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いきなりの実戦

 アンサーは鼻をクンクン鳴らしながら先頭を歩いた。

 パーティーは川の方に向かって進んでいる。


「王女さんのにおいを辿ってるのか?」


 デネブに訊ねると、デネブは「それだけじゃないのよ」と明るく言った。

 彼女の笑顔はいつも周囲を明るくしてくれる。

 その笑い声はコロコロと心地良く耳に響く。

 いてくれるだけでその場が柔らかな雰囲気のベールで包まれる素敵な女性だと俺はもう気付いていた。


「アンサーは魔族のにおいも探してるの。数百メートル先に魔族がいれば、アンサーが吠えて教えてくれるわ」

「魔族……」


 背中がゾクッとする。

 いったい、この先どんな奴らが待ち構えているのか。

 思わず腰の剣の柄に手を伸ばす。

 俺の腕が魔族に通用するのだろうか。

 ここ二ヶ月ぐらい竹刀を持っていない俺の腕は相当錆びついてしまっているはずだ。

 そもそも真剣を使っての戦闘において剣道の経験がどれほど役に立つのだろう。


「そんなに怯えなくても大丈夫よ。ここらあたりの魔族はアルなら五割も力を出せば蹴散らすことができるわ」

「それはデネブの知ってるアルならだろ。今の俺は自分の力がどれぐらいなのか全然分からないんだ」

「あ、そっか。じゃあ、一度アンタレスと手合わせしてみれば?」


 なるほど、と思い、アンタレスを見ると、彼は俺の顔を見ることなく手を大きく左右に振ってみせた。


「遠慮しとくよ。アスカロンが相手じゃ俺の大事なフルンティングもさすがに刃こぼれするかもしれないからな」


 アンタレスは愛おしそうに自分の剣の黒い柄を撫でた。


「頼むよ、アンタレス。このままじゃ、俺、不安で不安で」

「んー。だったら、アスカロンはなしな。前、使ってた名もない剣なら相手してやってもいいぞ」

「助かるよ」


 俺はアンタレスに向かって手を合わせ、デネブに声を掛けた。「デネブ。俺の予備用の剣を出してくれよ」


 しかし、デネブは俺の言葉を無視して険しい顔をアンサーに向けていた。


「そんな悠長なことは言ってられないみたいね。いきなり実戦よ」


 グー、ガウガウ、とアンサーが急に吠え出した。

 どうやら噂の魔族が現れたようだ。

 何というバッドタイミング。

 しかし、俺には緑の平原とその向こうの川しか見えない。


「どこにいるんだ?」


 急にカラカラになった喉のせいで声が掠れてしまう。

 緊張で膝が震える。


「あれだ」


 アンタレスが顎を前方に振り、おもむろに鞘から剣を抜いた。

 刀身の中央に赤いラインの入ったアンタレス愛用の大剣フルンティングが姿を見せる。


 アンタレスが差した方角から微かに黒い塊が見える。

 それはものすごいスピードで近づいてきた。

 何だ?犬?狼?


「うそ。ケルベロス?こんなところに?」


 デネブが少し顔を引きつらせ、ペンダントの宝石を握りながらこそこそと俺とアンタレスの背後に回る。


 ケルベロスと呼ばれた魔族は猛り狂ったように頭をブンブン上下に振って駆けてくる。


 デカい。

 ライオンよりも大きいだろうか。

 赤黒い皮膚。

 太い四肢。

 六頭?と思ったら、一つの体に三つの顔。

 つまり二頭だ。


「いきなり、地獄の番犬とは大物が現れたな。アルのお手並み拝見だ」


 アンタレスは軽口を叩いたが、瞬きを忘れたかのように大きく見開いた目に余裕は全く感じられない。頬を紅潮させ「頼むぞ、フルンティング」と剣の柄に口づけをした。


 ぼさっと立ってないで剣を抜け、とアンタレスに怒鳴られ、俺は我に返って柄に手を掛けた。

 しかし、剣はびくともしなかった。

 鞘から一ミリも動かないのだ。

 どうして?


「アンタレス。剣が。アスカロンが……」


 錆びついているのだろうか。

 思い切り力を入れても宝剣の刀身は全く姿を見せようとしない。


「アル!何やってんだよ。早く剣を抜け!」

「だから、それが抜けないんだって」


 俺はもう泣きたい気分だった。

 自分の腕も信用できないうえに、拠り所の剣まで言うことを聞いてくれず鞘から抜けないのでは戦いようがない。


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