キラキラとしょっぱい
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さっきまで、今日の夕食は何だ?とか、お菓子は何か作るのか?とか、討伐期間は禁酒なんだよ辛いな~とか…まあ、楽しく喋っていた訳よ?そしたら突然、空き家になっている民家の軒下に、瞬き一つで移動したと思ったら、私の体の周りに何か魔術の発動があって、薄い膜みたいなのが張られた。
え?何々?なんなの!?
「ここで私が戻るまで待機、以上」
そして一瞬で消えた!?魔法だ!魔法の光の帯みたいなキラキラしたのが空中に漂っている。
思わず、軒下から周りを見ようと少し動いた。そして見てしまった。物凄い魔素の気配…カバとかサイくらい大きな獣、しかし私にもアレがただの獣じゃないことは分かっている。
「魔獣……」
正直、舐めてた…もっと小さいかと思ってた。
ナッシュ様は腰のヨジゲンポッケからスラリ…と剣を抜いた。そして、フラリと動いた!私の目には体を左側に動かした所しか見えなかった
ドォオオオンンン……魔獣は倒れた。首が落とされている。
ナッシュ様は倒れた魔獣に近づいて行くと、小刀で牙や目、体も何故か綺麗に解体…まさに解体して行く。何してるんだろう?そしてヨジゲンポッケから麻袋?みたいなのに解体した魔獣を詰めていく。
そして全てをヨジゲンポッケに仕舞うと、浄化魔法をかけながら私の所へ戻ってきた。私の周りの魔法の膜も今、消えた。
「お待たせ〜」
一撃だった…皆が強い強いと言う訳が分かった。
「今の魔獣…ですか?」
「うん、弱いのだけどね」
あんな大きくて魔素の濃い生き物、私じゃ倒せない。訓練すればなんとか倒せるかも知れないか?いや無理だ。この年からじゃ体力は年々落ちるし、今からやっても無駄だろう。そんな異世界転生のチートと言ったか?そんな都合の良い体にはなる訳が無い
「すみませんでした…私じゃ完全な足でまといでした。軽率な判断と発言失礼致しました」
私がそう言うとナッシュ様は少し笑った。
「確かに軽率だけど、でも見ないと魔獣って分からないだろ?これがこの世界にある脅威…人同士で争っている場合じゃないのが分かるだろう?だけどそれでも人は争うのだよ、愚かな生き物だな」
急に痛感した。
まさに平和ボケしている自分自身の愚かさと自分の立ち位置だ。この討伐地での私の仕事はなんだ?前にしゃしゃり出て、皆さんに迷惑をかけることではない。自分に出来る精一杯をやらないで何を驕っているのだ。
「はい…確かに人間も恐ろしい生き物ですよね。しかし魔獣など見たことはありませんでしたので、驚きました」
「でも、実は魔獣や魔物は役に立つのだよ?」
ナッシュ様は腰のヨジゲンポッケをポンッと軽く叩いた。
「魔獣や魔物は魔素を吸収し過ぎた獣の成れの果て…だと以前に説明したな?で、その体には高密度の魔力が詰まっている訳だな。その体は実は魔道具の制作材料になるし、体の中に魔核…魔素の塊が出来ていてそれが魔石の原料になる。しかも、血肉には魔素が満ちていて…魔力持ちには素晴らしい栄養源になる訳だ」
びっくりだ…只の害獣ではない。立派な討伐理由だ。狩ることに意味があるのだ。
「元々、魔の眷属達とは程よい距離感で共存出来ていたのだ。確かに魔人化した『元人間』とは共存は出来ないが、それでもなんとかやれていたんだ。そればかりか…今は人間の方から崩して行っているしな」
ガンドレアのことだろうか…ついでに気になったことを聞いてみる。
「魔人化とは、人が魔素に長時間浸かる?浴びる?と魔人になると聞きましたが、普通にこの…グローデンデの森に入れば魔人になるのでしょうか?」
ナッシュ様は、うむ…と言いながら顎を触った。
「魔人になろうとして…諦めて戻ってきた奴の話によると、魔力酔いのとんでもなくキツイ感じの魔力に晒されても耐えねば、どうやら魔人にはなれないらしい。そのうち魔人になれるかな?と、ソイツも森の木の根元に座って耐えていたらしいが、気が狂いそうになるほどキツイから逃げてきたそうだ。マトモな精神の人間には耐えられんのだ。だからちゃんと魔人になれた魔人はある意味凄い…と言っていた」
な…なるほど、その戻ってきた人の冷静な分析もすごいね…
それからも魔物や魔獣を倒しながら、昼前には元宿屋に戻って来た。しかしすごいね、魔獣にも色んな動物?がいることがこの短時間で分かった。
因みに鳥の魔獣はちょっと焼いて食べたら美味らしい。昼からの巡回には私は行かないことにした。ナッシュ様は「2人っきりになりたいのに〜」とごねたが理由を言ったら納得していた。
私には私の立ち位置がある。自分の持ち場をきっちり勤め上げましょう!
