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フォワード到着

「デネブ。やるなぁ」

「後でご褒美ちょうだいよね、アル」


 デネブは再びアンサーの耳元に顔を寄せた。「もっとしっかりくっついて!」


 途端にアンサーの走りが加速した。

 風を切る音が激しく唸る。

 俺は空いた両手でデネブの細い腰に必死にしがみついた。


 ドゴーン!


 背後に何かが墜落した音が聞こえる。

 次の瞬間砂煙が立ち上りバラバラと小石が降ってきた。

 ヘカトンケイルが巨石を投げたのだ。


 ズシーン。ズシーン。

 ドゴーン!ドゴーン!


 ヘカトンケイルも巨体を揺すって追いかけてくる。

 背後だけでなく右にも左にも巨石が降ってくる。

 アンサーはそれが見えているかのように巧みに進路を変えながらフォワードを目指す。


 象牙色の石造りの建物が幾つも前方に見えてきた。

 集落の周囲には堀が巡らされている。

 橋の向こうで衛兵がこちらに向かって「急げ!つり橋を上げるぞ」と叫んでいる。

 何とかヘカトンケイルを振り切って、橋に飛び込まなくては。


「私を使え」

「え?」


 周囲を見回すがデネブ以外に人はいない。

 声はアスカロンの精のものだった気がする。

 俺はデネブから片手を離し、腰に伸ばした。

 柄を握るとアスカロンはするすると簡単に抜けた。

 その手応えのなさはアスカロンが勝手に動いているかのように思える。


 俺は頭上で剣を振った。

 直感的にこうするのが正しいと思ったからだ。

 考えてと言うよりは本能的な動きだった。


 特に手応えはなかったが、ピシッと何か硬いものが割れる音がして巨石がアンサーの左右に落下し、もうもうと砂煙が上がる。

 きっとこの巨石はアスカロンによって俺の頭上で切り裂かれたのだろう。

 アスカロンの声に従って剣を使っていなかったら、俺とデネブとアンサーは即死だったに違いない。

 俺は胆が潰れる思いがした。

 そして、ありがとう、アスカロン、と心の中で感謝する。


 突如デネブが振り向いて「頭を下げて!」と叫んだ。


 デネブの有無を言わせぬ剣幕に俺は言われる通りにする。


 デネブは「ハッ」と気合を吐き出した。

 すると、背後にあった砂煙が一気に大きく広がり、まるで土壁ができたようになった。

 ヘカトンケイルの姿も一瞬にして見えなくなる。

 少しは目くらましになるだろう。


 アンサーのスピードがさらに上がる。

 橋が加速度的に近づいてくる。

 アンサーはスピードを落とさずに跳躍した。

 一気に橋ごと堀を越えフォワードの集落に飛び込む。


 背後で衛兵が綱を引き、みるみる橋の片側が吊り上げられ、やがて壁のようにそそり立った。

 ガシーン、と辺りを震わす轟音が響き渡り、フォワードが魔族から隔離されたことを俺は理解した。


「やったー」


 デネブは元気いっぱい四肢を伸ばしてアンサーから飛び降りた。


「おいおい。そこにアンタレスがいるんだぞ」


 デネブが着地して大きく揺れる胸を俺は呆れ顔で指差した。


「あ。そうだった」


 デネブは胸元を覗き込み、親指と人差し指とでアンタレスをつまみ上げた。


 アンサーがアンタレスに大きな顔を寄せた。


 俺もアンサーから降りて、小さなアンタレスの顔を覗き込む。


 アンタレスはぐったりしていた。

 目も閉じたままだ。

 息をしているかどうかさえアンタレスが小さくてよく分からない。


 アンサーが突然口から長い舌を出し、アンタレスの全身をベロンとなめる。


 すると、アンタレスが「うわぁあ」と驚いたように声をあげ、慌てた様子で左右を見回す。


「よかった、生きてる。フォワードに着いたわよ、アンタレス。もう少しこのままでね」


 デネブはアンタレスを俺の掌の上に置き、アンサーの巨大化の魔法を解除した。


 えっと。

 病院はどこかな。

 そこら辺の衛兵に訊いてみよう。


 駆け出しかけたところで「お前ら、本当に騒がしいな」と声を掛けられ、振り返ると、見覚えのある大男が蔑むように笑っていた。

 上半身がほぼ裸のこの男は確か……。


「お前は……」


 俺は心の中で身構えた。

 この大男はシリウスのパーティーの一員だ。


「俺の名はリゲルだ。覚えておけ」


 リゲルはふんぞり返って俺を睨み付けた。

 巨体で人相が悪く、睨まれるとそれなりに威圧感がある。


 シャー

 ウー、ガウガウ


 二種類の唸り声のする方が聞こえてきた。

 アンサーが吠えたてているのは、やはり見覚えのある黒猫に対してだ。


「来てたのね、ベネト」


 デネブが目を吊り上げて黒いローブの女を見つめている。

 その手がペンダントを握っているということはデネブは臨戦態勢なのか。


「随分遅かったわね。野垂れ死にしたのかと思ったわ」


 ベネトと呼ばれた黒ローブの女魔法使いはクックックと冷酷な笑いを浮かべる。「シャウ。行くよ」


 飼い主に呼ばれ、黒猫は飼い主と同じような冷たい視線を残してアンサーから離れた。

 ひょいとベネトの肩に飛び乗る。

 ベネトは俺に「ちゃんと可愛がってあげてるの?おたくの魔法使いさんがさかりのついた雌犬みたいに感情的で困っちゃうわ」と鼻で笑い、「行くわよ」とリゲルに声を掛けて歩き出した。


 のっしのっしとリゲルがベネトの後を追う。


 誰がさかりのついた雌犬なんだ!ってデネブが吠える。

 だけど、もうベネトは振り返らない。


「ほらぁ、アル!」

「何?」

「アルがちゃんと可愛がってくれないから、ベネトにあんなこと言われちゃったじゃないの」


 デネブは悔しそうに頬を膨らませる。


 え?俺のせい?

 まあ、いい。

 とにかく今はそんなことは問題じゃない。


「ちょ、ちょっと」


 俺はリゲルたちの背中に声を掛ける。「この街に病院はないか?」


「アル。こんな奴らに訊くのやめようよ」


 デネブは不機嫌さを隠さない。


 しかし、アンタレスのことを考えれば何が大事かは明らかだ。


「ん?こんな小さな街に病院なんかあるかよ」


 リゲルはガッハッハと豪快に笑う。「そう言えばシリウスが言ってたけどよ、丘の上の教会にいる神官の回復魔法は強力らしいぞ」


 リゲルは顎で丘の上を示した。

 そこには煉瓦造りの建物が見える。

 「相当な変人らしいがな」とリゲルはまた空を仰いで哄笑した。


 ベネトはリゲルが俺たちと口をきいたことが気に入らなかったのか、「行くよ」と叱りつけるような声でリゲルを制した。


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