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デネブのおじいさん

「デネブ?デネブじゃないか?」


 しわがれた声に呼ばれて俺の前を歩いていたデネブが「へ?」って顔で振り返る。


 誰かと思って俺も声の主を見ると、見たことのない白髭の豊かなおじいさんだった。


 小首を傾げるデネブ。

 どうやらデネブには心当たりはないようだ。


「おお。やっぱりデネブだ。生きておったのか」


 おじいさんは震える手を前に差し出して、デネブの方に近寄っていく。


 少し青ざめた顔のデネブ。

 何か必死に思案している様子だ。


「おじいさん。どうしました?」


 俺は咄嗟に笑顔を浮かべておじいさんの前に立った。「デネブに何かご用ですか?」


「ああ。あなた方。あなた方はこのフォワードの英雄だ。よくぞ身を挺してアトラクナクアからこの街を守ってくださった。ありがとう」


 おじいさんは俺の手を取って頭を下げ、隣にいたアンタレスにも礼を言う。

 そして、俺の背後のデネブにも感慨深げな視線を送った。「孫のデネブがこうして生きておったとは」


「孫?」


 俺は瞠目した。

 この人がデネブの祖父。

 つまり、人間に化けていたサキュバスのデネブではなく、前国王が寵愛したかつてのデネブの血縁。

 そんな人との過去など今のデネブは知る由もない。


 どうするか、と思ったときにはデネブは俺の隣にいた。


「あなたが、私のおじいさまなのですか?」


 デネブはおじいさんの手を俺から奪い、何やら情の籠った熱い眼差しをおじいさんに向ける。「本当ですか?」


「ああ。本当だとも。目に入れても痛くない程可愛い孫の顔を見間違えるはずがない。どうしたのじゃ、デネブ。わしじゃ。ギエナーじいさんじゃよ。わしのことが分からんのか?」


 ギエナーじいさんは心配そうにデネブの顔を覗き込む。


 デネブはギエナーじいさんの視線を受けて、顔をゆっくり左右に振り、目を潤ませた。


「分からないのです。私、先の大戦で傷を負って、気が付いたときには記憶を失ってしまっていて」


 何も覚えていないのです、とデネブはその場にくずおれ、ギエナーじいさんの膝の辺りにすがりつくように涙を流す。


 なるほど。

 そういう設定か。

 瞬間的によく思いついたものだ。


「おお、可愛そうなデネブよ。そんなことがあったとはのう。わしは先の大戦で息子夫婦を失い、お前まで行方知れずになってしまって寂しい思いをしておったのじゃ。とにかくわしの家においで。昔、一緒に暮らしていた家だよ。見れば何か思い出すかもしれん」


 そちらのお二人もぜひ、と言われ、俺はアンタレスと顔を見合わせた。

 予期せぬ展開だが、これを放ったらかしにして旅に出るわけにもいかないな、という認識を目で確認しあった。


 どちらなんですか、とデネブは俺たちに同意を求めることなくギエナーじいさんに案内を促して歩き出している。


 俺とアンタレスは仕方なく二人の後ろに付き従った。


 少し歩いたところでデネブが一瞬俺たちを、上手に話し合わせなさいよ、という怖い顔で振り返った。


 五分も歩かないうちにギエナーじいさんの家というところに辿り着いた。

 そこはお屋敷と呼ぶにふさわしい新しくはないが大きな建物で、裏には畑も広がっている広大な敷地を誇っていた。

 ここより大きな家はこのフォワードでは見たことがない。


「ここがおじいさんのお家?」

「そうじゃよ。デネブ、お前の家でもあるんじゃよ」


 門をくぐるデネブの足取りがどことなく軽やかになった気がする。


 俺とアンタレスは苦笑を浮かべて二人の後を追った。


 屋敷の中から中年の少しふくよかな家政婦らしき女性がエプロンで手を拭きながら「あら。旦那様」と言いながら出てきた。


「お早いお帰りで。お客様ですか?」

「そうか、お前は知らないか。これはわしの孫。生き別れになっていたデネブじゃ」

「まぁ、デネブ様。本当に可愛らしいお方で」

「だろう。わしの言葉に偽りはない」


 ギエナーじいさんは、「ささ、中へお入り」とデネブを玄関へ促し、並んで歩く家政婦の尻にこそっと手を伸ばして、「昼間っから、駄目ですよ」とピシッと叩かれた。

 そして、俺とアンタレスを振り返り、叩かれた手をひらひらしながら、顔をしかめて笑った。


 俺とアンタレスはまた顔を見合わせ、やれやれと肩をすくめる。

 何が「寂しい思いをしておった」だ。

 結構、楽しくやってるんじゃないか。


 俺たちは通された大きな広間で「何もなくてすまんのう」と、大層な料理でおもてなしを受けた。

 シャウカットも魚の干物のようなものをもらってムシャムシャとご機嫌だ。


 料理を食べながら、国王家のために冒険を続けることを説明すると、ギエナーじいさんは、旅支度に必要だろう、と肉や野菜、果物などをふんだんに与えてくれた。

 それをデネブがサイズ魔法で片っ端から小さくしていくと、ギエナーじいさんは手品を見る子供のように目を丸くし手を叩いて喜んだ。


「冒険の目的は、復活したというサタンの討伐かのう」

「サタン討伐までは指示されてないな。俺たちの目的はアストラガルスを持ち帰ることなんです」


 アストラガルスという言葉にギエナーじいさんは真剣な顔を見せる。

 初めて見せた思案の表情だ。


「アストラガルス……。はて、どこかで聞いたような」

「え?」


 ギエナーじいさんの独り言に三人は思わず前のめりになる。


 ギエナーじいさんは「おーい」と家政婦さんを呼んだ。


「アストラガルスってうちにはなかったか?」


 え?

 この屋敷の中にあるの?

 だったら、冒険はここでおしまい。

 ヴェガ王女の毒が癒えて、万々歳か?

 そんなうまい話が……。


「何です?」


 現れた家政婦さんはキョトンとしている。


「アストラガルスだよ、アストラガルス」

「ですから、アストラガルスって何なんです?」

「だから、それを聞きたいんじゃ」

「そんなことおっしゃっても知らないものは知らないんですよ」


 駄目だ。

 全然話が噛み合っていない。


「おじいさん、いいんですよ。俺たち、それを探しに冒険するんですから」


 俺はギエナーじいさんと家政婦さんの間を取り持つように話した。「アストラガルスって奇跡の花の名前です。その根は万病を直す薬になるみたいなんです」


 俺の言葉にギエナーじいさんはさらに表情を険しくする。


「わしが知っているのとはちょっと違うのう。アストラガルスは確か、何かの骨ではなかったかのう」

「骨?」


 俺とアンタレスが口をそろえて問い返すと、ギエナーじいさんは慌てて手を振って「すまん、すまん」と謝った。


「年寄りの勘違いじゃ。忘れておくれ」


 ギエナーじいさんのご厚志ですっかり旅支度が整い、俺たちはいよいよ冒険に出ることにした。

 お礼に王家の金貨を渡そうとしたら、「おいぼれには無用じゃて」と受け取ってはくれなかった。


「王命なら仕方がない。デネブよ。無事に帰ってきておくれ。わしはそれまでは死なずに待っておるから」


 ギエナーじいさんは寂しそうに笑った。


 デネブはおじいさんの手をしっかり握って、「必ず帰ってくるからね」と少し目を潤ませて別れを告げた。


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