祭3日目
朝。それは1日の中で最も心地よいものだ。前日の疲れは睡眠によって解消され、窓を開ければ心地よい風が抜け、差し込む朝日に目を向ければ良い一日になるのではないかと感じることが出来る。
「まだ日は登っておらぬのじゃ……起きるには早いであろうに……」
「あっすみません閉めますね」
そう言って開け放った窓に手を掛けてから気がつく違和感。
「いや、朝ですからね!?」
もしも今、二度寝という魔物に襲われてしまえば昼までの時間などあっという間に過ぎ去ることだろう。
「では我はもうすごじぅ……」
言葉の終わりをいびきのように響かせながらフェリールは枕に顔を埋める。
「朝、弱いんですね……」
初めて知る事実に小さく溜めた息を吐きながらにブロードは呟く。顔を洗えば目が覚めるかもしれないと思いつき、水を汲む為にブロードはあくびをしながら部屋をあとにした。
一階へと降りると初めて見る人物に目が止まる。
新しい客だろうか?革製のシンプルで小さめの鎧を付けた細身の男性で腰には刃渡り60cmほどの剣をぶら下げている。
この街ではよく見かける茶系色の髪は猫毛らしくふんわりとしていて、柔らかな微笑みは明るくて優しい印象だ。
彼はカウンター近くにある席に腰掛けて誰かと楽しそうに話をしていて、彼の向いた方向には女将さんが頬を赤くしながら……口説かれてる?!
「あっ、いい所に!」
こちらに気がついた女将さんはブロードを呼び寄せるように手招きをした。
「おはようございます?」
状況の掴めないブロードは挨拶をしながら首を傾げる。
「あんたらにお客さんだ。じゃ、私は仕事に戻るよ」
女将さんは頬を抑えながら厨房へと消えていく。
「初めまして、だね。僕はリロ・テッド。軽く話がしたくて待ってたんだけど……その様子だとフェリールさんはもう居ないのかな?」
「いえ、まだ上にいますけどよくここにいるってわかりましたね?」
「身内に君の事を知ってる人がいてね、宿を変えてなくて助かったよ」
「なにか大事な話でしたら起こしてきますけど……」
「あぁまだ寝ているのか。これは失礼、祭りの日に早起きしない事を考えて無かったよ。出直した方が良いかな?」
「伝言であれば伝えますけど……どうします?」
「いや、急ぐ話でもないからね。出直すことにするよ。しばらくはここに居るんだよね?」
「何日かは間違いなく居るとおもいますけど」
「なら明日にでもまた来るよ。詳しい話はそこで」
「はぁ、はい」
そそくさと立ち去る彼の背中を見ながらブロードは聞き覚えのある彼の名前を思い出していた。
「そうだ、実務の団長!」
赤土の旅団、その団長であるが既に彼の姿は無い。
「あんな人だったんだ」
彼の名前を知る人は多いが、実際に会ってその人柄を知るものは少ないのだ。
少しの間固まっていたブロードが動き出したのはそう時間のたっていない頃である。
そして、ふたりが朝食を済ませて宿を後にするのは、昼に差し掛かろうとしていたのであった…
屋台を回っているのはブロード、フェリール、エルドリヒの3人だ。先行して目移りしているフェリールをブロードが誘導し、エルドリヒがついていく形になっている。
「あれはなんじゃ!」
ブロードの手を引きながらフェリールは気になったものを順に腹の中へと収めていく。
「店は逃げませんから、ゆっくり行きましょう」
まるで保護者のようなことを言いながらブロードは引っ張られている。彼女の好奇心は留まることを知らない。
「そういえば例の焼き菓子の店がこの先にありますけど寄ってみます?」
昼をすぎて屋台巡りがほぼ終わったタイミングでブロードは思い出したことを尋ねる。
「このあたりにあるのか?」
「えぇ、この道の先ですからすぐですよ」
「ふむ、今はおるのかのぅ?」
「午前中であれば間違いなかったんですけどね、片付けが終わっているかどうかじゃないですか?」
ブロードが空を見上げると太陽が真上を通り過ぎた程度だ。
「ならば行こう!近いのであろう?」
「えぇ、そこの角を曲がったところですよ」
急ぐフェリールを引き止めながら一行はクーキーを作るお店へと向かうのだった。
「あの、ここってクーキーのお店でいいんですよね?」
ブロードが声をかけたのは看板を片付けようとしていた人だ。
「あっ、すみません。もう閉店なんですよ」
看板を抱えながら頭を下げる人は店員で間違いがないようだ。
波打つ装飾のある白色のエプロンを付け頭にはバンダナを巻いた女性。彼女の顔は毛に覆われた猫、いわゆる獣人と呼ばれる種族だ。
バンダナで覆われてはいるが耳らしき位置が時折ぴくぴくと動いていて、一般的な白黒のメイド服のスカートからは尻尾が覗いている。
「ここのぱてしぃえに用事があるのじゃ」
「用事、ですか?えっと、ご予約はされてますか?」
「無い。が、いま中におるのであれば伝言を頼む。それでわかるはずじゃ」
「いるには居ますが……その……」
「とりあえずは伝えてくれ。かかおがあるとな」
そう言ってフェリールは胸を張り、にやりと笑った。




