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なんで俺だけ?

 オセの言葉に嘘はないように思えた。

 まずい。

 早くここから脱出しないと。

 この洞窟内にいる限りデネブもアンタレスも体調が悪くなる一方だ。

 俺だって、いつ瘴気とやらに体が蝕まれるか分からない。


「罠だったのか」

「人聞きの悪いことを。忠告を聞かなかった貴様らの責任だろ」

「本当に瘴気が出ているのなら、何故俺の体は大丈夫なんだ?」

「それを知りたいのはこちらの方だよ」


 今度はオセが蹴りを見せた。「何故、貴様だけ瘴気にやられていない?」


俺は辛うじて足を避け、また間合いを取った。


 チラッと背後を確認する。

 アンタレスもデネブもシャウカットもみな苦しそうだ。

 とても戦闘に参加できるようには見えない。


 オセの言葉どおり瘴気に耐性のない魔族以外の人間はこの穴の中では生きていけないのだろう。

 では、何故俺は瘴気に体が毒されないのか。

 もしかして、毒されているけれど鈍感だから気付いていないだけ?そんなことはない。

 体のキレはいつもどおりだ。

 俺がこの世界に転生してきたから瘴気に耐性があるのか?

 いや、この体は元々この世界にあった。

 そういう意味ではアンタレスやデネブと同じだ。

 だとすれば、実はこの体は前のデネブみたいに魔族だったりして。

 いや、この体に流れる血は赤かった。

 魔族なら緑のはずだ。

 では何故?

 何故、俺に瘴気が効かない?

 それが分かれば、みんなを救えるかもしれない。


「アル!」


 デネブの声が響いて俺は反射的に剣を振り上げた。

 ガシンという衝撃と共に火花が飛び散って温かい何かが頬を流れて落ちる。

 鉄のにおい。

 血だ。


「戦闘中に考え事は良くないぞ」

「うるさい!」


 俺は大きく横にアスカロンを薙ぎ払った。


 オセはひらりと軽く身をかわして、また踊るようにステップを踏む。


 そのステップを乱したくて、俺は遮二無二打って出る。

 しかし、あまりデネブから離れると光が届かなくなり、深追いできない。

 その意識が影響しているのか、オセの剣技の実力を恐れているのか、自分の攻撃に思い切りが足りない自覚がある。

 事実、オセは簡単に俺の剣を受け流しているように見える。


「もう終わりかな?」


 オセの声が俺をあざ笑うように響く。


 くそ。

 俺はこの程度なのか。

 どんな苦難があっても琴美の、ヴェガ王女のためにアストラガルスを見つけると心に誓ったはずなのに。


「オセ」

「ん?」

「アストラガルスって知ってるか?」

「アストラガルスねぇ」


 オセの口調は全く知らないという感じではないように思えた。


「知ってるのか?」

「無駄だよ」

「は?」

「レラジェの毒は強烈だ。今頃ヴェガ王女は黄泉に発たれた頃じゃないかな」

「黙れ!」

「おーこわ」


 俺は八双に構えて肩口に引きつけているアスカロンの柄を口元に寄せた。

 頼むぞ、アスカロン。

 オセとはここで決着をつける。

 俺は心の中でアスカロンに声を掛け、柄を握る手に力を込めた。

 すると俺の気持ちに呼応するように、刀身が淡く輝いたように見える。


 俺は構えを八双から正眼に移した。

 柄尻を握る左手を下腹近くに据え、剣先をオセの目に向ける。

 剣道で使う最もポピュラーな構え。

 もちろん俺もこの構えが一番身に染みついていてしっくりくる。

 これまでこちらの世界では剣が重くて、八双の方が扱いやすかったが、今、アスカロンを握っていると自然と正眼に構えが落ち着いた。

 今はアスカロンが軽い。

 竹刀の重さと同じだ。

 きっとアスカロンが俺に合わせてくれているのだろう。

 この感覚。

 実力を百パーセント出せばオセと十分に渡り合える。


 ススッと摺足でオセとの間合いを詰める。

 呼吸を一定に保ち、丹田に力を込め、リズムを取るように切っ先を小刻みに揺らす。


 この場が道場に見える。

 俺はオセの動きに集中していた。

 その足さばき、剣の動き。聞こえるのはオセが刻む足音。

 そして自分の呼吸音。

 世界は俺とオセだけ。

 ここでこいつとは決着をつける。


 先手必勝。


 そう思ったのは俺だけじゃなかった。

 俺が斬りこむのと同時にオセも動いていた。

 二人の真ん中でアスカロンとレーヴァティンがぶつかる。

 そこから俺はさらに踏み込んだ。

 一撃に力を込めず、素早い手首の返しで次々に打ち込む。

 左腕、右肩、右頬、左側頭部、左手首。

 オセの動きから打ち込み易そうな場所を瞬時に見出し、アスカロンを走らせる。

 オセの左肩を狙った一撃が肉を切った感触があった。


「くっ」


 オセが軽く呻く。

 が、オセは肘でアスカロンの刀身を外へはねのけ、大刀を振るのではなく、突いてきた。


 突きは想定外だった。

 剣で受けるのは間に合わない。

 間一髪のところで俺は顔を右に倒してレーヴァティンを避ける。


 ビュンという風切り音が耳元で唸った。


 俺は大きく飛び退った。

 左の首に手を振れる。

 ぬるっと血の感触があった。

 浅い傷だがズキンズキンと痛む。

 あと数ミリ深かったら、頸動脈をやられていたかもしれない。


「何を笑ってる?」


 オセに言われて初めて気が付いた。

 俺は笑っていた。

 冒険の途中に不謹慎かもしれないが、心にあるのは楽しいという気持ちだった。

 オセがどういう技を繰り出してくるか。

 そしてそれをどのようにかわし、アスカロンをどのようにオセに叩き込むか。

 想像するだけで、ワクワクしてくる。

 緊張感がたまらない。


「アル。大丈夫?」


 背後からデネブの今にも倒れそうなはかない声が聞こえてきた。

 時間はない。

 早くオセを倒し、パーティーに瘴気のない空気を吸わせなければ。


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