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サキュバスデネブ

 幸いなことに一体の魔族とも出会うことなく、日が暮れた。


 俺とアンタレスはテントを組み、簡単なかまどをこしらえ火を起こした。

 三人の時は笑い合い罵り合いながら賑やかにやっていた野営も、二人ではただ黙って作業をするだけだった。


 ニュンも静かに黙々と草を食んでいる。


 焼いた肉は表面が焦げだらけで、内側は火が通っておらず、美味しいとはとても言えない代物だった。

 味のないパンをニュンのミルクで喉の奥に流し込む。

 俺とアンタレスは無言で夕食を摂った。


 デネブがいれば、こんな沈黙はありえない。

 重い雰囲気になることもない。

 葬式のような静かさはデネブがいないことを際立たせた。

 耳の奥でデネブの笑い声が響く。

 軽やかで、楽しげで、彼女の隣にいるだけで朗らかな気持ちになれた。

 少し騒々しいところもあったけれど、彼女の愛嬌は旅をするうえでとても重要なものだったと今なら理解できる。


 なあ。

 俺は堅牢な扉を押し開けるような気持ちで向い側に声を掛けた。

 アンタレスは無表情でパンを咀嚼している。


「ひょっとしてこっちのルートの方が川沿いよりも魔族が少ないんじゃないか?」

「そんなことはない。今日はたまたまだよ」

「そうかなぁ」

「そうなんだよ」


 アンタレスの口調は冷たくてどうにも会話が続かない。

 だけど、一言も喋らずにご飯を食べているのも苦痛で俺はまたアンタレスに話し掛ける。


「俺たちの知ってるデネブは、何のためにデネブを装っていたんだろうな」

「スパイ活動のためだろ」


 アンタレスは表情一つ変えず、誰でも知っている真理であるかのように答えた。

 当たり前だろと言うように。


「そうなのかなぁ。スパイなのにあんなに命がけで一緒に戦うなんておかしくないか?」

「魔族のことなんか考えない方がいいぞ」


 そこのところが俺にはうまく理解できない。

 この世界に降り立った時から魔族は全員敵だという人間側の共通認識を、それこそRPGの設定のようにそういうものだと無条件で受け入れていたが、果たして本当にそうなのか。


「魔族の中にも、俺たち人間に近い考え方をしている奴がいるんじゃないかな。人間は人間同士で憎み、罵り合うことがある。魔族もきっと魔族同士で争うことがあると思うんだ。人間の中にも魔族に近い奴がいれば、魔族の中にも人間と分かりあえる奴もいるんじゃないか」

「いいか。魔族は人間と長年対立しあってきたんだ。心の底から互いに敵視し合っている。分かりあえる奴なんて魔族の中には誰一人いない」


 アンタレスは魔族に父親を殺されている。

 だから魔族を憎らしく思うのは分かる。


「でもさ……」

「でも、じゃない!」


 アンタレスは怒ったように勢いよく立ち上がり、その拍子に椅子が倒れた。「魔族はそういうものだ!」


 アンタレスは倒れた椅子を直さず、自分のテントへ引き上げていった。


 ニュンはいつの間にかかまどの傍で静かに眠っていた。


 俺は一人、夕食の後片付けをすると、テントに入り「あーあ」と寝転んだ。

 アンタレスの石頭にも困ったものだ。

 でも、デネブのことは俺も譲る気にはなれない。

 デネブは俺を守ってくれた。

 アンタレスだってデネブに助けられて生きながらえた。

 俺たちは仲間のはずだ。

 それだけは。

 それだけ、は……。



 アル。


 呼ばれて振り返ると、デネブがいた。


「デネブ!」


 思わずハグしたくなって、一歩近づこうとしたが、それはできなかった。

 目の前にいるデネブは顔こそ俺の知っているデネブだったが、格好がいつもと全然違ったからだ。

 群青色のローブに赤い宝石のペンダントはなかった。

 って言うか、何も着ていない。

 テントの暗がりの中でも大きな胸が露わになっているのは分かる。

 きっともっと下も。


挿絵(By みてみん)


「アル。こんなあたし、嫌?」


 デネブは恐る恐るという顔で自分の背中を振り返った。

 そこには黒い羽がある。

 蝙蝠のような平べったい翼だ。

 その翼の向こうでクニクニ動くのは尻尾なのか。

 先が矢印のように尖っている。


「嫌じゃないよ。人間だろうが魔族だろうがデネブはデネブだ」


 俺は思っていることを伝えた。

 丘の上で別れてからデネブにずっと言いたかったことだ。


「嬉しい。アルならそう言ってくれると思った」


 デネブはそう言いながら徐々に近づいてくる。


 こういう時、いつもならアスカロンが現れてデネブを追い払うのだが。

 しかし、デネブの胸が俺の胸にぶつかる距離になってもアスカロンのどすの効いた声は聞こえてこない。


「デネブ?」

「今日こそ、お礼させて」

「お礼?」

「そう。お礼」


 デネブは両手で優しく俺を押す。

 俺は何故か体に力が入らず抗うことができず、そのまま仰向けに倒れた。「あたし、下で寝てるよりもこっちの方が好きなの」


 そう言ってデネブは俺の腹の上に跨った。

 顔にかかる髪を掻き上げてまとめ、右肩から垂らす。


 寝そべった俺の視界の大部分はデネブの胸が占めている。

 その胸を軽く反らしてデネブは後ろ手で俺の股間に触れた。


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