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半豹半人

「え?」


 俺はデネブの言葉に立ち止まる。

 あれが?もう、見つけたってこと?


 とにかく助けないと。

 一匹のガーゴイルが幼児をからかうように急降下して女に近づき遠ざかる。

 それだけで女はバランスを崩し足をもつれさせ弱々しく転ぶ。

 その動きは随分のろまに見えた。

 多くの侍女にかしずかれて育ったから足腰がひ弱なのだろうか。


 もう一匹のガーゴイルが女目指して降下してきたところに割って入るようにアンタレスが飛び込んだ。

 グゥエッと鳴きながらガーゴイルは辛うじてフルンティングをかわす。


「大丈夫ですか?ヴェガ王女!」


 アンタレスは振り向いて倒れている女の脇に跪いた。


 そのアンタレスの背中に向かって二匹のガーゴイルが素早く近づいてきた。


「危ない!」


 俺は走りながら叫んだが遅かった。

 ガーゴイルは大きく開いた口から紅蓮の炎を吐き出し、アンタレスはそれをもろに背中に喰らって吹っ飛ばされた。


「グハァ」


 五メートルほど飛んで地面に叩きつけられたアンタレスのもとに駆けこむ。


「大丈夫か、アンタレス!」

「俺は良い」


 王女を、と叫ぶアンタレスの言葉に従って俺は不敵に中空に漂う二匹のガーゴイルに向かって駆けた。

 剣を抜こうと柄を握るが、アスカロンは言うことを聞いてくれない。


「マジで?」


 仕方なく俺は鞘がついたままのアスカロンを肩に担ぎヴェガ王女らしき女を飛び越え一匹のガーゴイルに向かって突き出した。

 着地と同時に再び飛び上がり、もう一匹のガーゴイルに向かって剣を振る。

 少しガーゴイルが距離を取ったのを確認して、俺は鞘付きアスカロンをガーゴイルに向けたまま背後を振り返った。


「お怪我は?」


 女が「大丈夫、です」と起こした顔に俺は「アッ!」と大声をあげた。


「琴美!」


 女の顔は琴美に違いなかった。「お前、何やってんだ、こんなところで」


 琴美はキョトンとした顔を見せる。


「アル!前!」


 駆け寄ってきたデネブの声にハッと顔を戻すと、目の前が真っ赤だった。

 反射的にアスカロンを顔の前にかざす。

 俺は炎の勢いに少し押されたが、吹き飛ばされることはなかった。


 炎の向こうで何かがガーゴイルに飛びついていた。

 アンサーだった。

 しかし、アンサーの体当たりもガーゴイルはあっさりかわす。


 デネブが俺の足下に飛び込むようにして琴美を抱きかかえる。


 二匹並んで飛んでいたガーゴイルは少しずつ互いに距離を取った。

 俺を挟みこもうとしているのだ。

 二方向から火炎放射されては防ぎようがない。

 しかもこちらはアスカロンの鞘が抜けず、攻撃が覚束ない。


「どうすればいい?」


 魔物に視線を貼り付けたまま背後のデネブに助言を求めるが「えー」と困った声を出すだけだ。


「そんなの分かんない」

「何か魔法で攻撃できないのかよ!」

「あたし、攻撃系の魔法使いじゃないもん」

「だからデネブ以外の魔法使いも考えろと言ったんだ」


 声がする右後ろを見るとアンタレスがフルンティングを構えて立っていた。

 背中の鎧のない部分は服が破れ皮膚が赤く爛れている。

 吹き飛んだ衝撃で痛めたのか左手は脇腹を押さえていた。

 全身を大きく上下させながら苦しそうに呼吸をする。


「戦えるのか?」

「やるしかないだろ」


 確かにその通りだ。


「デネブ。魔法でアンタレスの治療を」

「うん」


 俺は背中をアンタレスに預け、一匹のガーゴイルに意識を向けた。

 アスカロンを鞘から抜こうと力を込める。

 ズルっと少しだけ刀身が現れた。

 頼むよ、アスカロン。

 心の中で呼びかけたが、それ以上は鞘から出てくれない。


 ガーゴイルの火炎が飛んできて、俺はまた鞘で受け止める。

 炎は弾けるが、これでは防御一辺倒にならざるを得ない。


 背後ではアンタレスの気合いを伴った声が聞こえる。

 アンタレスが向こう側を片づけてくれるまでは仕方ないか。

 そう思ってガーゴイルを牽制するために鞘ごとアスカロンを振り降ろしたら、鞘が抜けてガーゴイル目がけて飛んで行った。

 ガーゴイルの胸に鞘が突き刺さり、そのままガーゴイルは地面に墜落する。


「あれ?」


 振り下ろしたアスカロンは勢いが止まらず、またもや俺の意思とは関係ない動きで俺の足下を薙ぎ、そのまま俺の体をくるりと反転させる。

 背後を向いた俺に向かって何かが飛んできた。

 アスカロンがそれを食い止めるようにせり上がる。

