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チキュー

「用意はいいわね」


 俺とアンタレスの顔を交互に見た後、デネブは元気いっぱい高らかに右の拳を突き上げた。「じゃ、しゅっぱーつ」


 俺たちの前には緑の平原が続いている。

 左手には起伏の具合で微かに川の流れが見え隠れし、地平線の近くで川のほとりにこんもりとした森のようなものがある。

 空と地の境まで遠くを見渡せるのは気分が良かった。

 普段、山間の田舎町に暮らしている俺は山の稜線は見慣れているが、こんな風に遮るものなく空と大地を一望できると心が軽く浮き上がり飛べるような気さえしてくる。


 意気揚々とデネブはアンサーと並んで俺とアンタレスの前を歩きだした。

 その肩からは食糧やテントを小さくしたものなどが入っている雑嚢が掛けられている。

 全てのものを小さくする魔法は本当に便利だ。

 宝剣と呼ばれるアスカロンをポラリスからもらったので、前まで佩いていた剣もデネブに小さくしてもらい予備用として雑嚢に仕舞ってもらっている。


「で、フォワードって街まではどれぐらいかかるんだ?」


 俺が誰ともなく訊ねると、アンタレスはうんざりしたような顔で立ち止まった。


「アル。お前、どうしちゃったんだよ。本当に記憶喪失ってやつなのか?全く何も思い出せないのか?」


 アルの棘のある声の響きにデネブとアンサーが心配そうな顔で俺を振り返る。

 しかし、振り返っただけで何も言わない。

 デネブも俺の様子が気にかかっているようだ。


 俺も自分の状況を何と説明すれば良いのか分からない。

 自分でも自分の身に何が起きたのかまるっきり理解できていないのだ。


「ごめんね、アル。あたしを助けたばっかりに頭を打っちゃって、記憶がどうかなっちゃったんだよね」

「いや、そうじゃないんだ」


 俺は頭を締め付ける包帯を引きちぎるように外した。

 血はもう止まっている。「今の俺には、この世界での記憶は一切、ない」


「全部ってこと?自分が誰かも分からないってこと?」


 デネブが泣き出しそうな顔で訊ねてくる。


「んー。それもちょっと違う」


 俺は全てをはっきりさせたくて、ずっと訊きたかったことを口にした。「俺ってさ、デネブやアンタレスの近くでずっと暮らしてたんだよな?突然二人の前に現れたってわけじゃないんだよね?」

「何が言いたい?」


 アンタレスが訝しげに俺を見てくる。

 質問の意味が分からないようだ。


「信じてもらえないだろうけど」


 俺はチラッチラッとデネブとアンタレスの顔を見た。「今の俺にある記憶は別の世界でのものなんだ。俺はその世界で、十七歳で、高校に通ってて。って高校ってのが分からないか。まあ、毎日同い年の連中と一つの場所に集まって勉強をしてるんだ。それと、剣道、いや、剣術の練習もやってる。それで、ある時、星空を、って言っても本当の星空じゃなくて、星空の絵のようなものを見てるうちに眠っちゃって、そしたらいつの間にかこの世界にいて、デネブに起こされて、剣士になってたって感じで……。だから、この世界でのアルタイルとしての記憶は一切なくって、俺にあるのは別の世界に生きていた鷲尾有也っていう人間の十七年間の記憶なんだ」


「ワシオユーヤ?」


 デネブが言いにくそうに俺の名前を口にする。


「そう。鷲尾有也」

「何て言うか、ちょっと、俺たちにはすぐには理解が……」


 アンタレスが口ごもり、デネブに助けを求めるように視線を飛ばす。

 その戸惑いに溢れた顔はやはり嘘をついているようには見えない。

 やはりアンタレスは瞬一としてではなくアンタレスとしてこの世界にずっと生きてきたのだろう。

 きっと受付のおじさんも同じだ。

 しかし、アンタレスもポラリス王も間違いようもなく瞬一であり受付のおじさんだ。

 似ているというレベルではなく、同一人物としか思えない。

 だとすると何故俺だけがアルタイルとしての記憶を失っていて、鷲尾有也の記憶を残しているのか。

 そして、あのプラネタリウムに何か仕掛けがあるんだとしたら、琴美や恵里もこっちの世界に飛ばされているということは考えられないか。


「あたしの知ってるアルも十七歳だよ」


 デネブはアンサーを抱きかかえ俺と向き合った。

 まるで自分を落ち着かせるように優しくキツネの頭を撫で続ける。「それで、フーディーっていう上流階級が暮らす地域に住んでるけど、あたしみたいな庶民にも優しいナイスガイだよ。剣術の腕はこのポール王国でもトップクラス」


 アンタレスも相当強いんだけどね、とフォローを入れると、アンタレスは左右に首を振った。


「ポール王国?ここはそういう国の名前なのか」

「そうよ。別名北限の国とも呼ばれてるわ。今はまだ秋だからいいけど、冬は寒いのよー」


 デネブは寒そうにアンサーを抱きしめる。


「他にも国はあるの?」


 俺の問いに今度はアンタレスが「ああ」と頷く。


「こちらとは反対側の国の西側にはブリング公国っていう強大な国と緊張状態が続いてる。ブリングはここ数年ポール王国を傘下に入れようと度々戦争を仕掛けてきてるんだ」

「ねえ。ワシオユーヤの国は何て言うの?戦争してる?」


 俺は言いにくそうに俺の名前を呼ぶデネブに苦笑して「アルでいいよ」と言った。


「日本っていう名前の国なんだ。昔は戦争もあったけど、ここ何十年と平和な時代が続いてる」


 その日本にはどうやったら帰れるのだろう。

 何かの拍子でここの世界に来たということは、この世界から出るきっかけもどこかに転がっているように思うのだが。


「へぇ。いいなぁ」


 デネブは羨ましそうに言う。


「あ、でも、地球上ではいつもどこかで戦争が起きてるよ。残念ながら」

「チキュー?」


 アンタレスが「それは何だ?」と不思議そうに訊ねてくる。


「ああ、地球っていうのは、星の名前だよ。日本は地球の中の一つの国なんだ。ポール王国だって、ブリング公国だって、星の上にあるわけだろ?」

「星?空に輝く星のことだよな?そんな風に考えたことなかった。俺たちは星の上に立っているのか」


 なあ、とアンタレスがデネブに同意を求める。


「チキュー、チキュー」


 デネブは楽しそうにそう言って、くるりと背を向け一人で歩き始めてしまった。

 俺とアンタレスは目を見合わせ、小首を傾げてデネブの背中を追った。


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