アロンダイトの力
「貴様にマザーを扱えるのかな」
フォラスはティルヴィングを左手に持ち替え、右手にはしっかりとアロンダイトの骨を握り締めた。
俺はステージから飛び降り、アロンダイトをフォラスに向けて対峙した。
フォラスを倒し、アストラガルスの根を奪えとアロンダイトが言っている。
言われなくても、やる。
それが俺たちの旅の目的だから。
やれる、という自信もあった。
先ほどまではとても勝てそうにないから、戦わずにアストラガルスの根を手にする方法はないか、と考えていたが、何故か今は戦って奪ってやるという気持ちに揺らぎはない。
「どれどれ」
フォラスはティルヴィングを俺に向け無造作に炎撃を放ってきた。
一瞬にして目の前に俺を飲み込みそうなほど巨大な火の玉が出来上がった。
先ほどアンタレスを吹き飛ばしたやつよりもはるかに大きい。
「三発も!」
デネブの悲鳴にも似た声がこだまする。
「マジか」
こんな巨大な炎撃を至近距離で三発も放たれたら逃げ場はない。
俺は反射的に炎撃に対して正面からアロンダイトで突きを放っていた。
アロンダイトに導かれるように。
すると、アロンダイトの剣先で次々に三発とも炎撃が霧散した。
正確に言うと、アロンダイトに吸収されたような感じだった。
何の衝撃もない。
完全に無力化したような印象だ。
「ほう」
「こ、これが……」
アロンダイトの力なのか。
太くて扱いづらいと思っていたが、魔法を無力化できるのなら俺の弱点も補える。
これまでは魔法攻撃は避けるしかなかったが、アロンダイトなら魔法攻撃を消しながら、こちらの攻撃を仕掛けることができる。
怖いものなしだ。
俺は高揚した気分そのままにフォラスに飛びかかった。
ブン、ブンとアロンダイトをフォラスに向かって振り回す。
しかし、フォラスもさる者だった。
調子に乗ってアロンダイトを振り回しても、完全に見切られてかわされる。
手にしたティルヴィングという名の剣で受けることもない。
「これはどうかな」
フォラスが剣を天にかざすとそこから金色の光が鋭く立ち上った。
その光はバリバリバリと空気を震わせて寸分違わず真上から俺に落ちてきた。
デネブの得意な雷撃だ。
俺はアロンダイトの刀身を横にして頭上に掲げる。
頭では避けるために飛びのくべきだと考えていたのに、体が勝手に動いている。
フォラスの雷撃をアロンダイトの刀身の腹で受け止めた……と言うよりは腹で吸収したのか、またもや枯れ葉が舞い降りた程度の感触もなくフォラスの魔法は跡形もなく消えた。
「アル!正面!」
デネブの声で我に返ると、正面から今度はベネトがよく使っていたカッターが飛んできていた。
俺は考える余地なく咄嗟にアロンダイトをカッターにぶつける。
群がる虫を追い払うように、感覚としてはモグラ叩きの要領で次々に飛んでくるカッターを手にしている太い棍棒のような剣で全て叩き潰した。
やれる。
そう思ってフォラスを見ると、思いがけず近くにその姿があった。
俺は手に残っている手応えを頼りに余勢を駆って雄叫びをあげながらフォラスに迫った。
右から左から、体の動くに任せて無心でアロンダイトを振るう。
しかし、それでもフォラスには当たらない。
風にそよぐ柳のように泰然と体の動きだけで俺の斬撃をかわし続けた。
が、攻撃は最大の防御。
足の位置からして少しずつ俺が押している。
使ってみると、アロンダイトは手に馴染んだアスカロンとは違っていて、剣の走りに鈍さを感じないではないが、攻勢に任せてこのまま壁際まで追い込んで、一気に勝負を決めたい気になってくる。
徐々に壁が近づいてきた。
フォラスがチラッと右目で背後の壁との距離を目算で測った。
その隙を俺は見逃さない。
死角になるはずのフォラスの左側からアロンダイトを叩きこむ。
その時フォラスが流れるように自分の右側へ足を配り、右手を微かに引いた。
「?」
俺はフォラスの動きを見て、いや、その目から発せられた殺気のようなものに晒されて、地面を蹴り、慌てて距離を取った。
何だ?
フォラスは今、何をしようとしたのか。
右手に持っているのはアストラガルスの根だ。
今、あのいわゆる骨でフォラスは何かをしようとした。
フォラスは何かを狙っている。
アンタレスと戦ったときにはティルヴィングでフルンティングを受けて止めていたのに、今回はかわすことに徹していて、剣で合わせることを一切しないのも気になる。
アロンダイトがさらに緊張感を高めたのが分かる。
剣を覆う緑の光も少し濃くなった。
やはりそう簡単にはいかない。
ならば急がば回れだ。
謎は一つずつ解いていこう。
俺はまずフォラスの左手、ティルヴィングに狙いを定めた。
あれを使わせるにはどうしたら良いか。
フォラスの狙いはアロンダイト。
それは間違いない。
俺の手からアロンダイトを奪うには俺を倒すのが手っ取り早い。
しかし、今のところフォラスからは魔法を使って攻めること以外に攻勢は見られない。
しかもその魔法攻撃も俺を倒すというよりはアロンダイトの力を測るためだったようにも思える。
そしてアロンダイトの力が本物と理解してからは魔法攻撃を捨てたのか、完全に受け身だ。
だが、あの右手の謎の動き。
あの時だけ、俺はフォラスに鬼気迫る攻撃の意思を感じた。
つまり、終始ティルヴィングを持つ左手は使っていない。
使う気がない。
あるいは使いたくないのだ。
であれば、そこにフォラスの弱点があるのではないか。
フォラスは壁を背にして離れない。
俺に攻め込ませようとしているのか。
下がれない不利があっても俺の剣をかわす自信があるのだろう。
かわして、かわして、俺に大きな隙が生まれるのを待っている。
その前に俺はフォラスのティルヴィングを使わせなくてはいけない。
俺はフォラスの左へ左へ回り込んで剣を繰り出した。
それでもフォラスはティルヴィングを動かさない。
足運びと上体の曲げだけでササッと俺の攻撃をかわしていく。
認めたくはないが、その動きは流麗だった。
気を抜けば見惚れてしまうような感覚はオセに通じるものがある。
かわされることを分かっていながら、剣を振っている気がしてくる。
少しずつ当たる気がしなくなってきて、俺は再度距離を取った。
どうすればいい。
弱点のはずのフォラスのティルヴィングはこちらに向くこともない。
その時、頭上から何かが落ちてくるのを感じた。
「オラァ」と耳をつんざく声。
俺は反射的にアロンダイトで薙いだ。
微かに手にアロンダイトが何かにぶつかった感触があった。
ズドーンッ
アストラガルスの傍の壁に吹っ飛んだそれは顔だけがライオンの戦士だった。
手に着けられた盾が粉々になっていて、すでに息絶えている。
その亡骸が異様だった。
斬られているわけではない。
萎んでいる。
あるいは干からびているといった感じだ。
まるで死後何百年と経ったミイラのようだ。
そして、戦士はいつもの蒸発ではなく、さらさらと砂塵のようになって姿を消していった。
「これはっ?」
「余計なことを……」




