前夜祭の挑戦
王都で行われる祭りは平和祭と呼ばれるが、具体的には建国を祝う祭りだ。
「今日からと言っても…前夜祭なので昼までは特に見るものも無いですよ?」
その一言にブロードの手を引いて歩き出そうとしていた白いワンピースを着た黒髪の少女、フェリールは歩くのをやめて振り返る
「嘘、じゃよな……?」
震える声で呟きながら縋るような目つきでブロードに尋ねるフェリール。
「屋台は明日からが多いですよ?今日は武闘大会の予選がメインですし。酒屋とかなら昼からやってるでしょうけど…人は多いです」
「そうか……仕方ないのう……」
言葉こそ落胆の色が濃いがどことなく立ち直っているようにも見える。
「その武闘大会とやらについて詳しく」
「今日の昼から予選会があって明日の本戦出場者16名を決めるんです。賞金以外にも騎士と戦えたり国お抱えになれる可能性があって結構人気なんですよ」
「今からでもでれるのか?」
「えっ……もしかして」
「程よい暇つぶしじゃな!」
ニヤニヤと笑いながら拒否権はないぞ、と少女は続けるのであった。
「それでは4の組になりますのでこの札を持って会場へお越しください」
今年の予選は4組に分けての勝ち残り戦らしい。各組最後まで残った4人が本戦出場となる。
「4番目の組なので最後の試合ですね。これだと夕方には終わる感じだと思います」
「まずは昼じゃの!」
受付が終わる頃には昼飯に程よい時間になってた。
「選手向けの食堂とかありますけどどうします?時間もありますし外で食べるのでも間に合いそうですが」
「味は良いのか?」
「普段は兵士用の場所ですし、飯のために参加する人もいるぐらいですよ?」
祭りの日ともあり料理人が気合を入れているのは周知の事実だ
「参加したことはあるのかの?」
「僕ですか?今まではそんな余裕もなかったですからね……」
ブロードは参加こそしなかったものの話を聞く機会は多かったのだ。
「ではそこにするぞ!」
「食堂は……あっちみたいですね」
「ほれほれ!早くするのじゃ!」
美味しいものを食べる、それはフェリールにはとても大切なことなのだ。
この時期の食堂には名物がある
「それでは、本当にいいんですね?」
白い服の料理人が席についたフェリールに念を押す
「くどい。早くせよ」
その言葉に厨房は慌ただしくなる。彼女がやろうとしているのはわんこそばを真似た大食いチャレンジ、わんこ麺である。
並べられた器には蕎麦ではなくうどんが入っている。
「では始めます!いいですね?」
それは観客に賭けの締切を知らせるものだ
最高記録は321杯でそれを食べられるかどうかの二択だ。
挑戦者が女の子ということもあり成功する側にはブロードの財布がぽつんと置いてある。
「開始ぃ!」
その掛け声とともに目の前に丼が置かれる。10杯分が入っているので33杯食べられれば超えたことになる。本来は一口分を延々と口に運ぶのだが「面倒だから」とまとめるように頼んだのだ。
周囲の微塵も食べられると思っていない応援には微笑ましい感じが見受けられる。
そんな応援を受けながらフェリールはどうしているかといえば、しっかりと味わいながら楽しんでいる。
「美味しいぞ!お代わり!」
もぐもぐと口を動かす姿に和やかな雰囲気が流れる。二杯目を食べ終わりふぅと一息つくと、どこからかだよなぁと声が聞こえた
「さて、今何杯出来ている?」
次のどんぶりが置かれる時、フェリールはそんなことを聞く。
「えっと…150杯ほどかな?」
簡単に数えながら答える料理人
「なら早く作れよ?その程度ではすぐになくなるからの?」
置かれたうどんに手を伸ばしながらそんな注文をする。
そして、フェリールは食べる速度を上げたのであった。
それまでのゆっくりとしたペースではなく、まるで水を飲むかのような速度であっという間にどんぶりがカラになる。
その光景に料理人は厨房へと指示を飛ばす
急に慌ただしくなった厨房とは裏腹に涼しい顔で次々と皿をかさねていくフェリール。
その姿に周囲の笑顔は消えつつあった。
「まーだーかー?」
21皿を積み上げたフェリールが厨房を急かしている。
「ほら次だ!」
「このペースで頼むぞ」
ずずずっといい音を響かせながら次々に飲み干していく。
「350でやめるからの!それまでどんどん作るのじゃぞ~」
厨房へと戻る料理人にフェリールは余裕で声をかける
さて、その間のブロードはというと……
「あっこの揚げ物美味しいですね」
麺類担当ではない料理人の所でのんびりと飯を食べていた。
「いや、あっちは良いのかよ?」
盛り上がっている方を指さしながら糸目の料理人が疑問を口にする
「終わる前に食べておかないと飯を食いそびれるかも知れませんからね」
おかわりをしながらもくもくと口を動かしている。
「ほらよ。あんたも随分と自由な人に付いたなぁ?」
暗に振り回されて大変だろう?と言ってるような気がする。
「まだ短いですけどかなり楽しいですよ?」
「俺には無理な事だな……」
「これだけ美味しい物が作れたら充分じゃないです?」
「そうかい?ありがとよ。あんまり戦えるようには見えねぇが、大会も頑張れよ」
「ただの暇つぶしって言ってましたからね。気が楽ですよ」
「お嬢様の気まぐれってのは大変だな」
糸目の料理人はそう言って厨房の中へと入っていく。
人垣の中心では未だ速度が衰えないままで器が空になっていた。
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わんこ麺
スギノヒロトが蕎麦が手に入らない中でなにか名物をと考えた物。チャレンジは一種類だが、うどん以外にも麺類であれば利用されることがある。シーズンによる。