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歓喜と後悔

「帰ってきたねー!」


 蜃気楼でもなく、勘違いでもなく、明らかにフォワードの街が見えてきて、デネブが声を弾ませる。


「ああ。何か、ちょっと信じられないな」


 アンタレスも万感の籠った表情で前方に目を凝らした。


 長かった。

 闇夜の森から侵入し、フォラスを倒し、サタンと手合わせして、その広間の裏手に隠された、いわゆる叫びの洞窟を出口としてアロンダイトに見送られながら魔族の巣窟を脱出した。


 帰ってきた。

 奇跡の薬、アストラガルスの根を持って。


 俺は思わず空を振り仰ぎ、思い切り握り締めた両の拳を突き上げた。


 やった。


 かなり上空を大きな鳥が優雅に快調に飛んでいく。

 俺たちもあんな風に空を飛べたらな。

 あっという間にフォワードに着くのに。


 気持ちとしては走り出したかった。

 しかし、見えたと言ってもまだ遥か遠く。

 象牙色の街並みがほんの少し確認できる程度。

 距離にして五キロメートルほどか。

 さすがに疲労感の否めない体に鞭打って走り切る自信はない。

 それでも足取りは軽くなった。

 少しずつだが確実に大きくなっていくフォワードの外観に胸が高鳴る。

 が、同時に緊張感も。


 ヴェガ王女はまだ生きているだろうか。


 もし間に合わなかったら……。

 これまでの頑張りは何だったんだってことになる。

 ここまで来たら、それだけは避けたい。

 そういう意味でも足の回転は速くならざるを得ない。


「アル。おめでとう。よく頑張ったね」


 デネブが目を淡く朱に染めて俺を見る。

 微笑んでいたが、すぐに瞼を震わせ、手で口を覆い、俺から顔を逸らす。「旅が終わっても、たまにはあたしとお話ししてくれたら嬉しいな」


「デネブ……」


 旅が終わったら。

 ヴェガ王女にアストラガルスの根を捧げ、それでヴェガ王女は体調を回復する。

 前国王は現国王にヴェガ王女の婿として俺を推挙する。

 俺はヴェガ王女と結婚する。

 やがて王位を継いだヴェガ女王を支えてポール王国を守っていくのが俺の使命となる。

 デネブととりとめのない話をして笑い合うことなんてできるのだろうか。「もちろん。俺もデネブと話をしたいよ。その時はアニーも、な」


 三人で。

 俺が言えるのは希望だ。

 約束まではできない。


「なぁ。フォワードに着いたら、そのアニーってのはやめてくれよ」


 アンタレスが湿っぽくなりそうな雰囲気を変える話題を放り投げてくれた。


「ダメよ。フルンちゃんが眠ってる間は私たちが『アニーたま』って呼んであげないと」

「そうだな。そうじゃないとフルンティングも安心して眠れないだろうからな」


 フルンティングがフォラスの封印から解き放たれるには十年の時間が必要だ。

 それまでアンタレスは今と同じようにいくら抜けないと分かっていても愛剣を腰に差し続けるだろう。


「フルンは俺が誰にどう呼ばれようが気にしてねえよ」


 アンタレスは少し怒り気味に俺とデネブを睨み、そしてフッと笑った。


 フォワードが近づいてきた。

 街を構成する建物の一つひとつの輪郭がはっきりしてきた。


「ねえ」

「ん?」

「あたし、この格好で大丈夫?」 


 デネブは自分の姿を見下ろした。

 ローブは至る所が破れている。

 軽く叩くと土埃が舞った。


「俺もまずいかな」


 俺の装備でまともに残っているのは脛あてぐらいのものだ。

 他の部分は旅の過程で使い物にならなくなり、どこかへ行ってしまっていた。

 衣服はデネブよりもひどい。


「さすがにこれで謁見は不敬だな」


 アンタレスも頭を掻いた。

 一番ひどいのはアンタレスだろう。


「まずギエナーおじいさんのところに行かない?お風呂入らせてもらおうよ。何か服も借りられるだろうし。あたしが頼めばきっと喜んで助けてくれる」


 名案だった。

 俺もアンタレスも即座に同意した。

 腹も減っていたから、軽食もほしいところだ。


 街の方から誰かが馬車に乗ってやってくるのが見えた。


「おーい、デネブ」


 馬車から身を乗り出して手を振っているのは、果たしてギエナーじいさんだった。


「おじいちゃん!」


 デネブが駆け出した。


「こんなこともあるんだな」


 アンタレスが不思議そうにおじいさんと孫を見る。


「こういうの、噂をすれば影って、こっちでも言う?」

「影?影って言うか、ずばりその人じゃん」

「いや、まあそうなんだけど」


 俺たちもデネブを追って小走りになる。


 ギエナーじいさんが杖を突きながら馬車から降り、笑みを浮かべ手を広げる。


 デネブがそこに向かって駆け寄る。


 どこからともなく俺の足下に羽が飛んできた。

 大きなふさふさの白い羽根だ。

 どこかで見覚えがあるような。


 デネブがギエナーじいさんの首筋に抱きつく。

 孫が久しぶりに会った祖父に甘えるように。


 ギエナーじいさんがデネブを抱きとめ、俺とアンタレスを見つめて笑った。

 その目に何か冷たいものを感じて俺は全身が粟立つのを感じた。


「デネブ!」


 デネブを抱くギエナーじいさんの左手が巨大な鳥の羽に変わっていく。

 いつの間にかその顔は右半分がない。

 まるで爆弾の破片で抉られたように。

 右手に持っていた杖が巨大な刀となって振りかざされ陽光を鈍く弾き返す。

 あの大刀は……レーヴァティン?


 全てがスローモーションだった。


 異変に気付いたデネブが手を突っ張ってギエナーじいさんだったものから離れようとする。

 しかし、しっかりと巨大な羽に抱きすくめられ身動きが取れない。


 大刀が真っ直ぐデネブの背中に振り下ろされる。


「オセ!やめろ!」


 間に合わないことが分かっていても叫んでいた。

 アスカロンを抜刀しながら、懸命に駆けた。


 肉を抉る音。

 深々と刺さるレーヴァティン。

 飛び散る鮮血。

 デネブの悲鳴。


 全てが聞きたくなかったし、見たくなかった。

 しかし、目を逸らすことはできない。


 俺は自分でも何が何だか分からない唸り声をあげて突進した。


 オセはレーヴァティンをデネブの背中から引き抜き、デネブを放り捨てた。

 オセの体は顔と右腕以外はヴァプラになっていた。

 ヴァプラがオセを飲み込み飛び去って行った光景が思い出された。

 あの時、オセはまだ死んでいなかったのか。

 ヴァプラと一心同体になることで一命を取りとめていたとは。


 俺は自分の甘さを悔いた。

 あのときヴァプラも倒しておかなければいけなかった。


 オセがレーヴァティンを俺に向かって振り下ろしてくる。

 その動きもスローモーションだった。

 オヤジの、サタンの面打ちの速さとは比べものにならない。


 俺はレーヴァティンの下をかいくぐり、脇をすり抜けながら剣を走らせた。


 そしてそのまま倒れたデネブへ駆け寄った。

 背後で魔液が蒸発する音を聞きながら。


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