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絆の儀式

「アスカロン」

「はい」


 ウァラクとの戦闘による疲労を取り除くため、闇夜の森探索開始を明日に延ばし、パーティーは早めに露営した。

 今回もデネブのサイズ魔法による岩石を模したパンのテントだ。

 その中で、俺はアスカロンの精と向かい合って座っていた。


 アスカロンはしょんぼりした表情で肩をすぼめている。


「明日から俺たちは闇夜の森に入る」

「はい」

「今まで以上に厳しい局面があると思う」

「はい」

「だから、今日みたいなことはもう困るんだ。アスカロン。俺は君を信頼している。君の力がなければ、冗談でも何でもなく、俺たち三人のパーティーはすぐに全滅してしまうだろう。君も俺のことを信じて、俺に君の全ての力を貸してほしい。俺と一緒に最後まで戦ってほしいんだ」

「ご主人様」


 アスカロンはうっすらと目に涙を浮かべて俺を見た。「私のわがままでご主人様を困らせてしまったこと、お詫びします。申し訳ありませんでした」


「謝ることはないんだ。終わったことは……」

「ただ」


 アスカロンは俺の言葉を遮るように声を張った。

 その目に力が宿る。


「ん?」

「私はご主人様の気持ちを測りかねております」

「俺の気持ち?」

「私はご主人様に忠誠を尽くす所存ではありますが、それはご主人様からいただくお気持ちに比例するものです。ご主人様から大切にしていただければ、私もその分しっかりと力添えさせていただきます。逆に、あまりにかまっていただけなければ、私も気力が湧いてまいりません」


 剣と言えど、その精は心で動くということか。

 俺は神妙に頷いた。


「ご主人様は私以外の剣も手にされました。そのことは構いません。所詮、剣は扱う方の手によって働くもの。ご主人様が何本剣を持たれても、それはご主人様の自由。ですが、私にも心がございます。私がご主人様に尽くしたい気持ちをご主人様に大切にしていただきたいのです」

「あっ」


 俺はアスカロンの言いたいことに思い至った気がした。

 最近俺はアスカロンをアロンダイトと一緒にテントに立てかけて寝ている。

 だけど、旅を始めたころは全然違っていて、毎日アスカロンを抱えて眠っていた。「ごめん。最近、俺、君を大事にしていなかった」


 いつ頃だったか、アスカロンが俺を認めてくれて、それからは彼女の物言いも態度も全く違うのものになった。

 俺に従順になってくれた。

 それを良いことに、俺はアスカロンをないがしろにしていたかもしれない。


「抱いて寝てくだされば、私も気力が充実します。それは、大変ありがたいことです。ですが……」

「ですが?」

「今後、ご主人様と私が共に厳しい戦いに挑んでいくには、その絆を確固たるものにすべきと存じます」

「うん。それは、そうだね」

「それには……」


 アスカロンが急に恥ずかしそうに俯き、微かに頬を朱に染めて上目遣いで俺を見る。「しっかりと節目の儀式を済ませておかなければ、と」

「節目の儀式?」


 何それ?


「あのねぇ」


 急に背後から声がして、振り向くと、母さんがいた。

 違う。

 アロンダイトの精だ。「仲が良いのは結構なことなんだけどさ、私がいるところで乳繰り合われるのは迷惑なんだけど」


「えっと、その……」


 乳繰り合う?

 今、俺とアスカロンが乳繰り合っているように見えたのか?

 それとも、節目の儀式っていうのが、そういうことなのか?


「じゃあ、テントの外でならよろしいですか?」


 アスカロンの精がアロンダイトの精と交渉し始める。


「それでいいなら私はいいけど、このテントの外って本当に外だよ。いいの?」

「私は構いません」

「ふーん。まあ、やってる間、私を封印しといてくれればいいんだけどね」

「え?封印って怖くないんですか?」

「別に。よく眠れるし」

「そうなんですか。ではお言葉に甘えて」

「何?何?」


 俺は二人の精の話についていけない。


「ご主人様。アロンダイト様を封印してくださいませ」

「封印って?」

「あなた、封印の仕方も知らないの?」


 アロンダイトが怒ったような声を出す。


 アスカロンが俺に耳打ちをする。


「封印とは、剣の精を鞘に封じ込めることです。封印している間は精は鞘の中に縛られ、自由に鞘の外に出られなくなります。その方法は、ご主人様の涙で剣の刀身の根元を濡らし、しっかりと刀身を鞘に収めることで完了です。次にご主人様の手で鞘から刀身を抜くまで封印が解けることはありません」

「え?俺が泣くの?」

「そうよ。だから、さっさとやってちょうだい」


 アロンダイトが母さんの声で面倒くさそうに言う。


「急にそんなこと言われても、泣けないよ」

「じゃあ、私があなたのママのものまねしてあげるわよ。こないだ、私を見て泣いてたでしょ。何て言ってほしい?」

「何て言ってほしい、って……」


 俺は慌てた。

 せっかくだから何か言ってもらいたい。

 母さんの声でどういう言葉を聞きたいだろうか。

 日常的な言葉がいいかも。

 毎日言われていたような、ありきたりな……。


「あっ!」


 アスカロンの驚きの声が背後から聞こえると同時に鼻に何かが強くぶつかった。


「イテッ」


 思わず鼻を手で押さえる。

 ツーンと鼻の奥に痛みが走る。

 あまりの痛みに涙が出てくる。


「ちょっとアロンダイト様。ご主人様に何てことを」

「だって、辛気臭くって。鼻を殴るのが泣くのに一番手っ取り早いのよ」


 そうか。

 アロンダイトに鼻を殴られたのか。


 涙で霞む世界でアロンダイトの姿が消えていく。


「ご主人様。今のうちに」


 言われるがままに俺は指に濡らした涙をアロンダイトの刀身に塗る。


「これで本当に封印になってるの?」

「はい。これでアロンダイト様はご主人様が剣を抜くまで眠っておられます」

「そうなんだ」

「では、ご主人様。儀式を」

「そう言えば、その儀式ってどんな……」


 俺は息を飲んだ。

 いつの間にかアスカロンは着ているものを脱ぎ捨てて……。


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