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デネブ無双

「母さん」


 夜空に大きな星が三つ。

 それらは地球の月のように丸く明るく輝いている。

 星の表面に母さんの顔が浮かぶ。

 剣道の試合で勝つと涙を流して喜んでくれた母さん。

 いつまでも起きない俺をやんわり叱る母さん。

 数学で分からないところを優しく教えてくれる母さん。

 オヤジと口論する母さん。

 オヤジに頬を叩かれてキッと睨み返す母さん。


 母さんは薬剤師の資格を持っている。

 高齢化社会で全国どこでも老人が多い。

 老人が多いということは薬を使う人も多いということ。

 きっと母さんはすぐに仕事が見つかって、どこでも暮らしていけるだろう。


 今頃、どこにいるのかな。

 どうして俺を置いていったのかな。

 一緒に出て行ったら俺が転校しなくてはいけないことを不憫に思ったのだろうか。

 俺が剣道を好きだったから、オヤジと一緒にいた方が良いと思ったのだろうか。

 単純に俺がいない方が気楽なのかもしれない。

 偶然どこかで母さんと再会できたとしても、さっきのアロンダイトみたいに「あなたのママじゃないわ」って言われてしまったりして。

 

 俺は駄目だ駄目だとブンブン左右に顔を振った。

 ぼーっと物思いに耽っていると魔族に気付くのが遅れてしまう。


 と思ったときには、まさに時すでに遅し。


 やべぇ。


 俺は声を出さずにそう言った。

 周囲から不気味な殺気を感じる。

 いくつもの目に見られている感覚がある。

 魔族に囲まれているのだろう。

 しかし、星明りだけでは敵の数、姿かたちが分からない。


 俺は静かに立ち上がり、アスカロンの柄に手を掛けた。


 こちらから先制攻撃を仕掛けるべきか。

 それともアンタレスとデネブを起こすべきか。


「え?また?」


 抜こうと思ってもアスカロンが抜けない。「頼むよー、もう」


 俺は膝から力が抜ける感覚に襲われた。


 急に辺りの闇が濃くなってきた。

 星明りが消えていく。


 空を見上げるとモクモクと雲が広がっている。

 魔法か?

 このままではますます不利になっていく。

 もう時間はない。


「アスカロン。いい子だから、言うこと聞いて」


 俺は身をかがめ、腰のアスカロンに囁いた。

 そしてグッと手に力を込めてアスカロンを一気に引き抜こうとした。

 しかし、アスカロンは一瞬キラリと輝く刀身を見せたが、いやいやをするようにすぐに鞘に戻ってしまう。「アスカロン。お願い。頼むから」


 うらぁ、と吠えながら力一杯引き抜くと、ずるずると少しずつ鞘から顔を出す。

 しかし、最後まで引き抜くことはできず、息を整えようとすると、しゅるるると再び鞘へ帰っていった。


 頭上でバリバリと音がして稲光のように閃光が走る。

 やばい。

 雷撃魔法だ。

 俺は咄嗟に頭を両手で抱え、地面に突っ伏して衝撃に備えた。


 しかし、しばらくしても何も起こらない。


 あれ?


 俺は恐る恐る顔を起こし頭上に目をやった。

 と、上空から俺にめがけて襲い掛かってきていた稲光が、どんどん押し戻されていくところだった。


「ハァアアアアアア!」


 声の主はデネブだった。

 テントの前で、デネブが例の左手を胸のペンダントに当て、右手を突きだすポーズで魔法を放っている。「ハッ!」


 跳ね返された雷撃は今度は何本にも別れて俺たちの周囲に降り注がれた。

 バシーン、という音と共に幾つもの悲鳴がこだまする。


 すげえ。

 恐らく何体かの魔族が力を合わせての魔法攻撃だったのだろうが、デネブが一人でまさに蹴散らした格好だ。


「魔族か?」


 アンタレスも上半身裸で抜身の剣を握り締めてテントから飛び出てきた。


「まだ、倒しきれてないわ」

「オッケー。任せろ」


 アンタレスはテントの周囲の闇に向かって駆け出す。


「アル!大丈夫?」


 デネブも俺に声を掛けながらアンタレスとは別の方角に走り出した。


 魔族との戦闘ではいつもは俺とアンタレスに隠れていて、回復系とか感情系の魔法で後方から支援してくれていたデネブだが、今は全然違う。

 「オラオラ」とあっちこっちに炎撃や氷撃、雷撃の魔法を飛ばすデネブはまさに無双という感じで頼もしい。


 俺だけいつまでも伏せてはいられない。

 「おう」と返事をして立ち上がる。

 しかし、相変わらずアスカロンは言うことを聞いてくれない。

 こうなったら。

 俺はアロンダイトの柄に手を掛けた。

 アロンダイトは抵抗なく抜けた。

 振り回してみると、どうも剣先が重くて扱いにくいが、背に腹は代えられない。

 俺は二人とは別の方向に狙いを定めて魔族を追った。


 闇に目が慣れてくると、黒っぽいローブの背中を視界に捉えることができた。

 ローブが長く、足が見えない。

 遠ざかっていくその姿は上下動がなく、走っているというよりは、スーッと空中を移動しているかのようだ。

 追いかけてきた俺に気付いたのか、振り向いたその顔はローブのフードに深く隠れていて全く分からない。

 が、朱く光る眼のようなものが印象的に暗闇に浮かんでいる。


 と、次の瞬間、火の玉のようなものが次々に飛んできた。

 炎撃か。


 俺は草むらに横っ跳びしてかわす。

 立ち上がると、ローブの魔法使いとの距離が開いていた。

 慌てて追いかける。

 距離を縮めると、今度は雷撃。

 何とかかわすと、また遠くに逃げられている。


 こんなことを繰り返していては、いつまで経っても倒せない。

 デネブとアンタレスも苦労しているだろうか。

 人の心配をしていたら、ローブの魔法使いの進行方向に立ちふさがるようにデネブの姿が見えた。


 魔法使いがデネブに向かって炎撃を放つ。

 火の玉が幾つもデネブに襲い掛かる。


 が、デネブの前まできて、炎撃は見えない壁に弾き返されたように反転して、勢いそのままにローブの魔法使いに飛んでいった。


 魔法使いは自分の魔法攻撃をまともに喰らって、よろける。


「本当の炎撃はこうよ!」


 デネブが右手を突きだすと、象ぐらいに大きな火炎が噴き出して、魔法使いを包み込んだ。


 ブシューと気化する音がして、魔法使いが霧散する。


「ありがとう。助かったよ、デネブ」

「もう少し魔法攻撃に慣れないと、ダメよ。二人とも」


 いつの間にかデネブの背後にアンタレスがいて、「面目ない」と謝る。

 きっとアンタレスも俺と似たり寄ったりの戦いぶりだったのだろう。


 腕っぷしに頼った力戦ばかりじゃ、この先は生き抜けないということを身をもって知った夜だった。


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