復活の時
有也。起きて。
名前を呼ばれた気がして、ハッと目を開く。
激しい衝撃で脳震盪を起こしたのだろうか。
少し意識を失っていたようだ。
地面に寝転がったまま恐る恐る自分の体を確かめる。
そして、右手に握力がないことに気付く。
肘のあたりから指にかけてジンジンと痺れがある。
この状態ではとても剣を振り回すことはできそうにない。
「アルタイル!大丈夫か?」
野太い声を掛けられる。
前国王がのっしのっしと近づいてきた。
腕にヴェガ王女を抱えている。
俺は左腕に力を込めて半身を起こした。
その隣にガクッと力を失ったように前国王が膝をつく。
腕の中で横たわるヴェガ王女の体が大きく揺れる。
「陛下?」
よく見れば、前国王の口の周囲に血を拭った跡がある。
これは誰の血だ?ベネト?ヴェガ王女?もしかして……。
その時、前国王が激しく咳込み、口元を右手で覆う。
肩でゼイゼイと荒く呼吸する。
口元から離した右手には血しぶきが広がっていた。
「陛下!」
「病の身で無理をしすぎたかな」
前国王は悔しそうに下唇を噛み、前方を見遣った。「もう、蓋が開く」
「蓋?」
前国王の視線の先を追うと、そこには崩れかかった教会の前に立つグシオン。
グゥオオ、と天に向かって吼えると、その丸太のような黒く太い腕を教会の柱にラリアートのようにぶつける。
教会全体が大きく揺れ、再び炎が勢いを取り戻して空を朱く照らす。
俺たちはもう為す術がなかった。
さらに、グシオンが大きく腕を振るう。
ベギッと柱が折れる音が響き、一階部分が潰れるようにして、とうとう教会が崩れ落ちた。
「すまん」
前国王が苦しげに呟くのと同時に、ゴオオオと地響きが鳴り、崩れた教会全体が浮きはじめる。
グシオンが高らかに笑う。
「フハハハ。サタン様の復……」
言い終わる前に、何かは分からないが、凄まじい地下からの力によって教会の一部が吹き飛ばされ、そこから砲弾のように目にも止まらぬ速さで打ち上げられた赤黒い塊のようなものがグシオンを掠めて、はるか彼方へ飛んでいった。
見れば、グシオンの体が下半身しか残っていない。
それもやがて、気化し始めた。
「何ということだ」
「あれは……。サタンが復活したのですか?」
がっくり項垂れた前国王から返事はなかったが、それが返事のようなものだった。
サタンの復活。
それが意味するところは俺にはよく分からない。
しかし、前国王の様子を見るに、これから更なる苦難が待っているのは分かる。
ポール王国を揺るがす大戦が始まろうとしているのか。
「アル」
弱々しく声を掛けてくるのは、前国王に上半身を支えられて地面に座るヴェガ王女だった。
「ヴェガ王女」
「苦しい」
ヴェガ王女は苦悶に顔を歪めた。
呼吸も浅い。
毒が体に回っているのか。「助けて」
「陛下。どうすれば?」
このままではヴェガ王女の命が危うい。
しかし、前国王は力なく首を横に振る。
「この毒を取り除くのはかなり難しい。私の力で何とかヴェガの命を繋いでいるが、私の身体がいつまでもつか……」
「陛下……」
「アストラガルスがあれば、もしや」
そこへ足音が聞こえてきて俺と前国王は教会の方を見た。
揺らめく炎を背にして誰かが歩いてくる。
それは……。
「アンタレス!」
俺は喜びに立ち上がろうとして、頭にズーンと重い痛みが広がるのを感じた。
視界が二重に見える。
とても立ち上がれない。
右腕の痺れも残ったままだ。
アンタレスも腕に誰かを抱えていた。
「大丈夫か?アル」
アンタレスの声に狂気は感じられなかった。
いつものアンタレスだ。
「アンタレス。その人は?」
俺はアンタレスが抱えている人を指差した。
「デネブだ。俺は気付いたらデネブを抱えて教会の中に立っていたんだ」
アンタレスはデネブを静かに地面に横たえた。
確かに教会に眠っていたデネブだ。
教会は激しく燃えていたが、デネブには火傷一つ見当たらない。
「私にはデネブに使う力はもうない」
前国王はデネブに謝罪するように頭を下げた。
病身の前国王にヴェガ王女とデネブの両方に注ぐ力はもうないということか。
前国王が願った奇跡は生まれなかったようだ。
その時、パチッと音が鳴ったかと思うぐらいに鮮やかにデネブの目が開いた。
え?
そこに居合わせた人間が全員同じ声を出した。
ガバッとデネブは腹筋だけで上体を起こす。
そして周囲を見渡す。
俺と目が合うと、無邪気ににっこり笑った。
その笑顔に間違いなく見覚えがある。
「アル!」
その声は俺が知っている魔法使いのものだった。
「デネブ!」
「アル!」
デネブは全身をぶつけるように俺に抱きついてきて、そのままの勢いで俺を押し倒した。
俺は強かに頭を打ち、再び世界が歪むのを見た。




