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消えたデネブとシャウとアロンダイト

「ご主人様。よくぞ御無事で……」


 アスカロンの精が涙目で言う。「殿方がサキュバスの集団に襲われて、精魂を吸い尽くされずに生きておられるとは、まさに奇跡」


 奇跡とまで言われると面はゆい。

 ただでさえ昨晩のテント内での状況は説明しにくいのだが。


 話を聞くとアスカロンはデネブのテントにあって、精はそこで異変に気付いたが、自分の身を守るので精一杯だったらしい。

 それは仕方のないことだった。

 アスカロンは剣として使われてこそ、威力を発揮する。

 精としてはいくら負けん気が強くて意気軒昂であったとしても戦闘能力はない。

 連れ去られなかっただけでも、本当に良かった。

 俺はアスカロンを慰め、優しく柄を撫でた。


 アンタレスがサキュバスの集団を追い払えたのは、ひとえにフルンティングのおかげだとか。

 フルンティングの精が眠りこけているアンタレスの体を懸命にサキュバスの手から守ったらしい。

 アンタレスは一度眠るとなかなか起きないから気付かせるのは大変だっただろう。


 しかし、パーティーは無傷ではなかった。

 なくなっているものが三つあったのだ。

 デネブとシャウカット、そしてアロンダイトだ。

 おそらくサキュバス集団の俺とアンタレスへの夜這いはデネブとアロンダイトを奪取するための分断作戦。


「もしかしたら、デネブの奴、アロンダイトを土産に敵に降ったのかもしれないぞ」


 アンタレスが腕組みをして言う。


「何で今さらそんなことする必要があるんだよ」

「だって、あいつはもともと……」

「今は同じ人間だ。それに魔族だった時だって、俺たちのために命を賭して戦ってくれただろ」

「そうだけど、元カレにそそのかされて……」

「デネブはそんなことしない」


 デネブは俺たちを裏切るようなことはしない。

 アロンダイトと一緒に魔族に連れ去られたに決まっている。「早く助けに行かないと」


「どうやってだよ」


 それを言われると俺も項垂れるしかない。


 確かにアロンダイトがなければ、洞窟内では瘴気にやられて、たちまちのうちに身動きが取れなくなってしまうだろう。

 それを知りながら、洞窟内に再度侵入するのは無駄死にするようなものだ。


「んー。難しいなぁ」

「デネブがいないと明かりもないからな」


 確かに、明かりがなければ、どっちに進めばよいかも分からない。

 瘴気と明かり。

 この二つを何とかしないとデネブ救出どころか、洞窟内に入ることさえもできない。


「瘴気と明かりか……」


 待てよ……。

 洞窟内にも瘴気の影響を受けない場所はあった。「いいこと思いついたぞ」


 俺はデネブが紐で吊り上げてくれた穴の傍に立った。

 這いつくばって穴の中を覗き込む。


「何だよ、いいことって」


 俺は一旦穴から離れ紐を体にきつく結び付け、アンタレスの体にも同様に結ばせた。


「これは、命綱だ。俺が落ちたら引き上げてくれよ」


 そう言うと、俺は穴の脇に向かって飛びこんだ。

 足の裏に力を込めてドスンと着地する。

 と、ぐらっと地面が凹む。

 慌てて飛びのくと、穴から亀裂が伸びて地面が少し崩落した。

 穴が横に広がった状態だ。


「アル。まさか……」

「こうやって、少しずつ穴を広げて光を洞窟の中に差し込んでやる」

「おいおい。それで洞窟の上部を全部崩落させるつもりかよ」

「そのとおり」


 俺はそう言い残して、もう一度穴の傍を目がけてジャンプした。


 すると意外にもろくズボッと膝まで地面に埋まる。

 そして、自分の周囲の地面がバラバラと崩れていく。

 同時にアンタレスに紐が引っ張られ、俺はその力を利用しつつ手を地面に突っ張って穴から脱出する。


「危ないって」

「でも、また少し広がった」

「アル」


 アンタレスが紐を持ってブンブン回す。「見てみろよ」


 アンタレスが指差した方角を見る。

 そこには岩石だらけの地平が広がっている。

 はるか向こうにはすっかり背が低くなった生垣程度の緑の壁。


「何?」

「洞窟はどこまで続いているか分からない。少なくともあの緑の壁まではあるだろう。この調子で穴を広げていても、デネブに辿り着くまでに何日かかる?」


 そんな問いかけは想定内だ。


「何日でもかけるさ」


 それがヴェガ王女を、琴美を救うことになるのなら。


 その時、ゴーッという地鳴りと共にグラグラと世界が揺れた。


 俺は反射的にしゃがみ込み、地面に手をつき、揺れが収まるのを待つ。

 アンタレスも同じだ。

 震度で言えば5ぐらいか。

 野外だから良いが、これが家の中だったら家具が動き、家がきしみ、相当怖い思いをしただろう。


 やがて揺れが収まり、ゆっくりと立ち上がる。

 周囲にある緑の壁がほとんど見えなくなった。


「また、サタンが魔液を吸収したのかな」


 緑の壁が完全になくなったとき、サタンは復活する。

 確証はないけれど、そんな気がした。


「おい、アル!」

「ん?」

「じ、地面が……」


 アンタレスの見つめる先には穴から一方向に向かってビシーッと亀裂が走っていた。


「今の地震で、だいぶ地盤が弱くなったかも」


 その時、アスカロンが呼んだ気がした。

 柄に手を掛けるとスッと抜ける。

 隣を見ると、アンタレスもフルンティングを掴んでいた。


「やれるってこと?」

「そういうことだろうな」


 俺とアンタレスは亀裂を挟んで向かい合った。

 そして、一つ頷き合うと、一斉に刀の先端を亀裂に向かって差し込んだ。


 足元が揺れる。

 地面が割れる。

 足場が崩れ落ちる。

 ゴゴゴッと足元の土砂と岩石が崩落していく音が聞こえる。


「「うわっ」」


 俺とアンタレスは反射的に飛び退った。

 が、互いに互いを縛った紐が動きを封じ込める。

 紐がピンと張って、地獄を覗いたような青ざめた顔を見合わせる。

 俺は近くの岩石にすがりついた。


 しかしアンタレスは足場を失って、崩れた地面もろとも洞窟に落ちていく。


 ガクンと体が紐に引っ張られる。

 懸命に腕に力を込めて耐える俺。

 しかし、限界はすぐにやってきた。

 俺とアンタレスは再び穴の下へ落ちていった。



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