「おーい、お嬢、コロンドから何か届いてるぞ~」
お昼の下ごしらえをしているとジャックスさんがキッチンに顔を出した。あら、皆帰ってきたのね。私は人数分のレモン果実水を入れて居間に持って行った。重力無効魔法…役に立つね!重いグラスも軽々だね。
「お疲れ様です!」
そう言ってソファに座る皆様の前にグラスを置いて行く。
「どうでしたか?怖い思い…は殿下が一緒だと無いとは思いますが…」
ドレンシー君の言葉に苦笑いを浮かべた。
「あ…ぁ、うん…危険は全く無かったんだけど大きい魔獣を一撃で仕留めたのは凄かったな」
あれ?そういえば…ナッシュ様どこ行ったの?シーナさんが答えてくれた。
「あ、殿下?外で食材用に肉を切り分けてましたよ?」
そういや、フロックスさんもいない。2人で捌いてるのかな。
「アレ…ロイエルホーンの魔獣だよな…流石殿下、一撃か…」
ルル君が拳をグッと握り締めている。それと呼応するようにちょっと魔力が燃え上がったみたいに感じる。シーナさんとドレンシー君も同じ感じだ。男の子からしたら一撃…で倒せるのは憧れるのかな…
個人的にはあんな変態を目標にして欲しくはないけど…
さて…と、『タクハイハコ』の前に移動した。ハコの前にベロンと紙…ハッキリ言って宅配伝票がぶら下がっていた。伝票を引っ張ってみると、ピリッと音がして綺麗に切れた。千切れた伝票を見てみる。
うん、コロンド君から私宛だね、品目は食品…確かに。
私はタクハイハコを開けてみた。わあ〜バスケットに入った焼きたてパンのいい匂いがする。横には寸胴鍋に入ったスープがある。開けてみた。ミネストローネか…ふむふむ。
実はこの出来たて料理、この遠征に来る前にお城の料理長とコロンド君にお願いしていたものだ。いくら何でも私1人で食べ盛りの男子7人の食事を用意するのはしんどい…で、せめて主食のパン類とスープ類はご準備手伝って頂けないかと頼んでみたのだ
まさか、タクハイハコで送られてくるとは予想外だったけど…アレ?でもそういえば、コロンド君が転移門の前で「家事の補助を出来るように万全を期しました!」とか声高に叫んでいたけど、コレのことかな?おっ?お手紙発見!ガサガサ…
『タクハイハコいかがでしたか?そちらに必要なもの教えて下さればすぐご準備しますのでね。食べ終わった鍋や籠はまた送り返して下さいね。
コロンド』
やっさしいなあ~流石コロンド君!
「ふーーーん」
びっくりした!またですかナッシュ様…ナッシュ様はタクハイハコの中の寸胴鍋を持ち出すと
「これキッチンだろう?運ぶよ」
と持って行ってくれた。
あれーー?なんか怒っているのかな?
パンの入ったバスケットを持ってナッシュ様の後を追う。だって怒られる理由ないもの…ね?
「これさっき解体してきたロイエルホーンの肉…食べ方は煮たり焼いたり、かな。味はモロンやジュウジの肉より美味いと思うぞ」
「まあ、そうですか!では、ソーナをかけて焼いてみますね」
ちょっと笑顔になるとナッシュ様は出て行こうとしたけれど…やっぱり気になる!私は呼び止めた。
「ナッシュ様、宜しかったらこれどうぞ」
多少笑顔がぎこちなくなったのは勘弁して欲しい。ソッとナッシュ様の手に渡した。
「ドーナツです。こちらの世界ではまだお見かけしたことないので存在するか分かりませんけど…」
さっきお昼のモロンの揚げ物、所謂とんかつを揚げた油を浄化してドーナツを揚げてみたのだ。サックリと上手くいった気がする。ナッシュ様は不思議そうに見つめた後、ゆっくり口に含んだ。
「!」
食べた途端、笑顔になった。それを見て私もつられて笑顔になった。
「おいひぃ…」
口いっぱいに頬張っている…可愛い…くそっなんだこれ可愛いじゃないか。変態のくせに可愛いなんて反則だっ。
「これ異界のお菓子なの?気に入った!また作って!」
「はい、承りました」
そう言うと2個目を食べようとするので待った!をかけた。
「もうすぐ昼食ですっ!ドーナツは食後にもう一度出しますからっ今はダメです」
「えええっ~もっと食べたい…」
ジッと睨むと睨み返された。しばらく睨み合いになったが、ナッシュ様がフニャと笑顔になった。
「やっぱりだめだぁ…ダメだ…ああぁ!~ダメだ…もう仕方ない…うん…そうだな…うん!」
んん?何がいきなりどうしたの?ナッシュ様はドーナツを乗せたお皿をテーブルに置くと
「分かった!じゃあ昼食後にデザートに出してくれ!」
と元気よく叫んでキッチンを出て行った。
今のなんだったの?分からん…
その日のモロンカツも大好評だった。物は試しにソーナをつけて食べてみたがこれがまた美味しい!ポン酢と大根おろしで食べても美味しいよね〜いかん…食べたくなってきた。ポン酢どこかにないかなぁ~
「これソーナっていう調味料なのですか~知らなかったな」
シーナさんが食いついた!よしっ。
「シーナさん、実はとき卵を砂糖や塩で味付けして焼いただけのものに、そのソーナをかけたものがこちらになります」
満を持して…ヒートの魔法をかけた、出来立てホクホクの卵焼きオン・ザ・ソーナの威力をとくと味わえぇぇ!皆様の前にドーーンと皿を出した。男性陣が一斉に大皿に手を出した。
「!」
皆さん目を輝かせている。そうだろうよ~そうだろうよ~日本の極上の一品を味わいやがれぇぇ!
