ベネトの指導
ベネトは予想通り厳しかった。
まだ体調が万全ではない俺とアンタレスを容赦なく引き連れ王城を後にした。
ヴェガ王女の捜索もまだ目鼻が立っていないのにシリウスの討伐も王命として引き受け、それを一日も早く成し遂げようと躍起になっているのだろうか。
陽が沈んでも行軍を辞めず、夜明けには寝ぼけ眼の俺の尻を叩いて出立した。
そして、俺の攻撃、防御の一つひとつに指示をしてきた。
「一歩目の踏み込みが遅いし、浅い」
「下がるならもっと大きく下がれ。中途半端だ」
「調子に乗るな。動きにムラがありすぎる」
どれもこれも自覚があるから反論もできない。
俺は褒められて伸びるタイプなんだけどな。
「もっと伸び伸びやらせてほしいよ」とアンタレスに愚痴をこぼすと、アンタレスは「お前のためを思って言ってくれてるんだぞ」と意外に冷たい態度。
そう言えばアンタレスも口うるさく指導されているが、ベネトに対しては直立不動の姿勢だ。
指導が終わると礼まで言っている。
あいつ、意外にMなのかもしれない。
「ベネトの指導で自分でも動きがスムーズになった気がするんだよな」
アンタレスはフルンティングを抜き基礎的な動きをやって見せた。
確かにこの二日でアンタレスの腕が急に上がったように思う。
足のさばき、剣の流れが綺麗になった。
そう言ってやると、アンタレスは照れたように笑って朝食の後片付けをするベネトを見た。
その眼差しが何となく熱っぽく感じて、おや、と思う。
「アンタレス。もしかして、お前……」
「は?……ちょ、何言ってんだよ!」
「何も言ってないけど?」
「顔が言ってるんだよ。そのにやけた顔が!」
「じゃあ、教えてくれよ。俺の顔が何て言ってるんだ?」
からかうとまたアンタレスは顔を朱に染めて黙り込んだ。
本当に分かりやすい性格だ。
ポーカーフェイスの瞬一とは全然違う。
「置いてくよ」
いつの間にか片づけを終えたベネトがシャウカットを肩に乗せ歩き出していた。
俺とアンタレスは慌てて雑嚢を背負い、ベネトの後を追いかける。
まだ世界は明るくなってきたばかりだ。
デネブと旅をしていたころなら間違いなく夢の中。
三人とも寝坊して昼近くになって出発したこともあったっけ。
そんなことを思い出すと、どうしてもデネブのことを口にしたくなる。
しかし、アンタレスにデネブの話題はタブーだ。
俺は早足でベネトに並びかける。
肩にいるシャウカットがチラッとこちらを見るが、俺を無視するように反対側の肩に飛び移った。
「ベネトはさぁ、デネブが魔族だって最初から分かってたの?」
「いや。でも……」
「でも?」
「あの子、わざと魔法の力を抑えていた感じがあった気がする。魔法ってのは、特に攻撃系のものはその人の色が出る。魔族の使う魔法には魔族の荒々しさ、凶暴さがどうしても出てしまうもの。だけど、あの子は魔法で攻撃することはなかった。回復系も強いものは使わなかった。あの子の場合、本当は使えなかったんじゃなくて、わざと使わなかったのかも。今思えば、そんな気がする」
「正体を隠すためにってこと?」
ベネトは「さあね」と肩にいる細身の黒猫の首を指で掻くようにして撫でた。
「シャウは気付いてたのかも。あのキツネに敵意むき出しだったから」
「ああ。そう言えば」
アンサーとシャウカットが顔を合わす度に威嚇しあっていたのを思い出す。
俺はベネトの反対側に回って、「お前は気付いてたのか?」とシャウカットに話し掛けた。
するとシャウカットは凶暴な目つきになって俺に向かって「シャー」と大きく口を開いた。
「うわっ」
俺はびっくりして大きくのけ反る。
「やめとけ、アル。シャウに引っかかれるぞ」
アンタレスが笑いながら俺をたしなめる。
しかし、ベネトはそのアンタレスをたしなめた。
「違う。あれだ」
