご存じないでしょう?普段の服はすべて支給品、自分の好みの服は着れません。好みの化粧品も一切使えません、自社製品のみよ。通常の企画営業の業務の他に執行役員の業務、夜中の12時に帰宅は当たり前。休日は親の仕事関係の挨拶回り。通常、朝は5時に起きています。休みは家でひたすら休養。結婚するのも認められていません。子供が出来て仕事を休まれるのは許さないそうです。これでもあなたなら遊んでいられるの沢田美憂さん?」
本当に心底がっかりだ
私が「ミュージカル女優」を演じているのを、沢田美憂は気づいてくれているのでは…と期待してしまっていたのだ。
「乙女だなんだと遊んでいるのはあなたとモヤシだけですのよ?さっさと帰って自分の仕事を全うしなさい!」
「モヤシ…って誰?あだ名?」
「ナッシュ様…今は決め台詞の後ですので、解説は後ほどしますから今はお静かにお願いします」
沢田美憂はギリッと唇を噛みしめていた。
「私は異界の乙女よっ!リディックルアン皇子殿下に剣を授けることの出来る選ばれた人間なのっ!」
ああ…これはやはり…沢田美憂は何も知らされていない。あのモヤシと一緒に踊らされる道化にさせられたのだ。
何も最初からまったく言葉が理解出来ないわけでなかったはずだ。自分で知ろうと思えば何度でもチャンスはあったはずだ…それこそ図書館に行けばすぐ分かる。秘匿の伝承でもないのだ。
一瞬この真実を言おうか…と思った。
しかし、沢田美憂の私を見る蔑んだ目にその気持ちも霧散する。私だって人間だ、自分を嫌う人間に笑いかけることなんて出来ない。助けてやろうなんて思えない。せめてもの情けで、自分で気づけ!と念を送ってみた。沢田美憂は近衛のお兄様達に諭されてなんとか詰所から出て行ってくれた。しばらく魂が抜けたみたいに立ち尽くす。
「よく言った」
短くナッシュ様が褒めてくれた。やっと息が出来た。大きく深呼吸する。ああ…疲れた。
「しっかし今日のあの女はいつもにもまして強烈だったな~いやぁ怖い怖い」
ジューイが私を見た。ついでナッシュ様を見た。つられて私もナッシュ様を見た。
「あれは…何も知らんようだな。知らぬなら教えてやろうかと、親切心が湧いていたが、私のクッキーをダメにした女だ。あんなに呪い呪いと言うのなら、私が喋れん呪いでもかけてやろうかなっ」
まだクッキーの事、根に持ってるよ…話の前半部分はまるっと同意だけどさ
「アオイ様…」
コロンド君とミンテ君が恐る恐る声をかけてきた。
「あの…異界の女の子って皆、あのような方なのでしょうか?」
いやいやいや~~誤解っ誤解だからっ!?うちの課にいた満島ちゃんなんてすっごく優しくて可愛い子だったんだからぁ~私は青少年二人にアレは特殊だと懇々と説明させてもらった
「それはそうと、モヤシって誰のことなんだ?話の流れ的にリディックのことだと思うけど…」
ナッシュ様に私はモヤシっ子を絵で描いて説明しつつ、モヤシの市場値段の安価さも強調してから、最後にこう締めくくった。
「ようは色白で細くて体力のなさそうな雰囲気の子を総じてそう揶揄するあだ名です」
その絵を見たナッシュ様とジューイはめっちゃ受けていた。ゲラゲラ笑っていた。コラコラ、あなた達…皇子様と公爵子息よ?
「今度からあいつのことモヤシって呼んでやろうかな~」
「残念、一応不敬に当たるかもだから俺は心の中で呼んどくわ」
おいおいっお前ら…その時、フロックスさんと目が合った。
「私は呼びませんよ?」
いやいや嘘つけ…すごい悪い顔してるじゃない…なんなら目の前で呼びそうだよ。