つい、江戸っ子調になってしまった。
「アオイッ!最高だ!」
ナッシュ様だからなのか…なんだかエロエロしい言葉に聞こえましたよ…
「これはシテルンの特産品のソーナという調味料になります。ご購入の際には是非宜しく」
ホホホ…やっぱり実際お料理に活用しながら実売して行く方がいいわね…メモメモ。販売戦略をメモしながら横を見るとフロックスさんと目が合った。ニヤリと笑われる。ホホホ…
その日の晩…ロイエルホーンのステーキのソーナかけは男性陣から大、大絶賛を浴びた。いや~何て言ったって、魔獣のお肉…美味しいんだよっ!見た目サイとかカバだけどさっ。めっちゃ高級黒毛和牛だったよ!あまりにみんなが騒ぐから、次の日『スキヤキ』にしてみた。そしたらまた男性陣、大騒ぎしちゃってしばらく魔獣狩りに必死になっていたのは笑えたけど。
それからの日々は私は宿屋の女将さん(仮)に徹した。だってここで頑張らないと、どこで頑張るのよね?
皆さんは浄化魔法も回復魔法も簡単に扱える方々なので、私がお掃除する所は居間とキッチン、湯殿とお手洗いぐらいだけど手は抜かない。
空いた時間にナッシュ様のお菓子作り…そして以前ナッシュ様を最前列のおじさん状態にしてしまった『水着』の本縫いをしている。アレ…実はまだ仮縫い状態だったので、本当は「こんな水着作りましたよ~」程度のお披露目の予定だったの。意外にも食いつかれたので、一応スカート取り外し可能なワンピース水着にすることにした。
そして更にシテルンリゾート計画の計画案と更に学校教育の素案も作ってみたりしている。まあ暇つぶしだね。ところが…そんなある日元宿屋の玄関にすごい方がお見えになった。
「失礼、こちらにナッシュルアン皇子殿下が討伐の任でお越しと思いますが…」
若い男の方の声がして…
「はーい、只今!」
と居間から駆けていくと…玄関先に眩しい生き物が居た…な…何?ま、眩しいっ!
なんとか目を細めて玄関先を見ると私と同じ年くらいのプラチナブロンドに綺麗な新緑色の瞳の、それはそれは美しい生き物がニッコリ微笑んで立っていた。
ちょっと待って、ここ二次元じゃないよね?あの人…生の生き物?
「始めましてお嬢さん。アルクリーダ=ロクナ=シュテイントハラルと申します。あ…今はお留守かな?ナッシュルアン様…ここから離れた所にいるね…」
え?ちょっと待って…シュ…シュテンイトハラルておっしゃいましたか?も、もしかしてあのっ…
「あっ、帰って来られた!」
「え?」
私の背後にいつもの魔力を感じる…はい、帰って来られましたねぇ…ナッシュ様、転移魔法?私も早く覚えたいよ。
「ああ、やっぱり!アルクリーダ様、息災であられましたか?」
「突然お尋ねして申し訳ありません、ナッシュルアン様。先ほど、うちの国側の討伐地に行きましたら近くにナッシュルアン様の魔力を感じまして…是非お訪ねして近況をご報告しようと思い立ちまして…」
やっぱり…てか…嘘でしょう?
「これよっこれなのよ!そうそう、これよ!」
つい声に出してナッシュ様を指差してしまった。
「な、なんだ?どうした?」
指差されたナッシュ様は驚いてオロオロしている。
「皇子を指差すなーとか言ってた人が、今、指差してますけど?」
ナッシュ様と一緒に戻って来ていたらしい、鋭いフロックスさんの指摘をまるっと無視して私は感動に打ちひしがれていた。
そうなのよぅ!うちの皇子と言えば、モヤシか変態の二人しかいないから、何かしょっぱい感じがしていたけど…これよこれこれ!
