デネブの元カレ
「けっこう話の分かる人だったね」
「ああ。何か拍子抜けしたな」
俺とアンタレスが緊張から弛緩していると、傍らでへなへなとデネブが地面に座り込んだ。
シャウカットがバランスを崩し驚いたように肩から飛び降りて、デネブの手を舐める。
「やばかったぁ」
「どうしたの?」
「あいつ、オセより強いよ。本当にオセの師匠だもん」
急に緊張感が戻ってくる。
オセに勝てるかどうかも自信がないのに、オセよりも強いとは。
「戦ってたら、やられてたかな」
「壁の前のここで全滅してたかもね」
「だから、お前、こそこそしてたのか?」
アンタレスがフルンティングを鞘に仕舞いながら、デネブを睨み付ける。
「ばれてた?」
「ずっと俯いてただろ。なんか、もじもじしてたし」
「だって……」
デネブが顔の前で両の人差し指の先同士をツンツンする。「あれ、あたしの元カレなんだもん。顔、合わせづらくって」
「「元カレ?」」
俺たちが目を見開くとデネブは「てへっ」と後頭部を掻いて笑った。
「向こうも気付いてたかな」
「分かんない。姿、形だけじゃなく中身も今は人間になってるし。でも、男と女ってそういうの超越することあるじゃない?」
「知らねぇよ」
アンタレスは呆れ顔だ。
それから急に真顔になる。「お前、あいつと何で別れたんだ?」
「何であんたにそんなこと教えなきゃいけないのよ」
「何でって、あいつ、お前を恨んでるかもしれないじゃねぇか。そのあおりを俺たちが食うことになるんだぞ」
「ああ、そうね」
デネブは遠い目をする。「怒ってるかもなぁ」
「お前、何したんだよ」
「別に、何も」
「何も、って。何かした顔してるぞ」
「何も言わずに消えただけよ」
「消えた?」
「消えて、ポラリスに行ったの」
デネブは何故か嬉しそうに俺の手を取り、腕を絡ませた。「だって、他に好きな人ができちゃったんだもん」
少し顔を赤らめて、デネブが意味深な目で俺を見上げる。
「え?」
俺はうろたえた。「俺?」
「戦闘中にアルを見つけて、一目ぼれして、そのまま……」
アンタレスがため息まじりに冷ややかな目で俺を見てくる。
「アル。気をつけろよ」
「えー。俺が悪いの?」
「悪くない。でも、フォラスはお前を恋敵としてメラメラと闘志を燃やしてるかもな」
「ま、まあ、でもデネブが元カノとはばれてないかもしれないし」
「んー」
デネブが人差し指を顎に当てて思案顔をする。「多分ばれてるわ」
「何で!さっき、分かんないって言ったじゃん!」
「ごめん。でも、思い出したの。多分、オセにはあたしのことばれてる。あいつと戦ったとき、あたしまだ魔族だったでしょ。オセは鋭いからにおいとか気配みたいなものであたしの正体を察知したはず。実際、あの時ギロッて睨まれたし」
「じゃあ、ダメじゃん」
俺は頭を抱えた。「入るの許可するとか言ってたけど、罠かも」
「ま、仕方ないっしょ。どの道、危険な冒険だって覚悟してたんでしょ」
デネブが俺の肩を叩いて気楽に言う。
そりゃそうだけど。
でも、さっきの人、見るからに強そうだったし、オセの師匠だって言うし。
「で、結局、どこから入るんだ?」
自分への脅威はなくなったと思ったのか、俺の嘆きは無視してアンタレスが親指を立てて壁を指す。
「スーッと行けないってことは、よじ登るしかないのかも。地人には必要ないから、門なんてないよ」
「しゃあないな」
アンタレスは助走をつけて、勢い良く壁に飛びつき、巧みに壁の凸凹を足で捉えて、壁の上に跨った。
「何だよ、これ!」
アンタレスが壁の向こうを見て驚きの声を上げる。
「何?どうした?」
「アルも上がってみろよ」
言われて、俺もアンタレスと同じ要領で壁に挑みかかる。
アンタレスに手伝ってもらってアンタレスと向かい合う格好で壁の上に座る。
「うわっ!」
眼下には巨大な、学校のグラウンドぐらいの巨大な穴が楕円形に空いていた。
どこまで深いのか、途中からは光が届かず穴の全貌は掴めない。
暗い闇がぽっかり口を開いているように見える。
穴の向こうは広大な大地が広がっていて、ごつごつした岩石が幾つも転がっている。
草木は見当たらない。
「あたしも上げて」
シャウカットをまず受け取り、デネブをアンタレスと引き上げる。
俺とアンタレスの間に座ったデネブは穴を見下ろして、「大きくなってる」と呟いた。
その時、突然壁が揺れた。
地震?
いや、壁が低くなっているのだ。
俺は咄嗟に壁の上に這いつくばった。
デネブが俺の背中に掴まる。
「わわわ」
アンタレスがバランスを崩して穴の方によろめいた。
咄嗟にデネブのローブの裾を握るが、そのままゆっくり穴の方に体が落ちていく。「うわっ」
「ちょ、やめて!離して!」
デネブがアンタレスに引っ張られて、俺の服にしがみつく。
「お、おい!」
俺もズルズルと穴へ引きずられ……。
「うわー」
「キャー」
「あー」