 ガチンと衝撃音が弾けて火花が飛ぶ。

 飛んできたのは太いロングソードだった。

 それをアスカロンが受け止めていた。


 ロングソードの持ち主は見たこともない生き物だった。

 顔は豹なのかチーターなのか(俺は豹とチーターの区別がつかない)。

 それ以外の部分は人間と同じですごくマッチョ。

 半豹半人の魔族なのか。

 そいつは「チッ」と舌打ちして大きく背後に飛んだ。


 デネブとアンタレスがいつの間にか地面に倒れていた。

 アンサーが主人の腕や顔を舐めるがデネブは全く反応することなく、アンサーの哀しげな鳴き声が微かに聞こえる。

 この化け物がやったのだろう。

 琴美はどこに?そう考えたところで、正解が分かった。

 この豹人間が琴美に化けていたのだ。

 そして、隙だらけのアンタレスとデネブを攻撃した。


 ガーゴイルが飛んできて、まるで豹人間が飼っているペットのようにその腕に止まった。


「我が名はオセ」


 静かにオセは喋り始めた。「私の攻撃をかわすとはな」


 かわす意図はなかったのだが、俺は黙っていた。

 体が緊張している。

 これまでの魔族とは違うオーラがオセにはあった。

 デネブとアンタレスは生きているだろうか。

 俺は二人がいない状況でこいつとどう戦えば良いのか。

 しかし、アスカロンが俺を鼓舞するようにその刀身の輝きを増した。

 柄を握っていると不思議と自信が漲ってくる。


「お前、琴美、いや、ヴェガ王女に化けてたのか?」

「姿を変えるのは俺の得意技でな」


 オセは腕に止まっているガーゴイルの頭に頬ずりした。「小僧。それはアスカロンか」


「だったら何だ」


 俺は正眼から上段にそして柄を顔の横に下ろす構えに変えた。

 八双の構えだ。

 遊び半分で構えてみたことはあるが、剣道の試合では使ったことはないし、使っている人も見たことはない。

 しかし、この構えが重量のあるアスカロンには向いているように思えた。


「獲物として不足はない」


 オセは手にした剣で腕に止まっているガーゴイルを突き刺した。

 ガーゴイルは目を剥いてオセの顔を見たがすぐに事切れ霧消し始めた。

 オセは消えかかるガーゴイルをゴミのように放り投げると、無造作に間合いを詰めてくる。


 俺は呼吸を整えオセの一挙手一投足に目を配り、その無言の圧力に耐えた。

 剣道の試合でも、今のオセのように無頓着にずいずいと間合いを詰め相手を萎縮させようとする戦法がある。

 こういう場合、慌てて後ろに退いては相手の思うつぼだ。

 敵はどんどん勢いに乗って攻めてくる。

 気持ちで押され守勢に回ってしまうと逆転するのは難しい。


 オセは小細工なく大刀を大きく振りかぶり、俺にめがけて無造作に振り下ろしてきた。

 どんな技が来るかと思ったが、いたってシンプルだった。

 振りかぶったときに隙があったが、こんな単純な攻撃とは思ってもみなかったために、こちらから攻撃に出ることはできなかった。


 大刀が近づいてくる。

 パワーでは負けそうだ。

 俺は半歩自分からオセに近づきオセの剣の根元を一旦剣で受け、オセの力を利用しながら左へ流し、右へ足を運びつつ抜き胴を狙った。


 しかし、オセは俺が作った流れに乗ったままひらりと俺との距離をつくり、アスカロンは見事に空を切った。


 オセはパワーだけではなくスピードもある。

 これまでの魔族とはモノが違うようだ。


「ほう。アスカロンが認めただけはあるな」


 オセは楽しそうに頬を緩めた。

 そしてまるでボクサーのように軽やかにステップを踏む。

 軽く斜に構え、左手を俺との距離を測るように突き出し、その太いロングソードを右手一本で掴んで切っ先を俺に向ける。

 膝を使って体全体でリズムを取るように上下動する。

 不思議な動きだ。

 常に動いているのに隙が見つからない。


 基本的には静で一瞬の隙を点で狙う俺が知っている剣道とは違う。

 俺は八双の構えのまま少しずつオセににじり寄った。

 知らない相手と戦う時はなるべく自分の好きな距離感を保ちたい。

 短い竹刀を好む俺にとって間合いは近い方が得手だが、八双で構える今はさらに攻撃的に間合いを詰めて戦いたい。


 しかし、オセはこちらの意図を知ってか知らずか、軽やかなステップで近づいたり遠ざかったりを繰り返す。

 息を殺して間合いを測っても、ひらりひらりと間合いを切るオセに集中力が削られる。

 じっと見ていると浮遊感に包まれるようなふわふわとした気分になる。

 オセの動きに見惚れてしまいそうだ。


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