キラリと輝く白い歯!プルンとした美しい肌!黄金に輝く髪!何やらすごく良い匂いのする体!そしてなんだか眩しい存在だけが発するの謎の後光!
「心の声が全部、声に出てるけど?」
またもフロックスさんに指摘されて今度はまる無視はやめておいた。居住まいを正す。
「失礼しました、アオイ=タカミヤと申します。ナッシュルアン皇子殿下の事務補佐の任を拝しております」
淑女の礼で腰を落とした私を、何故か優雅な微笑みのままジーッと見つめたアルクイーダ殿下は
「へぇ~」
と感嘆の声を上げた。な、なんでしょう?麗しの王子様?…勝手に命名しておいた。
「変わった波形の魔力だね…何故だろう?魔質も上質だし…不思議だね~」
んん?波形?もしかして…この麗しの王子様は魔力が見える目をお持ちなんだろうか?助けを求めてナッシュ様を見た…ナッシュ様が頷いた。
「アルクイーダ様…シュテイントハラル王家の皆様は世界最高峰の治療術士の家系とも言えるのだ」
ええ!?すごいね!所謂、魔術関連の病に関するスーパードクター集団というべきか。
「不思議なのは…アオイが異界からやって来たことにあるのかもしれません」
と、ナッシュ様が答えると麗しの王子様は、おお!と驚いて私の顔をマジマジと見詰めた。
「これは…珍しい方ですね!私は初めて異界の叡智とお会いしましたよ」
そんな驚きの麗しの王子様を居間に誘う。ささ、こちらへ~王子様の後ろには護衛のキラキラお兄様達がいた…そうだよね?普通の王子様は護衛つれてるよね?うちが特殊なだけなんだよ、単独行動ばっか…
お茶をお入れしてすぐにキッチンに引っ込もうとしたら、ナッシュ様に引き留められた。
「おい、タクハイハコが輝いているぞ、食べ物か?」
もうっ食い意地張ってるなぁ…私はタクハイハコからベロンと吐き出された宅配伝票をビリッとちぎった。
「ジューイからですね、事務書類です」
「あぁ~やだなぁ討伐に来てまで事務書類見なきゃならんのかぁ…こんなことならタクハイハコの設置、許可しなきゃよかったよっ!」
ナッシュ様はソファでイヤイヤ〜みたいな駄々っ子ポーズみたいなのをしている。本当にしょっぱい皇子殿下だよ…
タクハイハコはハコ本体は買取と貸出の2種類から選べる。ウチ、第三部隊はナッシュ様名義で買取した…らしい。コロンド君が購入手続きを行い、物申したナッシュ様に一言「アオイ様の為です」で黙らせたらしい。
タクハイハコの料金設定は大体こんな感じである。
タクハイ所に『ワンチケ』を買いに行く。色々コースがあって
1回のみ(片道)か(往復)、
10回分回数券タイプ(片道)か(往復)
後は『ネンパス』という1年間使えるのがある。
ネンパス(片道)、ネンパスゴールド(往復)、ネンパスプレミアム(往復、無制限)がある。
コロンド君はネンパスプレミアムをご購入済だ。ちょっと割安になるらしい。
ネンパス…年間パスポートの略だよね。ワンチケ…1DAYsチケットだよね。
ものすごくユタカンテ商会のドラミン臭を感じるよ。やるなぁ、ドラミン!
「ああ、うちのタクハイハコをお使い頂いているのですね?使い勝手はいかがですか?何かお困りのことはありませんか?」
…………ん?今、うちの、と仰いましたか?
私は麗しの王子様のご尊顔を顧みた。王子様はニッコリ微笑みながら口を開かれた。
「ユタカンテ商会はシュテイントハラルに本部がありまして、準国営扱いの商会でして、代表は私の妹が務めております」
えっ……って……ちょっと待って……?妹さん?
私は各国の王族系図を頭の中で照会してみた。覚えておいてよかった。
「妹御様というとマディアリーナ様でいらっしゃいますか?」
確か…シュテイントハラルは王女様は御3人…リヴィオリーナ様と継承権を放棄されたカデリーナ様…消去法で三女の方しかいないよね?
すると、麗しの王子様はチラリとナッシュ様を見て、ナッシュ様の頷きを確認してから
「いえ、カデリーナのほうです」
と、仰った!
カ、カデリーナ様ってアイザック胸糞事件の狙われたお姫様じゃないのー!?
それがまさかの…ユタカンテ商会のドラミン(仮)なの!?




