謁見ー2
俺は地面を見つめたまま固まった。
頭の中が混乱する。
そもそも俺って剣士なの?
「アル!」
背後の瞬一が押し殺した声で俺を呼ぶ。
俯いたまま顔の角度を変えて瞬一を見る。
瞬一は俺を脅すような険しい顔で口を「ぎょ」と「い」の形を何度も作る。
俺は仕方なく「御意」と答えた。
ポラリスは満足そうに大きく頷くと背後を振り返り「アスカロンを」と声を掛けた。
控えていた従者が音もなく近づいてきて一振りの剣を両手で捧げ持ちポラリスに手渡す。
「これは我が国に伝わる宝剣アスカロン。これをそなたに与えるゆえ、必ずヴェガを連れ戻せ」
朗々と響く威厳に満ちた声で下命され俺はからくり人形のように再度「御意」と答えポラリスから両手で宝剣を受け取った。
鞘には橙色の宝石が散りばめられており、柄にも一筋のオレンジのラインが縦に走っている。
「アンタレスも頼むぞ。アルタイルを助けよ」
俺の背後で瞬一はびっくりするぐらい大きな声で「お任せください」とポラリスに返事をした。
「陛下」
デネブが腰を低くしたまま俺の横に移動してきた。「ヴェガ様の身に着けていらっしゃったものをお貸しいただけませんでしょうか。においをもとに辿りたいと思いますので」
ポラリスは従者に「ヴェガのハンカチーフを」と声を掛けた。
従者が赤いハンカチを捧げ持ち、デネブに手渡す。
デネブはそれをアンサーの鼻にかざした。
アンサーは思案気な顔でそのにおいをクンクンと嗅ぐ。
「我が国は現在隣国との関係が緊張状態にあり兵を割くことはできん。厳しい戦いになるだろうが、全身全霊で王女ヴェガを救い出せ」
ポラリス王はそれだけを言い残して俺に背中を見せてしまった。
そのポラリス王にまた「陛下!」と呼びかける者がいた。
「陛下」
ポラリス王を呼んだのは俺でも瞬一でもデネブでもなかった。
いつの間にかポラリス王を挟んで俺とは反対側に俺たちと同じように三人が跪いている。
一人は俺や瞬一と同じような鎧を身にまとっていることから剣士のようだ。
その脇には黒いローブの女と、隆々とした筋肉を見せつけるように上半身がほぼ裸の大男が控えている。
「いかがした。剣士シリウス」
「どうか私にもその任務をお与えください。必ずやアルタイルよりも早く、ヴェガ様を城にお連れ申し上げます」
シリウスと呼ばれた男は冷たくも敵対的な視線を俺にぶつけてきた。
「よかろう。先にヴェガを救い出した方にヴェガとの婚姻を認めよう」
ポラリス王は「アロンダイトとヴェガのショールを」と従者に命じた。
従者がまた一振りの剣と赤いショールをポラリスに差し出した。
ポラリスはアロンダイトと呼んだ剣をシリウスに、そして赤いショールをシリウスの脇に従っていた黒いローブの女に手渡した。
女はそれを受け取ると、どこからともなく現れた細身で手足の長い黒猫の鼻に近づける。
黒猫はこれまた長い尻尾を揺らして「ニャッ」と小さく鳴いた。
ポラリスは「頼んだぞ」と言葉を残して馬に跨り、従者と騎馬隊を引き連れて城門に向かって去っていった。
ポラリスが十分に遠ざかってから俺は瞬一に問いかけた。
「御意って言っちゃったけどさ、王女を捜すってどうやってやるんだよ。魔族にさらわれたってことは魔族と戦わなきゃいけないわけじゃん。人間が魔族となんて戦えるのかよ。っていうか魔族って何?」
はっきり言って怖い。
王様に指名された格好だけど、ありがた迷惑だ。「そもそも何で俺が指名されたのかな」
「そりゃ、陛下がお前を評価しているからだろ。お前は去年の剣技大会で優勝したんだから、指名されて当たり前だ」
「俺が優勝?」
「お前、本当に何も覚えてないんだな。お前の腕前ならそこら辺の魔族なんかへっちゃらだって。さっきの戦いでもお前、魔族倒しまくってたじゃん。陛下に宝剣ももらったし俺もついてくからフォワードの街まではきっと大丈夫だ。フォワードを拠点にして王女の行方について情報収集ってとこだろうな」
瞬一は平然としている。
俺が魔族を倒しまくってた?
本当かよ。
いったいここはどういう世界なんだ。
何で俺はこんなところに来てしまったんだ。
ドッキリなのか?
それにしては仕掛けがでかすぎる。
「大体、王女と結婚なんてしたくねぇよ。俺、まだ、十七歳だぞ」
「何、贅沢なこと言ってんだよ。王女と結婚なんて俺たち平民にとっちゃ夢のまた夢だぞ。それにお前とヴェガ王女が付き合ってることは周知の事実だろ。ポラリス陛下だってそこのところを見越して、お前を指名してくれたんじゃないか」
「え?俺、王女と付き合ってんの?」
驚くことばかりだ。
そして王女と付き合うってことが想像もつかない。
俺は王女と二人で何していたんだろ。
キスしていたのかな。
エッチなこととかも、しちゃっていたのかな。
ウー、ガウガウ
シャー
振り返るとアンサーと黒猫が低い体勢で威嚇し合っている。
「アンサー。こっちおいで」
デネブが困惑気味にアンサーを呼ぶが、アンサーは先に退くのは負けを意味するとばかりに威嚇を辞めない。
「シャウカット。行くよ」
黒いローブの女が呼ぶと、黒猫はサッと身を翻し、音もなく女の肩に飛び乗った。
それを見て、アンサーが「逃げるのか」と言わんばかりに吠える。
「弱い奴ほどうるさく吠える」
シリウスはポラリスから受け取った剣を肩に担ぎ、笑いながら遠ざかっていった。