初めての野営ー1
「おおー」
予想通りの展開なのだが、思わず声が出て、拍手までしてしまう。
川べりに平らな場所にテントが三つ並んだ。
豆粒ほどの大きさの三角すいがデネブの魔法で見事に大人が寝られるぐらいの大きさに広がったのだ。
俺の拍手にデネブが少しはにかみ、カーテンコールを受けて観客に挨拶をする演者のように恭しく膝を曲げて頭を垂れた。
テンションが上がってテントの中に飛び込む。
勢いよく寝そべると、砂地の上に敷いたのにジャリジャリ感がなく、適度に柔らかくてまた「おおー」と感嘆する。
目を閉じると、じんわりとした全身の疲労感が意識を吸い取っていくようだった。
「ちょっとくつろいでてね。あたしはご飯つくるから」
デネブの言葉に返事ができなかった。
辛うじて返事がわりに手を挙げるが、俺は体にのしかかる眠りの重さに耐えきれず、そのまま意識を失った。
テントの外からは何かが爆ぜる音が聞こえて、俺は目を覚まし反射的にガバッと身を起こす。
魔族か?
恐る恐るテントの外を覗くと、石で囲んだ即席の竈に火が起きていて鍋が載っている。
鍋の中をかき混ぜているのはデネブだった。
鼻歌が聞こえてくる。
そうか。
デネブはご飯を作るって言っていたな。
俺はホッと胸を撫で下ろして、テントから出た。
「美味しそうなにおい」
俺が声を掛けると、デネブは振り向いてニッと笑って見せた。
鍋から小皿に白いスープを取り味見をして「うん。上出来」と満足そうに頷く。
デネブの背後には椅子が三脚と丸テーブルがセッティングしてあり、その中央には大きなパンが皿に盛られていた。
これらは全てデネブの雑嚢の中に入っていたのだろう。
俺は改めて魔法の便利さに感動した。
デネブ抜きの冒険など絶対に無理だ。
逆に優れた魔法使いと一緒にいれば快適な旅が約束されているようにも思える。
椅子に座っているとデネブが具だくさんのシチューを出してくれた。
きっとミルクも野菜も空豆の大きさで雑嚢に入っているのだ。
他に何が入っているのだろう。
今から明日の食事が楽しみになってくる。
「アル。よく眠ってたね」
「うん。いつの間にか意識なくなってて」
「疲れたんだね。あたしの魔法の効力も吹き飛ばしちゃうぐらいに」
食事の用意が整うと、それを見ていたかのようにアンタレスがテントから出てきた。
「何してたんだよ」
「愛しき剣の手入れだよ。お前もしっかりやった方がいいぞ。と言っても、アルはまだアスカロンの姿すら拝めてないみたいだがな」
確かにそうだ。
あのアスカロンとか言う宝剣は結局まだ鞘から出せておらず、その抜き身がどんな様子か見ることができていない。
「きっと、錆がすごくて抜けないんだよ。あれはきっと使い物にならないな」
鞘から抜けない理由が他に思いつかない。
錆が原因だとすれば、いくら名高い剣であっても役に立たない。
逆に今日使った名もない剣の方の手入れはしっかりやっておかないと明日以降困ることになるかもしれない。
「それは、どうかな。とにかく一度何とかして剣を抜いてみることだな」
アンタレスが意味ありげに笑う。
「だから、どうやって抜くんだよ」
「それは、アスカロンに聞いてみないと分かんない」
「はぁ?意味分かんね」
俺とアンタレスが揉めていると思ったのか、デネブが「まあまあ」と言いながら皿を持って戻ってきた。
「いいじゃない。アルは今の剣で十分強いわ」
「んー。でも、あの剣は少し刃こぼれがあるんだ。今日の戦闘でできたのかは分からないんだけど、切れ味もちょっと心許ない感じがする」
「確かにアルはあんまり剣の手入れはしてなかったかも。少しは研いだり磨いたりした方がいいかもね」
デネブも椅子に着いて軽く手を広げる。「さぁ、召し上がれ」
剣の手入れなんてどうやったら良いんだろう。
後でアンタレスに聞かないと。
俺はそんなことを考えながら上の空でスプーンを使った。
「美味い!」
口に含んだ熱々のシチューはお世辞抜きに美味しかった。
濃厚でクリーミーな味だが、しつこくない。
程良い甘さが疲れを取ってくれる感じがする。
野菜だけではなく、ごろっと大きめの肉も入っていて食べごたえもありそうだ。
「ほんと?嬉しい」
デネブは目をキラキラ輝かせて喜んだ。
「ほんとだよ」
アンタレスに「なあ」と同意を求める。
アンタレスは真剣な顔で頷き「本当にデネブが作ったのか?こんなに料理上手だったか?」と訊ねるので、俺はびっくりした。
それってさすがに失礼じゃないか?
「勉強したのよ、こう見えて」
「魔法の勉強はそっちのけでか?」
「そんなこと言うなら、食べなくていいわ」
デネブが怒ってアンタレスの皿を奪おうとすると、アンタレスは皿を抱え、パンをくわえて逃げるように川べりに移動した。




