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決着の時

 俺は腰のアロンダイトを鞘ごと外した。

 そして、背後のデネブに預ける。

 重いアロンダイトは戦闘に邪魔だった。

 少しのことだが、俺の動きに合わせてゆさゆさ揺れるアロンダイトが気になっていた。


 再び正眼に構える。

 大きく息を吐いてから下腹に力を込め、オセとの間合いを詰める。


「いよいよ本気ということかな。じゃあ、私も少しは真面目にやりましょうか」


 オセがステップを刻み出す。

 あの大きなレーヴァティンを肩に担いでいるのに、それを感じさせない軽やかな動き。

 強靭な足腰のバネを感じさせる。

 押し寄せては引いていく波のように、ぼーっと見入ってしまいそうになる。


 俺は下唇を噛みしめて集中を保った。

 気付けば息苦しいような圧迫感。

 あと半歩詰めれば攻撃に出られそうだが、その半歩をオセが待っているようにも思える。

 出るべきか、待つべきか。


 切っ先をわずかに下げてわざと隙を作って誘う。

 顎をクッと上げ、膝をサッと軽く前に押し出して打ち込む兆しを感じさせる。


 しかし、こんなありきたりなフェイクにオセは乗ってこない。


 時間だけが過ぎる。


 顎に伝っていくのは汗なのか、血なのか。

 正眼の構えは崩さず、肩や肘の力を抜き、静かに時が来るのを待つ俺。


 ステップを踏み、絶えず動き続けながらも一切隙を見せないオセ。


「どうした?打ってこないのか?それともびびって打ってこれないのかな」


 オセがにやにや笑って挑発してくる。


 駄目だ。

 時間が過ぎれば、それだけ後ろのみんなが瘴気に晒される。

 危険だと知りつつも出るしかない。

 肉を切らせてでも骨を断つ。

 その覚悟がなければ、この苦境は突破できない。


 オセのステップのリズムの中では飛んでいる間が一番身動きが取りにくいはず。

 俺はそこを狙って攻撃を仕掛けることにした。

 緊張のせいか、心臓が高鳴り、どうしても肺の奥に空気が入らない。

 努めて深く吸い込んで、息を止め、オセの動きに合わせて……。


 俺は思い切って二歩分近く右足を踏み込んだ。


 その瞬間、「おらよ!」とオセのレーヴァティンが唸りを上げて落ちてくる。


 俺は即座に出した右足を一歩分下げる。

 オセの大刀をアスカロンで受けながら、その衝撃を利用して右へ重心を移す。

 さらに右へ足を運ぶ。

 オセのがら空きの左脇腹が目の前に見える。

 俺は最小限の腕の動きでアスカロンを斜めに駆けさせる。

 オセに触れるのは、切っ先の二センチだけで十分だ。

 それだけでもアスカロンの切れ味なら、何倍もの深さの傷を与えられるはず。


 やったか。


 と、思ったときに、レーヴァティンの柄が下がってきた。

 刀身で防ぐのは間に合わないと悟ったのか、オセは柄で脇腹を守る。


 俺は構わずに躊躇なくアスカロンの切っ先を滑らせた。

 レーヴァティンの柄ごと切り捨てるつもりで。


 グシャガキン


 切ったのと弾き返されたのと、二つの感触が同時に腕に伝わる。


 仕留められなかった。


 俺は咄嗟にアスカロンを引いた。

 ほぼ無意識に刀身を横たわらせて頭蓋を守りにいく。

 俺は視界の下端にオセの指が落ちるのを、上端にレーヴァティンのきらめきを捉えていた。


「このクソガキがぁ!」


 アスカロンを両手で支えるが、隕石が落ちてきたような圧倒的な衝撃が俺の全身にのしかかる。

 俺は地面に踏ん張った足の裏から絞り出すようにして両腕に力を送りこんだ。

 腕の骨が手首から肩まで粉々に砕かれそうなレーヴァティンの威力。

 刀と刀の交わりを通してオセのこの一撃に賭したものの大きさが伝わってくる。

 これさえ受け止めれば、俺は次の攻撃で必ず致命傷を当てられる。

 が、腕が負ける。

 レーヴァティンの重力を止められない。


 レーヴァティンの分厚い刃が俺の左肩を抉る。

 熱い痛みが全身を駆け巡る。


 鎖骨を使ってでもここで止め切らなければ、一気に体を真っ二つにされてしまう。


「うぉおお!」


 俺は吼えた。

 もう一度全身から力を振り絞る。

 死に物狂いで腕を押し上げる。


 が、ガクンと膝から力が抜けた。


 え?


「終わったな」


 大刀の向こうでオセが嗤うのが見える。

 何故だ。

 自分の体が傾ぐのを止められない。

 穴の空いた風船のように、全身から張りがなくなる。

 俺は左肩から入り込んだレーヴァティンが肋骨を両断し右腰へ通り過ぎるのを予感した。

 左肩の痛みも遠ざかっていく。

 体全体が麻痺しているようだ。


「ハアッ!」


 女神の咆哮?

 恐ろしいほどの気合の奔流が俺の背後からオセを貫くように迸った。


 ハッと見上げると、光の柱がオセの顔を右半分吹き飛ばして、そのまま彼方へ飛んでいった。

 驚きの表情で残った目をカッと見開いているオセに止めを刺すべく、俺はアスカロンでその無防備な腹を薙いだ。


 オセの魔液が顔から、腹から零れ落ちる。

 崩れ落ちたオセの体が魔液の蒸発と共に消え始めた。


 するとどこからともなく大きな羽がファサファサと上下動をする音が聞こえ、洞窟の奥から風が吹いてくる。


 どうしてこんなに力が入らないのだろう。

 引力がどんどん体を重くしているような気がして、座っていられなくなる。

 強い風に手で顔を覆う。


 現れたのは見覚えのある巨大な鳥だった。

 確かあいつの名前は……。


「ヴァプラ……」


 ヴァプラはオセのまだ消え切っていない遺骸の傍に降りた。

 オセの体を嘴で銜え、顔を上に向け、口の中に含み、そのまま飲み込んだ。

 そして再び飛び去って行く。


 ヴァプラの羽が巻き起こす風に煽られて俺は地面に寝そべった。


「アル!大丈夫?」


 俺をデネブが抱きかかえてくれる。


「あれ?元気、そう、だな」

「なんか分かんないけど、これもらったら元気になった」


 デネブはアロンダイトを俺の体の上に置いた。

 すると途端に呼吸が楽になり、力が四肢に届き始めた。


「ぐわぁ」


 突然、猛烈な痛みが左肩で爆発した。

 もちろん何も爆発はしていない。

 麻痺が消えたためにオセに切られたところが痛み出したのだ。


「ちょっと待って、手当してあげる」

「そ、その前に、アロンダイトをアニーにも」


 何故かは分からないが、アロンダイトは瘴気の毒を消し去る力があるようだ。

 身に着けていた俺だけが力を失わずに走ることができていたこと、はずしてデネブに預けた途端、体が言うことを聞かなくなってしまったことはそれで説明がつく。


「しょうがないわね」


 デネブはアロンダイトをアンタレスに向かって放り投げる。


 すると、徐々に体が痺れてきて、次第に肩の痛みが気にならなくなる。

 デネブはいつもの感じで傷口を小さくし、魔法で痛みも和らげてくれているのだろう。


 デネブの向こうにアンタレスが顔を見せた。


「ほらよ」


 アンタレスが再び俺の体の上にアロンダイトを置くと麻痺の感覚が消え、肩に痛みが戻ってくるが、耐えられない程ではなくなっていた。


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