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二者択一

 俺は上空に目を凝らした。

 あれは本当にヴェガ王女なのだろうか。

 必死の思いで救い出したらオセだったというオチはないだろうな。

 だとしたらさすがの俺もキレるぞ。


「ヴェガ」


 俺の横で前国王が呻くように娘の名を呼んだ。

 実の父親が間違うことはないだろう。

 恋人の俺も間違ってはいけないが。


 あれが本物だとしてヴェガ王女を人質にとったシリウスの目的は何なのか。


 背後でアンタレスが「ベネト、ベネト!」と呼びかけている。

 チラッと振り返るとベネトはアンタレスの腕の中で胸を激しく上下させ、ひどく苦しそうだ。

 傷が深いのか。

 状況は相当深刻そうだ。

 この局面を打開して前国王に早くベネトの治療をしてもらわなければ。


「もうちょっと、大人しくしててくれよ」


 シリウスは剣を肩に担いで、背後のリゲルを見遣った。


 リゲルはシリウスに向かって一つ頷くと、また教会に向かって駆け出した。


 ガシーン。


 派手な衝撃音と共に教会全体が揺らぐ。

 リゲルはすぐさま二、三歩下がると、もう一度柱に向かって突進した。

 ぐしゃっと柱がひしゃげる音がして、教会の二階の部分が傾いだ。

 屋根の炎が盛んになる。


「くそっ。何て怪力だ」


 肩、痛くないのかよ。

 そう言えば、教会の二階には身を捨てて前国王を助けたデネブが眠っている。

 あいつらの狙いはあのデネブの命なのか?


「まずい」


 前国王が俺の横に立ち苦悶に満ちた声を漏らす。「あいつらの狙いはサタンの復活だ」


「サタン?」


 そうか。

 教会の下にはサタンが封じ込められていたんだった。「教会が壊れればサタンが復活するんですか?」


「教会は聖なる結界。そこにわしが力を注いでサタンの魔力を閉じ込めておる。結界がなければ、わしの力だけでサタンを封じ込め続けられるかどうか」


 くそっ。

 俺はアスカロンを握る手に力を込めた。


「動くな!少しでも動くと、レラジェの矢が放たれるぞ」


 シリウスが振り返るとレラジェが弓につがえた矢を引き絞る。「今度の矢には毒を仕込ませた。少しでも傷ができればさしもの陛下の光魔法でも治癒することはできないと思いますよ」


 レラジェの矢はガーゴイルに挟まれたヴェガ王女に真っ直ぐに向けられている。


 シリウスの言葉に前国王の顔がさらに歪む。


「教会はわしの魔法に覆われていて魔法攻撃は無力化される。しかし、物理攻撃には何の防備もない。まさか体当たりで教会を潰そうとする輩が現れるとは……」


 先ほどの光の盾と同じということか。

 きっとシリウスたちもそれに気付いたのだろう。

 だからこそ体当たりという原始的な手法を取っているのだ。


 リゲルがさらに別の柱に向かって体をぶつけた。

 もう一本折られたら教会は横倒しになってしまうだろう。

 それは結界の崩壊を意味する。


「陛下。どうしたら?」


 指示を求めて見遣る前国王の横顔に答えはない。

 前国王は奥歯を噛みしめてレラジェの弓を凝視するだけだ。


「陛下!手をこまねいていてはどちらも失います」


 俺は前国王に迫った。


 教会が潰れ、サタンが復活し、ヴェガ王女も取り戻せない。

 それは最悪のシナリオだ。


 前国王の光の矢でガーゴイルを倒すのと同時に俺がレラジェに飛びかかればヴェガ王女は救えるかもしれない。

 しかし、それではサタンの復活を止められない。


 あるいは前国王と俺とで突撃すればリゲルは倒せるだろう。

 しかし、その時はレラジェの矢はヴェガ王女を貫いている。

 前国王は実の娘が毒に苦しみ死を迎えるのをただ見つめるしかない。


「ぐぬぅ」


 前国王が憤怒の表情で奥歯を噛みしめる。


 その苦しみは痛いほど伝わってきた。

 しかし、迷っている時間はない。

 どうする。


 俺は前国王、リゲル、シリウス、レラジェ、そしてヴェガ王女と見た。

 ヴェガ王女。

 あれはどう見ても琴美だ。

 アンタレスと同じでヴェガ王女本人は元の世界での琴美のことは知らないだろうけれど、俺にとっては琴美にしか見えない。

 俺の彼女の琴美。

 琴美が俺の目の前で死ぬのは耐えられない。

 俺の手で琴美を救い出したい。


 俺の腹は決まっていた。

 狙いはレラジェだ。

 俺はアスカロンの柄を握り直した。

 密かに足場を固める。

 徐々に腰を落とす。

 俺はヴェガ王女救出作戦のイメージを頭に描いた。

 まず居合い抜きの要領で剣を振り足元の砂利をレラジェに向かって弾く。

 それであいつの手元を狂わす。

 そしてアスカロンをガーゴイルに投げつけ琴美を救い出す。

 リゲルとシリウスはその後だ。

 サタンとやらが復活するかもしれないが、その対処はその時に考える。

 サタンがなんぼのものか。

 今は目の前の琴美の安全が第一だ。


 その時、一陣の風が吹いた。

 砂が巻き上がる。

 レラジェが目を細める。

 チャンスだ。


 アル。


 ん?今、誰か俺を呼んだか?

 

 アル。ヴェガ王女を助けてあげて。


「え?」


 俺は頭上を振り仰いだ。


 すると夜の闇の中、教会を燃やす炎に赤く照らされてヴェガ王女の右側のガーゴイルがもう一方のガーゴイルを攻撃していた。

 手刀を放ち、ヴェガ王女を奪う。

 そして、満足そうに俺を見下ろしたその顔は、デネブだった。

 姿はいつの間にかサキュバスになっている。

 長い尻尾が可愛らしくフリフリ揺れる。


 俺は前国王と視線を絡ませた。

 二人の意思はヴェガ王女奪還で統一された。


「レラジェ!」


 シリウスが甲高く叫ぶ。

 同時にレラジェの黒い矢が天に向かって放たれた。


 サキュバスのデネブがヴェガ王女を守るように矢に対して背を向ける。

 その背に容赦なく矢が突き刺さる。

 デネブの背が反る。

 俺の顔に降りかかった熱いものは……デネブの体液。


「デネブ!」


 力を失ったデネブの手からヴェガ王女の体がずり落ちる。

 前国王がヴェガ王女を受け止めるため手を広げる。


「もう一発だ!レラジェ!」

「させるか!」


 俺はレラジェに飛びかかった。

 そこへシリウスが邪魔に入る。「どけ、シリウス!」


 渾身の一撃をシリウスに打ちかける。


 シリウスは初めてその怜悧な表情を歪めて俺の剣を剣で受けた。

 火花が爆ぜる。

 しかし、俺のアスカロンは勢いそのままシリウスのアロンダイトを押し込み、その首筋を抉った。

 緑の魔液が噴き出し、シリウスがよろめく。


 その向こうからレラジェの矢が放たれた。


 俺はその行方を目で追いかけることしかできなかった。


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