王国を目の前にして
ガルル。ガルル。
獣が吠えるような音でハッと目が覚める。
デネブは……いない。
テントの布壁は外界の朝の光に照らされている。
夢だったのか。
ガルゥ、ガルル。
魔族?
アスカロンを手に慌ててテントを飛び出すと、アンタレスもフルンティングを持ってテントから出てきたところだった。
「あっ!」
二人は声を揃えて驚いた。
ハイエナのような肉食系の動物が二匹雑嚢に顔を突っ込んでいたのだ。
あの雑嚢には食糧が入っている。
俺は「こらっ!」と叫んで動物に襲い掛かったが、そいつらは雑嚢からそれぞれ肉とパンをくわえてこちらを向き、サッと身を翻してそのまま走り去っていった。
雑嚢の中は案の定空っぽになっていた。
俺とアンタレスはへなへなとその場にしゃがみ込んだ。
しかし、いつまでも悔やんでいても仕方ない。
結果としては、さらに早く王国に戻る必要性が高まったということだった。
俺たちはさっさとテントを仕舞うと、草を食べているニュンの首を強引に引っ張って今日の移動を始めた。
「ニュンがあいつらに食べられなくて良かったよな」
俺が声を掛けても、アンタレスは「ああ」と返事をするだけだった。
アンタレスは相変わらず、不機嫌な状態を保っている。
俺はこっそりため息を漏らした。
どれだけ歩いていても魔族には出会わなかった。
やはり勝手に怖がっていただけで、実はフォワードと王国の直線ルートの方が川沿いよりも魔族が少ないのではないか。
そう思わずにはいられなかったが、アンタレスにそんなことを言ったら余計に機嫌を損ねそうで俺は黙って歩いた。
今日は陽射しが強かった。
暑いときには生暖かく粘性のある山羊の乳を飲む気がしない。
あまり歩き続けると熱中症になりそうで、木陰を見つけると休憩を取った。
ニュンもさすがに疲れたようで、地面のひんやりした部分を探して体を押し付けるようにして腹這いになった。
「今日中に王国に帰りたいな」
「ああ」
お前は「ああ」しか言えないのか。
いつまで経っても怒っているアンタレスにさすがに腹が立ってくる。
朝から飲まず食わずで俺もイライラが募ってくる。
しかし、喧嘩しても仕方がないので、「行くか」と自分に気合いを入れるつもりで太ももを強く叩いて立ち上がった。
少しずつ休憩を挟みながらで思うように進めないまま、日が暮れてきてしまった。
野営をしようかと準備に取り掛かったとき、漸くアンタレスの方から俺に声を掛けてきた。
「あ、あれを見ろよ」
アンタレスの指の差す方には小さな灯りが幾つも見えた。
辺りが薄暗くなってきたおかげで灯りが目につくようになったのか。
「あれは?」
「帰ってきたんだよ!あれは王国の城壁の松明だ」
「マジで?」
「マジだよ」
俺とアンタレスは思わず抱き合った。
「行くか?」
「行っちゃおう」
ゴールの灯りが見えるのにこんなところで野営などしていられない。
ニュンはすっかり、今日はおしまいのつもりなのか、くつろいだ感じでむしゃむしゃ草を咀嚼しているが、それをお構いなしに引き起こして立たせる。
王国だ。王国だ。帰ってきた。
思わず歌いたくなるような気分で早足で歩いている俺たちの前に人影が見えた。
草原に転がる岩の上に座っているのは……。
「デネブ!」
俺は思わず声を上げていた。
ローブを纏い岩の上に三角座りをしてこちらを見ているのは間違いなくデネブだ。
俺は「おーい」と手を振り駆け出そうとした。
しかし、体が前に動かなかった。
右腕を誰かに掴まれている。
掴んでいるのはアンタレスだった。
「やめとけ」
「何で!」
「あいつは、サキュバスだ。デネブじゃない」
「まだそんなことを……」
俺はアンタレスの腕を振り払った。「俺たちにとってデネブは一人だろ?あれが、本物のデネブで、俺たちと一緒に戦った仲間だ」
俺は叫ぶように言ってニュンのリードを放り投げて駆け出した。
デネブはやっぱり俺たちの仲間だ。
前国王の魔法で傷ついたが、それでも俺たちとの旅を続けるためにこうしてやってきてくれた。
サキュバスだろうが、人間だろうが関係ない。
俺たちは仲間なんだ。
デネブははにかむような微笑みを浮かべ、俺が近寄ってくるのを岩の上で待っている。
「デネブ!」
指呼の間に近づくとデネブは岩から降り、笑みを浮かべたまま右手を上げて、首の後ろに回した。
抜け!
突然頭に声が響いて、反射的にアスカロンに手を伸ばす。
居合いのように抜刀して振り上げると、デネブが振り下ろした大刀と衝突し、火花が飛び散った。
右腕に重い衝撃が伝わる。
「アル!」
背後でアンタレスが俺の名前を呼ぶ。
俺はサッと背後に飛んだ。
先ほどの声はきっとアスカロンの精だ。
そして、この見覚えのある大刀は……。
「オセか!」
俺が怒りと共に声を荒げると、デネブは哄笑した。
大きく開けた口がどんどん広がり、その口から牙が覗く。
デネブのローブが霞み、消え、現れたのは豹柄の肌。
「ごきげんよう」
もうそこにはデネブの面影は一切なかった。
オセはひゅんひゅんと大刀を振り回し、「待ち人じゃなくてすまなかったねぇ」と俺を挑発するように笑った。
「貴様ぁ!」




