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飾り扉の使い方  作者: へたすん
52/55

ヒロト

普段より少し長くなりました。

翌日。フェリールはいまだ床に伏せている。

その姿は弱々しく、声を掛けても反応は薄い。


「何か、元気が出るようなものがあればいいんだけどね?」

ブロードは市場へと足を運んでいる。

腕に抱かれたラビはきゅっきゅと答えるように鳴いている。


街には様々な種族がおり、話す言葉も複数聞こえてくる。

市場では見たこともない果物を初めとして様々なものが売られていた。

何か元気が出るようなものが物があればフェリールに食べてもらおうと考えてはいるがあまり良さそうなものは見つかっていない。


「好きな食べ物が決まってる訳では無いしなぁ……」

大抵のものは喜んで食べるため、ブロードは何を買うかを迷っていた。


「もう少し奥の方までみてみる?」

ラビはその質問にキュイっと鳴いた。




「見つけた…」

その声がしたのは建物の影。

「上質な生贄…」

フードを深く被った者がブロードの方を見つめている

「今度こそ…」

ブロードの動きに合わせてその者は追跡を始める。

ブロードはその視線に気が付けなかった。




「っと、ここまでか」

結局市場の端まで抜けてしまい、目の前には人気のない路地が伸びている。覗き込んで見ても店らしきものは無い。


「仕方ない、戻りながら果物でも買っていこうか?」

ラビは元気に身体を揺らして喜びを表現する。


「そうと決まれば……」

踵を返そうとして立ち止まったブロードはそれ以上の言葉を続けられなかった。

足元に目をやれば地面から伸びた黒い鎖状の何かがブロードの足を絡みとり、ゆっくりと地面へと飲み込んでいく所である。


「なんっだ、これ!」

全力で暴れようとしてもその足は上がることがない。それどころか沈む速度は速さを増し、鎖は上へと伸びて絡み付いていく。


「ラビ!これをエルドリヒさんに!」

自力ではどうしようもないと悟ったブロードはギルドカードをラビと共に離れた場所へと放り投げた。


「頼むぞ…」

ブロードはそう言い残して鎖に身を巻かれながら、底なしの沼に沈むように地面へと消えた。


ラビの手元には一枚のカード。

目の前にいた筈のブロードは一切の痕跡を無くして消え去った。


ラビは全力で街を駆け抜けた。

ブロードの事を伝えるために……









ブロードが目を開けるとそこは真っ白な部屋のような空間で、中央に巨大な扉が置かれていてその正面に一人の男が立っていた。

長袖シャツにジーパン。随分と動きやすそうな格好だ。


「はじめまして、だよな?ようこそ英雄くん。たいしたおもてなしは出来ないがとりあえずゆっくりして行ってくれ」

そう言って彼が指を鳴らすと何も無い空間の隅に四畳半の畳が出現した。


「えっと……?」

ブロードは周囲を見渡して状況を確認しようとする。


「あー、連れてこられた感じか。まぁ座って話をしよう」

畳の中央にはちゃぶ台が置かれ、ふたつの湯のみにはお茶が入れられている。

「おっと、靴は脱いでくれよな?」

「あっはい」

土足で上がろうとしたブロードは軽く頭を下げてから靴を脱ぐとちゃぶ台の前に腰を下ろした。


「まぁ、長くなるからこれでも食べながら聞いてくれ」

ヒロトはどこからともなくどら焼きを取り出すとブロードの方へと差し出し、湯のみに口付けて喉を潤すと順をおって語り始めた。




かつてこの世界には三つの神が存在していた


天空、大地、海洋。

それぞれを司る神様だ。


この世界は三つの神によって平穏と安定を保っていたのだ。


ある時、外の世界から様々な神々がやって来た。

この世界の神たちは優しく受け入れた。拒む理由も無かったからな。


だが、外から来た神々は彼等にとって住みやすい場所へと作り替え始めてしまったんだ。


平和だった世界が荒れてゆくのは止められなかった。

この世界の神様には荒事への知識が無くてな、対策らしい対応が出来なかったってわけだ。


さて、神様にとっても目上の存在ってのは居てな、この世界の神様は大いなる存在って言っていたがそこへ助けを求めたんだ。

その頃には既に世界は崩壊の一歩手前位まで進んでいた。

そう、人類滅亡の頃だよ。


「まぁ、その後は知っての通りに俺が呼ばれて人類を救ったって訳さ」

そう言ってお茶を飲みながらヒロトは一呼吸置いた。


「裏の話やその後の話も当然ある訳だ。そもそも魔族ってのはこの世界の生き物に外の神々が手を加えた存在なわけだ。倒せば全てが終わる訳では無いってのはこの世界の神様も分かってたし、そうはしたくないって考えてた」


ヒロトに与えられた目的は外の神々の排除であり、この世界を平和へと導くことである。


魔族を押し返していくのは表向きの活動で、その影では外から来た神々を魔族と切り離しつつ駆逐していったのである。


「とはいえ、外の神々を追い出したら終わりかと問われるとそうじゃない。この世界の神様は平穏を作ることで手一杯ですぐにまた外の神々がやって来るのは目に見えていた。そこでここにある扉が役に立ったんだ」

