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キュクロプス

「アル!アル!」


 テントの外からアンタレスの叫び声が聞こえる。


 俺は寝ぼけ眼を擦りながら「何?どした?」とテントの外に返事した。

 テントの外はすっかり明るくなっている。

 こちらの世界も太陽のように光り輝き、およそ一日の半分の時間、地上を明るく照らす星は一つだ。

 従って、もう朝なのだ。

 もしかしたら昼になっているかもしれない。


「入るぞ」

「どうぞ」


 返事をするや否やアンタレスはテントの中に入ってきた。

 そして辺りを見回し、「デネブはいないな?」と訊ねてくる。


「いないよ。いるわけないだろ」

「そうか。なら、いいんだ」


 アンタレスはほっとしたような表情でそそくさと出て行った。

 しかし、また、すぐ戻ってきて妙に厳めしい顔を見せる。「気をつけろよ、アル。デネブはお前のことを狙ってるんだ。デネブと何かあったら、お前はヴェガ様を、ひいてはポラリス陛下を裏切ることになるんだぞ。そこんところをしっかりわきまえて行動しろよ。絶対にデネブに隙を見せるな」


「お、おう」


 俺が勢いに押されて頷くとアンタレスは満足そうに頷いて姿を消した。


「何なんだ。あいつ」


 独り言を言いながら立ち上がると、足が何かにぶつかった。ぶつかったのはアスカロンだった。


 そう言えば、昨日はアスカロンの精に「ギリギリ合格」をもらい、撫でながら寝たんだった。

 俺はアスカロンを手に取った。

 あれは夢か現か。

 夢でなければアスカロンは鞘から抜けるはずだ。

 俺は左手で鞘を右手で柄を持ち徐々に手に力を込めた。

 果たして、剣はするりと抵抗なく鞘から抜け、細身のロングソードが姿を現した。

 銀色に眩く輝く刀身には錆どころかくすみ一つ浮かんでいない。


「おおっ」


 やっぱりあれは夢ではなかったのだ。

 アスカロンには精が宿っている。

 俺は座ったまま剣を振り被り正中線上を振り下ろした。

 軽い。

 さすがに竹刀よりは重いが、少ししなる感覚があるのは竹刀に似ている。


「アル!来て!」


 テントの向こうからデネブの悲鳴のような叫び声が聞こえる。

 ただ事ではない雰囲気だ。

 俺は抜身のアスカロンを手にしたままテントを飛び出した。


 テントを出たら大きな目がそこにあった。

 一つ目の巨人が二体、俺を見下ろしているのだ。

 俺は腰が抜けそうになるぐらいに驚いた。

 どちらの巨人も身長は十メートルほどあるだろうか。

 ほぼ全裸に近い体は筋肉隆々でそれぞれ右手には大きな棍棒を持っている。

 あれに殴られたらひとたまりもないだろう。


「アル!あのキュクロプスと戦える?」


 デネブは竈の近くで剣を握り臨戦態勢に入っているアンタレスの背後に隠れていた。


 俺はムリムリと首を横に振った。

 あの巨人から見れば俺たちなんてザリガニみたいなものだ。

 戦うなんてできるはずがない。


 アンサーは勇敢にも二体のキュクロプスに向かってガウッガウッと吠えたてているが、巨人の耳には届いていないのか全く相手にされていない。


 巨人はどうも仲違いをしているようだった。

 何の諍いかは定かではないが、どうやらどっちが俺たちを食べるか言い争っているように見える。


 すかさず俺はテントの影に隠れた。

 今のうちに遠くへ逃げるのが一番ではないだろうか。

 川に飛び込み流れに乗って懸命に泳げば逃げ切れるかもしれない。


「デネブ。魔法だ!」


 アンタレスは剣を構えたまま背後のデネブに向かって叫んだ。


「何の魔法よ?」

「サイズだ。あいつらを小さくしてくれ」

「無理よ。魔法をかけるには相当近づかないといけないのよ」