ベネトが指差した方角から黒い四つ足の生き物が二頭駆け寄ってくるのが見えた。
象のような巨体。
一つの体に三つの頭。
見覚えのある魔族だ。
「ケルベロス!」
俺は一歩、二歩と前に出てアスカロンを抜いた。
こちらの世界に来て最初に戦ったのがあいつだった。
あの時はその巨体と獰猛さに一瞬怯んだが、今の俺はデネブの魔法がなくても逃げ出したりはしない。
「じゃ、頼んだよ」
「へ?」
振り返るとベネトは涼しい顔で先へ向かって歩き出していた。
「行くよ。アンタレス」
ベネトに呼ばれたアンタレスは「はい」と素直な良い返事をしてベネトに付き従った。
「おいおい。二頭いるんだぞ。アンタレスだけでも残してくれよ」
「今日中に前国王陛下の教会に戻りたい。道草を食ってる暇はないんだ。お前だけで何とかしろ。終わったら走って追いかけてこい」
ベネトの視線の先にある平原の果てにフォワードの丘が微かに見える。
「悪いな、アル」
ベネトもアンタレスも本当に行ってしまう。
ケルベロスはもうそこまでやってきている。
こうなったら破れかぶれだ。
俺は「こっちだ!」と大声を張り上げてベネトとは反対の方へ走り出した。
ケルベロスは長い舌を大きく揺らしながら俺を追いかけてくる。
俺はケルベロスに向き直り、足場を固めた。
ふーっと息を吐き、腹の下、丹田に力を込める。
猛り狂い土埃を巻き起こしながら二頭のケルベロスはこちら目がけて突進してくる。
並走していたが、向かって右側の方が半身分先に出た。
その口からむき出しになった太い牙からは大粒の涎が滴り落ちる。
ガルガルルゥ
至近距離に近づいたケルベロスは顔を大きく振り回し、一気に体勢を低くした。
三つある顔のうち、真ん中のが俺を喰らおうと口を大きく開く。
下あごが地面を削っているが、勢いそのままに俺を襲ってくる。
左右の顔も首を必死に伸ばして俺に喰らいついてくる。
前回は呆然と立ち尽くす俺をデネブが助けてくれた。
デネブ。
まだ生きているのなら、きっと俺が助けるから。
だから、生きていてほしい。
「うぉらー」
俺はケルベロスに向かって駆け出した。
ケルベロスの赤黒い舌に飛び乗り、そこに思い切りアスカロンを突き刺す。
下あごもろとも串刺しにした。
緑の魔液が間欠泉のように噴き出した。
すぐに上から鋭い牙が落ちてくる。
俺は剣を引き抜きさらに口の中に一歩進んで剣を振り上げた。
一瞬視界が真っ暗になるが、すぐに頭上に穴が開き明かりが降り注いできた。
ケルベロスの閉じられた口の中に魔液が充満し、俺の体が自然に頭上の穴の上に押し出される。
口の外に飛び出した俺はケルベロスの眉間にアスカロンを突き刺した。
左右の生き残っている顔が挟み撃ちするように俺に噛みつこうとする。
俺は真ん中の顔を乗り越え、背骨に沿って駆けおりる。
背後で左右の顔が真ん中の顔を一気に噛み潰すグロテスクな音が響く。
俺はケルベロスの体から飛び降りながらその胴体を切断するようにアスカロンを振り降ろした。
厚い皮膚をスパッと切り裂き、バキバキバキと太い骨を砕く手応えが伝わる。
アスカロンはさすがの切れ味だった。
しかし、今までの剣に振らされている感じはなく、自分で操っているという満足感が全身を包んでいる。
黒い巨体は力なく頽れた。
ブシューっと湯気のような白い煙と共に息絶えたケルベロスが霧散し始める。
その白煙の向こうでもう一頭のケルベロスが標的を見失って辺りを見回している様子が微かに見える。
魔液のせいで俺のにおいが分からなくなっているのだろう。
俺は自信を持って白煙に飛び込んだ。
霞の向こうに予想通り黒い巨体が間抜け面で突っ立っていた。
俺はそのままケルベロスの足下に走り込み、頭上の無防備な腹にアスカロンを突き立てた。
そのまま一気に尻尾まで走り抜けると、背後でズシーンと地面を揺するような重い音が轟いた。