ヒロトは背後に聳え立つ扉を指さして示す。


「実際やってみたら上手くいったって感じだがな、この『ゲート』って魔法には繋げるだけじゃなく、切り離す効果もあったんだ。ま、簡単に言えばこの扉は外の世界とこの世界を切り離してるって事だ」


「……その顔は俺が生きていることが不思議って感じだな?」

「1000年以上、1500年はその姿って事ですよね?」

「そうか、もうそんなに経つのか。時間なんて数えてないからな、案外分からないものなんだ。っと、何故生きているかって話だったか。答えはノーだ。既に俺の肉体は死を迎えてるはずだぜ?フェリールの指輪も砕けてるだろ?」

「確かに、少し前にくだけたのを見ましたけど…今僕が見ているのは亡霊ってわけじゃ無いんですよね?」

「あぁ、俺は精神体として肉体とは切り離された訳だが…うん?最近になって砕けたのか?」

「えぇ、昨日位でしょうか?」

「肉体が封印されていた?だとすれば有り得るのか?」

突如思考の海に潜ったヒロトにブロードは首を傾げた。


「おっと悪い。この話はまた後にして俺の事だな」


曰く、神々を倒し神の力を集めることでその力を吸収したのだそうだ。


「これは大いなる存在ってもののお陰なんだがな。まぁ、そういう訳で俺は肉体としては人として死んだが精神は神としてこの場に居座ってるってわけだ。多分、これからもずっとな」


それは、この世界を見守る神が4人になるという事である。


「でだ…肉体が最近になって滅んだ理由だがな?」

ちゃぶ台に肘をつき身を乗り出したヒロトは真面目な顔で語り始める。

「恐らく、隠れて外の世界へ戻ろうとした外の神が何かをしているはずなんだが……あぁクソ、ちょっとそこで待ってろ」


突如立ち上がったヒロトは扉へと向かって歩き始めた。


彼が扉の前に経つと同時に重厚そうな扉は悲鳴をあげるようにゆっくりと、ゴゴゴっと音を響かせながらゆっくりと開いていったのであった。


「悪いが、閉じさせてもらうぞ?」

ヒロトは扉を抜けてきた男を睨みつけながらに言う。

ヒロトがゆっくりとした動きで手を正面で合わせるとそれと同時に扉が閉まった。


「ふん、すぐにお前ごと消し去ってみせるさ!」

扉を抜けた男は見るからに神々しい鎧を身にまとい、手にした剣は光輝いている。


「全く、お前みたいなのがいるから俺がここから離れられないというに。いつになれば諦めてくれるのやら」

それはため息のようなぼやきだが、少し離れたブロードにすらハッキリと聞き取ることが出来た。


「この世界を解放すればすぐにでも休めるだろうが!」

男は剣を構えて真剣な顔をしてヒロトを睨みつけている。その重心はゆっくりと下がり、今にも飛び出しそうな程である。


「やれやれ。今度はどこの神様に唆されたのやら。俺が世界を盗んだとでも言われているのか?」

「死にゆくものに語る言葉はない!」

男は剣を振り上げれば光を纏った剣は刀身を伸ばし、二人の距離はそのままにヒロトへと手早く振り下ろされた。


「ふん、これにて解決だな」

空間を満たした閃光が消えると、鎧を着た男は剣を鞘に戻すところであった。

ヒロトが立っていた場所には何も残っていない。



「悪いな、俺は倒されるわけにはいかないんだ」

その言葉に抜刀しながら背後を切りつけた男は驚愕により目を見開いた。

なぜなら男の振りぬこうとした剣はヒロトの手のひらによって止められてしまったのだから。


「ば、化け物かよっ!!」

男は慌てて距離をとるが、ヒロトに足を掛けられてその場に転がっていく。


「断ち切る剣ねぇ……随分と奮発してる方なんじゃないか?」

ヒロトの手には男の持っていた剣が握られている。

「か、返せ!」

男が立ち上がり飛びかかるのを軽やかにかわしたヒロトは男を蹴り飛ばした。


「返すと思うか?」

ヒロトは剣を後方へと放り投げる事で意思を示す。

はるか後方にカラカラと剣が転がる音がひびいた。

「お前は逃げるか死ぬか、好きな方を選ぶといい。どちらにせよ五体満足では済まさないがな?」

ヒロトはニッコリと笑いながら男に尋ねる。


「俺は死ぬのはゴメンだ」

男は立ち上がりにやりと笑う。

「そうか、じゃあさっさと逃げ帰ればいいさ。もちろん、逃げられるならな?」

ヒロトはまるで捕食者のような目付きで男を睨みつけながら歯を見せるようにわらう。


「戻れ!」

手を伸ばした男が叫んだ直後、身にまとった鎧ごと身体を剣が貫いた。

「なん…で…」

男は胸から見えている剣を触りながら膝をついた。

「喜べよ?欲しかった剣が戻ったんだろ?」

「クソ…バケモノめ…が…」

男は俯いて崩れ落ちるとそれ以降ピクリとも動かなくなった。


「全く、邪な気持ちは無いってのにな」

物言わぬ屍となった男に声をかけたヒロトの背中は、ブロードの目にはとても悲しそうに映った。

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