プラネタリウム
「……君!鷲尾君!鷲尾君!」
耳元で名前を叫ばれ、体を揺すられて、俺は呻き声と共に目を開いた。
白い。
視界がぼやけていて、何も判別できない。
白い世界の中でもさらに白い部分がある。
灯り?
ああ、蛍光灯か。
正面に蛍光灯が見えるということは、俺は横になっているということかな。
「ああ、良かった」
年配の男性の声がする。
と思ったら、急に視界が暗くなった。
まだ、視界の中の輪郭がぼやけたままだが、それが顔だとは分かる。
どこか見覚えのある顔だ。
「陛下」
反射的に口走って、ああ、そうかと理解する。
この顔は国王ポラリス八世だ。
跪かなくては。
そう思って体を起こそうとすると、ズキンとこめかみに痛みが走った。「イテテテテ」
頭の奥がぼーっとする。
長い間眠っていたような感じで、全身の筋肉が緩みきっていて力が巡らない。
「無理しないで。急に動いちゃ駄目だ」
国王の言葉に従って、また横たわる。「自分の名前、分かるかい?」
優しい口調に違和感を覚える。
国王の威厳に満ちた雰囲気がない。
「……アルタイル」
俺の答えに国王は眉を寄せて困った表情を示した。
「それはわし座で最も明るい星の名前だよ」
国王は「弱ったな」と呟いた。
「あの、ヴェガ王女とデネブは?」
「ヴェガにデネブ?」
国王は何故か少し笑って、僕の腕を軽く叩いた。「その三つの星で夏の大三角だよ。向こうの世界でよっぽど三角関係に悩んだんだね」
向こうの世界?
そう言えば、国王の格好がポロシャツにスラックスという国王としてはありえない格好だ。
「ここは……」
少しずつ視界の靄が消えて、ものをはっきりと見ることができるようになってきた。
どことなく見覚えのある景色だ。
どこだったろう。
ポール王国やフォワードの街に蛍光灯が光っていた部屋はなかった。
「ここは城のプラネタリウムだよ。ほら、琴美ちゃんがよく来てたところ。君も一昨日、ここに来たんだ。昼間にも来たし、夜にももう一度やってきた」
琴美?
その名前、知っている。
えっと、誰だったっけ。
「イッ」
また強い頭痛に襲われる。
何だ、これ。
俺、どうなっちゃったんだ。
プラネタリウムって何だったっけ。
聞いたことがあるけど。
記憶の糸を手繰ったら途中で切れている感じ。
何だか、気持ち悪い。
「思い出せない?」
国王に悲しげな眼でそう訊ねられて、俺は項垂れるしかなかった。
この人が本当は国王ではないこと。
ここがポール王国ではないこと。
自分がアルタイルではないこと。
それは一つひとつの刹那的な情報として記憶がある。
しかし、それが頭の中でつながらず、目の前の情景を理解できないでいる。
「僕は、誰なんでしょう?」
一体、俺は誰なんだろう。
本当はアルタイルではないのは何となく分かっているのだけれど、アルタイルではない自分が誰なのか思い出せない。
「ディレクターのいない状態であっちに行っちゃったから、うまく戻れてないんだろうなぁ」
国王は頭を掻いて僕の目の前を行ったり来たりした。「立てる?」
俺は頷いてゆっくりと立ちあがった。
まだ頭痛はするが、少しずつ指先、足の爪先に力が入るようになってきた。
防具や刀がないから、体は軽い。
「こっち、来て」
国王は俺を大きな扉の中に招き入れた。
扉は二重になっていて、中の扉をさらに開くと、椅子が並び天井に星空が広がっている。
「ここって」
嘆きの森の最奥に位置しフォラスと死闘を繰り広げた広間と同じような構造。
だけどあそことは違う。
そしてやはりここにも見覚えがある。
「プラネタリウムだよ。君はここであちらの世界に旅立った」
「プラネタリウム……」
思い出せそうで思い出せない。
思い出せないけれど、ここに入った途端に、急に焦燥感で胸がざわざわし出した。
俺は急いで何かをしなくてはならない。
それが何なのか……。
「こっちに来てごらん」
国王に呼ばれて足を向けると一つの座席に人が座っていた。
目を閉じているが、険しく眉根をひそめている。
「サタン!」
いや、サタンよりも老けている。
しかし、サタンの面影がばっちり残っている。
国王は俺をまた悲しそうな目で見て、さらに奥へと案内した。
円形に広がった座席の一つにもう一人の姿が見えた。
女性のようだ。
こちらも目を閉じている。
近づいて、見下ろした。
「アロンダイト?……母さん!」
「そう。君のお父さんはここで君を見つけて、君のお母さんを呼んだ。そして君の冒険の途中でディレクターになったんだ。あちらの世界での冒険が終わっても君の意識が戻らないから今度は御両親で君を助けるために今、あちらの世界で必死に君を探している」
俺は漸く全てを悟った。
点が線になった。
くっきり明瞭な線に。
フォラスと戦う前にプツンと時間が途切れたような感じがあったが、あの時に父さんがディレクターになったのだろう。
母さんがいる。
正真正銘の母さんだ。
久しぶりに見た母さんはあまり変わっていない。
少し目元に疲れが見えるかな。
「今って、何月何日の何時ですか?」
受付のおじさんは腕時計を見て時刻を教えてくれた。




