デネブの覚悟
俺の目には全てがスローモーションのようにゆっくりと見えた。
レラジェが放った矢はデネブの手から滑り落ちた無防備なヴェガ王女に向かって正確に飛んでいた。
そこにヴェガ王女を守るように前国王が金色の光の盾を立ちはだからせる。
今回は物理攻撃を遮る光の盾だろう。
レラジェの毒矢はその盾に弾かれ、ヴェガ王女の体は無事、前国王の腕にしっかりと抱えられた。
ホッと撫で下ろした俺の胸を切り裂くように「キャアアア!」と叫び声が響く。
声の主はデネブだった。
見れば前国王が築いた光の盾がデネブの大腿のあたりを切断していた。
ボタッと地面に落ちたのは黒く細長い棒のようなものは……デネブの脚だった。
「デネブ!」
俺はデネブの下に向かって駆けよった。
デネブの体を受け止めようと大きく手を開く。
しかし、脚を失ったデネブは俺の頭上で弱々しく羽を羽ばたかせ、苦悶に歪めた顔を横に振った。
「アル。あたし……」
「デネブ。降りてこい。降りてきてくれ!」
それでもデネブは首を横に振り続ける。
「アル……。あたしは、スパイじゃ、ないよ」
涙ながらに弱々しい声でデネブは訴えた。「アルのことが、好きだった、だけ。一緒にいたかった。ただ、それだけ」
「分かってる。分かってるよ、そんなこと」
「ありがとう、アル。大好き」
それを伝えたかったの、と言うと、デネブは何かを覚悟した表情を見せた後、俺に背を向けた。
そして、ゆっくりと羽をはばたかせ燃え盛る教会に向かってふらふらと飛んでいく。
「デネブ。デネブ!帰ってこい」
「こんな姿、見ないで!」
「デネブ……。デネブ!」
俺がいくら呼んでもデネブは一度も振り返ることなくそのまま炎に飛び込んでいった。
赤い炎がデネブの黒い体を包み込む。
すぐにデネブの姿は見えなくなった。
魔族は死ぬとその姿は霧散する。
その事実が、残酷でもあり慰めでもあった。
俺の足下にあったデネブの脚も既にない。
「デネブ!」
俺はその場で力なく膝をついた。「デネブは、……デネブはスパイなんかじゃなかった!」
ああぁ。あああぁぁ!
俺は哭いた。
拳を地面に打ちつけた。
二度、三度と。
「ヴェガ!何てことだ!ヴェガ!」
前国王の叫び声が俺の叫びをさらに上回り丘全体を揺らすように響く。
え?
俺は涙を袖で拭い振り返った。
前国王がヴェガ王女の胸に光を注いでいる。
何故?
そう思ったとき、俺は一つの答えに辿り着き、愕然とした。
デネブが身を挺して防ごうとした矢がデネブを貫き、ヴェガ王女の胸に傷をつけていたということか。
レラジェの矢の毒がヴェガ王女の体内に?
まさか。
それではデネブの死が無駄になってしまう。
有也。
ん?
「琴美?」
俺は手の甲で涙を拭い、這って二人に近づいた。
前国王に抱えられ、ヴェガ王女は苦しそうな表情で薄らと目を開きこちらを見ている。
「アル。まだ、終わってない」
ヴェガ王女の声は琴美と全く同じだった。
しかし、こんな弱々しい琴美の声を聞いたことがない。
俺は頷いて、立ち上がった。
アスカロンを見つめる。
戦いはまだ終わっていない。
「分かってる。あいつらを倒して、ついでにお前も助けてやる」
琴美を助けるのは彼氏の俺しかない。
それに、そうしないとデネブが報われない。




