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アロンダイトの精

「じゃあ、後で起こしに来るから、寝ぼけて俺に殴り掛かってくるなよ。アルは寝起きが悪いからなぁ」

「大丈夫だって」

「アル。あたしを起こす時は優しいキスでね。そうじゃないといつまでも目を覚まさないから」

「こちょこちょして起こすよ」


 俺は何度となくアンタレス、デネブと同じやり取りをしてテントに入った。


 こっちの世界で俺ってそんなに寝起きが悪いのか。

 まぁ、現実世界でも良くはないけど。

 デネブは本当にキスをせがんできそうで困ったな。

 安易に真ん中でいいって言わなけりゃ良かったかも。


 そんなことを考えながら横になっていたら、あっという間に眠りに落ちていた。



 誰かの話し声が聞こえて目が覚める。

 もう、交代の時間か?


「だから、誰の了解を得て、ここに居るのかって訊いてるんだ」


 この怒っている声。

 明らかに聞き覚えがある。

 俺は、パッと目を開き、すぐに体を起こして正座になる。

 やばい。

 また怒らせちゃったか。


 そこにいたのはやはりアスカロンの精だった。

 中空で腕組みをして睨み付けるその姿は何度も見たことがある。

 しかし、視線の先は俺じゃなかった。


「答えろ!」


 怒鳴るアスカロンの視線の先を恐る恐る見ると、そこには……。


「え?」


 俺は目を疑った。

 まさか。

 これは夢なのか。「母さん……」


「え?」

「はぁ?」


 アスカロンとアスカロンに怒られていた女性も驚いた声を上げる。


 しかし、俺も驚き度合いでは負けていない。

 頭がパニックだ。

 目の前に二か月ぶりに見る母親がいる。

 良家のお嬢様のような白のワンピースで、顔立ちも若いが明らかに母さんだ。


「んなわけないし」


 母さんはつまらなさそうにそっぽを向く。


「ご、ご主人様?」


 狼狽したアスカロンが俺の傍に力なく座り込む。「こちらの生意気な小娘がご主人様のお母様?」


 確かにふてくされたようなその横顔はアスカロンのような女王様キャラにとっては生意気な小娘でしかないだろうが、外見は間違いなく……。


「俺も信じられないけど、……母さんだ」


 俺の答えにアスカロンは居住まいを正して、「私、とんでもない御無礼を」と俺に頭を下げる。


 母さんは「違うって言ってるし」と蔑んだような冷たい目で俺とアスカロンを見る。


「いいんだ。アスカロンは悪くないよ。俺もびっくりしてる」

「私、私……」


 アスカロンは口に当てた手を震わせ、顔を小刻みに左右に振ったかと思うと、スッと姿を消した。


 アスカロンがいなくなると、母さんはフンっと鼻息を漏らして、何もない中空にテーブルがあるかのように頬杖をつく。


「何、泣いてんの?」


 突き放す口調で言われて初めて気が付いた。

 俺は慌てて手で頬を拭い、

 へへっと照れ隠しに笑う。


「あなたは、アロンダイトの精ですか?」


 俺の問いかけに彼女は面倒くさそうにため息をつく。


「少なくとも、あなたのママじゃないわ」

「ええ。分かってます」


 これは俺が作り出したこちらの世界の話だ。

 見た目は母さんだけど、瞬一やプラネタリウムの受付のおじさん、グラビアアイドルと同様に俺の記憶に基づいて作り出されている登場人物に過ぎない。

 元の世界とは何のつながりもないのだ。

 だけど、久しぶりに母さんに出会えて俺は知らず知らずのうちに涙を流してしまうぐらいに嬉しかったみたい。


「だったら泣かないでくれる。感傷に浸られても迷惑なんだけど」


 おっしゃる通りだ。返す言葉もない。


「ごめんなさい」


 しっかり頭を下げる。「今、僕は仲間二人と冒険に出たところです。困難な戦いの日々が続くと思います。是非、あなたに力を貸していただきたいんです。お願いします」


「好きにすれば」


 アロンダイトの精は俺を一瞥し、瞬く間に音もなく姿を消してしまった。


 俺はアロンダイトの精がいた辺りをぼーっと見つめた。

 そこに母さんの姿を思い浮かべて。


「アル。起きてくれよ……アル?」


 テントの入り口を無造作に開いたアンタレスと目が合う。

 俺が起きていると思っていなかったのか、ギョッと肩をすくめたアンタレスは俺に異変を感じたのか訝しそうに目を細める。「どうした?アル」


「何でもない」


 俺は赤くなっているだろう目を見られないように顔を伏せながらアンタレスを押しのけるようにしてテントの外に出た。


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