ひねもす日記
私は絶望していた。
それは、大学生だった頃は無限とさえ思われた自由が、こうもあっけなく私のもとから奪い去られてしまったからだった。社会人になってからというもの私は仕事に心を磨り減らされ、日々を忙殺され、私は私のための時間というものを一切持てなくなっていた。たまの休みも、それは私のための時間ではなかった。それは次の仕事にかかるための心身のメンテナンスに使われなければならなかったからだ。そんなものは本質的に自由な休暇とは呼べない。私はもう手放しに素の私自身であり続けることができないことを悟った。
そんな日々を憂い、将来に絶望し、ついには私は仕事を辞めてしまった。25歳になった年の夏。それは私自身を取り戻すための決断だった。
決めてからの行動は早かった。私はかねてから憧れだった京都の地へ引っ越し、家財もなにもない状態で安普請の賃貸アパートを借りた。もはや心は自由だった。懸念と言えば残りの貯蓄くらいだった。金はなく、仕事はなく、しかし時間だけは掃いて捨てるほどあった。これから、私はなにかで身を立てなくてはいけない。その事実は存外、私をワクワクさせた。それは純粋に私自身のために使われる時間であったからだ。とりあえずは、時間の融通のきくアルバイトをしながら、生計を立てていくことにした。
私はネットで適当な求人を探すことにした。アルバイトの内容については特にこだわりはなかった。時給900円くらいで週4日程度のシフト勤務ができればいいが、それも絶対の条件というわけではなかった。
ただ私はたっぷりの時間が欲しかったのだ。
私は、何事においても自分の身で痛みを体感しなければ納得のいかない性格だった。人に言われたことを鵜呑みにすることなんてまずできないし、自分の頭で閃いたことでも、それに経験が伴っていなければ自分のことさえ信用しなかった。
だから私はなにかにつけて行動が遅いのだ。
痛みを知って、失敗を味わってからでなければ手を打とうという気にならない。
大学生の頃、皆が今後の人生について、仕事について躍起になって考えていた時でも、だから私はなにも手を打たずにいた。いや、打てずにいたのだ。当時の自分は社会人の痛みについて、苦しみについて無知であったからだ。
しかし、今は違う。痛みを味わったし、苦しみも知った。それに対して、本気で対策を考えようといまは思っている。私はようやく、私の人生に対して本気になれたのだ。真摯に考えようと思えるようになったのだ。私は痛みからしか学べないし、行動できない。だから何事にも遅い。わかってる。だが、それが性分なのだ。今更それを変えるつもりはないし、恐らく変えられない。変えたらそれはもはや私ではない。
当分の間はかなり生活を切り詰めていた。食事もまともに取らなかったので、睡眠を除けば、一日中ほぼずっと文章を書き続ける生活が続いた。そんな生活でも私はノイローゼにならなかったし、ほとんど苦痛すら感じなかった。むしろそんな生活を喜びさえした。心は何物にも縛られず、ただただ己に向き合い、己に問いかける。これぞ私が夢見た至福であった。自由の味をひたすらに味わった。それは甘くもあり、辛くもあったが、時には無味となった。そんなときに私は1番快楽を感じた。無というたしかな存在が私を最も効果的に癒やした。無について思えば思うほど、生と死の境界は薄らいでいった。
私はアルバイト以外の余った時間をブログと小説を書くことに費やすことにした。ブログと言えば今やネットビジネスの主流だ。私は文章を書くことが好きだったから、ブログも小説も書いているだけで楽しかった。正社員として働いていた頃に比べると嘘のように毎日がただ楽しかった。暮らし向きはたしかに良いとは言えなかったが、贅沢さえしなければ不自由だと思うこともなかった。そして、目標があり、日々その目標に向かって進んでいるという事実が何よりも嬉しかった。
仕事に関してもとくに不満はなかった。稼ぎは少ないが、ストレスフルというわけでもない。仕事が終われば自宅へ戻り、眠りにつくまで文字を認めた。
この日は漠然と書いていた文章たちに名前をつけることにした。ひねもす日記というのはどうだろうか。手前味噌だがなかなかいいのではないだろうか。
某日雑記。
今日は奇怪な人物に出会った。名を仮に煎餅おじさんとしよう。
私は小腹が空いていたので、食料を求めて、外に出ることにした。すると、私の住むアパートの前で普段見かけない屋台が出ており、熱々焼きたての煎餅を売っていた。私はその謎の屋台で珍妙な煎餅おじさんから熱々の醤油煎餅を2枚買い、それを齧りながらアパートへと引き返すのだった。
某日雑記。
きのこの山とたけのこの里というお菓子がある。私は昔はたけのこ派であったが、今ではきのこ派だ。なぜかは知らん。
某日雑記。
ささくれ立った心には物語が最良の薬だ。今日は帰って小説を読もう。
某日雑記。
正常な判断力は失われて久しかった。頭の中はいつも靄がかかったようだった。ぼーっとし、酩酊しているように意識はなかった。
某日雑記。
積荷を背負わされ過ぎた身体は、その積荷を降ろされると、まるで無重力空間を漂うかのように宙に舞う。地に足がつかない。これまでは積荷を背負わされることで、何とか地にとどまることができていたのだ。しかし、今はその重石がない。私は風に吹かれると飛ばされてしまうようは不確実な存在になっていた。この世界のいわゆる真っ当な人間から、そのクラスタから外れたことになる。しかしこれでよい。今日日社会の組成とはむしろ定まりがなく、流動的に過ぎ、捉えどころがないのだ。いかに生くべきかという問いに対する答えなどありはしない。




