ヘカトンケイルー2
ヘカトンケイルは走りながら巨石を投げてきた。
まだ距離はあると思っていたが、ヘカトンケイルには射程距離なのか。
「飛べ!」
俺は声を限りに叫んで真横に飛んだ。
近くで巨石が墜ち、腹這いになった自分の体が振動で揺さぶられるのを感じた。
背中に土塊や石が飛んでくる。
少し顔を起こすと世界はもうもうとした土煙に包まれていた。
「だ、大丈夫か?」
俺は自分の状態も分からない中で、「アンタレス!デネブ!」と闇雲に叫んだ。
二人の姿は土煙のせいで見えない。
俺は……取りあえず特に痛いところも、動かないところもない。
周囲を警戒しながら体を起こし、足下に転がっているアスカロンを拾う。
「俺は大丈夫だ」
視界が晴れ、アンタレスはきびきびと立ち上がり、体の土埃を払ってヘカトンケイルに向き直ったのが見える。
彼はゆっくりフルンティングを抜いて足場を固めた。
「あたしもなんとか」
デネブは体を起こし、キョロキョロと左右を見渡した。「アンサー!」
デネブは瞠目して四つん這いのまま移動する。
その先には倒れたまま動かないアンサーがいた。
「アンサー?アンサー!」
デネブが抱きかかえて呼びかけてもアンサーはぐったりとしていて目を開かない。
デネブが耳をアンサーの口元に近づけ、そして肩の力を抜く。「良かった。息はしてる」
アンサーの体を点検し「傷もなさそう」と呟いた。
「脳震盪でも起こしたんだろうな」
俺がアンサーの様子を見ようとすると、「おい!今はヘカトンケイルだ!」とアンタレスの叫び声が俺の頬を打つ。
確かにそうだ。
ヘカトンケイルはどんどん近づいてくる。
「どうする。アル」
「この体格差は圧倒的に不利だな」
そう言ったときに、俺は一つの案に辿り着いた。「デネブ。俺に魔法をかけてくれ」
「何の魔法よ」
「サイズだよ。俺をあいつぐらいに大きくしてくれ」
「なるほど。あいつを縮めることができなきゃ、こっちが大きくなるってことね」
デネブはペンダントを握りその石に意識を集中するように目を閉じた。
そして手を俺の方に開き、何かをぶつぶつと呟いてカッと目を見開くと俺の体が見る見る巨大化した。
「アル。石だ!」
アンタレスが叫ぶや否や、俺はヘカトンケイルの方を向き、飛んできた石を片手でキャッチした。
今度はその巨石を思い切り投げ返したが、ヘカトンケイルが棍棒で殴りつけ、巨石は粉砕された。
俺はヘカトンケイルと五歩程度の距離を保って向かい合った。
俺はアスカロンを両手に持って正眼に構えようとした。
が、左手で握ろうとしたアスカロンの柄がない。
手元を見ると、アスカロンは小さいままで、巨大化した俺の手の中ではまるで黒ひげ危機一髪のおもちゃのナイフのようだ。
「デネブ!アスカロンだけ大きくなってないぞ」
武器がなければ戦えない。
柔道か空手の経験でもあれば良かったが、素手では戦い方が分からない。
そもそも格闘技の素養があったとしても、手が十本もある相手と戦うのは圧倒的に不利だ。
「ごめん。あたしの魔法はまだアスカロンの力を制御するほどの実力がなかったみたい」
「アスカロンには魔法が効いてないってことか」
「そういうことになるわね」
俺は手の中の小さなアスカロンに焦りが募った。
どうすればいい?
「俺にも、だ」
言われてデネブは「簡単に言わないでくれる?これ、すごく疲労するんだから」と文句たらたらだが、アンタレスも巨大化させた。
しかし、案の定アンタレスの手にあるフルンティングも大きくなっていない。
「やっぱ、だめか」
「仕方ないでしょ。宝剣には強力な精が宿ってるんだもん。二対一になったんだから十分戦えるでしょ!」
デネブはそう言うが、ヘカトンケイルには顔が五つ、手が十本あり、一体で五人分だ。
俺とアンタレスで挟み込んだが、有利になった感じは全くしない。
しかし、ヘカトンケイルも巨大化した二人を腹背に相手して闇雲に動こうとはしない。
キュクロプスより知力を感じる。
「デネブ。雑嚢の剣を」
「アルまで人遣い荒いわね」
デネブは文句を言いながらも雑嚢から剣を取り出し地面に置いて巨大化させた。
俺は素早く片手でその剣を拾い上げ、「行くぞ」とヘカトンケイルに挑みかかった。
俺の剣をヘカトンケイルは二本の手に持った棍棒で防ぎ、もう二本の腕で左右から俺の腹を殴ろうとしてくる。
すんでのところで避けてもう一度斬りかかるが同じことの繰り返しだ。
その間、アンタレスは短いフルンティングを手に懐へ飛び込もうとするが、棍棒を振り回されて近づけないでいる。
さらに巨石を投げつけられ、アンタレスは「うわっ」と反射的に尻もちをついて避けた。
好機と見たのかヘカトンケイルはアンタレスに棍棒を振りかざして襲い掛かった。
そのためヘカトンケイルの上体が反った。
足元に隙が生まれている。
俺は懸命に足を踏み込みヘカトンケイルの手の下に潜り込むようにして足を薙ぎ払った。
俺の剣は巨人の右膝に食い込んだが、次の瞬間剣先が枯れ枝のように折れて弾け飛んだ。
緑の魔液が少し飛び散ったが、決定打にはなっていない。
ここを逃してはいけないと思った俺は折れた剣を放り捨て、おもちゃのような大きさのアスカロンを前方に押し出してさらに踏み込んだ。
と、その時、背筋が急に寒くなった。
小さなアスカロンでもその切れ味は抜群で突き刺したヘカトンケイルの膝に風穴ができたが、ハッと見上げると一つの顔が何やら呟いているのが見える。
そして十本の手のうちの一つが何か小さなものを握っている。
その姿はデネブが魔法を使う時と同じだ。
ヘカトンケイルの振り上げた一本の手から急に炎が噴き上がる。
それが俺に向かって投げつけられようとしている。
俺は魔法の力で生まれた火炎が自分のがら空きの脇腹に襲い掛かる様子が簡単に想像できた。
やばい、と思ったが、俺の体は伸びきっていて避けようがない。
「ハッ」
デネブの気合いが辺りに響いてヘカトンケイルの巨大な炎が立ち消え、その手は風を巻き起こして俺の髪を靡かせただけで終わった。
ヘカトンケイルは右足が使えず体勢を崩す。
危機から脱した俺はヘカトンケイルの足下から飛び上がり、半ばでたらめにアスカロンを舞わせた。
まるでアスカロンが自分の意思で勝手に動いているようでもあった。
やがてヘカトンケイルの巨体は至る所から緑の液体を噴出させ地面にくずおれた。




