ヒロトの依頼
「っとまぁ見てもらった通り、急な来客があるからな。俺は長くここを離れることが出来ないわけだ」
ブロードの向かいに腰を下ろしたヒロトはぬるくなったお茶を飲んで一息ついた。
「君に頼みたいのは外の神達を捕まえる事……と言っても相手は神だからな、簡単じゃないのは目に見えている。それこそ街を吹き飛ばしてでも抵抗される事があるかもしれない」
真面目な顔をしたヒロトにブロードはその言葉が本気なのだと理解する。
「僕に、何が出来るのでしょうか?」
口から出るのは不安だ。
「君の役割は発見し連れてくることだ。探し方は教えるから、見つけたらこことゲートを繋げればいい。ただそれだけだ。君とフェリールが居ればそこまで難しい話ではないはずさ」
「……頑張ります」
ブロードは短く答えた。
「そうか!いや、良かったよ。もっと説得に時間がかかるかと思ってて色々と考えてはいたんだけど…やってくれるならすごく助かる。さっそくお勉強の時間に移ろうか!」
ヒロトが指を鳴らすと畳の側に黒板が現れた。
「でもその前に、フェリールさんに会ってあげたりはしないんですか?」
ブロードの疑問にヒロトは固まってしまう。
「えっと……それは……そのうち……かな?」
迎えに行くと言いつつ探されていたという点でヒロトには後ろめたい感情が強い。
「指輪が壊れた時は泣いてたんですからね?彼女の気持ちに答えてあげてくださいよ?」
「あぁ、も、もちろんさ……」
ヒロトはまさか千年も待たれているななどとは思っておらず、話題を変えるようにぎこちなく神々を探すための方法をブロードへと伝えるのであった。
「……で、あと気をつけることといえば…そうだな、ここへと扉を開くのはかなりの魔力を使う。今のお前の場合1日に2回も使えればいい方だろうからそのへんは気をつけてくれ」
「わかりました」
「教えることはとりあえずそんな所かな?まぁすぐにやれとは言わないからお前のペースで頑張ってくれ」
ヒロトが手をはたくと黒板は元々なかったかのように忽然と消えた。
「あとは送り返すだけなんだが…ブロード。フェリールを頼んだぞ」
「えっそれは自分で…」
ヒロトが指を鳴らすとブロードの足元へと魔法陣が現れ、あっという間に彼の姿を消し去った。
ヒロトはブロードが何を言おうとしたのかは想像が付いている。故に言い切られる前に強制的に送り返したのだ。
「それに、ここから先は見せたくないしな」
静かになった部屋にヒロトの呟きが零れる。彼の目線の先には血の一滴すら流れていない勇者の死体が転がっていた……
「……う、ん?」
ブロードが目を覚ますとそこはベッドの中だった。
「起きたー?じゃあ姫さま呼んでくるね」
ベッドの隣に腰掛けていたリディアが立ち上がり部屋をあとにする。少し前まで見ていたものは夢かもしれないと思い起こすが、その感覚は現実味が高く実際にあったのではないかと混乱をする。
ブロードは長く寝ていたらしく気だるさに悲鳴をあげる体を伸ばすために起き上がった。
「大役を任された気がするなぁ…」
ヒロトの頼みは世界を救うためのものであり、かつての自分からは想像も出来ないほどに大事である。
「まずは、話し合いからですかね?」
ヒロトはリディアの出ていった扉を見る。
その先に知っている人の気配があるからだ。
「目覚めたか」
扉を開けたフェリールがブロードの側へと歩み寄る。
「近く寄れ」
命令にブロードは黙って従う。
「まったく、心配を掛けおって」
ブロードの頭を胸に抱えるように抱き寄せるフェリール。
「すみません」
「良い。体調に問題はあるか?」
「少しだるいですが特には無いです」
「そうか」
少しだけ強く抱きしめてからフェリールは手を離した。
「今のところヒロトの手がかりは無いが、また旅に出るからな。しっかりと体の調子を戻しておけ」
はい、と頷いてブロードは微笑む。
気遣いが嬉しいからだ。
「あ、そういえば」
「む?何かあるか?」
「えぇ、とても大事なことがひとつだけ」
【ゲート】
ブロードは魔法を使う。知ったばかりの場所へと繋がる扉を。
「なんじゃ?」
「見た方が早いですよ」
「そう、か?」
フェリールが扉を開くと白く広い部屋が広がっている。
「どこじゃ?ここは……」
扉の先を見渡すフェリール。
その言葉は小さくなり途切れる。
直後フェリールは駆け出していた。
「すぐには…終わらないだろうなぁ……」
長い間溜め込んだ思いがどれほどの時間を掛ければ伝えられるかなんてブロードには想像もつかない。
「とりあえず飯にするかな」
「こちらをどうぞ。」
横のテーブルに粥のようなものが置かれる。
「連れ去られた日から五日目です」
茶を入れながらエルドリヒさんが教えてくれる。
フェリールの後に続いて入ってきていたらしい。
「そんなに経つんですか……」
「えぇ。とはいえ救出から3日ほどですが」
「えっと、ありがとうございます……?」
「今後は最低限身を守れるように、指導を出し惜しみ無くいきます。今は体力回復に務めてください」
「はい」
実力不足、それをブロードは実感した。
「頑張らないと……」
決意を新たにブロードは意気込む。
ブロードが布団に体を預けるとすぐに眠気が襲ってきた。
扉はもう消してある。聞き耳を立てる気もなかったからだ。
「よろしくお願いしますね」
そう呟いてブロードは意識を手放した。
エルドリヒが音もなく食器を持ち上げ部屋をあとにすると、部屋には静寂が訪れた。
リディア。夢魔という夢を操ることが出来る魔人。ブロードの夢に入って物量に溺れた人。小柄の美人で胸は……。でも、夢の中だと凄いんです。ホントですよ!




