アロンダイトの価値
「変だな」
「変よね」
野営の準備をしながら、アンタレスとデネブが異変を警告し合う。
「どうかした?」
一人蚊帳の外の俺は腕組みして向かい合う二人の間に割り込んだ。
「暢気ね、アルは」
そんなこと言われても、何が変なのか分からない。
闇夜の森の深く濃いこんもりとした緑の塊が少しずつ大きく見えてきている。
明後日にはあの中に入れるだろう。
フォワードを出てから最初の野営。
今日のところは非常に順調だ。
まるで広い草原にキャンプに来たみたい。
「二人の方こそ、どうしたんだよ。何かおかしなところがあったか?平和そのものの一日だったじゃん」
「それが変だって言うんだよ」
アンタレスが首を左右に振る。
「そうよ、アル」
魔法でテントやテーブルなどを大きくしながらデネブは眉をひそめる。「どんどん魔族の巣窟に近づいてきてるのよ。それなのに、今日は一匹の魔族とも出会っていないじゃない」
「どこかから監視されてるんだろうな」
アンタレスが椅子に腰かけて頭の後ろで手を組む。
「寝静まった頃にドカンってことかしら」
「分かりやすいけど、それが一番効果的だよな。今日は交代に寝ずの番か」
「途中で起きて、また寝るとかあたし無理だから、最初か最後にしてね」
「分かったよ。俺かアルが真ん中をやる」
二人は仲が良いのか悪いのか。
こういうところでは阿吽の呼吸で物事を決めていく。「アル。どっちが良い?」
「俺?真ん中でいいけど」
「オッケー。じゃあ、俺が一番目やるよ。交代の時間に起こしに行くから、しっかり起きてくれよ」
「ああ」
「それと」
「ん?」
「二本も差して大丈夫なのか?」
「どういうこと?」
「いくらアロンダイトが音に聞く名剣だとしても、アルの相棒はアスカロンだろ。ただでさえ扱いにくいアスカロンがまたへそを曲げても知らないぞってことだよ」
「ああ、それな。俺も心配してたんだよ」
「だったら何で」
アンタレスが苛立ったような声を出す。「また抜けなくなっても知らないぞ」
「あたしが勧めたの。せっかく陛下にいただいたアロンダイトよ。もったいないじゃない」
「しかるべきところに大切に仕舞っておけばいいんだよ。剣士でもないデネブが口を出す話じゃない」
「アロンダイトは魔族界でも有名なのよ。あたしは剣士じゃないからその価値は分からないけど、欲しがる魔族が多いのは事実。だから、きっとすごい力を秘めてるはずだし、持ってるだけでもきっと今後役に立つ時が来ると思うわ」
魔族のことは元魔族のデネブが一番詳しい。
デネブが持って行くべきだと主張すればこれから魔族の巣窟に足を踏み入れるにあたり、アンタレスも反論できないところだ。
「しっかりアスカロンに説明した方がいいぞ」
「分かってる」
何だか、友人に合コンに誘われて、彼女に「数合わせだからさ。すぐに帰ってくるから」って言い訳するみたいだな。
合コンなんて行ったことないけど。
大学生とかになって俺が合コン行くって言ったら、琴美は何て言うかな。
想像したら、やっぱり雷が落ちそうで怖い。
行くなら黙ってだろうな。
俺はアスカロンの柄に手を掛けた。
力を入れるとスルスルと抜ける。
良かった。
機嫌は悪くなっていないみたいだ。
こないだアスカロンの態度が急に優しく、俺に従順になった。
今回のことは嬉しくはないかもしれないが、俺が決めたことを静々と受け容れてくれたのだろう。
次にアロンダイトに手を伸ばす。
こちらもあっさり刀身を現した。
「太っ!」
思わず声を出してしまう。
アロンダイトは重さはアスカロンと変わらないが、見た目はまるで棍棒みたいだ。
「斬るってよりは、潰すって感じなのかな。伝説の名剣がそんな図体だったとはな」
アンタレスも驚いたようだ。
「ん?」
俺はアロンダイトの刀身に不思議な部分を見つけた。「何だろう、この窪み。梅干しが取れたみたい」
アロンダイトの刀身の柄のすぐのところに丸くて少ししわのある凹みがあるのだ。
デザインではないように思う。
明らかにそこにあった何かが外れてしまった感じだ。
見せるとアンタレスも顔を近づけて目を凝らす。
「ほんとだ。何だ、これ?飾りの宝石でもはめ込まれてたのかな。で、ウメボ何?何それ?」
そっか。
こっちの世界には梅干しはないのか。
そりゃ、ないわな。
「ああ、何でもない。なるほど。歴史のある剣だから、いつか飾りの宝石が取れちゃったのか。これだと何となく使いづらいな」
激しい戦闘でつばぜり合いも多くなるだろう。
この凹みから剣に亀裂が入らないとも限らない。
そんな剣、実戦向きじゃない。
実戦で使えないのなら邪魔でしかない。
やっぱり、置いてくるべきだったのかな。
下手に剣に力があるからデネブのサイズ魔法でも小さくならないし。
そんなことを言うと、「まあ、何かの時に予備があるのは安心だろ」とアンタレスにフォローされてしまって、そうなるとアロンダイトが少し不憫に思えてきた。




