狂戦士
かつて俺もアスカロンを抜くのにも一苦労した。
アロンダイトが抜けないのはアロンダイトの精が抜かれることを嫌っているのか、それとも封印により抜けなくなっているのか、フォラスにはなかなか判別つかないだろう。
「抜いてどうする?」
俺が訊くと、フォラスはフッと笑った。
「我々のやり方でアロンダイトの力を封じ込める」
「力?」
アロンダイトの力とは何か。
瘴気を無毒化する力か。
そう言えば先ほどフォラスは大勢の魔族が犠牲になったようなことを口走っていた。
そこまでして封じ込めたいアロンダイトの力とは……。
「仕方ない。教えてやろう」
フォラスは先ほどまでデネブが縛りつけられていたあたりを指差した「あれだよ」
「あれ?」
俺はフォラスの指の先を見つめた。
そこにあるのは今にも咲きそうな巨大な花。
その茎は人の胴よりも太い。
この花が何か……。「まさか……」
これが、もしかして……。
「フォラス!」
突然、俺の背後で怒号が響く。
振り返ると、アンタレスが黒い塊を両手に抱えて立っていた。
全身がわなわなと震えている。
「何だ?無礼者くん」
フォラスはアンタレスの全身から溢れ出たような怒りの雄叫びと対峙しても相変わらず顔色一つ変えない。
「お前、シャウカットを殺したのか?」
俺はアンタレスの言葉に驚いて目を見開いた。
アンタレスが手にしている黒い塊はシャウカットの亡骸なのか。
「シャウ……」
潤んだ声でデネブが横たわったままアンタレスに向かって手を伸ばす。
「あれがシャウなのか?」
俺はアンタレスの傍に歩み寄った。
よく見ればそれは確かにシャウカットだった。
しかし、既にそれはシャウカットではなくなっていた。
冷たく硬い。
息をしていない。
もう二度と動くことはない。
「よくもベネトのシャウを……」
ゆらっとアンタレスがフォラスに向かって歩いていく。
その全身から、熱いような冷たいような不思議な空気が立ち上っている。
「アンタレス?」
まただ。
アンタレスは正気を失っている。
フォラス以外に何も見えていないだろう。
フォラスを切り刻み終わるまで俺の声はアンタレスに届くことはない。
俺はデネブのもとに駆け戻ってシャウカットの亡骸を預けた。
「ごめんね、シャウ。ごめんね」
デネブが冷たいシャウに顔を埋める。
「デネブ。下がろう。ここは危ない」
俺はデネブをシャウカットごと抱きかかえた。
広間の隅に移動して、ゆっくりデネブを地面に下ろす。
そしてデネブに赤い宝石を手渡した。
「ほう。バーサーカーの気質か」
フォラスは少し頬を緩め、ステージから降りて、近づいてくるアンタレスを悠然と待った。
いつの間にか手には柄が黄金色に光る細身の剣を持っている。「我がティルヴィングの錆にしてくれよう」
「やっちゃって、アニー。もう、ズタボロにしちゃって」
デネブが涙声でアンタレスに気持ちを託す。
まだ体に力が入らないのか、弱々しい声だったが、勝利を確信した響きだった。
確かに、狂戦士の状態になったアンタレスは無双だ。
しかし、フォラスの力も未知数。
一抹の不安がよぎる。
静寂が訪れた。
アンタレスとフォラスが見合っている。
これまでバーサーカーになったアンタレスが硬直することなどなかった。
感情を失ったはずなのに、フォラスを前にすると恐怖心が湧き上がるのだろうか。
「アニー」
デネブが震える手をアンタレスに向かって伸ばす。
その手から生まれた微かな空気のゆがみがアンタレスに向かって放たれた。
アンタレスの体がドクンと揺れる。
次の瞬間、アンタレスがフォラスに向かって一気に飛びかかった。
その動きは無造作だが、隙は見当たらない。
白刃が次々にフォラスに襲い掛かる。
星空のようなドームからのごく淡い光に剣の動きはほとんど見えないが、ヒュンヒュンと空を切り裂く音がアンタレスの攻撃の鋭さを雄弁に物語っている。
が、しかし、そのアンタレスの剣が放つ音と同数の小高い金属音に俺は肌が粟立つのを感じて思わず立ち上がった。
アンタレスの肩越しに見えるフォラスが踊っているように見えた。
その恍惚とした顔は踊りの楽しさに陶酔しているかのようだ。
フォラスの手元が見えない。
こちらも相当激しく素早く動いているのだ。
カキン
一際高い金属音が響いたかと思うとアンタレスの動きが静止した。
手からはフルンティングが消えている。
ゴフッ
え?
アンタレスの体が一瞬にして近づいてきて、俺は慌ててその体を受け止める。
激しい衝撃に吹っ飛ばされそうになるが、足を踏ん張って懸命にこらえる。
何だ?
何が起きた?
フォラスは右手の剣を下ろして、こちらを見つめ、平然と仁王立ちしている。
受け止めたアンタレスの体が崩れ落ちる。
「アンタレス!」
「ぐうぅ」
アンタレスは苦しそうに鳩尾を手で押さえ、こらえきれないように「ガハアッ」と胃の中のものを吐き出した。