 できるわけないじゃない、とデネブは怖がったが、俺はそれしか手はないと思った。


「デネブ。やってくれ。俺たちがあいつらの注意をひきつける」


 そう言って俺はテントから躍り出た。


 二体の巨人が一斉に俺の方を向く。

 俺は巨人の視界からデネブたちが消えるようにデネブたちから遠ざかりつつ巨人を中心にした弧を描くように走った。

 懸命に駆けながらデネブを見る。

 デネブはイヤイヤをするように首を振ったが、俺も首を横に振ってそれを認めなかった。

 アンタレスがデネブの手を取り、無理やり駆け出した。

 俺の方に注意が向かっている巨人たちの背後に回り込もうとする。


 俺は立ち止まって二体の巨人に正対した。


 巨人は仲違いをやめたのか、二体仲良くドシンドシンと歩いて俺との間合いを詰めてくる。


 まるでビルが近づいてくるようだった。

 足が地面に降りるたびに俺の体が浮き上がるような振動が伝わってくる。

 向かって右側の巨人が棍棒を振り上げた。


 棍棒が振り下ろされる前に俺は一旦後ろに体をひくように見せかけて、一気に巨人の足下目指して走った。

 剣道の返し胴と同じ要領だ。

 特に自分より上背のある相手に対してよく使った技だ。


 すぐ背後の地面に棍棒が打ち付けられ、その爆発的な衝撃でたたらを踏む。

 仰ぎ見ると悔しそうに口をへの字に歪め一つ目を怒らせるキュクロプスの顔が見えた。


 その横から別の棍棒が飛ぶような勢いで近づいてくるのが見えた。

 隣のキュクロプスが隙だらけの俺の左側面を狙っているのだ。


 やばい。


 そう思って反射的にギュッと目を閉じる。

 しかし、いつまでも棍棒はやってこなかった。


 恐る恐る目を開くと、俺に棍棒を振り下ろそうとしていたキュクロプスは何故か俺に背を向けている。

 その向こうにはペンダントを固く握り締め顔をこわばらせているデネブ。

 キュクロプスは急に頭を低くして四つん這いになった。

 そして巨大な顔をデネブにすり寄せる。


 何だ?


 キュクロプスは頭がおかしくなってしまったのだろうか。

 まるで飼い主に甘える犬のようだ。

 そしてもう一体のキュクロプスも相棒の変化に驚いているのか呆然と突っ立っている。


 デネブはキュクロプスの顔をよしよしと優しく撫でる。

 ペンダントは握り締めたままだ。


 キュクロプスの体が次第に小さくなってきた。

 そしてやがて普通の人間と同じぐらいになる。

 しかし、本人は気付いていないようで、デネブの膝もとににおいを嗅ぐように蹲る。


 アンタレスが小さくなったキュクロプスの隙だらけの背後に斬りかかる。

 キュクロプスはあえなく袈裟懸けに斬られ倒れた。

 ブシューッと気化が始まる。


 仲間をやられた巨大なキュクロプスが突然意識を取り戻したように棍棒を振り上げた。

 アンタレスが標的になっている。


「お前の相手は俺だ」


 俺は飛び上がり、キュクロプスの膝裏に斬りつけた。

 軽い手応えがあったと思ったら顔に何か温かいものが飛んできた。

 手で拭うと緑の液体だった。


 脚が切断されてズッシーンという地響きと共にキュクロプスが横ざまに倒れる。

 まさか、軽く薙ぎ払っただけで巨人の脚が両断されるとは。


 すぐさまデネブが近づいてきて魔法をかけ、倒れたままキュクロプスは小さくなった。

 とどめとばかりにアンタレスがキュクロプスの胸に剣を突き刺す。

 間もなくキュクロプスの体は消え始めた。


「デネブ。ナイス。お前のおかげだ」


 俺が褒めると、「ま、まあね」とデネブは口の端を歪めて笑ったが、アンサーが飛びついてくると「うえーん。怖かったよう」とべそをかきながらアンサーを抱きしめた。


挿絵(By みてみん)


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